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● 笑顔の爆弾 |
別に、好きだと言い合ったわけじゃない。
告白はしないけれど、互いに想いあってることがわかるような、そんな甘い関係でもない。
ないのだ、けれど。
「……ナカ。長年連れ添ったアタシでも逃げ出したいような顔してるんだけど」
半ば幼馴染のような少女兼クラスメイトが、言いつつすでに逃げ腰になっている。
言われたナカにしてみれば、それはもう聞き飽きるほど言われ続けた言葉で今更どうということもないのだが、やはりいい気分ではないので眉間の皺が3割増に増量される。
これ以上怖い顔はないだろうと思っていたクラスメイトは、ありえないほどに深く刻まれたそれに絶句し、無言のまま一歩下がる。
パックジュースのストローを甘噛みする様は、普通の女子高生であれば可愛いものだが、それが何故かこの上なく恨みがましいものに見えるのは、ナカがナカである所以だろう。
(だってだってだって)
ウミがおかしい。いや、果てしなく暴力的だとか容赦なく毒舌だとか人の心がないんじゃないかとか元々おかしいとは思っていたけれど、ここ最近輪をかけておかしいのだ。
不意に、じっとみたかと思えば(多分)意味も無く殴るし。
殴られるのを覚悟で反論してみれば、何も言わずにフイと横を向く。
それから。
『ばーか』
言葉は同じなのに、今までとは絶対に、何か違う響きで。反則的に、笑ったりして。
それは、ウミへの気持ちを自覚した自分にとっては衝撃が大きすぎる。ただでさえ今までどおりになんていられなくて、ただでさえ怖い顔がさらに強化されているという自覚もある。恋をして可愛くなるという最強の法則も自分の前では無力だったようだと、ウミが知ったらそれこそ殴り倒すであろう感想をナカはぐるぐると考えていた。
「や、だからさアンタ……こわいっての」
「…………」
ストローを噛むだけでは足りず、徐々に歪んでいくパックは勿論無意識だ。中に入っていたいちご牛乳はとうに無くなっているのだが、口元が寂しくて離す気になれない。がじがじと噛み続けていたら、いきなり後頭部をすぱーんと衝撃が走り、うっかり喉の奥にストローを差し込んでしまうところだった。
「こええって言われてんだろーが」
「ち、ちょっ! あやうく内臓吸いだすところだったじゃないですか!」
「吸いだせるモンなら吸いだしてみろ。ああ?」
「す、すすすスイマセ……」
つい勢いで反論したら、暴力を振るった張本人である人物、梶原海に首をロックされた挙句拳でこめかみをぐりぐりとやられる羽目になった。いつものこととはいえ、自分は間違っていないと思うのだが、暴力の前の正義など、塵に等しい。
無力感に打ちひしがれていると、クラスのあちこちから彼に対する称賛の声が聞こえる。学校では優秀な生徒会長で通している彼は、見目の良さも手伝ってその人気は(特に女子に)絶大だ。もっとも、生徒会内部ではあまりに仕事をしないことでも有名だが。
(皆絶対だまされてる)
あの綺麗な顔の一枚下は、鬼なのだ悪魔なのだ。ちょっとでも気を許せば、あっという間に骨の髄までしゃぶられて子々孫々7代先まで呪われるに違いない。
自分の頭を殴ったと思しきノートを丸めてこちらを見ているウミから若干視線を逸らし、「なんの用デスカ?」と問う。
するとなんの用かじゃねえだろうコノヤロウとの言葉と共に再び首をロックされ、ずるずるとクラスの外へと引きずられる。助けを求めるように伸ばした腕の先で、親友の少女がひらりと手を振って見送っていた。
「ち、ちょちょちょちょちょ、何デスカ何なんですかあたし何かしましたっ?」
「おっまえ忘れたのかよ、明日のオーディションの書類取りに来いって社長から電話あったろ!?」
「へ? あ」
恐らくこのまま生徒会室に行くのだろう。廊下をずるずると引きずられながら転ばないように足を動かしつつ昨夜の電話を思い出す。ジャンクとは毛色が違う、アジアンなテイストが魅力の、同年代に人気のあるブランドのオーディションを受けるように言われたことを。
ここ最近忙しく、学校もあることからろくに事務所にいけなくて取りに行くタイミングを失っていたのだ。そうこうしてるうちにオーディション3日前となり、社長から電話がかかってきたのだが。
