** Happy C×2 **
 ●恋は盲目


 ――娘はいつも貧しい身なりをしておりました。

 継母や姉が豪華なドレスや宝石に身を包む中、彼女が着るものはいつも継接ぎだらけ。
 けれどいいのです。着るものがあるのだから。

 ――娘はいつも質素な食事をとっておりました。

 継母や姉が贅沢な食事やお酒を食す中、彼女が食べるのはいつも固いパンにコップ一杯のお水。
 けれどいいのです。食べるものがあるのだから。

 そんな中、娘たちが暮らす国を統べる王が、王子の妻を決める為にと国をあげてのパーティーを開くと連絡が入りました。
 継母は実の娘2人を、王子の妃にしようと必死で彼女たちを着飾ります。


『いいかいおまえたち。何が何でも王子の心をとらえるのだよ』
『任せておいてお母様。私の美貌を持ってすれば、たとえ王子様だって夢中になってくださるわ』
『お姉さまには負けなくてよ? 教養深さでは私の方が上だもの』
『まあ!』

 末の娘は、部屋の影からこそりとその様子をうかがっていました。
 お城からの伝達は、国に住む娘全てが参加するようにと。つまり、それは。

『おかあさま』
『なんだいシンデレラ。忙しいんだからあっちへお行き』
『あの……わたしもお城へ行ったらだめでしょうか』

 それを聞いた三人は一瞬動きを止め、次の瞬間には弾けるように笑い出しました。

『自分の姿を見てご覧シンデレラ。おまえ、そんなみすぼらしい格好で行くつもりかい?』
『ドレスが汚れてしまうじゃないの。あっちへ行って頂戴』
『おまえは留守番だよ。全く身の程知らずな娘だね』

 それだけを言うと、まるで汚いものを見るかのような視線でシンデレラを再び部屋の隅へとおいやってしまいました。





 ――――シンデレラは、どうする?












 はばたき学園文化祭。
 各クラスに各クラブ、それぞれが出し物を行う中、はばたき学園、通称はば学ならではの大イベントがある。
 それが。

「なんと美しい方だろう……わたしは、わたしはあの方を妃に迎えたい」
「目の前にわたくしがいるというのに、別の方をご覧になるの?」

 秋も深まり、冬の訪れを感じる10月。
 文化祭を間近にして学園全体が活気づく今日この頃、このクラスも同様に賑わっていた。
 教室の半分をクラスの出し物であるイベントの準備、そしてもう半分を。

「はーい姫登場してー……って、あれ??」
「はいっ! こっち、こっちにいるよーちゃん」
「って何やってんのよアンタは全くもう! ちょっとタマ、強制送還」
「うええええええんっ」

 奈津実が(何故か)メガホンを取り、場を仕切る。
 葉月と他の生徒の練習を横目で見ながらクラス準備の方にさりげなく逃げていた は、あっさりと見つかると周囲の人間にずるずると腕を引きずられ、劇の練習の場へと戻された。

「た、タマちゃんの裏切りもの〜っ!」
「よし、珠美隊員良くやったナリ。身元引き受け完了、さて練習練習」
「うえええ〜んっ」
「はーい王子様シンデレラ連れて来ましたよー」
「…………」
「なっちんーーーーっ!」

 往生際が悪い、とはこのことだろうと言うような と、そんな彼女を強引に葉月の隣にたたせる奈津実。
 そして微妙な表情でそれらを見つめる葉月。
  は頬を赤くしたまま葉月と視線を合わせようとはせず、奈津実に抗議の眼差しを向ける。

「だっ、だいたいなんでクラスで演劇の練習するのようっ! ちゃんと学園全体の練習が別枠であるもんっ!!」
「アンタの為に決まってんでしょー?ただでさえあがり症のアンタが、全体練習で皆に迷惑かけるのが痛々しいから、こうやって事前練習に付き合ってあげてんじゃん」

