** Happy C×2 **
 ●姫の条件




ーっ!」


 教室をぴょこん、と覗いてなっちんがわたしの方へかけてくる。呼ばれて顔をあげれば、そんななっちんの後ろにタマちゃんも居て、わたしを見て笑顔を向けてくれている。

「なに、なっちん」
「ね、ね、学園演劇どうすんの、アンタ」

 学園演劇っていうのは、はばたき学園の3年生全体でやる、文化祭の演劇のことをいう。部活とかクラスではなく、学年全体でっていうのが凄く珍しいと思うんだけど、どうやらはばたき学園では中等部でも同じようなことがあるらしく、「普通」なんだって。
 わたしは去年の先輩はどんな劇やってたっけ、とか考えながら返事を返す。


「うーん、手芸部の出し物もあるし……今年ね、ウェディングドレスなの。だからそっちにかかりっきりになると思うし、出ないと思うなあ」


 学年全体っていうと300人くらいいるし、裏方まで足りるよねって事を言うと、なっちんとタマちゃんが顔を見合わせて難しそうな顔をする……な、何で??

 きょとんとするわたしを尻目に、2人はボソボソと何かを話してる。えっ、えっ、参加するのが普通なのかなっ?
 2人は中等部からの持ち上がり組、わたしはと言うと高等部からの編入組で……だから勝手がよくわからない。
 もしかしてクラブより学園演劇優先が普通なの?
 わたしは少しおろおろして2人にその辺りを聞こうとした……けどその前になっちんがわたしを手招きすると小声で話し始めた。

「今年、何やるか知ってる?」
「え?」
「だーかーら、演劇の題目!」



 し、知らない。

 ふるふるとわたしが顔を横に振ると、2人は妙に納得した顔で頷く。だ、だから何なのようっ。


「シンデレラ、だよ?」
「シンデレラ……って、あのシンデレラ?」
「そう。高校生がやるとは思えないシンデレラ。灰被り姫」


 なっちんが少し呆れたような声でそう言う。シンデレラなんて小学生か中学生くらいまででしょーって、いかにも気障な理事長の趣味っぽいよねーと肩を竦めながらいい、タマちゃんに「奈津実ちゃん、言い過ぎ」って諭されていた……気障って……。
 わたしの脳裏に、理事長と初めて会った時のことが思い出される……思い出されたのは、抱えられた深紅のバラの花束だったから……何とも言えなくてどっちの味方にも付けなかった。

「配役は立候補の上抽選になる訳なんだけど……そこで第一問。シンデレラのメインキャストといえば?」
「……シンデレラと、王子サマ?」
「ピンポーン! それでは第二問です。うちの学年で王子といえば誰でしょう」


 質問の意図が、つかめて来た気がする。
 わたしの表情でその事を悟ったなっちんが、「そういうこと」って指先をわたしのおでこに押し付ける。


「立候補、しなさい」
「い、嫌っ!」
「嫌じゃないでしょーっ!! 王子が決まれば、王子とクラスがペアのコが姫役になるんだから、嫌でも立候補しなさい! 他の女の子が王子と……って紛らわしいなあ、葉月といちゃいちゃしてもいいって言うワケ?」
「それも嫌っ! どっちも嫌っ!! でもだって、お姫サマなんて似合うわけないじゃない〜! すっごい緊張するし、人前苦手だし……それに大体立候補したって珪くんがわたしを選んでくれるとも限らないじゃない」

 言った途端、しらーっとした空気が流れる。
 なっちんが座った足を組み替えながらため息を付いて再び口を開いた。

「アンタさあ…………。しょうがないなあ、じゃあ質問その3。うちの学年で、っていうかガッコで葉月のことを名前で呼ぶ人は何人いるでしょう」


 うっ……。

 言葉に詰まるわたしをさらに追い詰めるようになっちんが質問を重ねる。


「質問その4でーす。葉月の事をデートに誘って、そのうち何人がOKをもらえてるでしょう」
「で、デートじゃないもんっ!」
「はいそれでは最後の質問です。葉月が唯一名前で呼ぶ女の子は誰でしょう」


