** Happy C×2 **
 ●Klee

「頼む!」
  目の前で、モデルを始めてからずっと俺を撮り続けてくれた森山さんが頭を下げる。
「珪……森山さんがこうおっしゃってるんだし」
  挙句、マネージャーまで森山さんのそんな姿を見て俺に折れるよう説得を始める。
(待ってくれ)
  ただでさえ不自由な言葉が、さらに操れなくなる。せめて感情が表情に出れば、もう少しこの場も違ったものになっただろうが、生憎と自分の表情は貧しいことで有名で。
「面白い企画だと思うんだ。それに、君だって自分の作品がより効果的に宣伝されたほうが嬉しいだろう?」
「だからって、どうしてそれが」
「確かに企画としては最高よ。モデルを休業していた葉月珪が、ジュエリーデザイナーになって復活。しかも、その作品の広告に葉月本人が出るなんて」
「だろう? 休業宣言したとは言え、葉月くんの名前も顔もちっとも廃れちゃいない。これを使わない手はないよ」
  興奮する二人を前に途方にくれる。どうしたら、いいんだ。
  はば学を卒業し、一流大学に入ってから俺はデザインと彫金の勉強を本格的に始めた。
  勿論モデルの仕事も契約の都合から続けてはいたけれど、自分が本当にやりたいことを姉さんや事務所に伝えた結果、皆理解してくれて仕事をセーブしてくれるようになった。
  そして、契約が終わった大学一年を過ぎてからは、完全にモデルを休業して。
  本当は、すっきりと引退してしまいたかったんだ。けれど、引退ではなく休業にしておいて欲しいと頼まれ、渋々応じたことがこんな時に仇になるなんて。
  打ち合わせスペースに広げられた書類は、ブライダルの企画。
  今までイベンターとして有名だった企業が、会場だけではなくブライダル全般をプランニングするビジネスを始めるらしく、ドレスやらブーケやらアクセサリーやらで提携できる相手を探していたらしい。
  モデル時代にそこと絡んで仕事をしたこともあり、話題性に目をつけてエンゲージリングのデザインが俺に回ってきた。それは正直、ありがたいと思うけれど。
(モデルまで、俺にやって欲しいだなんて)
  森山さんからその話を聞いたときには絶句した。大体、現場から一年以上も遠ざかっているんだ。感覚だって鈍っているし、それにもう、モデルとして人前に出るつもりなんて、ない。
  黙りこくった俺を、困ったような顔で二人が見てる。出来るなら、この二人を困らせたくなんか、ない。ない、けど。
「…………」
「とりあえず、その話は考えておいて頂戴。先に、スケジュールだけ決めちゃいましょうか」
「あ、ああ、そうだね。デザインはもうOK出てるって聞いてるけど」
  その後始められた打ち合わせの内容は、正直半分くらいしか覚えてない。
  あとでマネージャーがまとめて書類にして送ってくれるって言ってたから、いい。
「珪くん?」
  どうしたの、と、聞こえてきた丸い声に我に返る。
「ため息、今日7回目だよ」
「あ、悪い……」
「あ、違うの! そうじゃなくて、何かあったのかなあって」
  桃香がコーヒーを入れてくれながら、大きな瞳をくるりとさせる。そうして、自分のカップを両手で包むように持ちながら俺の隣にすとりと腰を下ろした。
  卒業と同時に付き合いだした俺たちは、今まで以上に一緒にいられる時間が増えて。
  家もそれほど離れてはいないし、大学だって同じ。とっているゼミが違うことはあっても、ランチは食堂で待ち合わせをして一緒にとることも多い。
  学校やバイトが終わってからは、週に二回はこうして俺の家に来てくれる。今日は外一緒に夕食をとって、さっき家に着いたばかりだった。
「今日、打ち合わせだったよね」
  曇る表情で、デザインが今更否定されたのかも、とか、そんなことを心配しているのが見てとれる。本当、顔に出るところは昔から変わらない。
  勝手に頬が緩むのを自分でも感じながら、左の手のひらでそっと桃香の髪を撫でた。
「心配するな……大丈夫だから」
「本当?」
「ああ。ただちょっと、予想外の仕事を頼まれただけで」
「予想外?」
  肩で切りそろえられた髪がさらりと揺れる。そういえば、髪型も昔から変わらないな。
  髪を撫でた手をそのまま桃香の肩にまわし、もう片方の手でコーヒーを口に運ぶ。同時に、桃香の頭が俺の肩に預けられたから、俺はその軽い重みにどうしようもなく幸せになって。
  昔は、少しでもくっつけばがちがちに固まっていたのに。
  変わらない桃香に、変わっていく関係。
  それがどんなに心地よくて、泣きたいくらい幸せなことなのか、全部こいつが教えてくれた。
「モデルもやってくれないか、って……頼まれた」
  桃香の眉根がひそめられる。多分、俺がその仕事をあまり好きじゃないって知ってるから。
