** Happy C×2 **
 ●君を想うとき


 ねえ、珪くんはどんな時にわたしのこと、思い出してくれるのかな。
 ふと、そんなことを考える。

 壁にかかった時計が指すのは、夜の10時45分。
 もう、帰ってきたカナ。

 今日は、珪くんの撮影が終わる日で、撮影が終ってから打ち上げがあるって聞いてた。
 今回の撮影は、海外ロケも入った三ヶ月にもわたるもので、その間、結構……デートが中止に なったりもした。


 でもね、いいんだ。


 いいんだって言うと拗ねてるみたいに聞こえるかな。でもね、そうじゃなくて。
 だって今回の撮影は凄いんだ。ブランドに疎いわたしだって知ってる、とある有名なブランドの冬物のイメージモデルに珪くんが抜擢されたの。
 世界共通じゃなくて、日本向けのプロモーションモデルだけど、それでも、凄い。
 自分の好きな人が、皆にも素敵だって認められるって、凄く嬉しいもん。
 勿論それで忙しくなって会えないのは寂しい。でも、「ごめんな」っていう珪くんの一言で……仕方ないって思うから。

 日本の撮影が終って、アイルランドへ直行。約半月のロケを行って、今日のお昼の便で帰ってきてるはず。
 その後最終チェックをして、夜から打ち上げって聞いてたけど。


 机に置かれた携帯は、黙ったまま。




「いいもんねー……だ」




 今日はだめでも、明日はきっと、連絡取れるはず。
 時間差のない会話ができる、はず。
 だからいいの。いいんだ。




「いいんだもん」




 ちょっとくらい、トイレ行く振りして、電話出来ない?
 メールなんて、十秒くらいでうてると思うんだけどな。
 なんて……思う自分がいないわけでもないけど。

 指先でこつりと携帯をつつく。こら、早く電波ひろってよ。
 かつ、って、ストラップについたアクリルの花が携帯にぶつかって音を立てる。
 この間なっちんとおそろいでかったストラップ。半透明の、五枚の花びらで作られたお花。
 わたしが薄いピンクで、なっちんが水色。
 一緒にあったクローバーが、珪くんを連想させて。

 視線を移す。机の置くの、小物置き。
 小さい紙袋が、みっつ。


 一つは、買っちゃったクローバーの飾りがついたストラップ。
 もう一つは、家族で旅行に行ったときに買ってきたシルバープレートの栞。
 最後の一つは、なんとなく立ち寄ったお店で、可愛いって思ったペーパーウェイト。


 だってね、可愛いなって思うと、珪くんにも見せたいなって思っちゃうんだもん。
 あとね、一緒に行きたいお店、いっぱい出来たよ?
 洋服だって、新しいの買ったし……見て欲しい。














 珪くんは、どんな時にわたしのこと、思い出してくれる?

















 ――ぶるるっ。














 外出したままマナーモードになっていた携帯がいきなり机の上で暴れ出してびっくり。
 危うく椅子から転げ落ちそうになりながら必死で体勢を整え、大きく深呼吸してから携帯をとる。
 無意識に、ぴ、と、通話ボタンを押してから気付いた。
 大好きな人の名前が、液晶にあったことを。














(えええええっ!?)














 いきなりで、ボタンを押したまま硬直。
 しまったちょっと待ってよ、心の準備してから取ればよかったわたしの馬鹿っ!
 でも一旦構えてしまった心は中々ほぐれてくれなくて、気が付けば携帯の通話ボタンを押してから耳に当てないままで8秒経過。
 あああああっ!




「も、もしもしっ!?」




 はっと我にかえって、大慌てで携帯を耳に当てる。でも、聞こえてきたのは無情な機械音。
 つーつーつー。




「うわあんっ!やだやだちょっと待ってよーーーっ!!」




 半泣きになりながら慌てて着信履歴を呼び出す。好きな漢字みっつ。葉と月と珪。
 間違いない、珪くんだ。
 涙目になりながら、その番号を表示させたまま通話ボタンをおす。ぷっぷっぷって、回線を繋げる音が聞こえる。お願い、早く呼び出して。












 こつん












 わたしが通話ボタンを押したのと同時に、窓に何かあたった音が聞こえる。
 椅子から立ち上がって、携帯を耳に当てたままゆっくりとカーテンを右に引いて。
 同時に、いつの間にか呼び出し音に変わった携帯から、ぷつりと空間を繋げる音が聞こえた。









『……?』








 家の前の、街灯。
 斜めから光が当たる感じで、うんと濃い影を道路に落としてる人。
 ね、髪、短くした?
 ちょっとだけ、やせた?










