柴崎ぃ、と、泣きそうな声が自分を呼んだ。
振り返れば真っ赤な顔をして、声の響きそのままに泣きそうな顔をしたルームメイトが入り口に立っていた。
「…………何」
あまりの形相に、返事が遅れた。自分は悪くない、多分。
部屋着に着替えていた自分とは違い、デートから帰ってきたばかりの郁の服装は乙女だ。以前の郁からは考えられないその変貌っぷりに、3年越しで成就した「王子様」との恋が順調だと疑う余地はないのだが。
郁は部屋のドアを閉めると、無言のまま語り合いの定番スポットとなっているテーブルへとずりずり移動してきた。折角お洒落したスカートが皺になるということは、今の郁にとってはどうでもいいらしい。
柴崎は広げていたファッション系の雑誌をたたむと床へ置き、一応、形でも話を聞くつもりがあるということを示す。
「なによ。今日は堂上教官とデートじゃなかったの」
「デートだった」
「それにしては、幸せでーすって顔じゃないわね。又何かやらかしたの、アンタ」
「ちょっと! なんで「何か」の起点がアタシなのよ教官かもしれないじゃない!」
「あーそれないわ」
女の友情って、と、歯噛みしたところで柴崎の性格は変わらない。ご丁寧に手までひらひらと振って否定してくれる始末。
で、なんなのよ、と、一応聞いてくれるらしい柴崎に結局はすがり、郁は泣きたい気持ちを堪えながら心情を吐露した。
「アタシさ、いつになったら『彼女』になれるのかなあ」
漫画やアニメだったら、ここで自分の眼鏡はずり落ちるのではないだろうかと思うような発言をしたルームメイトはしかし本気らしく、主人に叱られた犬さながらにしゅんとして顎をテーブルに乗せている。
ちょっと待て。なんだこの新手のノロケの予感は。
柴崎は必死で平静を装いながら、ずりおちてもいない眼鏡を持ち上げた。これは、相当手ごわそうな予感がする。冷蔵庫に買い置きのアルコールはあっただろうか。
「笠原、あたしの記憶が間違ってなければ、アンタと堂上教官は恋人同士だと思うんだけど。それとも実は言葉巧みに遊ばれてたとかそんなオチ? だったら堂上教官を尊敬するわね」
そんな小器用な真似が出来ようとは、と、心にも思っていないことを言えば即行で否定が入る。
「じゃあなによ。やっぱり今日のデートで何かあったワケ?」
無言。
そして暫くの間の後に。
「……教官がさ……なんというか、教官じゃないのよ」
「は?」
「だから! 堂上教官は堂上教官なのに、なんていうか、二人でいると彼氏モードっていうかあああああ恥ずかしいっ!!!!!」
彼氏、という単語が郁的に羞恥心のツボだったのか、自分で口にしておきながら悶えるルームメイトを柴崎はやってらんないと言った体で見やる。実際、本当にやってられないのだ。なんだこのあまずっぱい成人女子は。
「そりゃあ堂上教官はアンタの彼氏なんだから、別におかしいことないでしょう?」
「そうなんだけど! だ、だってあたしは、なんていうか自分でいっぱいいっぱいで、彼女らしいことひとっつも出来てないし、したいと思ってるそばから負けてるっていうか」
真っ赤な顔で徐々に説明をしだした郁の言葉を、しかし後半はほとんど右から左に流した。ああ、それで『いつ彼女になれるのかなあ』か。
――ばかばかしい。
「ちょっと柴崎聞いてよぉ!」
「聞いてるわよ聞いてる。聞いてます」
自分にとっては真剣な悩みを、明らかに耳半分で聞いているルームメイトに郁が抗議する。しかし、抗議された方は全く、1ミリも納得していない。
誰か、あたしが何をしたのか教えてくれないかしら。なんで独り者のあたしが幸せ者の壮大なノロケを、悩みとして相談にのらなきゃならないのか。
「だってさあ、彼女らしいって言ったら、小牧教官のほうがよっぽどそうだと思わない!? でも、あたしに小牧教官に勝てそうなものが何かないかって考えたら、途方にくれちゃったんだもの」
なんでそこで、自分が女であるという変えようもない事実が勝利に結びつかないのかが疑問だ。
白黒つけたがる体育会系思考は、事恋愛においても同じらしい。小牧と比較したところで、そもそものベースが違うということには気付かないまま何を争うというのだろうか。
が、柴崎は言ってやらない。
代わりに。
「アンタさ……それ、そのまま堂上教官に言ったら?」
「はあ!? 何言ってんの柴崎、そんなこと言える訳ないでしょーっ!」
その乙女思考がそのままアノヒトのツボだって事に気付かない辺り、徹底的に乙女だ。そして泥だらけで無人野菜売り場に並んでいる大根位には無農薬だ。真っ白だ。
だが、その真っ白さがたまらなく腹立たしい。
「何で言えないのよ」
「だ、だって……っ、これ以上負けたくないっていうか、恥ずかしいっていうか」
「じゃあ何であたしには話すのよ」
「柴崎くらいしか相談できる相手、いないからに決まってんじゃん!」
ああもう。本当にこの真っ向乙女は。
どうしてこう、恋に対しても友情に対してもいちいち恥ずかしいのか。そして、そういうところが色々なものを「捨ててきた」堂上や自分にとって、どれだけ愛おしいのかわかっていないのだろう。
そんなことは言ってやらないが。
代わりに、実に的確なアドバイスを送った。
「アンタに小牧教官みたいな小器用な事出来るわけないから、とっておきのワザを教えてあげよっか」
「えっ、何何っ!?」
「思いっきりセクシーじゃランジェリーでも身に着けて行ってあげなさいよ」
それこそ彼女の醍醐味でしょ? と。
艶めかしく笑いながら告げた台詞に、返って来る返事はなかった。
そしてその後、手塚経由で「笠原に余計な入れ知恵をするな」とのお小言をもらったが、柴崎が堪えるはずもなかった。
Fin
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Commnet:
堂上×郁前提の友情(?)話。
郁は相談の内容までいちいち恥ずかしい気がしませんかねえ皆さん!!
20080420up
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