  そっか、と、呟いて桃香は自分の分のカップに口をつける。俺よりもミルクも砂糖も多い、コーヒーに。
「お休みしてから、もう1年くらい?」
「……だな」
「でも、まだ珪くんの広告とか見るね」
「ああ。掲載の契約期間が残ってるからだろ」
「ちょっと、若いね」
「……どういう意味だ」
  桃香がからかうように笑う。俺は何がおかしいのかわからなくて、又コーヒーを飲んだ。
  とん、と、半分ほどになったカップがテーブルに置かれる。そうして桃香は身体全体を少し俺のほうに向けて、正面からまっすぐ俺の目を覗き込む。
「あのね、今回のお話って、デザイナーのお仕事としては初めてだよね」
  デザインと彫金自体は趣味で昔からやっていたし、実際に作ったものを休日の公園で売ったりもしていた。けれど、桃香の言うとおりビジネスとしては初めての事。
  本当なら、こんなに早く仕事とは結びつかないんだと、思う。モデルをやっていたおかげでコネクションも出来、俺自身が作っていた作品を身に着けていたこともあって、問い合わせがあったりもした。
  そういう経緯があって今の仕事に結びついている以上、モデルという仕事を否定するつもりもないけれど、もう、時間や人の目に追われる生活は嫌なんだ。
  楽しい、と、思わなくもなかったけれど。
  それ以上に、俺がモデルをやることで一番大切な相手を悲しませてしまうこともあったから。
「初めてね、珪くんの作ったものが皆に知ってもらえるってすごく嬉しい。だって、こんなに素敵なんだもの」
  言いながら、桃香は左手を天井からのライトに向ける。きらり、反射する薬指のリング。
「本当は、珪くんがデザインしたものを独占したいなーっていう気持ちもあるんだけど……へへっ。でもね、それ以上に、たくさんの人が珪くんがデザインしたものを身に着けて、嬉しくなったりするほうがいいな」
  だからね、と。
「もし、珪くんがモデルをすることで、たくさんの人が興味を持ってくれるなら、それもありなんじゃないかなあ」
  唇に笑みを。けれど、眼差しは真剣な光を浮かべて。
  そういった桃香に言葉に詰まる。だってそうだろ? 俺がモデルをしていたことで、一番辛い目にあっていたのはこいつなんだから。
「……本気か?」
  頷く。
「……マネージャーから電話があったとか、言わないよな」
  とたん、固まる動き。……やっぱり。
  まわしていた腕を戻して額を押さえる。アイツ、次にあったら覚えてろよ。
「あ、あのっ、あのねっ、日野さんから電話があったのは確かだけど、そうしたほうがいいなあって思ったのはわたしの意志だから」
「無理、するな」
「無理じゃなくて!」
  嫌なことでも、頼まれると断れない性格。頼まれた相手が、世話になっているヤツや好きな相手ならなおさらだ。
  そして俺が自分以上にこいつの意見に流されやすいってことをマネージャーである日野は知っている。要するに、俺にOKを出させるために桃香を利用してるってことで。
  ため息をつく俺の横で桃香がおろおろとしているのが分かる。お人よしも、ここまでくると問題だぞ。
「桃香……あのな」
「違うんだってば。その……わたしも見たいって思ったの」
「桃香?」
  何故か、これから叱られる子どものような顔になり、声のトーンが落ちる。
  カップに伸ばしかけた手を再び戻し、もじもじと膝の上で組んだりはずしたりして。
「珪くんが作ったリングのね……モデルも珪くんだったら素敵だなって思ったの。だって、珪くんが初めてお仕事としてこの世に出すもので、しかもそれがブライダル用で……それを、他の誰かがプロモーションするの、やだなあって」
  泣きそうな顔で、笑う。
「珪くんが作ったものだからきっと、珪くんが一番似合うと思ったの。珪くんにとって大切なものだから、同じくらい大切に思ってくれる人じゃなきゃ、いやだなって……思って」
  我侭だよね、って。
  俺以上に、俺のことを思ってくれているくせに。
(ああ、もう)
  結局アイツの思惑通りだ。
  さっきとは逆に桃香の肩口に俺が頭を乗せる。この世で一番安心する声が、俺の名を、呼んで。
「……わかった」
  桃香が喜ぶなら、望むなら。何だってしてやりたくなるってこと。
(バレバレってわけか)
  隠すつもりもないのだから、仕方ないけど。
  桃香の顔が、ぱあ、と晴れる。まったく、単純。
「けど、いいのか?」
「? 何が?」
  言いよどむ俺に、桃香が不思議そうな顔をする。はば学の時だって、俺の顔が割れているせいで色々嫌な思いもしただろうに。
  モデルである『葉月珪』の彼女に対する批判や嫉妬。所謂業界人であれば諦めもつくそれが、一般人であるという事実も拍車をかけて。