 なっちんとタマちゃんがじーっとわたしを見る。なななんでそんな目で見るのっ!?
 わたしは図らずも上半身を引いてしまい、そんなわたしにずずいとなっちんが詰め寄る。


。アンタでしょっ」
「なっ、何でっ? だって名前で呼ぶのなんて皆呼べばいいじゃない、それに休日遊ぶのだって声かければ結構のってくれるし……」


 皆誤解してる。
 珪くんが特別なんじゃなくて、皆が珪くんを特別視してるだけなのに。

 珪くんは普通の高校生だ、それは皆と変わらないこと。ただ少しだけ人より飲み込みが早くて、運動神経も良くて。でもそれは例えば、お料理が得意とか、本をよく読んでるとかと同じような「個性」であって絶対に特別なんかじゃないんだ。
 皆がそう思うから、珪くんを特別だって、凄いって思うから……距離を置くから。
 だから、珪くんはいつも1人なんだよ。1人になっちゃったんだ。






『 1人で生きてくって……結構辛いぞ?』






 あれは、自分に言った言葉でしょう?
 あれが本当の珪くんなのに……1人じゃ寂しいって、そう思ってるのに。



 皆がイメージするのは、孤高の王子様。
 自らを「特別」と思い、他人を見下ろす選ばれた人間。
 頭脳明晰・沈着冷静・才色兼備かつ運動神経抜群の王子様。
 女子生徒は憧れ、男子生徒も妬むどころか諦めと感嘆を、皮肉交じりに口にする。








『やっぱり葉月くんは特別』








 わたしが少しだけ怒った様にそういうと、タマちゃんがおろおろしてなっちんを見る。なっちんは「そういう意味じゃなくてさ〜」と頭をかいた。




「そうじゃなくて、アンタが特別なの」




 いきなりな言葉に、今度はわたしが言葉を無くす。


「普通さ、いくら頭でそう思ってたって絶対的な才能の前じゃ萎縮するでしょってハナシ。なのにアンタと来たら全然平気で話し掛けるし、断られてもめげないし……だから葉月だってアンタには普通、なんだよ」


 しかもあの三原色とまで友達だし……って、本当に尊敬するってため息をつく。た、確かに三原くんは特別かも(本人も「自らが芸術」と言ってはばからないし)。


「あのね、私たち中学の頃から葉月くんと一緒だったけど……学校で笑ったところなんて、見たことなかったの」


 タマちゃんがやんわりと、でも真っ直ぐにわたしを見つめて口を開いた。
 わたしと目が合うと、安心するような笑顔で少しだけ首を傾げる。




「中学の頃の葉月くんてどこか人と距離を置きたがってるっていうか……こう、他人を拒む感じだったの」




 わたしが知り合う前の葉月くん。
 なんとなく、わかる。


 この学園に入学したばかりのころ、まだこんなに仲良くなっていなかった頃の彼の雰囲気。人との会話も、接触も最低限にしようと必要以上に「壁」を作っていた彼。


 そんな彼が悲しくて、悔しくてがむしゃらに話し掛けた1年の春。
 一旦拒絶された、夏。
 諦めきれなくて、頑張った秋。文化祭の、思い出。
 少しだけ仲良くなった気がした、冬。

 2年で又同じクラスになって、それからは友達って声に出して言える位仲良くなって。
 誘っても断られる事が少なくなって、近づいた前半。
 わたしが傷付くんじゃないかって距離をおいたり、でも離れられなかった後半。


 そして今。

 実はちょっとだけ、ちょっとだけだよ?自分でも、もしかして仲良しかなあって思ったりも……する。


 けど、皆知らないけど珪くんて本当に優しいから。
 だから相手にしてくれてるだけなんじゃないかって……思ったりも、する。

 なっちんはわたしが特別って言うけど、わたしだって凄い人の前では気後れもする。だけど、その人のこともっと知りたいって思ったら突っ走っちゃうんだよね。話し掛けて、一緒に帰ったり、週末どこかに遊びに行ったり。
 そうしている内にその人の「かたち」が見えるから。


