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●秘密の花園 |
それ、を見たのは本当に偶然のことだった。
授業が終わって、もう3年生は部活もないから放課後は自由で。
本当だったらすぐにでも家に帰って受験勉強しなきゃいけないのに、
その日は何故かまっすぐ家に帰る気にはなれなくて、校舎の裏を散歩してたんだ。
「好きです」
その声が聞こえたのは、そこを曲がれば理事長先生が大切にしている薔薇の花壇が見える、というところで。
だから思わず立ち止まって、そうっと角の向こうを覗いた。
こっちを向いて立っていたのは、襟についてる学年バッチをみると黄色だから……1年生だ。
結構……可愛い女の子。
胸のあたりまで届く綺麗な髪の毛。うわ、色白いなあ。
その女の子は、色白の顔の、頬の部分だけを真っ赤にしてそう告白をしていた。
こんな可愛いコに告白されたら、男の子だったら誰でも心揺らぐんじゃないかな。
彼女いなかったら、頷いちゃうんじゃないかなって位、そのコはとても可愛らしくて。
(が、がんばれ〜〜〜)
他人事ながら、同じ女の子としては応援せずにはいられず、心の中でエールを送る。
だって、告白ってすっごい勇気のいることだ。
誰かを好きだと、特別だと気付いて、それを認める勇気。
それから、相手を独占したいって思う、自分の中にある狭量を認める勇気。
そして勿論、相手に自分の気持ちを伝えること。
伝えるだけで満足なのか、それとも振り向いて欲しいのか。
わたしだったら……やっぱり振り向いて欲しいと、思う。
好きだったら、相手にも同じだけ自分を好きになってもらいたいと思う。
少し前までなら、伝えるだけでいいと思ってた。
その上で、もし自分に興味を持ってもらえたらって。
だけど、本当の「特別」を知ったときから、そんな綺麗事言ってられないって……気付いたんだ。
あの人が呼ぶ名前は、いつも自分の名前であって欲しい。
あの人が笑いかけるのは、自分だけであって欲しい。
どこまでも強くなる、独占欲。
人のことを好きになるって、決して綺麗な気持ちだけじゃないって、初めて知った。
(珪くん…………)
「悪いけど……」
その女の子が告白してる相手の声が聞こえた時、それはたった今胸に浮かべたその人の声だったからわたしは危うく声をあげそうになって慌てて両手で口を押さえた。
飛び出しそうな心臓を押さえて、慎重に女の子がみている相手、つまり手前でわたしに背中を向けている人を見れば、どれだけ沢山の人がいても、決してみまちがう事の無い、その人だった。
たとえそれが後姿でも、仮に指先しか見えなかったとしても、絶対に、間違えない。
ってことはわたしこのコと珪くんが上手くいくように願っちゃってたんだ!!
今更ながら自分自身に激しくつっこみを入れる。馬鹿馬鹿馬鹿!
けれど同時に、相手が珪くんだとわかった瞬間に、あれだけ目の前の女の子を応援していた気持ちが反対の方向に向いてしまう自分がひどくイヤで。
例え彼がこのコと付き合わないにしても、イコール自分と付き合うってわけでもないのに。
それでもそう願ってしまう自分が、嫌だ。
胸の奥が一気にしおしおとする。
綺麗事だけじゃ恋愛は出来ないってわかってても、こんな醜い自分を、珪くんは好きになってくれるのだろうか。
「付き合ってる人、いるんですか?」
消え入りそうな声で、でもそれだけは聞かずにはいられないといった感じで彼女が聞く。
「……いない」
「じゃあ、どうして……?」
珪くんには、「一番」がいる。
それは大分前に本人に聞いて知っていること。
けれどそれが誰なのかは知らない。そしてそれがそもそも女の子なのか、そして報われる可能性があるのかも。
わたしがその辺りを聞こうとするたびに彼は切なそうに笑うから、いつしか自然とその話題を避けるようになっていた。
「先輩、ですか?」
いきなり女の子が口にした名前に心臓が跳ね上がる。
えええっ!? ど、どうしてここでわたしの名前が出てくるのっ!?