  俺の前ではいつでも笑ってたこいつが、影ではじっと耐えてたこと、知ってる。まだ付き合っていなかった頃でさえ、ただ一緒にいると言うだけで邪推され、非難されて。
  守りきれなかったことも、あったと思う。分かっていたくせに、桃香が俺に心配をかけまいとして言った『大丈夫だよ』の言葉に無意識に甘えたことだって、あった。
  だからもう、これ以上傷つけたくないって……思って。
  なのに。
「大丈夫だよ」
  同じ笑顔で、同じ言葉を言うから。
「やだなあ。わたし、強くなったんだから!」
  それに、と。
「珪くんの彼女だもの。仕方ないじゃない?」
  事実だものね、と、何故か嬉しそうに笑う。
  こいつのこういうところに、いつだって俺は驚かされてばかりで。
「……だな」
  つられて俺も笑いながら言葉を続ける。
「俺はお前の彼氏だから」
  何があったって。
「……守るから」
  この、両の手で。


**


  翌週の打ち合わせは、クライアントや他のウェディングデザイナーも含めての大掛かりなものだった。
  前もってモデルの仕事を引き受ける旨をマネージャー経由で伝えてもらったことから、その場ではリングのデザイナーだけでなくイメージモデルとしての紹介も受け、久しぶりのその肩書きに若干居心地の悪さも感じたけれど、今更やめるつもりもない。
「発表は今年の夏を目指します。ニュースリリースの第一弾は来週頭には各メディアから、その後徐々にウェブサイト上で情報を公開しつつ、夏に総括としてマスコミにも大々的に打ち出しますのでよろしくお願いします」
  これから忙しくなるわよ、と、ボリュームを抑えた声でマネージャーが耳打つ。知ってる、と返事を返しつつもそのスケジュールに正直頭が痛んだ。
  学校は勿論、デザインの微調整とサンプルの製作。それから量産の監修を行いつつパッケージのデザインだって考えなきゃいけない。
  さらにモデルとしての撮影やメディアへの対応だってあるから……忙しいなんてものじゃないだろう。
「これで成功すれば、これからの仕事にとって大きなプラスになるわ。頑張んなさい」
  いつもよりはっきりとした色のルージュをのせた唇を、く、と笑みの形にする。仕事人の、笑い方。実際、プロジェクトが大きければ大きいほどこのマネージャーは嬉しそうな顔をする。プレッシャーだってあるだろうに、心底この仕事が好きなんだろう。
「それに、成功すればリターンだって大きいわよ? 桃香ちゃんとの結婚資金にもなるじゃない」
「……人のことを言う前に、自分の心配しろ」
  俺よりも数年上を行くマネージャーにそういえば、可愛くないと背中を叩かれた。その音に集まった視線に、わざとらしい笑顔を返しつつ、さらに俺の脚を蹴っ飛ばしてきやがった。
  それからの日々は、想像以上にハードなものだった。
  幸い大学の講義は高校とは違い、当てられることもないから思い切り寝られるけれど。
  元々時間があれば(なくても、だけど)寝る性格が幸いし、寝不足で寝ているのか単に寝ているのかの見分けがつきにくいのはラッキーだったと思う。あいつに余計な心配、かけたくないし。
  だけど多分、ばれてたんだと思う。
  前以上に、休日に過ごす場所が公園が増えたこととか。そもそもあまり外に出かけなくなったりとか。
  課題があるからと言って、一緒に居ながらも俺を寝かせてくれたり……だとか。
  光を遮るように覆った腕の下から、桃香を見る。
  時折ふと視線が合っては柔らかく微笑むだけで何も言わない。普段はどうしようもなく鈍いくせに、こういうところだけ鋭いのは相変わらずで。
「お目覚めのコーヒーくらいは淹れられるから、ゆっくり寝ててね」
  放っておいてごめんねと。俺の為なのに、自分のせいにして困ったように笑う。
(馬鹿)
  でも。
「桃香」
  手招きで呼ぶと、きょとりとした表情を浮かべつつも椅子から立ち上がって俺が寝ているローソファーへと歩いてくる。
  そして膝のあたりにちょこんと座り、何事かと俺を伺う。俺は腕を伸ばして桃香の腰を引き寄せ、抱え込んだ。
「け、けけ、珪、くん?」
「寝る」
「寝るって、え、ちょっと、あの……」
「おまえがいたほうが、安心する」
  一人の方がゆっくり寝られるんじゃない? とか、狭くない? 等々暫くぶつぶつ呟いていた桃香も、やがて諦めたのか静かになり俺の肩に頭を乗せて寝息を立てる。
  彼女の指には、いつだって俺が卒業式の時に贈ったリングがはめられていて。
  それは家に居るときもどこかに出かける時も同じで。言葉だけじゃなく、態度でも大切にしてくれているってことを示してくれるから。
(こんなふうに)
  愛しい相手に想いをこめたリングを贈って。
