** Happy C×2 **
 ●心の奥から

 木曜日の午後。
 クラブを終えたわたしは帰り道、晴れ渡った空を見上げた。


(きれー……)


 夏の空って、どこまでも続いてる気がする。

 普段はそんなこと気にしないのに、なんでかな。今日は凄く綺麗にみえて。
 高台の学校から、市内へ続く坂道。そこから見渡す景色が、わたしは大好きなんだ。



(珪くんにも、見せたいな)



 見慣れた通学路から見上げる空なんて、そんな特別なことでもないのに、ちょっと綺麗に見えたりすると、わたしはすぐ珪くんに見せてあげたくなる。
 綺麗だなって思う景色を一緒に見て、珪くんもそう思ってくれたらいいなとか。
 あまり変わることのない表情が、口元が、緩んでくれたらいいな、とか。

 そういえば、もうすぐ花火大会だ。
 ふと思い出して、わたしは予定を確認する。うん、まだ誰とも約束してない!

 脳内で確認した予定ににまにまとしながら、考えるのはやっぱり珪くんのこと。
 珪くん、誘ったら来てくれる、かなあ。

 珪くんは優しい。一見無口で、無愛想に見えるけど本当は凄く優しい事、知ってる。
 出会って間もないころは、優しかったり、かと思うと急に距離を置こうとしてるみたいなそぶりをしたりしていたけれど。







 名前で呼ばれるようになった頃から、かな。
 少しづつ、距離が縮まってる気がするんだ。


(わたしだけかもしれないけど)


 小動物的な扱いかもしれないし……自分でもわかるくらいたまに信じられないドジするし(たまにだよ!たまに)。



「電話、してみよう」



 家に着いたら。
 気合入れるために、わざと声に出してそう言って。
 すごく単純だけど、声聞けるって思ったら自分でも呆れるくらいうきうきして、家まで走って帰りたい気分だった。




■□■□




 カバンを置いて、 中から自分の携帯を取り出すと、メモリから珪くんの番号を呼び出す。
 液晶に「葉月 珪」の文字が出た瞬間、暴れだす胸。

(何回かけても、慣れないなあ)

 自分で苦笑いしちゃう。
 そのまま、通話ボタンを押すと、回線をつなげる音が続いた後、呼び出し音が鳴った。


 ―――とぅるるる、とぅるるる――――


 どきどき、する。


 ―――とぅるる……ぷっ―――


 わたしの部屋と、向こう側の空間が繋がった音がして一気に大きく跳ねた胸。
 もしもし、って言おうとしてやめる。回線越しの空気が、いつもと違う気がしたから。


(間違えた、かな?)


 メモリでかけたから、それはないと思うんだけど……。


「もしもし?」
『……あなたね、最近やたらと珪につきまとってるのは』


 返ってきたのは、女の人の、声だった。
 びっくりして、全身が痺れる。指先が、冷たくなって。


「あ、あの」
『どこからこの番号知ったのか知らないけど、今大事な時期なのよ。おっかけだか何だか知らないけど、限度をわきまえて頂戴』


 電話越しでも分かる、大人の、女性の声。たまに配達に行った時に聞いたことのある声だからわかる。珪くんのマネージャーさん、だ。
 こちらの言い分を挟めるような一分の隙もなく、冷たく言い放たれる。お、おっかけって……。
 言いたい事はいっぱいあるのに、喉の奥で全部固まって、一言も出てこない。
 でもそのままなのも悔しかったから、お腹にぐっと力を込めて言い返す。


「あの、わたし、おっかけなんかじゃありません。珪くんとは」
『皆そう言うのよ。自分だけ特別だと思ってるんだから。どうしてそう思えるのか聞きたいくらいだわ』



(―――――!!)



 やっと発した言葉に返ってきたのは、泣きたい位の内容だった。でも。


『とにかく、電話はひかえてちょうだい』


 言って、そんな間もなく一方的に切れた。



(でも……)



 動けないでいた、わたしの右手の携帯から冷たい機械音が耳に響く。
 もうとっくに切れた回線。同時に切れた、わたしの中にあった、あったかい気持ち。



( 『自分だけ特別だと思ってるんだから』 )



 言われた言葉がぐさりと突き刺さったまま、痛くて動けない。
 そんなこと……思ってなんか、ないもん。
 言い聞かせるように言った言葉は効力を発することなく、わたしの手はことりと、携帯を机の上に置いた。







 珪くんが、わたしを呼ぶ声。不意に思い出して、泣きたくなった。
 鼻の奥がツンとして、喉が痛くなる。さっきまでの気持ちが嘘みたいにしわしわになって、萎んでいくのがわかる。


(電話しない方が、いいのかな)


 心の中でそう呟いた瞬間、悲しさが瞳から零れ落ちそうになって、慌てて上を向く。 うぬぼれてるつもりなんかない。特別だなんて思ってない。
 だけど、友達として誘うくらいはいいかなって、思っているのは本当。

 その気持ちを、うぬぼれだと言われたら。



「もう! 珪くんが人気者だってわかってた筈なのにな!」



 そう、わざと大きい声で気持ちを振り払おうとした瞬間、机の上においていた携帯が着信を知らせた。



(珪、くん?)



