** Happy C×2 **
 ●秘密の花園

 一面にバラの花が見えるその場所に、俺は一人の女生徒に呼び出された。
 見たことのない顔。まだ幼さの残る顔は、明らかに年下で。
 緊張した面持ちと、やや紅潮するその頬をみれば、用件は明らかだった。
 過去に何回か、繰り返されたそれ。

 そして、俺の想像どおりの言葉を彼女は口にした。




「悪いけど……」




 だから、やっぱり俺も今までと同じ言葉しか返せなかった。


 目の前の彼女が、どこか俺の答えを予想していたかのような顔で、それでも必死に聞いてくる。
 付き合ってるヤツがいるのか、と。


 そう問われた瞬間に、浮かぶ顔はただ一人。
 俺がそうありたいと願うのは、そいつしかいなかったから。
 けれど俺たちの関係は決して彼女がいうようなものではなかったから、否定の言葉を口にする。

 それを言葉にするのは、ひどく胸が痛んだけれども。




先輩、ですか?」




 ずきり、と、胸の痛みが激しさを増して奥底にくい込んだ。
  。
 俺の…………唯一。


 彼女の名前を、誰かの口から聞いただけでこんなにも痛くなる胸に、今更ながら笑いたくなる。
 ここまで、俺の胸に確かにいるその存在に。
 見知らぬ誰かが俺を想って、その胸の内を告げてくれているにも関わらず、俺が想うのはただ一人。
 その最中でさえ、こんなにもあいつしか欲しくない。


 あいつしか、いらない。


 欲しくないんだ。





「でも! 葉月先輩と一番仲がいいですよね? もし 先輩が原因じゃなかったら、何故ですか?」





 俺が自分とは付き合えない理由を、 とのことにあると思いたいのだろう。
 自分に魅力がないから、ではなく、それ以上の存在が俺にあるから選んでもらえないのだと。

 泣きそうな顔で、確認の意味をこめての質問。
 俺は、けれどどうしようもなくてその残酷な言葉を口にする。




「あいつがどう、とかじゃなくて……俺がおまえとは付き合えない……そういう風に、みれない」




 言葉が届いたとたん、目の前の少女は唇を噛み締める。
 その肩は小刻みに震えてるように見えた。そしてそれを痛々しいとも思った。
 けれど、俺は優しくかわしてやれるような言葉をもっていないから、本当のことを告げることしか出来なくて。



  が、好きだ。



 けれど、俺が目の前の彼女と付き合えないのは のせいじゃなくて、ただ、そう見れないから。

 俺にとっての「そういう」対象が……あいつだけだから。




「…………だから、悪い」




 精一杯の勇気をもって自分に想いをぶつけてくれた彼女への謝罪。
 決して応えてはやれないから。

 軽く頭を下げながら、卒業の時には俺もあいつにこうされてるかもな、と自嘲したくなる。

 微かに耳に届いた彼女の声に顔をあげると、俺と同じように頭を下げている彼女がいて。
 そうして顔を上げた瞬間に、頬を伝うものがあったのが見えた。


 胸が、痛む。


 けれど、応えられない。どうしようもないんだ。




 走り去る彼女の小さな背中を見ながら、俺は重い気持ちを振り払うように頭を振った。
 とたんに鼻に届く、甘い香り。



 咲き乱れる、バラの花。



 そっと指先でそれに触れる。
 この匂いとは違うけれど、花の香りをかいだ時に思うのはあいつの顔。

 ゆれる髪先から零れる、甘い花の香り。




(会いたい…………)




 少女から受けた胸の痛みをどうにかしたくて、俺はあいつの顔を思い浮かべる。
 人のことを気遣うくせに、ここぞというときは本当にマイペースで、でもどこか危なっかしくて……鈍いヤツ。
 どれだけの想いをもって彼女に触れても一向に気付く様子もない。
 さすがにこの3年の付き合いで彼女の鈍さには慣れたといっても……たまに痛いのは仕方ないことなのだろうか。


 ため息をひとつついて踵を返す。
 さわり、と風が吹いて、それと同時にさっきまで俺を取り巻いていたものとは違う花の香りが鼻腔に届く。



 あの角の、向こう。





「おい」


「うひゃっ!」





 香りの持ち主はまったく油断をしていたらしく、俺が声をかけると変な悲鳴をあげてのけぞった。
 俺を見て真っ赤になるってことは……聞いてた、んだよな。やっぱり。

 俺の気持ちなんて、これっぽっちも知らないその顔を見てなんとなく不機嫌になりながらの反応を待っていると、意味もなく挨拶してきたから無視してやった。




 おまえ、聞いてたんだろ?



 俺が、告白されてたの。
 なのに何も言わない、聞かないってことは……どうでもいいってことなのか……?