  その相手が、同じ気持ちでそのリングを常に身に着けていてくれるような。
(そんなものに、なれればいい)
  俺の作ったリングが。
  モデルあがりと批判されても、着けてくれた人だけがわかってくれればいい。
  俺が桃香を想う気持ちで、作ったリングに対する想いを。
  穏やかな寝息を立てる桃香の顔をじいと見つめて。どうして、好きなヤツの寝顔って何回見ても飽きないんだろうなと、ふとおかしさがこみ上げる。
  重力に従って流れた前髪を指ですくう。すくったそばから零れるそれを、何度か繰り返して。
  胸に新たな、誓いを立てた。


**


 ――珪くんのポスターが、一斉に張り出されたのは夏のこと。
  なっちんと買い物に出掛けたショッピングモールの吹き抜けを利用して、大々的に打ち出された広告に正直驚いた。
  そりゃあ、珪くんが雑誌によく出てたのは知ってる。有名なブランドのモデルもやったことがあるっていうのも知っている。だけど、それらはなんというか、はばたき市で、だったり、そのブランドを知ってる人の間で、っていうある種限定されたコミュニティの中でのことで、いわば全国的に展開されたプロモーションっていうものの威力に改めて打ちのめされた。
「はー……すごいね、葉月」
  ぽかん、っていう表現が正しいくらい、なっちんが口を開けてポスター(正しくはフォトクロス、というらしい)を見つめる。珪くんがデザインしたリングをはめた女性の手と、まっすぐ射抜くようにこちらを見ている珪くんの顔のアップ。書かれた文字は『Bridal』の一言だけで、それ以外は一切何の情報もない。
「なんか、ますますかっこよくなってない? 葉月」
「え、え、そうかな」
「つーか、大人になったのかな」
  あんまり会ってないし、余計そう感じるのかもね、となっちんは笑う。成人式に会ったじゃないと笑い返せば、そういえばそうだねって。もう、適当なんだから。
  吹き抜けの手すりに寄りかかる格好で、暫く二人でそのポスターを眺めてた。途中、何度もそばを行きかう女の子が携帯で写真撮ってたりもして、なんとなくもじもじする。
  久しぶりに見た、モデルの珪くんはうんと違う人みたい。
  そう感じるのはきっと、前よりもずっとそばにいて普段の珪くんを見てるから。
(がんばってね、なんて言っちゃったけど)
  もしこれがきっかけで、又モデルのお仕事が主体になっちゃったりしたらどうなるのかなとか、余計なことまで考える。馬鹿だな、そんなことある訳ないのに。
  勿論、自分がまた周りからどうこうっていうのが嫌なんじゃない。ただ、やっぱりわたしは欲張りで、どんな形だって珪くんが他の女の子に騒がれるのはいい気持ちになんてなれなくて。
  珪くんがデザインした、大切な指輪を他の人が広告するのが嫌だったのは本当。でも、顔が見えなくたって、あの手の持ち主にだって嫉妬しちゃうのだって本当で。
「わがままだなあ……わたし」
  呟いた言葉に、なっちんの眉根がものすごい密度で中心に寄る。本能のように身構えたら、案の定『ばーか』って口パクで言われた。うううっ!
「ブライダルの広告なんて、やっちゃうトシになったんだねえ」
「ちょっとなっちん、しみじみ言わないでよ」
「卒業してもう2年? 一応法律的にも大人だしさ、親の許可だってなくても結婚できちゃうしさ……なーんかあっという間にオバサンだよね」
  あーやだやだ、って、手すりに預けた腕に顔を乗せる。いや、あの、ハタチってまだ十分若いと思うんだけどな。
「小さい頃はさ、結婚できる年齢になったらさっさと結婚して、子どもの参観日とかで『若いお母さんですねー』とか言われるの、夢じゃなかった?」
「あ、分かるそれ」
「でもさ、実際その年齢になってみると、全然思っていたより大人じゃなくてさ。そのくせ、周りの評価だけはどんどん年相応のものを求められたりして……」
「うん」
「でも」
  身体を起こす。ぐん、って、なっちんらしい、笑顔で。
「意地でも、『あの頃は良かった』なーんて言わないけどね!」
  多分、特別な夢を追い続けているなっちんは、人一倍風当たりも厳しいんだと思う。
  遊んでいるわけじゃなくて、夢に対する努力も必要で、周りを説得する努力も必要で、だからいっぱい疲れちゃうことだってあるんだろうなって。
  それでもなっちんはいつも笑ってる。自分だって大変だろうに、わたしの愚痴を聞いてくれたりとか、遊びに誘ってくれたりとか。そういうとなっちんはいつも、『アンタには負けるよ』って嘘か本当か分からないことをやっぱり笑いながら言うけれど。
  卒業当時よりお化粧が顔になじむようになった。多分、それはお互い様。