「いやーでもさぁ、アタシらからしてみればはやっぱり特別だと思うけどなあ」
「そんなことないってば!」
「だってアタシがいっくら話し掛けたって『ああ』とか『別に』とかしか言わないんだよアイツ!? 会話になんないっちゅーの!!」

 それは……えと、なっちんの話し掛け方にも問題があったんじゃ……。


「でも、わたしも前はそうだったよ? だから別に特別なんかじゃないってば。こんなの珪くんに聞かれたら距離おかれちゃうからやめてー」
「俺が、何?」


 ふいに、渦中の人の声が後ろから聞こえた。から。


 叫び声をあげたって、仕方ないよね?
 けれど珪くんはひどく傷付いたような顔をしてわたしを見た。
 ちちち違うっ! 違うんだよ珪くんってわたしが何かを言う前になっちんが椅子から見上げるように珪くんを見て嬉しそうに口を開いた。


「葉月は今年の学園演劇、何やるか知ってる?」
「学園演劇……? そんなのあるのか」
「まずそこかい……」

 がくーっとなっちんが肩を落とす。はともかくアンタは中学からはば学でしょうがってつっこみを入れると珪くんは無表情で(いや、考えてる顔なんだけど)暫くだまってから「……ああ、あれか」ってぼそりと呟いた。

「別に……興味ない」

 あまりに珪くんらしいその回答に、でもなっちんは怯みもせずむしろ嬉しそうに腕を組みながら言った言葉が。



がさー、「シンデレラ」でも?」





 空白。






「うええええっ!? 何っ、何言い出すのなっちん!! わたしやんないってば! やるわけな……む、むがっ!」


 突然の発言に真っ白になって一瞬遅れはしたものの、猛然と反論を開始したわたしの口を頭ごとがっしりと拘束してなっちんが言葉を続ける。

「シンデレラなんだよねー、今年の劇。知ってる? 葉月」
「……かぼちゃの馬車」
「……まあそうだけど。要するにアレよ、ラブロマンスなワケよ。が見知らぬ男子生徒とラブなわけさ!」
「んんーーーっ!むぅ、んむ……っ」

 何言うの、何言ってるのなっちん!
 わたしは必死で彼女の手を解こうとするけど、さすがチアリーディング部、腕力がハンパじゃない。って友達に対して全力で口塞ぐ普通ーーーっ!?

 タマちゃんに救いを求めて視線を移す。タマちゃんは……困ったように……笑って。……笑ってるのね。
 珪くんは表情の読み取れない顔でなっちんを見て……ふがふがと情けない声を出すわたしを見た。



「それでもやっぱり興味ない?」





(なんてこと言うのーーーっ!!)





 わたしは心の中で絶叫する。
 そんな、別にわたしが姫をやろうがやるまいが、どこの誰とラブロマンスを繰り広げようが(くりひろげないけど)珪くんが構うわけないじゃないっ! そんなのわかってるよう、わかってるけど本人の口から「関係ない」なんて言われたら立ち直れないわけで。



(なっちんの、バカーーっ!!)



 わたしは泣きそうになりながら心の中でなっちんを非難する。
 ああもう、次だ。次の瞬間に、珪くんが言う言葉なんて想像がつく。





「別に……」





 ほら、ね。

 そしてそれだけを言うと、珪くんは自分の席へと戻ってしまった。





「あらー予想外」

 なっちんがあっけらかんとした声でそう言いながら、わたしを解放する。

「うん、びっくりした」

 タマちゃんも同じように頷いてなっちんと一緒に珪くんの後姿を見てた。わたしはというと、半分涙目で2人を睨みつけ、声を震わせた。


「ひ、ひどいよ……」


 ひどい。
 そりゃ別にうぬぼれてたわけじゃない。でも、こんな決定的にしなくたって、本人の口から聞かせなくたっていいじゃない。別に、って、そんな「どうでもいい」なんて意味の言葉、聞きたくなんてなかった!



「こりゃあ本気だね、葉月も」
「うん……やっぱりちゃんなんだねぇ」





 え?