 まさか『葉月と をくっつけよう大作戦』の陣頭指揮をとっているとは言えず、奈津実はもっともらしい理由を口にし、挙句「感謝してよね」とまで言い出す始末。
  は で、鈍いながらに何かおかしなものを感じ取り、珠美の背後に隠れながらじっとりと奈津実を上目遣いで見つめる。
 何かがおかしい。思えば選出の時からなにか意図めいたものを感じる。
  の視線に、「うっわ珍しく感づいてるよこのコ」と実に失礼な感想を抱きつつ、内心の動揺を悟られないように奈津実はにっこりと微笑み返した。
 だが にしてみれば、その微笑こそが怪しいもので。

「……だいたいなっちんがなんでここにいるの?」
「え〜? そっれは親友の一大事とあれば駆けつけるわよ奈津実さんは。たとえクラスが違おうが、アタシが劇にでなかろうが問題なーーしっ!」
「……や、結構です…………」

  のささやかな抵抗は「何か言った?」の一言に差し戻され、結局しょぼしょぼと葉月のそばへと移動する。
 ちらり、と彼を見れば表情の読み取れない顔。けど、その緑の瞳にはささやかながら同情のようなものが滲んでいるように見えるのは、気のせいだろうか。
 奈津実は が葉月の横に立ったことを確認すると満足げに頷き、じゃあさっきのトコからねーと声をかける。
 それに返る言葉は、異様なほどに元気だ。


(やや、やっぱりなんかすっごくおかしいんですけどっ!)


 周囲からの視線に、何か意図を感じてきょろきょろしてしまう。そんな の気付きを誤魔化すように奈津実は手を二回叩いて大きな音をだし、仕切りなおした。

「はーいじゃあ行くよーん! 王子がシンデレラを追いかけるところからねっ」
「えええええっ!!?? なっちんなっちん、話飛んでるっ! 飛んでるってば!!」

 確かさっきは初めて王子がシンデレラを見かけるシーンだったはずなのに、いきなり一番重要なシーンへと練習が飛ぶとはどういうことなのか。
 物凄い勢いで真っ赤な顔で自分を振り返った を見、奈津実は珠美にコピーしてもらった台本をくるりと手に丸めて持ち、それをびしりと突きつけた。

「アンタに一番練習が必要なのはここっ! どうでも良いシーンは全体練習でやりな」
ちゃん、頑張ってね?」
「一番大事なシーンなんだからさ、練習しなきゃ練習!」
「みっ、皆……?」

 気が付けばクラスの出し物の準備組ですら手を休めてこちらを見ている。
 元々 のクラスは天下の氷室学級だ。そういう意味でもいざと言う時の団結力ははかりしれないものがあるが、それにしたってこの事態は何事か。
 孤立無援の状態で、最後の頼みとばかりに は葉月を仰ぎ見る。見られた葉月は葉月で、正直なんとなくクラスの意図はわかっているものの、それにのりたいような、けれどの困った顔は見たくないし、で板ばさみ。
 そして暫し無言を貫き……。


「……さっさとやるぞ」


 捨てられた子犬のような目で自分を見ていた ががっくりとうなだれたのがわかったけれど、もはや自分ひとりの力でどうこうなるものではない。
 ならばさっさとやることをやってギャラリーの好奇心を満足させ、この場を逃げることが得策と考えた結果。
 しかし からしてみれば、最後の頼みの綱に見放され。


「……う、うらんでやるうぅ」


 この物語、どうなるか?














