母親と見る夕焼けが大好きだった。
通っていた空手の道場までいつも迎えに来てくれた母親と手を繋ぎ、歩いて帰った川沿いの土手。暖かい季節は夕暮れが来る前に家についてしまったけれど、秋から冬にかけては空が段々と色を濃くし、赤々と染め上がる様が綺麗で。
「ほら、一護」
その途中の、一番一番夕焼けが綺麗に見える場所。足元で、眠りたくないと空に伸びる草花がさわさわとひんやりし始めた風に揺れる場所。
たなびく雲が自身の色を茜に染め上げられながら、東へと流されていく。
朱色、オレンジ、茜色。昼間のぴかぴかした太陽も大好きだったけれど、それと比べると少し寂しい色だったけれど、なんだか胸がどきどきして目を離せない。
それを母親に言うと、彼女は決まって少し笑い、一護の髪をくしゃりとなでた。
「寂しくなんかないわよ。又明日、って挨拶してくれてるんだから」
「あいさつ?」
「そ!今日は楽しかったよありがとね、又一緒に遊ぼうねって一護に言ってくれてるのよ?」
「ばいばい、じゃないの?」
「ばいばいじゃないわよ。『又明日』」
わかった?と。
いつまでも年を感じさせない少女のような顔で、けれど確かに母親の顔で、彼女は笑ったのだ。
――またあした
それは、クラスの友達や竜貴らと、別れるときに必ず口にする言葉。
さみしくなんかないよ。だって明日があるから。
一護は真咲の言葉を口の中で反芻し、じ、っと自分の反応を待っている彼女を見上げるとにかりと満面の笑みを浮かべた。
「うん、さみしくない!」
「よーしイイコだ!」
夕焼けが母の透き通るような頬を染める。
母の笑顔はどんなときでも大好きだけれど、この夕焼けの中で見る笑顔は特別。
手を繋いでもいいかと問う一護に対し、いつものように『あったりまえじゃん!』と、大きくはない、けれど一護にとってみればなによりも大きな大きな手のひらを広げ、一護の小さな手を迎え入れる。
自分の手のひらも手の甲も指先も全部真咲の柔らかな手に包まれ、自然と笑みがこみ上げる。そしてそれを見て真咲も笑う。笑顔の循環。
「おかーさんとも『またあした』?」
「あはは!」
恐らく『またあした』イコール寂しくないという構図でも浮かんだのだろうか。子ども特有の直結した図式に真咲が声をあげて笑う。
笑われた一護は何故真咲が笑うのかがわからず、きょとりと首をかしげた。
「違うの?」
泣き虫の片鱗が見え始め、へにょ、と一護の眉毛が下がる。自分は母が大好きでずっと傍にいたくて、だからそうだったらいいなと思ったのに。
それを見た真咲は、繋いでいないほうの手を一護の頭に伸ばし、生来の色に夕焼けの色がまざり、燃えるような赤い色になった髪をそっと撫でた。
「おかーさんは一護のおかーさんだから、『いつもいっしょ』」
咲くような笑顔で。
またあした、は、あした会えるから寂しくない。
だけどいつもいっしょ、は、もっともっと寂しくない。
「ずっといっしょ?」
「おうっ!」
繋いだ手を、ぶんぶん振って。
夕焼けの帰り道。影二つ。並んで歩いて笑顔で歌う。
――いつもいっしょはずっと一緒。
そう、思っていたのに。
「晩御飯は、一護の好きなカレーだぞー」
「ホントっ!?」
「ホントでーす。だから帰ったら手を洗いましょー」
「洗いましょー」
繋いだ手のひらの大きさが、近づいて、やがて追い越して。
守ってもらった分だけ、それ以上に自分が返すのだと。母を護るのだと。
自分の名前は、大切な一つのものを護れるように、と。
なら、このあたたかい手の持ち主を護りたいと、護ろうと一人誓った幼い頃の自分。
夕焼け小焼けで日が暮れて。
大きくなった手のひらで、繋ぎたかった柔らかな手の代わりに乾いた冬の風を握り締めた。
Fin
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Comment:
大好きな一護の名前にかけてみたお話。
一つのものを護れるように、ってすごい素敵な由来だと思う。
真咲おかーさんはわたしも大好きです。というか黒崎家は皆好きじゃ。
20040625up
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