心臓のどきどきが胸に伝わってスカーフまで揺れてる。
もしかして、彼女達にも聞こえてるんじゃないだろうかってくらい、それは激しさを増すばかりだった。
『ドジで、マイペースで……おまけに鈍いんだ』
いつか話してくれた、珪くんの特別。
違う、よね? わたしじゃ……ないよね?
そう思いながらも、胸のどきどきが止まらない。
期待してるのか、それともただこの事態に動揺してるのか、自分でもわからなくて。
けれど何故か泣きそうな気持ちのまま、彼の言葉を待つ。
「あいつは……関係ない」
「でも! 葉月先輩と一番仲がいいですよね? もし
先輩が原因じゃなかったら、何故ですか?」
「あいつがどう、とかじゃなくて……俺がおまえとは付き合えない……そういう風に、みれない」
だから、悪い。
そうはっきりと告げて、珪くんは軽く頭を彼女に下げた。
言われた女の子は、泣きそうな顔で、でも必死にそれを堪えるように唇をかみ締めていた。
そして本当に小さな声で「ありがとうございました」って……ぺこりと頭をさげて。
その拍子に、透明な雫が地面に落ちたのがわかった。
そうして彼女は珪くんに背中を向けると、少しでも早くこの場から立ち去ろうと願うように小走りにかけていって、その背中がひどく小さく見えたのは、きっと気のせいなんかじゃないと思う。
その背中に自分をかすかに重ねて切なくなりながらも、珪くんが断った事にほっとする自分が確かにいた。
嫌なコだ、わたし。
告白する勇気もないくせに、人がそれをした時、その不成就を願うなんて。
壁に背中を預けて、空を仰ぎ見る。何だか、少しだけ泣きたくなってきた。
「おい」
「うひゃっ!」
全然油断していたときにいきなり声をかけられたから、何だか変な悲鳴をあげてしまう。
う、うひゃって……せめてもっと「きゃあ」とか、可愛らしい悲鳴がどうしてあげられないんだろう、わたし。
恥ずかしさに赤くなるのを感じながら、覚悟を決めて声をかけた本人を見る。
その人は明らかにむっとした表情を浮かべて、右腕をわたしの頭上の壁に預けながらこっちをみていた。
「こ、こんにちは……」
なんて言っていいのかわからなかったから、とりあえず挨拶なんかしてみる。
あっさり無視されたけど。
珪くんは何かを探るようにわたしをじっと見つめた。
まっすぐに自分をみる翡翠の色が、覗かれたわたしの醜い気持ちのせいで曇ってしまう気がして……わたしは目をそらす。
勇気のあるあのコの不幸を願った、自分の気持ちを隠す為に。
「こっち、見ろよ」
「……や」
彼の瞳を見た瞬間、自分の気持ちがばれると思った。
どうしてもそんな気がして、絶対に彼を見れなかった。
見られたくなかった。
けれどそんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、珪くんは強引にわたしの顎を持ち上げる。その仕草によろけて、わたしは右手を珪くんの胸においてバランスをとった。
左胸。心臓が、あるところ。
この奥に、彼の命がある。
その位置に、制服越しだけれど触れているということに何だか切なくなって、勝手に涙腺が緩んだ。
「何で、泣く……?」
「わかんない」
わかんないって、おまえ……って、珪くんが困惑してるのがわかる。
わかったけど、どうして今こんなにも切ないのか、本当にわからないから返事が出来ない。
ただ苦しかったんだ。
珪くんに告白して玉砕したあのコの涙が。
あのコの幸せと自分のそれが相反する事がわかっていながら、切なく思ってしまう自分の心が。
そして、今わたしの右手の手のひらが触れているところに、一番大切なものがあるということが。
苦しくて……痛い。
どれ位そうしていたかわからないけど、やがて珪くんがゆっくりと彼の胸に触れていた手をとって歩き始めた。
どこに行くのか問いただす前に、彼の足はぴたりと止まった。
彼の背中から覗き込む様に前を見れば、満開の、バラ。
風がなくても、意識を集中すると独特の甘い香りが鼻孔をくすぐる。
冬咲きのバラの花。
入学してからずっと、この花壇にバラの咲かない日は無かった。多分、理事長が咲く時期の違う種類をあえて選んで育てているからだろうな、って勝手に想像する。
「人間の五感で…………」
「え?」
「五感、あるだろ?味覚とか、聴覚とか」
いきなり前後が見えない言葉を発する珪くんにためらっていると、言葉少なに説明してくれる。
五感……えっと確か、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚、だっけ?