  行動範囲もぐんと広くなって。だけどずっと、なっちんとわたしの距離は変わらない。きっとずっと。
  この間、これいいよって教えてくれたグロスの乗った唇で、なっちんはいいコト思いついたって言うと口角を上げる。
「先に結婚したほうが、相手にブーケをあげるって約束どうよ」
「いい! 約束ね? なっちんのが早そうだから、楽しみにしてる」
「えー、アタシすっごい遅くなりそうなんだけど。アイツああ見えて変に頑固だから、『成功するまでは他のヤツの人生なんて背負えへん』とかなんとか言いそうだもん」
「あー、確かに言いそうかも。でも待てる? そんなの」
「んーどうかな。いざとなったら勝手に籍入れるかも。だいたいさ、背負ってもらおうなんて考えてないし、そういうのもわかってくれてると思うンだけど……男の意地ってヤツなんだろうね」
  なんともたくましい意見を述べたなっちんは、お茶しよっか、って高校時代からいきつけの店へと足を向ける。
  頷いて彼女のあとを追いながら、肩越しにもう一度だけ振り返る。翡翠の眼差しが、追いかけるようにこっちを見ていた。
(珪くん、今頃どうしてるかな)
  今日のタイミングで、会見を開いてクライアントがあらゆる展開を発表するって言ってた。勿論珪くんも、デザイナー兼モデルとして参加するって。
  でも、珪くんそういうの苦手だから、大丈夫かな。
「あ、ねえねえモモ、ほら、モニターでやってンのって葉月のヤツじゃない?」
「え?」
  案内されたテーブルから、丁度壁に映されたテレビの中継が見える。いつもはMTVやらサッカーの中継やらが流れているのに、今日に限ってこのニュースが流されるってことは、ショッピングモール自体が何らかの提携をしてるのかもしれない。
  水を運んできてくれた店員さんの影になって、一瞬画面が見えなくなる。うんと背を伸ばして見える位置を探していたら、気付いた店員さんが謝りながら場所を変えてくれた。
「モモ、とりあえずオーダーしちゃおうよ」
「う、うん」
  確かにそうなんだけど、中継らしいそれが気になってメニューなんて見られない。すぐそこでため息をつくなっちんの気配。だってだってだって。
  画面から離れないわたしを諦め、なっちんと店員さんで何かやりとりをしていた。多分、適当に頼んでくれたんだと思う。
(いた――!)
  画面の右の方に、一際目立つ色彩を纏った人。
「うっわ〜、何あの仏頂面」
  案の定、居辛そうにスツールに座っている珪くんをみてこぼされた言葉に吹き出す。あの無表情を見て不機嫌だってわかるの、なっちんも相当珪くん通だよ?
  進行役がいての会見は、予め用意されていたらしい質問に答える形で進められていく。時折珪くんに質問が振られることがあったけれど、ほとんどは(当たり前だけど)企画を進めた男の人に集中していた。
「『では次にジュエリーの方ですが。ウェディングといえばリング以外にもアクセサリーを必要としますが、あえてリングのみの展開というのには何か理由があるのでしょうか』」
「『ええ、確かにティアラやネックレス、イヤリングなど様々な装飾品があると思いますが、結婚式が終わってもずっと身に付けていられるのはリングだけでしょう? 当社としては、式の後もずっと身に付けていただけるものに限ってご提供したいと考えております。リング以外のアクセサリーも勿論ご用意いたしますが、こちらは全てレンタルになります』」
「へーそうなんだ」
「うん。なんかね、コンセプトがあるみたい。ずっと共にあるものだけ買取OKで、それ以外は全部レンタルなんだって」
「そういったって、ウェディングドレスを記念にとっておきたいって人だっているじゃない?」
「あのね、そういう人にはウェルカムベアとかラビットに、同じドレスを着せてプレゼントするオプションがあるんだって」
「そうなんだ」
  前に珪くんが教えてくれたことを、そのままなっちんに教える。なっちんが思った疑問はわたしも感じたことで、同じように珪くんに聞いて教えてもらったことだったから。
「『そしてこれも目玉の一つと伺ってますが。あの葉月さんがリングのデザインとイメージキャラクターを務めてらっしゃるとか』」
  インタビュアーの人が満面の笑顔ではきはきとそう発した瞬間に、画面の珪くんがクローズアップされて映る。途端にあがる心拍数。わわわわわ珪くんだ珪くんだっ。
「ひゃ〜、テレビ映りもいいね葉月ってば」
「な、なっち、ど、どう」
「どうもしないし出来ないでしょーよ。落ち着きなよアンタは」
  しれっと言い切られたものの、何だかわたしの方がどきどきしちゃって息が苦しい。テレビの中の珪くんは表情一つ変えないで質問に答えていた。
「……葉月も変わったよねえ。なんか、ちょっと丸くなった気がする」
「へ? そう?」