 2人の会話の指す意味がよくわからなくて、わたしは言葉を失う。
 涙目のまま呆けた顔をするわたしに、なっちんが「なんて顔してんの」ってちょっと笑った。


「いや、だからさ、いくら丸くなった葉月でもここまであからさまにからかえば『興味ない』とか『関係ない』とか言うと思ってたのさ、アタシもタマも」



 なっちんの横でタマちゃんも頷く。
 わたしはさっきの「別に」の声が再び蘇ってきて、又泣きそうな気持ちになた。


「言ったじゃない、『別に』って!」
「別に、だけでしょー?」
「うん、別に、だけだった」


 わたしの抗議になっちんとタマちゃんが同じようにそう返事を返す。その悪びれない様子にわたしはどう反応していいのかわからない。


「そんな葉月の言葉に奮起するアンタを狙ったんだけど……失敗かぁ」


 ちぇーっとなっちんが椅子から立ち上がって、それとほぼ同時に5時限目、LHRの予鈴のチャイムが鳴る。タマちゃんがそんななっちんの背中を慌てて押す。氷室先生、そろそろ来ちゃうって。

「とにかく! アンタが手を挙げれば漏れなく葉月王子もついて来るんだからね! 高校生活の思い出くらい自力で作んなさい!」

 びしっ! と人差し指を突きつけ、ひらりと短めのスカートの裾を揺らして教室から出て行く。わたしは一連の会話の意味が全くわからなくて、さっきの珪くんの「別に」の意味すらもうわからなくなっていた。
 なっちんにがしってやられたせいで乱れたわたしの髪の毛を、タマちゃんが優しく手で梳いてくれる。


「あのね、奈津実ちゃんも悪気があったわけじゃないの。ただ、ちゃんが葉月君のことを好きなのは見ていてもわかるし……葉月君がちゃんにだけ特別なのもわかってたから、もどかしかったんじゃないかな」
「えっ!? す、好きって、別に、あの……っ」
 
 自分の気持ちなのに、改めて人から言われるのって凄く、照れる。
 真っ赤になったわたしをみて、タマちゃんはふふって凄く柔らかく笑って髪を梳いてくれた手をそのまま、わたしの両肩に置いた。


「多分、自分の恋が上手くいっていない分、周りでもどかしいのが気になるんじゃないのかな。私たちから見たら、二人って充分両想いなんだもん」


 わたしはあまりの言葉に必死にぶるぶると頭を左右に振るから、折角タマちゃんが綺麗にしてくれた 髪の毛が、またぼさぼさになった。
 そんなこと、ない。絶対にない。

 タマちゃんは少しだけ困ったように笑って、又わたしの髪をとかす。そして、にっこりと笑うとがらりと音を立てて開いた前のドアの音に合わせて、自分の席へと戻っていった。






『2人って充分両想いなんだもん』






 まさか周りがそんな風にわたしたちのことを見ていたなんて思わなくて、心臓がばくばくする。
 確かに他の女の子よりは、仲がいいと、思う。でもそれはたまたま、他の誰も珪くんに近づかないからで……だからイコール特別って事にはならない。
 第一、そんなの珪くんに失礼だ。

 どうしよう、さっきの一件で、距離をおかれたら。
 そう思われたら嫌って思われて、距離をおかれたらどうしよう。

 無意識に胸の辺りで手をぎゅうっと握り締める。考えただけで、こんなにも胸が苦しい。



「文化祭の出し物は、今年は学園演劇です」



 クラスごとに選出された文化祭実行委員会の、莉優ちゃんと笠井くんが前に出てそう切り出す。
 笠井くんが黒板に白いチョークで「題目:シンデレラ」と書くと、その事実を知らなかった一部の人間がざわめく……高校生にもなって、という声と、じゃあ王子はって言う声。
 それぞれ圧倒的に、前者が男の子、後者が女の子だ。


「えーと、それでは配役なんですが、各クラスで立候補の後学年全体で決をとります。まず立候補で、いなかったら推薦なんですけど」


 莉優ちゃんがよくとおる声でプリントの内容を読み上げる。わたしは動揺した気持ちのまま、珪くんをちらり、と気付かれないように振り返る。


「じゃあ、まずシンデレラと王子役ですが、誰か立候補いますか?」


 タマちゃんがちらりとこっちを見てるのがわかる。だ、だから立候補なんかしないってば。
 氷室先生に気付かれない程度に首をふる。あからさまにがっかりする、顔。



(だってだって無理だもん劇なんかーっ!)