 シンデレラは、城へと向かった継母や2人の姉を見送ると、1人部屋で涙します。
 窓越しに、遥か遠くに見える聳え立つような城。月の光のみならず、窓から溢れる光がそれを映し出し、今回の宴がいかに豪華なものであるかを彼女に突きつけました。

『わたしも、王子様にお会いしたい……叶わずとも、舞踏会で踊りたいわ』

 ぽろりと涙が頬を伝います。
 何粒目かの雫が床に落ちた時、そしてそれは起こりました。

『シンデレラ、おまえの願いを言ってご覧』
『誰っ!?』

 誰もいない筈の部屋から聞こえたその声に、シンデレラは心底驚き声をあげました。
 振り返るとそこには、黒いフードで顔を隠した、背の低い人物。けれど不思議と、怖いと思う感覚はありません。
 その人物はするりとマントの下から細い腕を出すと、先に持った杖でシンデレラを指しました。

『願いを、言ってご覧?』
『……舞踏会へ、行きたいの』
『行けばいい』
『でも、こんな服じゃ行けないわ』
『どこが問題だというんだい?』
『え?』

 きらきらと目の前に光が舞ったかと思った次の瞬間、シンデレラは我が目を疑いました。
 継接ぎだらけのみすぼらしい服が、見るも豪華なドレスに変わっていたのです。

『さあお行き』
『おばあさんは誰なの? これは、一体どんな魔法なのかしら』
『ああ、足がないのだね。じゃあ庭に出るがいい』

 驚くシンデレラを横目に、老婆は自らすすんで庭に出ると、そこにあった大きなかぼちゃに向かって杖を一振り。
 それから足元を走り去るねずみにむかっても、同様にそれをふりました。

『まあ!』

 するとシンデレラのぼろの服が豪奢なドレスになったように、かぼちゃは馬車に、そしてねずみは身なりの良い従者に早や変わり。
 目を見張るシンデレラに、従者はうやうやしく頭を下げると、彼女に馬車に乗る様促しました。


『シンデレラ、一つだけお気をつけよ?』


 夢見心地で馬車に乗り込んだシンデレラに、老婆が一つだけ忠告を与えます。

『この魔法は0時の鐘の音とともに消える。鐘が鳴り終えるまでには帰っておいで』
『はい! ありがとうおばあさん!!』

 綺麗なドレスに豪奢な馬車。従者が運転するそれに揺られて、シンデレラは夢見心地。
 夢にまで見た舞踏会。いつかいつか、綺麗なドレスを着て、素敵な男性とダンスを踊りたい。
 この街に住む女性にはごく当たり前のことでも、シンデレラにとってみればまさに「夢」。
 がたがたと馬車は、山のてっぺんにある城へと向かいます。

 これから起こる、物語のために。
















「鐘が鳴ったわ。今のは何時の鐘?」
「11時だよシンデレラ。ああ、あなたはどうして時間ばかりを気にするのですか。そんなに……この宴がつまらない?」
「そんなこと……! ……違うのです王子様。わたし、わたしは……」
「ならば時間など気になさらないで下さい。あなたがどこかに心を移す度に、この胸は締め付けられそうになるのです……」

 迫真の演技、と言わんばかりの葉月の表情に、そうと分かってはいてもどきどきが止まらない。
 緑の瞳が自分を真っ直ぐに捉え、台詞を口にするのが精一杯で、感情を込める込めないのところまで頭が回らない。



(むむむ無理っ、珪くんの相手役なんて絶対無理っ!)



  はパニック寸前の頭で、ひたすら「無理」を繰り返す。
 実際に顔は熱くてどうにかなりそうだし、胸だって心臓が飛び出しそうなくらいどきどきしていて、とてもじゃないけど「演技」なんて出来そうにない。

 今更言っても仕方ないとはわかりつつ、自分を推薦したクラスメイトを激しく恨みながら目の前の「王子」を見た。
 葉月は葉月で、演技とはいえこうも至近距離で を相手にし、全く照れがなかったわけではない。
 だがしかし、単純に「嬉しさ」の方が勝っただけのこと。
 しかも普段は口に出せない想いを、台詞にのせて言うことが出来る。そういう意味では、「演技」以上の何かに がパニックになるのも無理はない。