「うん。前はアンタかそれ以外って括りしかなかった気がするけどサ、何か最近はもうちょっと幅が広がったって言うか……」
  上手く言えないと言ったように、眉根を寄せてなっちんが黙る。あとは二人でただじっとテレビから流れる映像を見ていた。
「『こちらが今回リリースされたリングですが。何か名前と言ったものはあるのでしょうか』」
「『はい。僕が手掛けるシリーズは『FREUDE(フロイデ)』という名前で統一します』」
「僕だって! 葉月が僕、って!」
「……なっちん」
  おかしくてたまらないというように、なっちんがひーひー笑いながら机をぱしぱしと叩く。何がそんなにおかしいのと問えば、なんでおかしくないのと言い返された。
  お腹を抱えるなっちんと、膨れるわたしの間にグラスが二つ並べられる。ようやく落ち着いたらしいなっちんが、クランベリーティーとオレンジティーどっちがいい? って聞いてくれて、わたしはオレンジの方を貰った。
「『今回初めて手掛けたリングは、『klee(クリー)』という名前をつけていて……』」
「『珍しい名前ですね? 意味とかあるんですか?』」
「『どう解釈するかはお任せします。僕はただ、一生の相手に贈るものに相応しいデザインと名前を考えるだけなんで』」
「『その想いが込めれている、と』」
「『はい。最初に作るものは、この名前にしようと決めてました』」
  珪くんが、笑う。自然と零れ出たそれに、インタビュアーの人が一瞬言葉に詰まったのがわかった。
  作り笑いじゃないそれに、なっちんもちょっとびっくりしたみたいにわたしを見る。わたしは何故か、首を横に振った。
  さっきなっちんが言った、『変わったね』の言葉が胸に響く。そうかもしれない。傍に居過ぎて、近すぎてわたしにはわからなかったけれど、珪くんはどんどん変わっていってるのかもしれない。勿論、いいほうに。
  画面は引き続きインタビューを映してる。なっちんは苦笑しながらわたしに手を伸ばして、頭を二回ぽんぽんと撫でてくれる。
「な、なあに?」
「アンタ、やるじゃん」
「へ? 何が?」
「うん。まあ、わからなくても良し」
「良くないよ! 気持ち悪いからはっきり言ってよう」
「だーかーら」
  何でわからないのかな、と、なっちんはまた苦笑する。そして画面に映る珪くんをちらりと見た後再びわたしを見て笑った。
「アンタが頑張ったから、でしょ」
  なーんかアイツに電話したくなってきちゃったなあ、なんてふざけながら笑うなっちんを見て、喉の奥がきゅうってなって。
  違うよ。わたし、頑張ってなんかない。珪くんは最初から優しくて、ただちょっと不器用だっただけで。
  だけどもし。そんな珪くんの『本当』の部分をひっぱりだす役目を、わたしが出来ていたのだったら。
「……へへっ」
  それは、死ぬほどすごく、嬉しいことで。
  もーアンタはすぐ泣く! ってなっちんに怒られたけど、だって泣かせたのなっちんだもん。わたし悪くないもん。
  そう言ったらなっちんは、わたしの髪をぐしゃぐしゃにかき回して、泣いた分補給しなさいって紅茶の入ったグラスをもっとわたしの方に押し寄せた。素直にそれを受け取ってストローに口をつけながら、鼻が詰まって息が出来ないことに気付いてすぐに口を離す。何でかを察したなっちんはやっぱり笑って、ストローでからりと氷を鳴らした。

  それから半月経った、真夏日。
  珪くんが初めてプロデュースした、『klee』がリリースされた。

  初めてそれを身に着けて式をあげたのは、珪くんが前に雑誌で一緒したことのある女優さんだとかで、わたしは何回も彼女の式の様子や、指輪のはめられたシーンをテレビで見ることになった。
  どうやら彼女の結婚式含めてのプロジェクトだったらしく、すごいなと思う反面大変だなと思ったり。
  だってね、一生に一度の結婚式だよ?
  それにこんなプロジェクトが関わるのはすごい嬉しいし素敵なことだとも思うけれど、そのたった一度のセレモニーまでビジネスになっちゃうのがちょっと切ないかな、とか。
  左手を目の前にあげて、薬指にはまったリングを見る。卒業式のあの日に、珪くんからもらった大切なモノ。
  シルバーだからお手入れ大変だけど、ちょっとゆがんじゃったりもするけど大事にしてるんだ。
  反対の手で触れて。きゅ、って握り締める。
  うん。やっぱり、ちょっと。
「寂しいの、かも」
  我侭なんだけど。
  珪くんがデザインしたリングが、他の人の薬指を飾るのが。
  自分の気持ちを反芻してへこむ。やだな、ほんと我侭だわたし。
  珪くんの夢が叶ったことを、素直に喜べないなんて。しかも、そのせいで何か嫌な思いしたとかじゃないのに、珪くんは相変わらずわたしのこと大事にしてくれてるのに、一人でいじけて、ぐじぐじして。