 何も言わない彼女から、どうにかその答えを探そうとその大きな瞳を見つめた。
 けれど彼女は一瞬で顔を痛そうに歪めて……俺からその視線を外す。




「こっち、見ろよ」

「……や」




 俺は苛立つ気持ちのままに彼女の細い顎に手をかけて無理やりこっちを向かせる。


 どうして何も言わないんだ?
 どうして…………目をそらす……。


 俺がそうしたことでよろめいた は、とっさに俺の胸に片手をとん、と置いた。
 そういった何気ない彼女の行動ひとつひとつに俺は胸が締め付けられる。

 制服越しに触れる彼女の白い手のひら。
 この手が、腕が、彼女が……全部俺のものだったらどんなにか幸せだろう。


 見つめた指先が少し震えて、視線を彼女の顔に戻すと、なぜかその瞳は濡れていた。


 最初は視線が揺れてると思った。
 けれど瞳の色が艶やかさを増し、透明な雫が彼女の眦に浮かび上がるのを見て俺は動揺する。




「何で、泣く……?」




 わからない、と彼女は言う。
 わからないと言いながら、声をあげることもなく、静かに何かを吐き出すかのように涙を流して。
 はらはらと……ただ、泣いていた。

 顎にかけた指を外す。静かに重力の赴くまま彼女は少しうつむいて、けれどもやはりその涙は途切れることなく彼女の頬をぬらす。


 考えても、彼女の泣く理由が見つからなかった。


 思うのは、自分もこんな風に泣けたのなら少しは楽になるのだろうか、ということ。
 思いのままに涙して、この心の熱を少しでも外に吐き出すことが出来たなら…………目の前で泣いているこいつにかける言葉を得ることも出来るだろうか。



 俺は胸に置かれたままの彼女の手をそっと取り、花壇の方へと歩き出す。
 どう慰めていいのかわからなかったから。




 人の五感でもっとも優れているものは、嗅覚だと昔どこかで聞いた。
 香りの伴う記憶は、その中で最も忘れがたいものだと。



 忘れてほしくないと願う。



 離れても、別の道でそれぞれ新しい誰かと歩むことになっても。






 少なくとも「今」、おまえの隣にいたのは俺だという事を。







 バラの香りは、おまえに俺を焼き付けてくれるだろうか……?








 隣で泣き止んだはずの が、又泣いてるのがわかった。
 本当に、昔から泣き虫だ、こいつ。




 泣くなよ。

 おまえ、笑ってるのが一番きれいだから。




 つらいことがあっても、嫌なことがあっても。
 それでも笑っていて欲しい。




 そのために必要なら、俺はどんなことでもしてやる。

 どんな言葉でも、言ってやるから。




 だから、笑って。





 笑わそうと、言葉を選んだ俺に は真っ赤になって膨れながら文句を言う。




「珪くんと一緒だと、ちっともセンチになれないよ」





 わかってる。

 卒業が近づいて敏感になってること。
 楽しかったはば学の生活が終わること。
 仲良くなった友人と、別れなければならないこと。

 おまえが「泣きたい気持ち」でいっぱいなの、ちゃんと俺、わかってる。




 それでも俺は我儘だから。






「おまえは笑ってればいい……」








 泣カナイデ。






 守りたい。

 その、笑顔を。

 その為なら、道化にだってなるから。






 甘い香りの中をゆっくりと歩き出す。
 こんなにも強欲になった俺を、誰かに止めて欲しいと願いながら。



 とまらない想いはいつか歪む。
 受け取ってくれる人がいなければ、溢れて、壊れる。





(おまえがいればいい)






 世界中の一番を決めてしまった瞬間に、始まってしまっていた。



 誰か、救って。






 背中に触れる気配。
 きゅう、と、か細い力で。けれど確実に俺を捕まえてくれるその力。




 こいつが求めるのは、自分でありたい。




 今も、これかも、ずっと、ずっと。






(傍に、いたい)







 こいつが、バラの香りを嗅いで俺を懐かしむのではなく、俺に笑いかけてくれるように、傍に。
 新しい俺を、記憶に重ねていってくれるように。




 背中に触れた手をそっと解き、自らの手中に収める。
 壊れないように。奪われないように。






 卒業まであと、一ヶ月。








---------------------------------------------------------------
  Comment:

  Pockyさん・エッちゃん&あさこさんのリクエスト作品でもある 「秘密の花園」葉月Ver.です。
  多分「読みたい」とおっしゃって頂けなければ書くことがなかった作品、かな?
  主人公Sideのお話を読んで、「珪くんはこう思ったんだろうなあ」っていう
  皆様の想像の世界を壊していないことを祈るのみです。
  なんか……難しかった(没)。



※up日未詳


*Back*

copyright (c) 2007 Happy C×2