 着信者名を見てどきりとする。一瞬間があいてしまい、慌てて机の上から携帯を取ると通話ボタンを押した。


「はい」
『あ、俺。葉月』


 いつもと同じ、温度の低い、でもどこか安心する声。
 さっきあんなことがあったばかりなのに、いつもと変わりない彼の声に安心する。安心して、又泣きそうになって慌ててこらえた。



(あ!)



 もしかして、マネージャーさんに怒られて?
 それで電話してきたのかな。

 浮上したのもつかの間で、考えれば考えるほど、怖くなってくる。どうしよう、わたし、嫌われちゃったのかな。
 不自然だって思うのに、声が出ない。どうしよう。どうしたら。


?』



 さっきまでののんきな自分を呪いつつ、必死で言葉をつなごうとするけど、上手く喋れない。


「あ、あのっ、さっき、わたし……」
『ああ、知ってる』


 胸が痛い。次の言葉が怖くて、喉がからからになる。


「あの、珪くん」
『……悪かった。』


 え?


『さっき、電話くれたろ、お前。俺撮影入ってて出られなくて。悪かった』


 あ、そっか……今日木曜日だ。
 毎週木曜日は決まって撮影の日だった。前に教えてもらってから注意していたのに、忘れてかけちゃうなんて、わたし、どれほど浮かれてたんだろう。
 でも、マネージャーさんが出たこと、知らないのかな。
 珪くんのいつも通りの口調に少々面食らいつつ、安心する。


『……』


 電話口で、珪くんが一瞬言葉を止める。


『さっきの、気にするな。マネージャーには良く言っておいたから……』



 ―――――!



「え!? あ、ごめんなさい! わたしがしつこく電話なんかしたから」
『俺……お前からの電話、迷惑だなんて思ったこと、ない』


 泣きそうになったわたしに、いつもみたいに、一言一言を丁寧に電話越しに伝えてくれる。
 珪くんは、口数は少ないけれど、だから逆に嘘じゃないってわかる。
 仕事、忙しいのに……これだけの為に電話してきてくれたんだって思うと、嬉しくてこらえてた涙が別の意味をもって頬をぬらした。



「へへ……ありがとう」



 笑いながらそう言うと、電話の向こうから困惑した空気が伝わってきた。


『お前……泣いてるのか?』


 ううっ、するどい。

 たった一言の返事で、珪くんはわたしが泣いているのを察して声を鋭くする。勿論わたしは否定したけど、鼻声での弁明はどうにも苦しくて困った。
 電話の奥の方から、珪くんを呼ぶ声が聞こえると、彼は軽く舌打ちをし、

『お前、夜時間あるか?』
「え?」
『ああいい、又あとで電話するから……』

 言って、切れた。


 さっきまで珪くんの声を伝えてくれた携帯からは、無機質な通話終了の機械音だけが聞こえてくる。
 だけど、その響きはさっきの音とは全然違っていて、むしろ暖かく感じた。

(お前、夜時間あるか?)

 びっくりして、涙止まっちゃったよ。
 マネージャーさんに怒られてショックな気持ちと、それでも気にかけてくれた珪くんの態度が嬉しいと思う気持ちがごっちゃになって、少しパニック。

(でもでもでも、珪くん、電話くれるって)

 自分でも単純だと思うけど、ささいな一言がこんなに嬉しい。
 それから数時間が経ってあっという間に日がかげり、時計の針は7時を廻ったところだった。

 珪くん、いつ頃電話くれるのかな。
 そう思った瞬間、携帯が着信を知らせる。

「はい!」
『……』

 あれ?

「珪くん?」

『お前、随分勢い良く出るな』

 びっくりしたように、少し笑う彼の声が聞こえた。だだだって!
 嬉しかったんだもん。

「珪くん今どこ?」

『ああ、お前の家の前』

 ええ!?