「けー……くん…………」










 携帯を耳に当てて、反対の手をかるくこっちに挙げてる。
 どうして、って思うより先に、嬉しさ、の方がぐんって、胸の全部を占めた。
 から。


 自分がパジャマのままとか。
 当然お化粧なんてしてないとか。
 今が夜中だとか。

















 そんなの、どうでもよかった。


















 部屋のドアを開けて、つま先で階段を駆け降りる。
 多分尽は気付いてるだろうな。でも、今はいいや。見逃してね尽。
 お父さんとお母さんも寝てから30分くらい経ってるから、きっと起きないはず。







(でも、今なら怒られてもいいもん)







 がちゃりと玄関の鍵を外して、外に駆け出す。
 珪くんがちょっとびっくりしたような顔で、まだ繋がったままの携帯を耳からちょっとだけ離れたところで持ってた。
 その手がゆっくりと下りて、ぴ、と終了のボタンを押す。
 それを見て、わたしも握りしめたままだった自分の携帯を、閉じた。






「おまえ……凄いカッコ」






 髪、ぐしゃぐしゃだぞ、って、優しい手がわたしの髪に触れる。
 髪、少し伸びたなって……笑う。
 わたしはただされるがままに立ち尽くして、でも、視線は一ミリだってその目から離すことが出来なかった。




?」




 何も喋らないわたしを覗き込んで、名前を呼ぶ。

 珪くん。珪くん。










(会いたかったの――)











「あの、ね」
「ん?」






 会いたかったの。
 会いたくて会いたくて、声だけでも聞きたくて。
 でもそう思ってるのが自分だけなのかな、とか、珪くんもそう思ってくれてたら、電話くらいくれるよね、とか、でもどうしてくれないの? って思っちゃったりして、嫌な女の子になった。

 どうして電話くれないの?
 どうしてメールもくれないの?って、そんなことばっかり考えて。

 珪くん忙しいのわかってるのに。
 「でも」って、思っちゃうの。








「ごめんね」








 ワガママでごめんね。
 珪くんは、こんな時間に、わたしの家まで駆けつけてくれたのに。
 ワガママばっかり思って、ごめんね?
 なんだか上手い言葉が出てこなくて、ただ謝ったわたしに、珪くんが黙り込む。
 それからわたしの髪に触れていた手をゆっくり離すと…なんだかとても傷ついたような瞳でわたしを見た。





「もう、飽きた、か?」
「え?」
「それとも……他に出来たのか、好きな…ヤツ」





 えええええっ!?
 なっ、何がどうしてそうなるの!?
 わたしはあまりの発言に言葉を失い、目を丸くして珪くんを見返す。
 珪くんはそんなわたしの視線を避けるように顔を横に背けて、地面に視線を落とした。



「バイト忙しくて……約束、何回も破ったし……おまえが怒るのも、当然だよな」
「ちっ……」



 違う、違うよ珪くん!
 ぶるぶるとかぶりをふる。すると珪くんは痛々しそうに頬をゆがめて「無理するな」って、笑う。
 その笑顔があまりに綺麗で、痛くて……なんだか泣きたくなった。
 そうじゃない、そうじゃないよ珪くん。わたし、そんなこと思ってない。
 そう、ちゃんと伝えようとして。




「でも」




 痛そうな、傷ついたような色は相変わらず瞳に移したまま、けれど何かを決意したような強さが、そこにはあって、その視線の強さにわたしは言葉を奪われる。








「でも俺……おまえを手放すつもりなんて、これっぽっちもないんだ」









 だから、全部受け止めるから、思ってること全部言ってほしい…って。
 ねえ、ちょっと待って?珪くん。




……泣いてちゃわからない、ごめん、俺……」
「ちがっ……そうじゃ、なくて……そうじゃなくて」




 ごめん、ちょっと待ってて、って言い残して、わたしは家に戻る。
 さっきそうしたように階段を一気に駆け上がって、机の上にあった包みをがさりと手に掴み、再び階段を駆け下りる。
 ドアを開けると、取り残されたような珪くんの姿が街灯に映し出されて、なんだかそれがとても切なかった。



「これっ!」



 みっつの紙の包みを持った両手を、珪くんに向けて突き出す。
 珪くんはわたしの勢いにびっくりして、けれど半ば条件反射の様にゆっくりと手を伸ばして、それを受け取った。
 わたしは珪くんの大きな手にうつった紙袋の一つ一つを指差しながら、自分でも何を言ってるのかわからないくらいの勢いでまくし立てる。