 誰も、手を挙げない。
 笠井くんと莉優ちゃんが困ったような表情で顔を見合わせてる。

「えーとじゃあ、推薦は?」

 莉優ちゃんがそう言った途端、予想外のところから、予想外の声が聞こえてきた。


「はい、さんが、いいと思います」


 わたしを今日で二番目にびっくりさせて発言の主が、普段絶対に自分から目立つような行動をしない、 わたしの親友二号だった、から。
 少し頬を赤くして、でもよく通るこえではっきりと口にしたのは、紛れもないわたしの名前で。

「えええっ!? ち、ちょっと待ってタマちゃん!」
「他に推薦者いますか?」
「って莉優ちゃんも待って! 進めないで! 止まって!!」
、こういった公式の場ではいかに友人同士でも名字で呼ぶように」

 さっくりと冷静な指摘をする氷室先生に従い、わたしは羞恥と動揺のためすっかり赤くなった頬のままで言葉を続ける。

「す、すいません、あの、無理ですわたし……」
「何故無理なのか、簡潔に言いなさい」
「そもそも人前で劇なんて無理です、それに、クラブだってありますし」
「人前が恥ずかしいのは皆同じ、そこを乗り切ってこそ得られる何かがあるというものだ。クラブ活動が忙しいのも又同様。君は自分さえ楽を出来ればそれでいいのか?」

 手厳しいその言葉に、ぐっと言葉を詰まらせる。
 そう言いながらも氷室先生の顔はどこか楽しげで……ふと見ればタマちゃんと莉優ちゃんも顔を見合わせて なにか目配せしてるし……一体何なの?

「とにかく! わたしより相応しい人がいっぱいいますってば!」
「不特定多数では採用のしようがない。個人名をあげるか、もしくは相当の代替案を出せないのであれば 君の意見は却下だ」
「そ、そんなーっ!」
さん、じゃあ代わりに推薦する人はいますか?」

 すごーくやさしい声でそう言ったのが、笠井くんで。
 助け舟! と思ったわたしに対してにっこりと続けた言葉が。


「あんまり自分を否定する事は、推薦してくれた紺野さんに見る眼がないって言ってるのと同じ事だよ」


 だったから。
 二の句を、継げなかった。

 わたしはどこにも味方がいない感じでオロオロと周りを見渡す。親友のタマちゃんも、仲良しの莉優ちゃんも皆何故かどこかしら楽しむような笑みを浮かべていて……うう、絶対わたしが失敗すると思ってるんだーっ!
 ふるふると拳を震わせる。反撃、反撃しないと本当にシンデレラをやることになっちゃうよう!

 わたしは必死で考える。自慢じゃないけど本当にあがり症なんだ、わたし。
 自分の手芸部のショーだって手いっぱいなのに、これ以上抱え込んだら身も心もパニックだよ。


 ふと。


 視線が、斜め後ろの珪くんとぶつかる。救いを求めて見つめていると、ふいとそっけなくそらされた。
 ……そうだよね、珪くんがわたしで楽しめることを自ら放棄するとは思えない……がっくし。


「じゃあうちのクラスのシンデレラはさんということで、いいですか?」
「いいでーす」
「良くなーいっ!」


 わたしの叫びも空しく、満場一致で拍手が起こる。なな何でっ、うちのクラスこんなに団結力あったっけ!?
 笠井くんがかつかつと音を立てて黒板に白い文字で『シンデレラ:』って書く。あああああ……。

「ち、ちょっと待って! 大体、ほら、わたしヒールのある靴なんて履けないし!」
「この間のミュール、可愛かったよちゃん」

 にっこりと顔は穏やかにわたしの言葉を遠まわしに否定するタマちゃん。

「えーと、長い裾のドレスなんて転んじゃうし!」
「去年のファッションショーのドレス、綺麗だったなあ」

 同じくにこにこと言葉を続ける莉優ちゃん。何なのこのタッグは!
 わたしはぐるぐるになりながら必死で言い訳を探す。ほら、もっと決定的にわたしじゃ出来ないって皆に思って 貰えるようなネタ! ネタはないのっ!?