  ごろりとソファに埋もれて、視線の隙間から壁にかけられた時計を見る。このくらいには帰れるかもって言っていた21時はとうに過ぎていて、もうすぐ22時。
  お祝いしようねって約束どおり、わたしは珪くんの部屋でこうして待っている。食事はとってくるかもって言ってたけど、一応軽めの食事も用意して。
  遅いな。多分、色々お付き合いとかあるんだろうな。
  温めなおしのきかないお料理や、時間が経つとおいしさが半減しちゃうようなものは避けたから良かったけど、わたしのお腹が空いた。しまった、こんなことなら、もうちょっと前に軽く食べておけばよかったなあ。
  今食べると、すぐに珪くんが帰ってきたら困るし。かといって食べずにいて、珪くんがうんと遅くなったら飢え死ぬし。
  困ったな、と頭とお腹を抱えていた時、玄関の鍵ががちゃりと鳴った。
「おかえりなさい」
「悪い、遅くなった」
  ぱたぱたとスリッパを鳴らしながら玄関まで迎えに行くと、珪くんは靴を脱ぎながらそう謝ってくる。
「どうだった? パーティー」
「賑やかだった、結構」
「主賓が抜けちゃって大丈夫だった?」
「別に……俺が主賓って訳じゃない。企画した人たちとか、式を挙げた人とか、そっちのがメインだし」
  腕にかけていたジャケットを椅子の背にかけると、珪くん自身はソファのほうへ身を沈める。いつもよりかっちりとした髪型が嫌だというように、手をつっこんで手櫛で崩す。あ、ちょっともったいないな。
  冷蔵庫に常備してあるミネラルウォーターを、グラスにあけて珪くんに渡す。珪くんはサンキュ、と言って受け取ったそれを一気に飲み干した。
「クーラーもっと下げようか?」
  首を振る珪くんから空のグラスを受け取り、おかわりを注ぎに行こうとして止められる。流しにそれを置いて、わたしは珪くんの隣に座った。
  静かな空気が流れて、いつもと違う雰囲気に戸惑う。静かなのはいつものことだけれど、ちょっと違う、なんだろう、張り詰めたものに近い何かが流れていて、こっそりと珪くんの表情を伺うけれど、特段これといった感情は読めない。
  気のせいかな。
「桃香」
  呼ぶ声に、かしげていた首を向ける。珪くんは立ち上がり、さっき椅子にかけたジャケットから何かを取り出す。
  ちょいちょい、と、指先で呼ばれて近寄れば、手の中に納まりそうな小さな箱が、珪くんの左手に乗っていた。
「今日、リリースしたkleeの、次に俺がデザインしたヤツ」
  中から現れたのは、ピンクの石が付いた、少し不思議な形をしたリング。
「可愛い!」
  思わず声をあげると、珪くんが口元でふ、っと笑う。う、今の反則。
  赤くなってるであろう顔を隠すために俯けば、珪くんの手が伸びてわたしの左手を取る。そしてそのまま、持っていたその指輪をわたしの薬指にはめた。
「Pfirsichって、つけた」
  不思議な形、と思っていたそれは、もとからわたしの薬指にあったクローバーのリングと一緒になって初めて、そのための形なんだってわかった。
  くるんと巻きつくようにデザインされていたクローバーの、葉と弦の間に丁度添えられるようにピンクの石があたる。まるで最初から、2連式のリングだったように。
「ぷふぃる……?」
「プフィルジッヒ」
  わたしの指にはまった指輪を満足げに見、珪くんが今度はゆっくりと名前を教えてくれる。あのね、わたし調べたんだよ。
  珪くんがつけた「FREUDE」の意味。「klee」の意味。
「俺が初めて誰かの為に作った指輪は、これ」
  クローバーのリングが、するりと撫でられる。
「……今日デビューしたkleeは、この子と一緒?」
「半分、はな。初めてのラインだからどうしても、これの流れで作りたかった。おまえの為に作ったように、誰かの特別の、特別な指を飾るものだから」
  kleeは、ドイツ語でクローバーのこと。
  解釈は任せますって言ってたけど、今珪くんが言ったことが、その願いでしょう?
  卒業式の日に、わたしの指にはめてくれたように。
  幸せが、ここに留まりますように、って。
「Pfirsichはこれしか作らない」
「え? なんで? えと、試作品とか?」
「馬鹿。おまえにそんなのやるわけないだろ」
  怒られたのに、嬉しいなんて言ったらきっともっと怒るから、言わない。
  でも珪くんの顔が不審なものに変わったから、きっとわたし又顔に出ちゃってるね。
「第二選択、ドイツ語じゃなかったか。おまえ」
「う……で、でも、全部の単語覚えてるわけないもん」
「そうだけど……自分に関係のある単語くらい覚えとけ」
  さらりと言われた言葉に、一瞬頭の中が真っ白になる。今、なんて言ったの?