〜……アンタさあ、そんなんでホントに大丈夫なの? 本番」
「うええええええんなっちん〜〜っ」

 一通りの練習を終え、へろへろになりながらステージを降りた自分に、体育館の隅で練習を見守っていた親友が声をかける。
 奈津実は真っ赤な顔で涙目になりながら自分に近づいてくる の姿を見て、若干心が痛んだもののこんなことで怯んではいられないと自らを奮い立たせる。
 抱きついてきた の背中にぽんぽんと手をやりながら、もう片方の手で頭を撫でる。は奈津実の肩にすりすりと鼻を寄せながら、切々と訴えた。

「無理〜、絶対失敗しちゃうよう文化祭」
「だから失敗しない為に練習してるんじゃん。もうアンタらしくないなあ、もっとどーんといきなよどーんと!」

 だいたいアンタそこまでステージ苦手じゃなかったじゃん、と、去年一昨年に行われた手芸部でのステージを思い出しながらそう言うと、肩に泣きついていた親友は救いを求めるような眼差しで自分を見上げる。

「だ、だってだって珪くんがっ」
「葉月が?」
「……かっこよすぎるんだもん〜〜っ」
「…………」

 うええん、と再び泣きつく に激しく脱力しながら、しかし確かにアレは反則だと奈津実も思う。
 恐らく葉月は演技にかこつけて本気で口説いてるのだろう。いや、そうにしか見えない。
 じゃなければあの甘ったるい視線は一体なんだというのだろうか。

「まあ……確かにあの視線を真正面から受けるのは辛いかもだよねえ」
「でしょうっ!? うわあんあんな演技が上手だなんて、反則だよーーっ!!」
「……演技、ね」

 本当にこのコはどこまで鈍いのだろうかと嘆息する。葉月も想い人がこれでは相当苦労するに違いない。
 奈津実はがりがりと乱れない程度に頭をかきむしりながら、とりあえず、と、 の肩をぽん、と叩く。

「明日から衣装合わせだしさ。アンタもドレス着たら気持ちも切り替わるって!」
「そ、そうかなあそうかなあ」
「そうだってば! さ、今日はもうおしまーい! ね、お茶して帰ろうよ、いい店見つけたんだアタシ!」

 奈津実はそう言いながら の腕をとり、外へと連れ出す。
  は相変わらず上手くいかない演技のことで頭を悩ませてはいたが、奈津実の笑顔につられるように笑い、手に手を取り合って学校を後にした。

 そして翌日。昨日と同じように放課後の体育館で全体練習が行われ、ステージにはそれぞれの衣装で着飾った生徒がわらわらと現れる。
 上手の控え室が女子、下手の控え室が男子の更衣室となっており、それぞれから現れた知人の見慣れぬ姿に、生徒は色めき立ち実に賑やかだった。

「うっわ〜……さっすが『王子様』」
「ねえ……あそこまで似合う人って早々いないよね」
「超かっこいい!! うわー、改めてファンになっちゃうよ〜」

 ステージを覗いてきた友人が、未だ着替えの終わっていない がいる上手の控え室にそう報告に来る。
  はウエストを思い切り締め上げられながらその報告を聞き、一瞬で耳がちりと熱くなるのを感じた。


「つか……アンタも化けたねえ」


 奈津実は普段見慣れぬ親友の姿に、しみじみとそうコメントする。
 制服は勿論、休日に遊んだ時に勿論私服だって見たことはある。そしてそれを可愛いと思った事だって、勿論沢山あったけれども。

「えええ変っ!? やっぱり変!? やっぱり、似合わないよねこんなの……」
「ちーがうってばその逆! 可愛いっつってンの!」

 自分に対する評価を低く見て止まない にびしりと指をつきつけ、奈津実はをそう評する。
 スタイルだって顔だって平均より可愛い範疇に入るのに、どうしてこのコは自分に自信を持たないのだろうか。
 奈津実はきょとんと自分を見返す にため息をつきながら腕を組む。