(あった!)













「は、葉月くんが嫌がると思います!」














 びしっと勢い良く手をあげて発言する。笑わないでね、だって「これだ!」って思ったの。

 わたしの頭の中ではすっかり「王子=珪くん」の図式が出来上がっていたわけで……だからこその発言だった。



 いや、あのね? 言い訳するわけじゃないんだけど、別にわたしの王子様が珪くんってわけじゃなくて、いわゆる一般的な目からみてもそうだって事で、だから深い意味はなかったのーーーっ!!





ちゃんでば大胆発言〜っ!」
「いつ葉月が王子役って決まったんだよ」
「ち、ちがっ! あの、だから、だって王子って言ったら葉月くんじゃんっ! 深いイミはなくて、あのっ!」


 教室中が一気に湧き上がって、調子に乗った男子が指笛まで吹く始末。
 わたしはといえばもうどうにもこうにもいかなくて、ただただ真っ赤になり良くわからない言い訳を繰り返した。


「静かにしなさい! 君たちには最上級生としての自覚がないのか!」


 氷室先生が一喝するも、騒ぎは中々収まらない。
 タマちゃんが1人、大きくなった騒ぎにオロオロしているのが見える。わたしはそのタマちゃんの姿を見た瞬間、 同士を見つけた気がしてうっかり泣きそうになった。





(恥ずかしい―――)





 わたしが両手で頬を押さえるのと同時に、ふいに教室が静まり返った。
 わたしがびっくりして恥ずかしさの余りぎゅっと閉じていた目を開けると、皆の視線は一点に集中していて。
 見なくても、わかる。その視線の先に何があるか。

 だって、皆が見ているその方向は、わたしがいつも見ている方向だったから。



「葉月くん、推薦ですか」



 莉優ちゃんが、我に返って黙って手を挙げた葉月くんを呼ぶ。一気に静まり返った教室に、その声はやけに大きく響いた。
 そして、葉月くんのいった言葉は。





「いや……立候補。王子役」





 だった、んだ。


















 その後の大騒ぎといったらもう大変だった。

 教室中の生徒は湧きかえって、隣りのクラスの先生は騒ぎを見に来るし、わたしはますますパニックになって真っ赤な顔でわたふたするだけで、でも珪くんだけは1人、表情も変えずにそれだけを言うと 再び窓の外に視線を移していた。

 その一連の騒ぎは、あの氷室先生が口をつぐむほど、だったんだよ?
 もうこれだけでそれがどの位のものだったかって想像できるでしょ?



 でもわたしはわかってた。葉月くんが、わたしを庇ってくれたってコト。
 目立つ事が嫌いな人なのに、わたしがもうめちゃくちゃになってたから、助けてくれたってコト。
 うう……なんて手の焼けるヤツなんだって、益々嫌われるかも……。

 結局その後5分くらいたってやっと落ち着いてからHRが再会し、決定した配役を莉優ちゃんたちが 学年全体の会議へとそれをもっていった。
 王子は文句なしの満場一致で葉月くんに決定。
 シンデレラは王子とペアで、というのが慣例らしく、もれなくわたしも決定、となって。
 図らずもなっちんの思惑通り、珪くんと2人で主役をやることになったんだ。









「珪くん、怒ってる?」
「何が?」

 配役が学園の掲示板に張り出された日の帰り道。
 わたしたちはいつものようになんとなく、一緒に夕暮れの道を歩く。
 例の一件以来、何かとわたしたちの周りは騒がしくなったけれど、珪くんの相変わらずのマイペースぶりに少しずつ落ち着きを取り戻し、 何とか元の日常が返ってきた。
 わたしは心なしかとぼとぼと歩き、自分が情けなくなりながらあの日以来、初めてその話題に触れた

「その……劇のこと」
「ああ……別に、気にしてない」

 珪くんは、本当になんでもないと言った風に特にわたしを見るでもなくそう返事をしてくれる。
 何とも思って、ないのかな。わたしが「王子様は葉月くん」って言った事。 別に本当にそう言ったわけじゃないけど……そう言ったのも同じことで。
 すると珪くんはわたしの心を読んだように言葉を付け足した。


