** Happy C×2 **
 ● 雪上の跡

 自分が汚いと、泣いた穢れのない少女がいた。
 非力ではあったけれど、弱くなど決してない、強い少女が。
「一護はまだガキだから、朽木もアンタも両方必要なのよ」

 鼓舞させる人物と、包み込む人物が。
 共に戦いたいと願う対象と、守りたいと思える対象が。


 長く柔らかそうな睫に、雨の日の蜘蛛の巣のようにきらきらと雫を纏わせて彼女はアタシを見上げる。問いかけのように、それでいて願いのように。



「あんた十分いいオンナよ、織姫」


 妹なんて存在はアタシにはいない。けれど、いたら多分こんな感じなんだろう。栗色の頭を抱き寄せながら、アタシは考えても仕方ないことをどうしても振り払うことが出来なかった。




(アタシは)





『ラン』









 あんたにとって、どっちだったのかな――

























 雪上の跡























 ――黒崎くん、最初はおっかないなって思ってたんだ。


 そういって織姫は笑った。



「だけど、なんか似てるなって」
「似てる? 何が」
「あたしと」


 勝手に感じていたシンパシーだと織姫は言う。






「普通に笑ったり怒ったりしてるけど、どこかで泣いてるなあって思ってたんだ」






 そしてそれは、一護の母親がすでに他界していると知って確信に変わったのだと。

「って言っても、全然黒崎くんの方が強いんだけどねっ!? 強いだけじゃなくて、おもしろいし」
「……まあ、からかい甲斐はあるわね」
「だから、本当に一方的にだったんだけど……へへ」

















 ずっとずっと、止むことのない雨が降ってる人だって、思ったんだ――















 決して高くはない天井を見ながらそう愛しむように口にして、織姫は又、小さく笑った。





 シンパシーなら、アタシとギンの間にも確かにあった。少なくともアタシはそう思っている。
 シンパシーなんて言葉で片付けていいのかわからないほど、境遇が同じで。まあ、流魂街の住民なんて大抵似たり寄ったりで、そういう意味じゃ全員が全員、互いに似ている部分を見つけては安心したり、逆に嫌悪してたりしたのかもしれない。


 ただ、アタシたちの場合はこの力があるから知り合えて。
 多分、この力のせいで道を違えたのだと、思う。



『腹へって倒れられるゆうことは、キミもあるんやろ? 霊力』



 食べ、と、差し出された小さな手にのった小さな干し柿。
 幼い頃からあの笑みはアイツの顔に張り付いたままだった。だけど、人好きのする、から、得体の知れない、に変化する過程はあったのだと思うけれど。


「黒崎くんは、辛いこととか何も話してくれないから。あたし、バカだから気付くの遅くて、気付いても何もしてあげられなくて」
「そうやって自分を卑下すんのやめなさいよ。アンタの悪いクセよ、織姫」
「そうかなあ……だってあたし、本当にバカなんだもん」
「本当のバカは気付いていながら見て見ぬふりをするヤツのことよ。さっきも行ったけど、あんたは自分で出来ることも出来ないことも全部やろうとするでしょ? それをバカだなんて言わないわ」

 それに一護は、あんたのそういう気持ちちゃんと気付いてるわよと付け足す。そうかなあと織姫が笑う。
 どれくらいこの子が想ってくれているかは鈍いアイツに気付けようはずもないけれど、心配をかけてしまっているということは気付いている。気付いていても、どうにも出来ないから応えられない。応えられないことで、さらに心配をかけることも知っているくせに。


(だからガキだって言うのよ)


 ぶいん、と、響く音から決して最新式のものではないと分かる空調が部屋の空気を整える。ふと視線だけを動かせば、小さな机の上にのせられた遺影らしき写真。ああ、そういえばこの子も一人なんだっけ。

 思い出す。
 一人の生活が二人になって。


(だけど)

(アタシたちは)









 ちっとも、『家族』なんかじゃなかった――









『どこにいくの』
『どこにもいかへんよ』
『嘘』


 いつだってそういって、夜中に一人どこかへ出かけて。
 明け方、そっと帰ってくる。そうして何事もなかったように朝起きる時間になると『おはよう』って笑って。



(アタシが気付いてること、知ってたくせに)



 同時に、問いただせないことも知っていて。
 だから平気な顔をして笑う。















『僕がランに嘘なんて、つくわけないやろ?』






















 知ってたのに。
























「アタシの方が、よっぽどのバカね」
「え?」



 気付いていたのに。
 気付けて、いたのに。



 零した呟きを聞き漏らさずに織姫が問う。さらりと彼女の肩をすべるまっすぐな髪を見ながら、なんて彼女らしい髪だろうと思って。








「なんでもないわよ」








 手遅れになってしまったあたしは、彼女の浮かべた笑顔とは別の笑みを浮かべることしか出来なかった。














Fin

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Comment:

久しぶりのギン乱。
オフで出したのが1作目だったので、それと合わせて2作目です。
うちのギンはちっこいころ乱菊のことをランと読んでいた設定で。

似てないようで似てる部分もあるよなあこの二人と思いつつ、
乱菊ねーさんには諦めないでいて欲しいところ。





20051121up




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