わたしはそういって彼を見上げると、珪くんは黙って頷いて軽くバラの花に触れた。
「人間の五感の中で、一番優れてるのは、嗅覚なんだ。他の感覚で覚えたものを忘れても、匂いで覚えたものって、中々忘れないらしい……」
例えば、生まれたばかりの赤ん坊が見えないながらも母親をそれと認知できるのは、母の匂いがあるから。
そういえば、何かしら「懐かしい」と思うことが多いのも、何かの香りを嗅いだ瞬間だったりする。
わたしは何となく腑に落ちるものを感じながら、ゆっくりと彼の隣りに立って同じようにその内の1輪に触れた。
「きっといつか……どこかでバラの匂いを嗅いだ時、今日の事思い出すのかな……」
「多分、な」
その時、となりに珪くんはいるのかな。
そうして同じように、今と同じ言葉を未来に繋げて告げることが出来るのかな。
「……又泣く」
「卒業が近いから涙腺が緩んでるの!」
「年とると緩くなるって言うしな……」
「どの口がっ!どの口がそういう事言うかなっ!」
頭にきて真っ赤になりながら珪くんの両頬をつねろうとしてあっさりとかわされる。
悔しかったから、ふくれたまま精一杯の文句を言った。
「珪くんと一緒だと、ちっともセンチになれないよ」
こっちはそんな珪くんともうすぐお別れかもって、こんなに落ち込んでるのに。
でもそんなこといえるはずも無いから、そんな気持ちは隠したままでふてくされた気持ちだけをぶつける。
すると珪くんは、ふくれるわたしをみて怒るでもなく、呆れるでもなく、ただ穏やかに笑ったんだ。
「おまえは笑ってればいい……」
甘い香りとともに届いた、その言葉。
聞き返す前に、背中を向けて花壇が続く先へと歩き出してしまったから言葉の真意を確かめる間もなくて。
ただ、花の色と同じくらい今のわたしは真っ赤な顔してるんだろうな、って思った。
覚えた匂いは一生忘れない。
ならばきっと、わたしはバラの香りを嗅ぐたびに今の珪くんの言葉を思い出す。
そしてきっと又胸が切なくて、泣くんだ。
立ち止まって開いた距離を埋める為に、小走りで彼の背中を追う。
わたしが起こす風が花の香りを誘って、益々泣きたくなって。
指先に届いた制服の裾を、掴む。
(一緒に、いたいよ)
今日も、明日も、卒業してもずっとずっと。
バラの香りを嗅いでも泣きたくならないように、泣きたくなっても新しい思い出を珪くんがくれるように。
1人で泣かなくても、いいように。
(傍に、いて)
掴んだ手を包み込むように握りしめて、わたしの手を制服から外す。
そしてそのままその手は珪くんの右手に埋まった。
卒業まで、あと1ヵ月。
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Comment:
卒業シーズンが近づいているせいか、ちょっと切なめなお話を書いてみました。
書こうと思って書いたわけじゃなくて、書いてるうちにこんな話になっていったという
いつも通りの作成秘話(ちっとも秘話じゃない)。
最近書いたのが、もう1人の女の子だったので、そっちの性格を引きずりかけて
修正が大変でした(汗)。
人間の五感で嗅覚が一番鋭いのは、片瀬がどこかで聞いたお話です。
香りのある思い出は、いつまでも忘れないとのこと。
だから忘れて欲しくない人の前では、香りを纏うといいよって。
皆さまも好きな人と会う時にでも、試されてください。
逆の場合はホント切ないんですけど(涙)。
ちなみに片瀬のお気に入りはエスティーローダーの「Pleasures」。
凄く大好きな香りですvラストノートが最高vvなのです。
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