「え、でも、もし時間なかったら、明日の午前中に事務所に立ち寄ればいいって」
ウミを見上げる。『梶原』の時にしかかけることのない眼鏡の奥で、目じりに朱がのった気が。
して。
(え)
「わざわざ……来てくれたの?」
じり、と、生まれた熱で耳の縁が痛い。無意識に足の動きが止まり、どうしてか同時にウミの足も止まった。
「ウ……」
「ばーかばーかばーか! んなワケねえだろ! このオレ様がおまえごときの為に動くかっつーの! ついでだついで!」
痛い程のボリュームで叫ぶように言われ、反射的に固く目を瞑る。ああ、やはりそうか。そうだろうと思った。ウミがわざわざ自分の為に事務所から書類を届けてくれるなんてあり得ない。自分は何を期待したのだろう。
自分を残し、ずんずん先に進むウミの背中を見ながらため息をつき、追いつくためにへたり込んでいた廊下から立ち上がる。それから、そういえば今週はずっと見かけていなかったことに気付いて、不意にじんわりと広がる何かに動揺する。
(ややややばい)
「? ナカ?」
何やってんだ、と、かけた声に再びナカが廊下に座り込む。不審がるウミに、何でもないの一言をものすごくどもりながら返すと、早く来いの一言を、酷い修飾語と共に倍返しされた。あまりにもいつもらしいその態度に、自分は何を先ほどまで考えていたのかと軽い自己嫌悪に陥る。
「何考えこんでるんだよ」
「別に……ただ」
視線を合わせることすら気恥ずかしく、窓の外に見える校庭ではしゃぐ生徒らの姿を見ながら、ナカは続ける。
「会うの、久しぶりだなって思ったから」
長い髪の一房を指でもて遊びつつ告げた一言に、ウミがどれ程動揺したかなどナカは知らない。
ナカの気づかぬところで、ウミの頬どころか耳たぶまでが赤く染まる。見開いた目を一度だけ瞬きし、ヤバイ、と、ナカを見つめていた視線をくるりと正面に戻す。きっと耳の裏まで赤くなっているだろうけれど、髪の毛に隠れて見えなければいいと死にそうなほどの本気で願った。
「ひっ、久しぶりって、たったの1週間だろ1週間!」
迂闊にも声が裏返る。ウミ自身しまったと思うその声にナカが校庭から視線をウミに移し、その先に見えた、やはり今までとは違うウミの表情に絶句して。
「そっ、そそそそそそうだよね! いやあ、今までホラ、一緒の仕事が多かったからしょっちゅー顔合わせてたし!」
「何言い訳みてえに言ってんだ自立しろ自立! いつまでもオレ様に甘えてんじゃねーよ! 迷惑なんだよバーカ!」
「すすすスミマセン頑張りまっす」
負けたくない。
互いに前に進む為に、いつまでも手はつないでいられなくて。だけど傍にいたくて。
会いたいと思う回数は、前よりずっと増えたけれど。
「…………」
妙な気まずさが漂い、互いに視線を逸らしながらほてほてと歩く。耳の端がじんじんと痛い。お互い自分だけと思っているその痛みは、同じもの。
予想通りウミの足は生徒会室に向かい、そこで書類を渡される。ありがとう、とナカが封筒を受け取ると、その額をぴん、とウミが弾いた。
「せいぜい頑張れよ」
「が、頑張るよ!」
「万が一受かったら、い、一日くらい付き合ってやるよ」
休みが合ったらだけどな、と、言い訳のように付け足した一言はナカの耳には届かず。
「ホント!?」
渡した書類が皺になりそうな勢いで返された返事に息をのんだ。
「ほ、ホントにホントっ!? あとで、嘘だったとか言わな……」
「オ、オレ様がいつ嘘ついたことがあるっつーんだよ」
「だってウミ」
「言っとくけど、受かったら、だからな!」
「う、うん!」
頑張る、と、言いつつナカがウミにカメラ目線で向けた笑顔はやはり殺人犯のそれでしかなく、やる気あんのかコラ、と、蹴飛ばせば、自分に向けた決意の表情は、凛として美しく。
「が、頑張るよ!」
「頑張んなっつーの。バーカ!」
言葉とは裏腹に、返したウミの笑顔はナカが考え込む原因となったそれだった。
Fin
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Comment:
悩殺ジャンキーが好きで好きでたまらんとです。
かっわいいよなあ!!きゅんきゅん。
20060308up
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