郁の化けっぷりには、自分も含めその場にいた全員が絶句するほどのものだった。
正確には、化けさせた柴崎以外の人間全員が、だが。
「女って……わかんねぇ」
ぼそりと漏れた本心に対し、郁からは威圧感満載の半眼睨みが返って来た。が、その頬が赤らんでいるあたり、気恥ずかしさが半分なのだろう。
「ふふん、どうよ? あたしの腕もなかなかだと思わない?」
「……お前って本当にそつってもんがないよな」
「ほめ言葉として受けとっとくわ。まあ、笠原の場合元が良いって言うのもあるんだけどね」
だからあたしと組めば幾らでも儲けさせてやるって言ってるのにさ、と、冗談とも本気とも取れない柴崎の発言に、手塚は言葉をなくす。いや、柴崎の場合100%本気としか思えないからタチが悪い。
「で?」
会話は終わったとばかりに言葉を続けずにいた手塚に、柴崎はさも当然とばかりに続きを要請する。
意図が読めずに眉をひそめれば、柴崎は色付いた唇を不満げに――けれど瞳にはあくまでも楽しそうな光を乗せながら、整えられた爪先を自らの顎に乗せた。
「あたしに対するコメントはない訳かしら?」
「は?」
「常日頃から美人だと、こういう時損よね。当たり前過ぎて誰も褒めてくれないんだもの」
わざとらしくため息を付きながら平然と言ってのけるあたり、中身は一ミリも変わっていない。どうせ化粧するなら中身もそれなりに化けてくれと、ついて出そうになった言葉を手塚は飲み込む。
「……お前の場合、褒める必要もないだろう」
「あら、どうして?」
「すでにそれを知っている相手に、同じ言葉を言ったところで意味がないって言ってるんだよ。アイツの場合は、土台がどうであれ普段の調子ってもんがあるからな。お前と比較しようがない」
半分本音で、半分が嘘。
柴崎は本人が自覚している程には恵まれた容姿を持っている。そして、それ以上に狡猾とも思えるほど明晰な頭脳も、だ。
自己評価と他人からの評価が一致している場合、他人が幾ら言葉を並べても感慨など生まれない。だから褒める必要はない。それは事実。
けれど同時に、やはりいつもとは違った美しさにのまれていたいたのも事実で――どう、言葉で表していいのかわからなかったのだ。
(そんな事、言ってたまるか)
ただでさえ悪い旗色を、これ以上敗色に染める気などない。
微妙に狼狽えた目元を誤魔化すべく視線を逸らした手塚を、表情の読めない顔で柴崎が追う。顎に置いていた指先を一度だけ口元へ移動させ、まっすぐな髪を揺らしながら小首をかしげた。
「あんたくらいは、言ってくれてもいいと思うんだけど」
「なんでだよ」
「野暮ねえ。全部女に言わせようっての?」
少しは成長したかと思ったら、これだもの。
そんな言葉をため息混じりに言われては、さすがに手塚もかちんとくる。
言いたいことだけ言って立ち去ろうとする柴崎を追いかけるように歩き出し、先を行く彼女から香る、いつもと違う香水に又、うろたえてしまう。本当に、どれだけこの女は周りを、自分を翻弄すれば気がすむのか。
一時だけ速度をあげて隣に並び、その先は柴崎の歩く早さにあわせる。ちらりと目線を下げれば、先ほどの会話などもう忘れたとでも言うような顔。
「…………」
何を言おう。知っている単語は幾らでもある。しかし、そのどれもが柴崎と、今自分が抱えている感情を前にしては陳腐に思えて口にできない。
隣から感じるもどかしい気配にとうとう柴崎が眉をひそめ、別に器用な言葉なんか期待してないわよ、などと言うものだから。
「――――っ!」
あんたや笠原は、言葉よりも視線や態度で全部わかるのよ。
そう、続けようとした言葉は呼吸ごと奪われて。
「……言葉に出来ないからって、これ?」
「そうしたくなるほどだ、って、解釈はないのか?」
強引な理屈も、赤い頬で言われてしまっては返す言葉もない。
――仕方ないからそういうことにしておいてあげるわ。
実際、幾百の美辞麗句よりも嬉しいと思ってしまったのだから。
「どうせなら、全部落としてくれないかしら。中途半端な化粧直しほど、面倒なものってないのよね」
主導権を奪われたなどと気付かれては、自らの沽券に関わる。精一杯、普段どおりの表情を作りながら挑発すれば、言葉通りに受け取った手塚に押し切られる形となった。
Fin
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Comment:
図書館戦争にまで手を伸ばしてしまいました。
初のSSは手塚×柴崎。二人のツンデレっぷりが半端無くて好きです。
20080225up
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