「でーきあーがりっと」
「ありがと」

  の着付けを行っていた生徒が終了の合図を出す。 は彼女に礼を言い、改めてドレスを身に纏った自分をくるりと見渡し不安げに眉根を寄せた。

「変じゃ、ない?」

 恐る恐る、奈津実にそう聞いて。
 彼女がこくりと深く頷いてくれたことに、心底ほっとした。
 奈津実はそんな にうやうやしく左手を差し伸べ、は苦笑しながらも右手をそれに乗せた。

「さ、それでは王子様がお待ちかねですぞ姫」
「ううううう〜」
「ああんもう。姫がそんな色気のない声だすんじゃないのっ」

 緊張の余り頬が熱くなる。こんな、着慣れないものを着た自分を、葉月はどう思うのだろうか。
 ただでさえ仕事で綺麗な服を身に纏った女性をたくさん見ていて。それなりに目は肥えているはずで……だからつまり、自分なんかが着飾ったところで滑稽なだけではなかろうか。




(帰りたい……帰りたいよう)


「みんなーーーー! シンデレラ登場だよー!」



 奈津実の掛け声に、その場にいた全員が振り返る。普通に登場しても恥ずかしいのに、わざわざ注目を浴びるようなことをする奈津実が恨めしい。

  は死ぬほど恥ずかしく思いながらも、せめてもと覚悟を決め視線をあげる。
 ざわり、と、場が固まった。


「う……っわあ! ちゃん綺麗綺麗綺麗っ!!」
「うんうん可愛い! そのドレスめちゃくちゃ似合ってるよ〜」


 舞台に先に行っていた仲間が自分にそう言いながら駆け寄ってきて、しげしげと至近距離で自分を見つめる仕草に益々赤面する。
 頬を赤く染めながらも「ありがとう」と礼をいい、ちらりと視線を一番気になる彼に。
 大好きな、彼に。
 移して。





(…………?)





 葉月はただ呆然とその場に立ち尽くした。
 奈津実の声に振り返り、視線をそちらにやれば、現れたのは相手役の少女。
 普段見慣れないドレス姿に身を包み、それは当然のことながらクリスマスに見るような華奢なドレス姿とは違っていて。
 しかし。



(女って……こうも着るもので変わるものなのか?)



 普段仕事場で見かける女性とは明らかに違う。
 それは勿論葉月が 以外の女性に関心を持たないことから発した感想だが、つまりはそういうことで。
 ふ、と目があった。
  は葉月の方をみると、照れくさそうに一度自分の姿を見てから、再び顔をあげて。


「……どう、かな」


 にこりと微笑んだ。





((うっわ葉月殺し!!))





 その場にいた全生徒が心の中でそう呟いたのは言うまでもない。
 けれど、自分の笑顔がどれほど葉月にとって威力があるものか知らないシンデレラと、無表情の皮一枚下のところで激しく動揺している王子は、昨日までの練習とは全く真逆の立場となる。

 つまり。


「初めてお会いした先日の夜から、わたしの心はあなた様のものでございます」
「…………」
「……珪くん?」
「……悪い、ちょっと、休憩」


 口元を片方の手のひらで覆い、横を向く天下の葉月珪王子と。
 無意識の笑顔で、そんな王子を魅了した平凡な天然娘。





(葉月…………頑張れ)





 どこまでも鈍い親友に歯噛みしながら、あれほど嫌っていた葉月に対してもエールを送らざるをえないほどに不憫さを感じた奈津実がそっと涙する。
 相変わらず舞台の上にたつ はマイペースで、調子の出ない葉月に対して「どうしたの? 具合悪い?」などと平気な顔で問いただす始末。
 葉月といえば、まさか が想像以上に魅力的で動揺しているなどとは口に出せず、むっとしたように首をふるのが精一杯。


((うああもどかしい!!!!))


