** Happy C×2 **
 ●理想と現実

 姫条の、こんな顔は見たことなかった。
 少なくとも、姫条と知り合ってから一度も。


「頭いた……」



 喫茶店の、向かいの席で本当に頭を抱える感じで苦々しげに吐き出された声も、初めて聞く響きで。
 間違ったことはしてなかったと思う。うん、思うんだ。だって、そう思ったからそうしてたんだし。
 でも。


「なんやねんその、自分が被害者ですー言う顔は」
「してないよっ」


 あんまりに目の前の男の顔が、疲れたというかがっかりしているというか動転してるというか、つまりはそういったものだったから。



(……やっぱり言っておいたほうが良かったのかな)



 なんて、思えてきちゃうから困った。











 事のきっかけは、共通の友人の結婚式。
 友人というか、知人というか、まあ微妙な関係ではあったのだけれど。
 二人して二次会に呼ばれたアタシらは、その時のことを綺麗だったねーとか、ゲームおもしろかったよねーとか、そんな他愛のない話で盛り上がって、アタシもうっかり気が緩んでいたというか、だってもう時効だと思ったンだもん。


「好きや言われたんなら、なんでその時に言わへんかったんや聞いとんねん」
「だって! 言う必要ないと思ったんだもん」
「せやから何でそう思うんか聞いとんねん阿呆!」
「だから……っ」


 二年前のこと。
 姫条と付き合いだしたことをそいつに言ったら、彼氏出来ちゃったのってびっくりされたついでに、『実は』って言われた。
 だから、付き合いたいって言われたわけでもなくて、好きだったってことを言われただけだったしさ、まあ、別れたら教えてとは言われたけど、結局アタシと姫条はこうして別れずに今もいるわけだし、ソイツだって素敵なお嫁さんもらったわけだしさ。

 姫条はげんなりとした顔で相変わらず額を押さえている。何よ、何なのよ。



「だってさ、アタシが好きなのは姫条だよ? 言われて何かあるわけでもないし」
「当たり前や! あってたまるか」
「だから! ないから言う必要ないかなって思ったし、付きまとわれて困るとか、だから助けてとか、アンタに求めるアクションがあるなら言ったけど」
「ちゃうやろ! そんなん無くたって言うやろ普通。あーホンマ頭いたい……」

 冗談じゃなくてほんとに頭痛そうにする姿を見て、本気でいたたまれなくなってくる。言ってやりたいことは沢山ある。だって、アンタ忙しそうだったし、こんなことでわずらわせたくなんかなかったし。
 それに。


 アンタが、自立した女が好きだって知ってるから、言えなかったんだ。





「……ごめん」
「悪い思ってへんやろ」
「じゃあなんて言えばいいのよ」
「逆ギレかいっ」


 せっかく人が譲歩してみれば、倍になってくる憎まれ口。自慢じゃないけどアタシの気は長くない。進みもしなければ戻りもしない会話にイライラし始め、だって大体アンタが言うのをためらわせるような態度だからいけないんじゃないのよと、姫条曰くの逆ギレを始める。



「言わなかったのは悪いけど、そういう女が好みなクセに卑怯者っ!」
「は? な、ちょお待ち!」


 周りの視線も気にせずに席から立ち上がり、1000円札を机の上に置かれた伝票にばんっ、と叩きつけて歩き出す。
 後ろから慌てて姫条が追いかけてくるのが分かる。けど止まってなんかやらない。もー知らない!


「待てって! なんやねん、最後の捨て台詞」
「うるさい! 言葉のとーりよ!」


 つかまれた腕を振りほどこうとしたけど、思いのほか強い力に目的を達せない。いつものじゃれあいならとっくに外れるはずのそれが、そうならないことに余計腹が立つ。
 なによ、いつもは手加減してるってこと?
 本当は理解していた姫条の思いやり、も、今じゃ腹が立つ理由の一つにしかなんなくて。き、と睨みつけたら、不覚にも泣きそうになった。

「俺も感情的になったし、そこは謝る。スマン」

 そこは、の一言が余計。

 ぎりぎりの所で泣かずににらみつけたままでいたら、盛大なため息とともに髪の毛をかきむしる。そしてほとほと困り果てたというように、アタシの手を握り締めたまま地面にしゃがみこんだ。


「女はヒキョーや……すぐ泣くし」
「うっさいな! 泣いてないでしょ?」
「泣きそうやん。ほんに困ったお姫さんやなあ」


 だったらもう放っとけばいいじゃん。
 そんな、心とは裏腹なことを思いつつ振りほどこうとするけど、やっぱりだめで。



(悔しい)



 眼力アップで睨みつけると、ずっと下のほうから見上げてくる視線。悔しいけどかっこいい。どんなときだってアタシはやっぱりこの男が好きで、一時的な感情とは別に、常に張り付いてる気持ちが好きって動く。
 死ぬほど悔しい。


「だ、ってアンタ……女女したの、嫌いじゃん」
「ああ」
「いちいち告白されたからって、そんなん言ったって意味ないじゃん。さっきも言ったけど、別にアタシ困ってないし」
「そんな理屈はどーでもええねん、て」


 立ち上がる。途端に視線の位置は逆転して、あたしが姫条を見上げる形になる。



「俺の理想がどうとか、関係あらへんやろ。ジブンと付きおうとんのやから」
「意味わかんない」
「人のいっせーいちだいの愛の告白をさらっと流しおって……ええから、今後何かあった時は報告せえよ?」
「なん、で」
「ちょっかいだされて平気でおられるかっちゅーの。それこそどんな男やねん」


 つかまれた腕。姫条の方にひっぱられて。
 街中なのに、いきなり抱きしめられた。


「……男ってヒキョーよね。抱きしめればチャラになるとでも思ってンでしょ」
「思ってへんし。ちゅうか、ジブン……ホンマかわいくないな」
「実際チャラになってンだから、可愛いと思いなさいよ」


 姫条がびっくりしたみたいに腕を解く。馬鹿、今の顔みないでよ。
 別に女だからすぐ泣くわけじゃない。相手がアンタだから勝手に涙が出て。
 人一倍可愛くないのも、逆に自分でもびっくりするくらい可愛くなるのだって、恋してるから。

 馬鹿じゃないの、恥ずかしい、なんて思ったって、それが真実なんだから仕方ない。






「これやから……勘弁してほしーわ」






 盛大なため息の理由を問い詰める前にアタシは再び抱きしめられて。
 いい加減はずかしーから離してよ、の抗議は、慌ててさっきのお店にお釣りを受け取りに行った姫条の行動によって受け入れられた。

















Fin


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Comment:


好きな相手だと、求めているだろうなって形に当てはめて
動こうとしちゃうのが乙女心というものじゃないでしょうか。
そしてたいてい失敗するんだ……人間無理しちゃいけない(ん?)。



20080805up



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