「これね、この間なっちんと買い物に行った時にね、見つけたの。かわいいの。だから、珪くんにもあげたくて。それから、えっとこっち……じゃなくて、こっちの方。先週家族で旅行にいってね、そのお土産なの」
……」
「で、残りのこれはね、えっと……なんでもないんだけど、お買い物に行った時に目についてね、ああ、綺麗だなって思って、そしたらやっぱり珪くんにあげたくなって……」



 だから、だからね。




 少しだけ困ったような珪くんの視線。ごめんね、そうさせたの、わたしだよね。
 みっつのお土産を包む手のひらごと、彼の手をとって、告げる。














「好きなの」














 ぴくりと、わたしの手の中の彼の手が震えた。
 綺麗な手。節の出てない、男の人の手なのに、すらりとした指がとても好き。
 この指で髪を触られるのが好き。この手のひらで頬を撫でられるのが好き。
 あなたが、好き。




「じゃあ、なんで『ごめん』…って……」
「それはっ…、その、珪くんこうしてちゃんとわたしのこと考えてくれてるのに、わたし、なんで電話くれないのかなーとか、メールくらい打てるでしょ! とか…そんなワガママばっかり考えちゃって……だから」
「だから……『ごめん』?」




 こくりと頷く。
 頷いてからきっかり三秒だって、ごつりとわたしの頭に珪くんの頭がぶつかる。
 何?と思う前に聞こえた、おっきなおっきなため息。




「馬鹿……止まるかと思った…心臓」
「ううう〜〜…だってだって」
「だって、じゃない。本当にどうしようかと思った…俺」




ぐりぐりと額を押し当ててくる。いたた、痛いよ珪くん。



「ごめん……電話とか、メール、しようと思った。けど、一度すると際限無くなりそうで……怖かったんだ」
「際限?」
「ああ……おまえからの返事、いつ来るだろう、とか。今電話がかかってきてるかもしれない、とか……そうしたらちっとも仕事にならなくて、終わるの遅れる。そしたら益々おまえと会えなくなる、から」
「…………」
「出来なかった……悪い」



 言葉にならなくて、むう、って唇噛み締める。
 なんだか泣きたくなって、今度はわたしがぐりぐりと頭を珪くんの額に押し付けた。



「ごめん」
「あやまんないでようっ」
「これ、サンキュ」
「いいの、わたしが勝手に買ったんだからっ」



 今胸の奥にある熱い気持ちを言葉に出来なくて、悔しくて駄々っこみたいに言葉を返す。
 どうして、十何年も生きてきて、上手に言葉を操れないんだろう。
 この熱さを現す単語をわたしは知らない。この熱を伝える方法を、わたしは知らない。
 ねえ、どうしたらあなたに伝えられるだろう。



「じゃあ、これ」
「え?」
「俺が勝手に買ったやつ……おまえに」



 珪くんが、わたしの紙袋をポケットにしまうのと同時に、逆に取り出した小さな包み。
 開けば、くすんだシルバーのクロスに、円がついている変わったデザインのペンダント。



「これ……」
「アイルランドに行ったから、おみやげ。ケルト十字」



 デザインが気に入って、といいながら、ちゃり、と指先で触る。



「普通のクロスと違うだろ…後ろについてる輪は、太陽を表すんだ。北の、凍てついた大地で生活する彼らにとって、何よりも大切で、信仰の対象となるもの」
「そう、なんだ……」
「ああ。それ聞いたとき、俺……」



 言って、黙るから。
 視線をペンダントから珪くんに移す。けれど珪くんの視線は相変わらず、ただ静かにそれに注がれていた。


「珪くん?」
「いや、何でもない……それより、気に入らなかったら、ごめん」
「そんなことないよっ! ありがとう珪くん、大事にするねっ」


 アイルランドに行っても。ちゃんとわたしのこと、忘れないでいてくれたんだ。
 一応付き合ってるから、当然といえば当然なのかもしれないけど…それでも凄く嬉しくて。
 貰ったペンダントをきゅ、と手のひらに包み込んで、微笑む。ありがとう、ってもう一度言ったわたしに、俺が勝手に買ったから、って……ずるい、まねっこだ。




「明日、どこか行くか」
「えっ? いいの? 珪くん疲れてないの?」
「……行きたくないのか」
「い、意地悪っ!」




 膨れるわたしを珪くんがあやすように撫でる。さっき、大好きだと思ったその手の平で。
 それからぽつりと漏らした言葉は、「もっとワガママになれ」。
 見上げるわたしに、少しだけ真剣な目で見つめ返しながら、珪くんは言葉を続けた。


「さっき、ワガママっておまえ言ったけど……ちっとも、ワガママなんかじゃない」
「で、でも……」
「嬉しかった……俺」
「け、く……」
「結構我慢するだろ……俺のためだってわかってるけど……俺の方が我儘だから、もっと求めて欲しいって、思う、から」


 細められる視線に、胸がきゅうってなって、息が一瞬止まる。
 斜めに傾けられた珪くんの綺麗な顔が近づいてきて、まるでそうするのが当然の様に、わたしの瞼は勝手に閉じられていく。
 それが触れる、と、思った瞬間。









 ――がらりっ!!