 その場にいた生徒全員が心の中でそう叫び。
 それを感じ取ってますますむっとする葉月と、相変わらずきょとんとしたままの
  が葉月を心配し、覗き込むように見上げれば益々葉月の演技は酷くなり、結局監督役の生徒が、今日の練習の終了を宣言した。










「ねえねえ珪くん、やっぱりどこか具合悪い?」
「……別に」
「だって……昨日まであんなに調子良かったのに……」

 練習が終わっての帰り道。 は普段ミスなど滅多にしない(と、言うか見たことがない)葉月の演技がぼろぼろだったことを気に病み、そっと葉月に問う。
 問われた葉月は、知ってはいたものの の鈍さに改めて泣きたくなり、不本意な苛立たしさに苛まれていた。

「ごめんね」
「何がだ?」
「その……珪くんモデルのバイトも忙しいのに……付き合って劇に出てくれてるでしょう? だから……」
「関係ない」

 疲労からミスが続いたのだと思って落ち込む に慌てて否定の言葉を継げる。
 隣でゆっくりと歩く はあからさまにしゅん、としていて、葉月は足を止めて正面からを見下ろした。

「そんなんじゃ、ない」
「いいの、ありがと」
「よくない!」
「けい……」
「……違うんだ」

  は急に激しさを増した葉月に驚き、目を丸くして葉月を見上げる。そこにあったのは、もどかしさを含んだ眼差し。
 もうすぐ訪れる冬の予感をのせた冷たい風が、時たま二人の間を吹き抜けては二人の髪を乱した。
 葉月の目の前にいるのは、見慣れた制服の彼女。どんな服をきても、 で、自分はそんな彼女自身に惹かれたという自覚もある。
 けれど際立たせるものは確かにあるのだと、痛感した瞬間。

「ドレス……」
「え?」
「似合ってた……シンデレラの」
「えっ、あっ、劇の? あああありがとうっ」

 急に話の展開がそれたことに驚きつつも、 は素直に礼を言う。答えながらも自分の頬がたまらなく熱くなっていることに余計に恥ずかしさを覚え、葉月の視線から逃げるように俯き、髪で頬を隠した。
 恥ずかしくて真っ直ぐ葉月の顔が見られない。どうしよう、心臓がばくばくして他の音が聞こえない。
 目の前で赤くなった耳を髪では隠しきれずに俯く を愛しく思いながら、葉月は目を細める。

 ――なあ、いつになったらおまえは、自分が俺にとってのシンデレラだって、気付く?
 解けない魔法でそう気付いた時のおまえは、一体どんな顔をするのだろうか。
 物語の様に喜んでくれる? それとも……。



(素足のままで、逃げる……か)



 自分の考えに苦笑し、葉月は目の前の丸い頭をわしゃりと撫でる。すると短い悲鳴が聞こえ、次の瞬間には膨れっ面のシンデレラが顔をあげて抗議を始めた。
 いささか元気の良すぎる『姫』に、『王子』はうやうやしく手を差し伸べると優しく微笑んだ。


「本番は失敗するなよ?」


 無意識の笑顔の威力はお互いさまで。

 そして、次の日の練習では再びシンデレラが失敗の連続。
 ギャラリーの心配を他所に、2人とも本番ではしっかりきめるのだけれど、『王子』がフライングをしたのは、ここだけの話。












Fin


------------------------------------------
Special Thanks to → アンケートに答えてくださった皆さまへv

Happy C×2一周年記念アンケートにて、「どんなお話が読んでみたいですか」と
お聞きしたところ、「こんな感じ」という全体のイメージ以外ではっきりとしたご意見を
頂いた中ではダントツの1位だった『文化祭学園演劇準備編』。
お話的には『姫の条件』の続編です。

想像以上に長いお話になってしまい自分でもびっくり。
もう少しコミカルな場面も入れたいと思いつつ、これ以上長くなっても、とカット。
ですが楽しんで書けましたv
少しはご期待に添えたでしょうか?

アンケートの結果ですが、 本当に楽しく拝見いたしましたv
せめてものお礼になっていますように☆




※up日未詳


*Back*

copyright (c) 2007 Happy C×2