「あれだろ、おまえが去年の夏くらいに言ってた俺の変なあだ名」


 去年の夏。
 わたしは一瞬考えてから、それを思い出した。

 珪くんのマネージャーさんに言われて、距離をおいたこと。お互いが酷く傷付いて、でも、やっぱり離れられなかった時のことを。
 わたしが急に走り出した珪くんを追いかけて、そして一緒に帰ったときに言ったような気がする。皆がそう呼んでるよって。
 そこまで思い出してハッとする。

 だだだって、わたし、あの時はっきりと「王子サマだ」って言った気がするっ!!
 赤くなる顔と反対に、さあっと冷え切っていく自分の頭の温度を感じながらちらりと伺うように 珪くんを見ると、当の本人はそんなことすっかり忘れてるみたいに「ん?」って顔でわたしを見てた。


「な、なんでもない!」


 忘れてるのかな。
 でもあの時の珪くん、「王子」ってあだ名嫌がっていた気がしたんだけど、怒ってないのかな。

「シンデレラって、ガラスの靴、だったか?」

 ぽつりと珪くんが聞く。
 わたしは頷いて、あらすじを口にした。



 ――シンデレラ。灰被り姫。

 継母や血の繋がらない2人の姉にいじめられながらも、平和な暮らしを望んで送っていたみすぼらしい少女。
 ある日お城で行われる、王子の花嫁を決めるという舞踏会に浮かれる姉や母に言った初めての我がまま。


『わたしも舞踏会に連れて行ってください』


 けれどツギハギだらけの服をきたシンデレラをみて、彼女達は笑うだけ。そして彼女を置いたまま、自分達だけお城へと向かって行った。
 王子に焦がれて涙するシンデレラ。
 心の清い彼女をいつも見ていた魔法使いが、そんな彼女の願いを叶えます。
 ボロボロだった服は、素敵なドレスに。
 カボチャは、立派な馬車に早変わり。
 そしてねずみの従者を引き連れて、彼女はお城へ向かいます。


『けれど注意なさい。魔法は0時で解けてしまうよ?』


 魔法使いのその言葉を胸に、美しく着飾ったシンデレラは王子と恋に落ちます。


『美しいシンデレラ、どうかわたしの妃となり、共に暮らしてください』


 けれでも彼女は返事が出来ません。
 なぜなら、今の自分は魔法で作られた姿だったから。
 目の前にいるのは最愛の人。けれでもその瞳に映る自分はニセモノなのです。



『ごめんなさい王子様。わたしは貴方とはいけません』



 同時に鳴り響く、0時を告げる鐘の音。
 引き止める王子の声を背中に受けながら、彼女は涙ながらにその場所を後にします。本当の自分の姿を見られる前に。
 そして残されたのは、片方だけのガラスの靴。
 王子はその靴をたよりに、街中の娘におふれを出しました。


『この靴がぴったりと合う娘を、わたしの妃とする』


 2人の姉は喜びました。靴さえ合えば、王子の妃になれるのです。
 まず一番上の姉がガラスの靴に足を入れようとしました。ところがそれは彼女の足には小さすぎました。
 そして二番目の姉が。しかし今度は逆にスカスカです。


『そこの娘は?』


 従者が継母に聞きました。継母は慌てて『これは末の娘のシンデレラ。試す必要はございません』と言いました。
 ところが国中の娘に試すように、との命令を受けていた従者は彼女にもガラスの靴を履くように薦めます。
 そして、ガラスの靴にシンデレラが足をそうっといれると。
 それはぴたりと、彼女の足にあったのです。



『娘を見つけた』



 継母や姉たちは驚き、シンデレラは喜びに涙しました。
 そして城に迎え入れられたシンデレラは、王子と末仲良く暮らしました。









「なんだ、それ」

 わたしが話したあらすじに対する感想が、それだった。

「ええ、何で? 素敵なお話じゃない、ガラスの靴をたよりに、王子サマはシンデレラを見つけたんだよ?」

 やっぱり男の子はこういった夢見がちなお話には興味ないのかなって思ったけど、続く珪くんの言葉は けっしてそういうわけではなかった。
 わたしの歩調に合わせてゆっくりと歩きながら、前を向いたままで口を開く。