  え、とか、う、とか、意味のわからない声を発しながら珪くんを見れば、なんだかしまったって顔をしながら口を覆って横を向く。
  自分に関係のある単語って、思いつくのは名前くらいしかない。
「もしかして……」
「英語だとPeach。もうわかるだろ」
  口に出さずにすむと思ったからドイツ語にしたのに、と、悔しそうに目じりを赤らめる珪くんにどきどきする。ううん、珪くんにどきどきしているのか、今のこの事態にどきどきしてるのか、わからないくらい動揺して。
  薬指の石を反対の指でなぞる。わたしにはもったいないくらい、綺麗な薄ピンクの色。わたしの名前の色。
  どうしよう。幸せだ。
  わたし、幸せだ。
「あのね、わたし、珪くんがモデルだったり、デザイナーだったりして、その分色々あって、そのせいで珪くん自身もいっぱい大変な思いしたのも知ってるし、わたしの事を気遣ってくれてるのも知ってるし、でもね、えっと」
  気持ちがいっぱい溢れてきて、上手く言葉に出来ない。
  まるで子どもみたいに感情そのままを言葉に乗せて、だけどそれでも珪くんは黙って聞いてくれてる。
  幸せが溢れて、嬉しくて、苦しくて、それってなんて贅沢なんだろうって更に泣きたくなって、でも泣きたくなんかないから、膝の上に置かれていた珪くんの手をぎゅっと握った。
「珪くんがデザインしてくれた指輪をもらえるのって、珪くんがデザインを出来るからで。沢山の人の指を飾る大切な指輪の一番最初になれたのも、だからね……、上手く言えないんだけど」
  最後には声が震えた。どう頑張ったって駄目だった。
  握ってないほうの珪くんの手がわたしの手を反対に包んで、それで余計に涙腺が緩んで。
  ありがとう、って。
  ちゃんと、声になったかな。
  握り締められた手が引き寄せられ、珪くんに抱きしめられる。泣き虫、って呟きが頭上から聞こえて、本当の事だから何も言い返せなかった。
「もう一度、泣かせていいか?」
  言葉の意味が判らずに顔をあげると、一瞬珪くんの視線がわたしから外れてすぐ元に戻る。
  握り締められていた手はそのままに、背中に回されていた腕だけが解かれ、珪くんが立ち上がる。つられるように立ち上がれば、珪くんが改めてわたしの左手をとった。
「大学、卒業したら」
  語尾が掠れる。
  眼差しが揺れる。想いの熱で。
「結婚しないか」
  言葉の意味を理解する前に、こぼれた涙がわたしの返事。
  珪くんが、困ったように。でも、笑って。
「返事は?」
  わかってるくせに、そんなこと聞いてきて。
  子どもみたいにぽろぽろないて、しゃくりあげ始めたわたしを見てとうとう珪くんが噴出した。もう! ひどい!
  睨みつけようと改めて珪くんを見れば、彼の額がとん、とわたしの肩口にのる。名前を呼んだら、ごめん、って一言。
「悪い……俺のほうが、泣きそうだ……」 
  笑いと震えに縁取られた声で、わたしの涙腺が決壊した。
  抱きしめられたのと、抱きしめたのと、どっちが早かったんだろう。いままで何十回って、何百回って抱きしめあったのに、まるで初めてこうしたみたいに胸が苦しかった。
「う、ん……うんっ」
  散々泣いて、ようやくした返事に珪くんが笑う。ぎゅう、と力を込められなおされた腕が愛しい。好き、好き。大好き。
  口付けが降る。薬指に、目尻に、そして唇に。
  伝った涙が唇の縁にたまって、珪くんがしょっぱい……って言うからわたしが笑って、珪くんも笑った。
「今度、おまえの両親に挨拶にいく」
「うん」
「両親より、尽のほうがうるさそうだけどな」
  う、それは確かに。
  でもきっとね、こんなねえちゃんでいいのか? 葉月だったらもっと上狙えるぞ、とか、そっちの意味でうるさいと思うんだ。
  そういったら、珪くんは盛大なため息をつく。おまえ、わかってないって、どういう意味?
「いい。おまえのそういうところ、もう慣れた」
  すっごくなんだか、不本意な感想を持たれたような気もしたけどそれ以上はつっこまないことにした。なんとなく、もっと不利になるような気がしたから。
  そしたらその理由を察したのか、珪くんの瞳がいたずらっぽい光で満ちる。ほらね、わたしわかるんだよ? もう何年一緒にいると思ってるの。
「……ばれたか」
「ばれます。わたし珪くんマスターなんだから」
  慣れたこと。わかっちゃったこと。
  一緒にいた時間で、お互いに生まれた特技みたいなもの。そしてこれから一緒にいる時間で、そういうことはきっともっと増えていくんだろう。
  そうわたしが思ったことも、珪くんは多分わかってる。だってほら、すごく目が優しいんだもの。せっかく止まった涙が、また出てきちゃいそうなくらいに。
  珪くんの手が再びわたしのそれに触れた。珪くんがはめていたリングと、わたしのリングがぶつかって、かちんって音がする。
  まるでキスしてるみたいだと思って、そしたらやっぱり笑って涙がでた。









Fin



-----------------------------------------
Comment:


すんごい久し振りのアップが、同じくすんごい久し振りのGS無印でした。
ずっと書いてみたかったプロポーズのお話が途中で止まっていたのを発見して、書ききりたくて書きました。
2006年か2007年かの自分が書いた文章と、2012年のわたしが書いた文章が途中から一緒になってます。
書きながらやっぱり自分の原点だなあってしみじみしました。

何年経っても大好きです。


20120417up


*Back*

copyright (c) 2012 Happy C×2