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●アマヤドリ |
雨が降る。
ぽつぽつと、空から降りる水の雫が彼の細い髪を濡らして、まるで泣いているように見えた。
だから拭いたくなって……そっと、触れたくなったんだ。
「?」
わたしの指先が彼の前髪に触れたと同時に、問いかけのようにわたしの名前を呼ぶ彼の声。
その声を聞いて、今度はわたしが泣きたくなった。
暖かい声。
わたしの全てが反応する、声。
だからわたしは泣きたくなる。
「寒いのか……?」
突然の夕立に濡れたわたしたちは、偶然通りかかったバス停で雨宿りをしていた。
もともと利用者の少ないそれは、わたしたちのほかに2・3人も入ればいっぱいになりそうなくらいの広さしかなくて、なんとなく、距離が近付く。
気遣ってくれる彼に、そっと笑顔を返して首を左右に振った。
同時に、一房の髪から生れ落ちる雫。
空中の光を吸収しながら、わたしを気遣うように伸ばした彼の手に、落ちた。
彼が、笑う。
「おまえ……ホント猫みたいだ」
その声が愛おしそうな響きを含むから、わたしも愛しくて泣きたくなる。
愛しいって……こんなに切ない気持ちだって事、初めて知ったの。
珪くんに会って、初めて知ったんだ。
愛しいって幸せな気持ちだと思ってた。
もっと、楽しくて、心が温かくなるものだと思ってた。
恋をしてから。
わたしの中で生まれたその感情は、泣きたくなる以外の何ものでもなくて。
苦しくて切なくて……どう伝えればいいのかわからないから、泣きたくなる。
「前にも、あったな…………こんな事」
「うん……あの時は尽が迎えに来てくれて……珪くん急に走って行っちゃうからびっくりした」
(雨なんて、やまなくていい……)
(このまま、世界中に雨が降りつづけて、このまま世界の終わりがきても。おまえがそうして、横にいてくれれば、俺は……)
今ならわかる。珪くんが、あの時言おうとしてくれていたこと。
わたしはそっと、珪くんの濡れた袖をつかんで軽くひっぱった。
珪くんは視線だけで「何だ?」って聞いてきてくれる。
「ね……まだやまなくてもいいって……思う?」
「…………」
「雨、やまなくてもって……思う?」
珪くんは黙ってわたしを見つめた。
指先に、濡れたシャツ越しに珪くんの体温が伝わってくる。
温かい……ちゃんと珪くんはここで、わたしの隣りで生きてるんだって、証し。
珪くんはやがて静かに微笑むと、そっと上半身を屈めてわたしに軽く、キスをした。
唇に残る、冷たい雫。
その一瞬の出来事に何も反応出来ないでいると、彼は又笑って今度は少し長めに口付ける。
さっきの雫越しに彼の体温とわたしの体温が溶け合う感じ。
その不思議な感覚に、頭の芯がクラクラする。
どれ位そうしていたのかわからなくなった頃、ようやく彼の唇がわたしのそれから離れ、代わりに両の腕がわたしを包んだ。
冷たくぬれたシャツは一瞬わたしの体温を奪ったけれど、今しがたのキスのようにやがて互いの体温が溶け合うのを誘導してくれる。
「今は…………どっちでも構わない」
「珪くん?」
「雨でも……晴れてても」
彼の胸に押し付けていた頬をそっと離し、そう言葉を繋ぐ彼の顔を見上げた。
その表情は、以前同じ場所で、同じように雨に濡れながら言葉を交わした頃の寂しげな様子は微塵もなく、ただ、穏やかな笑みだけが浮かんでた。
「雨がやんでも…………居て、くれるだろ?」
(おまえが)
(俺の、となりに)
そう聞こえたから。
「うん……雪でも、風の日でもね」
言って、互いの顔をみて笑う。
晴れてても、雨が降っても。
雪の日で寒くても、風が吹いて歩けなくても。
一緒にいようね。ずっとずっと、並んで歩こうね。
同じ速度で、温度が伝わる距離で。
たまにはこうやってキスをしたり、懐かしい話をしながら。
貴方のとなりにいるのが、いつもわたしでありますように。
珪くんが笑いかける先に、いつもわたしがいますように。
「終わりがきても、一緒にいよう」
そして3度目のキスをする。
Fin
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Comment:
7000Hitsサンクスvです。
なんかこう、じわじわと幸せなお話が書きたくて書いてみました。
ちょっと詩っぽく……「星に願いを」の延長線でしょうか。
感情移入しすぎると長くなるのがわかっていたので、あえて訥々と。
目指したのは「客観的な甘々」(笑)。うう、ニュアンスが上手く伝わるでしょうか。
最近は「行間」で「間」を作るのが好きで、1行間隔に非常に気を使っております。
そして珍しく(笑)ゲーム中のエピソードを取り入れてみたりvv
今回は尽くんの邪魔は入りませんでした(影で泣いてたりして……笑)。
最後の台詞を言ったのは、どちらでしょうか……?
※up日未詳
*Back*
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