「俺なら……どんなにみすぼらしい格好をしてても……そいつがそいつなら、好きになる。たとえ綺麗なドレスを着ていなくても、ガラスの靴なんか残さなくても……」
「珪、くん?」
「俺は、そのままのシンデレラでも……」


 前を見つめていた視線がわたしに移される。話の意図がつかめないまま、けれどわたしはただ、その視線にどきりとした。
 珪くんはそうやって暫くきょとんとしたわたしの顔をみて、やがてふうっと何だか仕方なさそうな笑みを浮かべると又前を向いた。


「劇、頑張ろうな」
「あ、う、うん」


 うわあ思い出した! わたしがシンデレラなんだった!!

 思わずがっくりとうな垂れたわたしに降り注ぐ笑い声。うう、絶対楽しんでる。
 わたしはきっ、っと珪くんを睨みつけて「どうせ失敗すると思ってるんでしょ」って聞いてみた。すると珪くんは「どうだろうな」って少しだけ笑う。く、悔しーーーっ!!



「ドレス着たわたしに惚れるなよっ!? わたしだってわたしだって、着飾ればきっとそれなりなんだからっ!」



 びしっ! と指をさして宣戦布告。赤くなった頬が徹しきれていない自分を告白しているようなのはご愛嬌。
 わたしに宣戦布告された本人は、なんだか複雑そうな顔をしてぼそりと呟く。





「そのままのシンデレラでも、って……言ったろ?」





 意味がわからずに再びきょとんと見返すわたしをみて、珪くんはため息をつく。もういい、行くぞって言ってわたしを置いて歩き出してしまった。
 わたしは取り残された形になって、一瞬考える。そのまま? シンデレラ??


「け、珪くん待ってよー!」


 会話がかみ合ってないと思うんだけどなあっ。

 わたしはぱたぱたと珪くんの後を追いかける。普通、逆だよ? 王子がシンデレラを追いかけるんだよ?
 わたしはがしっと珪くんの制服の裾を掴んで止める。そして今思ったことを口にすると、珪くんは呆れたような 顔をして、それから何か思いついたように笑顔になると、恭しく手を差し出した。





「お手をどうぞ、シンデレラ」





 その仕草があまりに優雅で、かつ不意打ちだったから。

 真っ赤になって呆然と立ち尽くす。
 そして差し出された、意外に大きな手と、彼の笑みを含んだ翡翠の瞳を交互に見つめた。
 珪くんは、まん丸な目をしたわたしを見ると、ぷっと吹き出して差し出したその手をわたしのおでこへと持っていき、 前髪をかきあげるようにくしゃり、とその指に絡めた。
 やがて視線だけをわたしに残しながらゆっくりとその指を離して歩きだす。

 不意打ち、だよー……。

 珪くんが指を絡めた前髪に触れる。彼がくしゃってしたから、おでこが半分位丸見えになって。
 わたしはやっぱり赤い顔のままでそれを手櫛でなおすと、やっぱりぱたぱたと彼を追いかけた。
 文化祭の学園演劇がどうなったかは……それは又別のお話。
















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Comment:


5000Hits!という記念すべき数字を踏んでくださった莉優さんへの捧げモノですv
リクエスト内容は「いかにして主人公ちゃんが学園演劇をやることになったか」を、 「立候補する筈ないので、周りの陰謀を白日の下に!」と言う事でした。
何か……こんなのになっちゃいました(笑)。
もうちょっと皆の陰謀具合を書きたかった気持ちもあったのですが、今回主人公視点だったので難しかったです*
でもでも書いていて楽しかったですーっvvすらすらーっと進む進む(笑)。
ああ楽しかったv
書いてる本人が楽しんでどうするって噂もありですが(恥)、莉優さん、いかがでしたでしょうか?

配役は王子が先か、主人公ちゃんが先かで悩んだのですが結局主人公ちゃん先で……。
すこーーーーーしでも楽しんで頂ければ幸いですv


※up日未詳


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