 突然頭上から響いた物音に、物凄い勢いで身体を起こす。音のした方を見上げれば。





「あーのさー、ラブシーンならもっと離れたトコでやってくんない? 年頃の弟としては微妙なんだよねー」
「つっ、つくっ、ラブシーンて、ら、ラブっ、ラブシーンっって……!!」
「…………」





 二階の窓、わたしの部屋のすぐ隣のそこから、尽が窓枠に頬杖をつきながらこっちを見てる。
 なっ、なんでっ!?いつ、いつから伺ってたのっ!?


「葉月、一応それまだ家のものですんで。そこんトコよろしくなっ!」
「そっ、それって! それってなによ! ヒトのことモノ扱いするなーーーっ」
「んじゃ、おっじゃましましたー♪」


 からからと。
 突然現れた尽は、終わりも同じように自分勝手に幕を下ろしてフェードアウト。
 残されたのは、あまりのことに呆然と立ち尽くすわたしと、黙ったままの珪くん。






(うぎゃーーーっ!! 弟にっ! 家族にこんなとこ見られたああっ!!)






 恥ずかしさに死んでしまいたくなりながら、死ぬほど熱い両頬に手を添える。
 くうう、尽のヤツめ〜っ、あとでうんと懲らしめてやるんだからっ!!
 怒りに震えながらそう決意するわたしの横で、動かないままの珪くんに気付き、フォローすべく彼に向き直った。


「け、珪くんごめんね尽……」

「はっ、はいっ!」


自分の名前を呼ぶ声の響きにただならぬものを感じ、思わず敬語で返事を返す。
あ、珪くんのこの眼知ってる。いつだっけ、えっと……。


「明日、駅前に10時」
「はい?」
「明後日は、バス停前に1時」
「……えええっ!?」
「その次は、1時に迎えに来るから」
「ちょっ! ちょっとちょっと珪くんっ!?」
「……売られたケンカは買う主義だから、俺」


 あの、何が売られたんでしょうか。どこらへんがケンカなんでしょうか…?
 じゃあ、と、いきなりそれだけを言って背中を向ける。えええっ!? ちょ、ちょっと待って!


「あ、忘れてた」
「え?」


 状況にすっかり置いてけぼりにされたわたしの元に、再び珪くんが戻ってきて目の前に立つ。
 それから何故かちらりと上の方に視線を一度やってから、「おやすみ」と。






「…………っ!!」






 掠めるような、キスをして。
 今度こそ、じゃあな、って……わたしに背を向けた。
 同時にがたん、と、こっちにまで聞こえるくらい凄い音が二階から聞こえてびっくりする……尽?
 ね、寝ぼけたのかな。
 わたしはだんだんと小さくなっていく珪くんの背中を見送りながら、さっきの約束を繰り返す。

 明日が、駅前に10時で、明後日がバス停に1時。
 その次は1時に準備して待ってればいいのよね?






(一気にデートの約束が出来ちゃった……っ)







 呑気なわたしは、裏で行われていたバトルになんてこれっぽっちも気付かずに、パジャマのままでいつまでも、うかれたまま夜空を眺めていたりした。



















Fin





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Comment:


甘いお話を書く予定でした。
……尽くん?
きっと最後のキスを見せ付けられた尽は「…葉月のヤロー」と部屋で怒り狂ってるものかと(笑)。
尽vs葉月、大好きですvv

「あなたはどんな時にわたしを思い出してくれるだろう」

というのがテーマで、でもなんだかどんどんずれてって別のお話になってしまいました(汗)。
とある方の1フレーズで、これって思いが大きければ大きいほど、そう思うよなあって思って、
書きたくなりました。
でもずっと止まっていたのです。続かなくて。
でも旅行から帰ってきたらなんだか一気にかけました。
心の洗濯万歳。
途中ちょっと花っぽくなっちゃってますね(苦笑)。なんていうか、表現方法が(汗)。
同じ人間が書いておりますのでご勘弁を(ぺこり)。




※up日未詳


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