** Happy C×2 **
 ● 夏の予感

 お祭りがあるのだと、クラスの誰かが言っていた。
「祭り? ああ、そういやそんなのもあったわね」
「ハァ!? なんだそのやる気のなさ!」
 信じられん、と、憤懣やる方無いと言った体で自分に食ってかかったちづを、矢野は祭りにどのやる気を出すのかとひらりと手を振ってやりすごす。
 そしてその問いを口にしたクラスメイト――今ではすっかり友達を通り越して親友にすらなりつつある――貞子こと黒沼爽子に向き直ると、引き続き何かを訴えているちづを無視する形で問いかけた。

「何? あんた行きたいの?」
「えっ!」

 問われた爽子は頬を赤らめてもじもじと俯く。
 今まで自分は、祭りというものに行った事がないのだ。
 無論興味が無かったわけではないが、自分がそういった華やかな場に似合わないどころか場の雰囲気を壊してしまうという自覚があった為、遠慮していたというのが正しいのだが。



(だけど今年は)



 矢野や吉田というトモダチが出来て。
 初めて参加するお祭りを、初めて出来た友達と一緒に歩けたら、どんなに楽しいだろうと思ってしまったのだ。


 暫くの間逡巡し、更に真っ赤になった挙句ようやくこくりと頷いたあと、「み、みんなで……行けたら、楽しいなあって」と答えた爽子を見、不覚にもときめいてしまう自分に矢野は頭を抱えた。
 ちづなどは堂々と感激して、よし、今年はいい思い出つくろうな、などと爽子の頭をわしわしと撫で回しているが、はっきり言って不毛ではないだろうか。

「おっしゃ! 祭りと言ったら法被だな! おそろいで作るか!」
「なんでハッピになるのよフツー浴衣でしょ浴衣」
「浴衣なんて動きづらくて仕方ないじゃんよ。なあ龍」

 3人の会話を寝ながらも聞いていたらしいちづの幼馴染は、顔だけを起こすとコクリと頷き再び眠りにつく。
 ほらどうだと言わんばかりの表情に矢野が額を押さえ、爽子はその間で祭りに対する妄想を繰り広げ始めたのかきらきらと眼差しを輝かせていた。
 女子という自覚に欠けた人物が一人に唐変木が一人。さらに個の世界から多の世界へ顔を出したばかりの人間という三人組では、自分がどう頑張ったところでどうにかなるものではない。


「ふぃーあっちぃ!」


 諦めて私服でいいかと思い始めたその時、ガラリという扉を開ける音と共ににぎやかな声が広がった。
 昼休みに校庭でサッカーをしていたらしい男子の集団が教室に戻ってきたのだ。Tシャツの襟をはたはたと摘みながら、先頭をきって戻ってきたのは予想通り風早で。迎え入れたクラスメイトと笑顔で談笑しながらこちらの席に戻ってくるのが分かる。

「何? 何の話してんの?」
「おう! や、貞子がさ、祭りに行きたいっつうから皆で行くべって」
「えっ!?」

 予想通りの反応を返す風早が、瞬間的に爽子に視線を移す。移された方は先ほどよりももじもじと肩を小さくしながら、頷いた。

「俺も! 俺も行きたい!」

 はい! と、元気良く挙手までつけて風早が言い募る。祭りといえば夏休みの間にやるもので、つまり、それに行けば夏休みの間でも爽子に会えるということ。
 本人に自覚はないだろうが、まるで柴犬のようにきらきらと「かまって」の眼差しを向ける風早に、矢野がにまりと笑う。

「女子だけで行くのも楽しみだったんだケド。ね、どうする貞子」
「えっ!?」
「アンタ決めなよ。アンタが行きたいっつったんだから」

 当然いつもの流れて5人で行くものだと思っていた爽子は、予想もしなかった矢野の言葉に絶句する。
 おろおろとちづを見れば不敵な笑みを浮かべており、龍を見れば眠っている。

 あわあわと再び矢野をみれば、腕を胸の前で組んだまま自分の答えを待っていて。



(ええええええど、どうっ、どうしろと!)



 矢野は女の子同士が楽しみだと言った。それはそれで、確かにものすごく楽しいだろうなと思う。


(けど)


 ちらりと覗いた風早は、むー、と唇を一文字に結んで矢野を睨んでいた。視線を受ける矢野が笑っているだけに、この二人の間には何かあったのだろうかと別の意味でおろおろしてしまうのだけれど。