 慌ててカーテンを開けると、外灯の光を受けて、携帯を片手にわたしの部屋を見上げている彼の姿が飛び込んできた。

「ちょっと待ってて! 今行くから」

 こんなの不意打ちだよー! 服だって全然可愛くないし、髪だって可愛くしてないし!
 どたどたと階段を勢い良く降りながら、頭の一部では冷静にそんなこと考えたりしてた。

「珪くん!」

 呼ぶと同時に、彼が携帯を切る。

「悪い、急に来て」

 電話越しじゃない、空気と一緒にわたしの心を震わす、声。

 悪いだなんて、そんなこと、ない。
 ちょっと息を切らしながら、首を左右にふった。

「あの、あのね珪くん」
「ちょっと待て。……俺に先に言わせてくれないか?」

 軽く右手をあげてわたしを制すると、口元に残していた笑みを消して、少し黙った。

「昼間の件だけど」
「あ、あれはわたし本当に!」
「聞け」

 しゅん。
 思わずうなだれたわたしに1歩近づくと、少し首をかしげてそっとわたしの髪をすくう。
 たったそれだけの仕草なのに、珪くんがやると妙に色っぽくて、困る。

「俺の電話をあいつが取る事なんて滅多にないんだが……どうも最近俺がお前と一緒にいる事が多いのが気に入らないらしい。」

 ああ、やっぱり。

 そりゃあ珪くんといえば、学園だって人気者だし、モデルとして活躍してるから街中で人気なのは分かってる。
 わかってたけど、でも。
 想像していたことを現実のものとして言葉にされると、痛い。

「……ごめ」

 んなさい、って言おうとしたわたしの口を、彼が髪からずらした手の、親指をかすらせて止めた。

「気にするな。俺のことは、俺が決める。お前からの電話を、俺が迷惑だって思ってないならそれでいいんだ」

 わたしはというと、彼の指が触れた自分の唇がどうにかなりそうなくらい熱くて、とてもじゃないけど正気で聞いていられなかった。

 全身で、早鐘を打つ。どくどくと響く心臓の鼓動で、あちこちが痛い。

「それとも、お前、もう俺と話すの、嫌になったか?」
「そんなこと、ない!」

 彼の手を両手で掴み、必死で否定する。

「そんなことないよ! わたし、珪くんの迷惑になるなら嫌だから我慢するけど、そうじゃないなら、珪くんと電話したいし、出来るだけ一緒に……!」

 最後の言葉は、飲み込んだ。
 だって。片思いのわたしに、言う資格ないよね。

 そんなことを考えていると、ふいに珪くんの手に力が入り、逆にわたしの手が握り締められる。

「一緒に、なんだ?」

 ――どきん!

「珪くん又からかって……!」

 真っ赤になって彼をにらみつけると、いつものわたしをからかう時に浮かんでる、唇の端の笑みがないことに気付く。

「珪く……」
「その後の言葉、聞かせろよ」

 たまに彼が言う、命令口調はわたしに拒む事を許さない。
 命令されるたびに、彼に必要とされている気がして、全身に熱が溜まる。

 それが嬉しさなのか、恥ずかしさからなのかは自分でもわからないけれど。
 苦しくて眼をそらす。彼がもう片方の手をわたしの頬にやり、それすらも許さない。

「言って」

 うわーんっ!!!

 そんな色っぽい声で、色っぽい瞳で覗き込まれたらわたし―――!

 真っ赤になって涙目になったわたしを見て、彼は少し笑うとそっと手を離した。
 とたん、腰の力が抜けて地面に座り込みそうになる。もうもうもう!
 100mダッシュしたって、こんなに疲れないよ。

「お前、次の日曜空いてるか?」

 え?

 顔をあげる。そこにはいつもの穏やかな笑みを浮かべた彼がいた。

「花火、見に行かないか」
「い、行く!」

 即答で答えたわたしに、彼はこらえ切れないように吹き出し、笑いながらわたしの頭をなでた。
 く、悔しい! 遊ばれてる〜っ。

「……はばたき駅前に5時ね! 遅れたら許さないんだからっ」

 どんなに口で否定しても、態度一つでわかるっていうようなまなざしが悔しくて、ちょっと強気口調で言うと、更に彼のツボを刺激したらしく声を殺してお腹をかかえてた。……くそう。








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Comment:

  片瀬初GS SSです。ゲームでマネージャーさんが登場した瞬間 「……使える」 (笑)。
  この時点ではまだお互い片想い同士です。片想い大好きです、切なくて。
  (作者だからっすね、当事者はそれどころじゃないかも……−笑−)

※up日未詳


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