「あの、わたし……」


 矢野やちづと、女の子3人でお祭りで遊ぶ。自分にとって初めての経験。
 それだけでもきっと、うんと楽しいだろうけれど。



「風早くんも一緒だと……もっと、楽しいと思う」



 それよりももっときっと。
 風早がいたら、自分はとても楽しいと思うのだ。






「ほら! 黒沼も良いって!」
「ふーん。じゃ、いっか」
「あああああああのっ、もしあれでしたらわたしを置いて皆さんで」
「「「何バカなこと言ってんの!」」」

 自分の意見が矢野のそれにそぐわなかった事で動揺し、爽子が思わずそう口にするとその場にいた全員が彼女を振り返った。
 奇しくも同じ台詞を口にした三人は互いを見合い、矢野と風早は頬に朱を乗せてふい、と視線をそらす。ちづは爽子の肩を掴むと、アンタが楽しくなきゃ意味ないだろと爽子泣かせの台詞まで口にしていた。

「龍も入れて5人な。ピンに見つかるとうるせーから口外しない方向で」
「了解」
「う、うん」

 結論が出たところで、本鈴が鳴った。がたがたと椅子を揺らす音が教室に響く中、風早が爽子に問う。祭りには、浴衣で来るのかと。

「え、えと、吉田さんがハッピをおそろいで着ようか、って、言ってて」

 返事の途中で教師が教室に入って来、会話が打ち切られる。週番の号令に従って挨拶をすると、教室は静寂に包まれてあとは教師の声が響くだけ。
 こつり。ノートを取っていた爽子の手元に折りたたまれた紙片が投げられた。顔を上げれば、口元に人差し指を当てた風早が自分を見て笑っている。

 以前、自分に手紙など渡してくれる人がいるなどと思えなかった頃は、こうして自分宛に回してくれた手紙を別の人間に渡そうとして風早を慌てさせたこともあったが、今はそんなことはない。

 そう思える自分を、そう思わせてくれたトモダチを、どれほど誇りに思っているかなど、きっと誰にもわからないだろう。
 かさかさと折りたたまれた紙片を開くと見える、風早の文字。それだけで胸の奥がきゅんとなるのはどうして?
 頬が熱くなるのを、肩から流れる髪が上手く隠してくれることに感謝しながら中身を読む。書いてあったのは、さっきの続き。



『俺、黒沼の浴衣姿見たい』



 驚いて右を振り返れば、いつもはこっちを見てくれている風早の顔が向こうを向いていた。心なしか、耳の裏が赤くなっているのは気のせい?
 爽子は授業で使っているノートの何も書いていないページを開くと、そこに返事を書いてそっと破き、同じように折りたたむ。風早は、何故か自分が渡したいと思ったタイミングでこちらを見てくれて、そっと机の下で手を伸ばしてまでくれた。
 手紙を渡すとき、触れそうになった指先がじんじんする。
 風早が受け取ったのを確認すると、慌ててぱ、っと紙片から手を離す。たったこれだけのやり取りなのに、さっき食べたばかりのお弁当分のエネルギー全部を使ってしまったような気がする。


「ぶっ!」


 いきなり風早が吹き出し、教室中の視線が彼に集まった。
 風早はわざとらしくムセたフリをして教師に謝ると、ぱたぱたと下敷きで仰ぎ始めてごまかす。
 周囲と自分が落ち着いたあたりで、風早は今度こそ気をつけて爽子から来た手紙を再び見る。自分が浴衣を着ると、かなり周りの人に引かれてしまうので遠慮したい、という文面と、多分その自分自身を模したであろうイラストを。



(く、黒沼……絵、ヘタすぎ)



 心構えをしていても又吹き出しそうになるのを必死で堪え、風早は返事を書き始める。




『だいじょーぶ! 俺らが一緒じゃん。着てよ』
『でも、周りの人にご迷惑が』
『俺が見たいの!』




 最後の手紙を送ってしまってから、若干しまったと赤くなる。付き合ってもいないのに、この我侭は引かれてしまうかもしれない。
 はらはらしながら返事を待てば、こんこん、と何かで机を叩く音が聞こえる。
 我に返ると爽子がそっと机の下に手を差し出しており、風早は慌ててそれを受け取ると周りに気付かれぬように平静を装った。
 少し時間が経ったところで手紙を開ける。そこに書いてあった、たった一言。




『じゃあ、着るね』




 思わず爽子の方を振り返り、がたん、と机が結構な音で鳴ってしまった。その音に再び教室中の視線が風早に集まる。


「風早、寝ぼけるな」
「す、スミマセン」


 教室に笑いが起こり、風早は赤くなりながらちらりと爽子を見る。おろおろと自分を見上げる爽子に、ぺろりと舌を出して見せれば花のような笑顔。











(ふ、ふいうち)













 かああ、と、体感温度が3度くらい上昇。
 赤くなった顔をなんとか冷やそうと、ヤケになって仰いだ下敷きだけが、今の自分を象徴するように左右に揺れていた。





















Fin

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Comment:

爽子と風早が可愛くて可愛くて、その周りを取り巻く人らが愛しくて愛しくて。
うっかり書いてしまいました(うっかりですうっかり)。


20070419up





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