** Happy C×2 **
 ●攻守交替


 いつもの通り、コーヒーを配達に行っただけなのに。


ちゃんいい! 可愛い!」


 着ているのは、アルカードの制服じゃなくて来たこともないようなドレス。
 頭には、素人だからということで被せられたウィッグ。珪くんの髪よりも明るめなブロンドの巻き髪。ここここんなのうすっぺらい日本人顔のわたしに似合うわけないじゃない〜!




(どうしてこうなっちゃったの!?)




 泣きそうになりながら、じっとりと恨めしげにマネージャーさんを見れば、慣れたものでしれっと笑顔で微笑み返される。や、別に笑って欲しいわけじゃなくて!
 更に睨む強さを上げれば、あやされるようにぽんぽんと頭を撫でられる。あああだめだ、この人に抗議は伝わらない。普段から珪くんのマネージャーをやっているだけある……くうう。

「だーいじょうぶ、可愛いって!」
「そんな適当なこと言わないで下さい〜っ! ひ、人事だと思って!」
「適当じゃないわよ。ねえはづ……」
「いいいいいいいです! ちゃんと準備できてからでいいです!」

 まだちゃんと準備できてないのに、と、慌てて拒否するとまるでそれすらも読んでいたかのように「じゃああと宜しくね」とスタッフの人に声をかけて場から離れる。ううう、丸め込まれたごまかされた。



 事の発端は、今から20分ほど前のこと。
 コーヒーの配達をマスターに頼まれ、いつものごとく隣の撮影所まで足を運んだわたしが見たのは、何だかざわついた現場だった。


「こんにちは、喫茶アルカードです。コーヒーをお届けに参りました」


 黙って入るわけにもいかずにいつもどおり挨拶をすれば、瞬間的に向けられる視線。普段なら数名のスタッフにマネージャーさん、それから珪くんがちらりとこっちを見るくらいなのに、それが今日は違ってた。



(ななななな、なに、なにっ?)



 焦るわたしを他所に、現場のざわつきは止まらない。珪くんの立つ後ろで、なんだかえらそうな人がこっちをちらちら見ながら何かを話していて、わたしは自分が何かミスをやらかしてしまったのかと気が気じゃなくて。
 コーヒーをいつものテーブルに置くのも忘れて立ちすくむ。一回、撮影を見切ってしまった時から相当現場に入るときは気を使っているつもりだったんだけどな、ななな何かやっちゃったのかなっ。



「あ、珪くん。あの」
「よかった。おまえ、丁度いい」
「へ?」


 丁度いいってなにが? と聞こうとしたわたしの手から、コーヒーの乗ったトレイが消える。横を見れば、わたしの手からトレイを受け取ったマネージャーさんがにっこりと微笑んでいて、失礼ながらもその不気味さに救いを求めるように珪くんに縋るような眼差しを向けてしまったぐらいだった。
 すると珪くんの後ろから、さっき何かを相談していた偉そうな人がにこやかに近づいてきて言った言葉が。


「君、アルカードの子だよね? ちょっと助けてくれない?」
「え? は?」
「モデルの女の子が急に来れなくなって……おまえ、代理」
「代理……ああ、代わりにやるってことね。うん、わたしに出来るなら任せて! って……あれ? モデルさん? へ?」
「サンキュ、助かる」



 なんだか良く分からないままに、代理という言葉だけを聴いて思わず頷く。
 そんな感じで、うっかりノリで返事をしてしまってから今までにないくらい青ざめた。え、代理? 何の?












『モデルの女の子が急に来れなくなって』














(ああああああわたしのばかあああああ!!!)














 けれど一回引き受けてしまったものを今更断るわけにもいかなくて。
 珪くんもそうだし、皆困ってるんだなって思ったら助けてあげたいって思うけれども。


(物理的に無理なものは無理だと思うのよ!)


 わたし、一般のごくふつーのじょしこーせーなわけで。
 そんなわたしがモデルさんの代役なんて、出来るわけがなくて!

 髪の毛を整えながら、心の中でめえめえ泣いてみる。確かに太ってはいない。けれどスリムなのと体重は必ずしも一致しないし、大体でるところが足りてなかったり身長がそもそもそんなに高くないし何よりもこの日本人顔がね、どうなの。
 ……って自分で言ってて泣きたくなってきた。ううう、なっちんだったらきっと、全く無問題で引き受けられるんだろうなあ。


ちゃん? どうしたの?」
「……クリオネになった気分です」
「ははっ! ああ、このドレスひらひらだしね」
「そうじゃなくて。珍獣扱い」


 言ったら吹き出された。
 不安になるのもわかるけど、プロの腕を信用しなさいってスタッフの人に笑われる。それは信じてる、信じてます。だけどね、どんな一流の料理人でも魚を肉にすることは出来ないわけでね、素材の問題を心配してるのですが。


「素材もいいから、大丈夫だよ」
「ううう……さすがプロですね」


 メンタルフォローも完璧ですねといえば、何故か数名に苦笑される。これじゃ葉月くんも苦労するよねって、どういう意味かなあ。

 首を捻ったわたしに、出来たよ、の言葉。目の前に立てられた鏡を見れば、全然別人の女の子。


「う、わあ!」
「ね、可愛いでしょ?」


 思わずくるくると回ってみて、ヘア担当の人に笑われながら直された。ごめんなさいと謝って、今度は大人しく鏡の中の自分を見る。うわあうわあ、ほんとに別人みたい!


「思ったよりウィッグが浮いてなくてよかったです」
ちゃん、元々色素薄いからね。ブロンドでもそんなに違和感ないし、メイクでバランス取ってるから大丈夫でしょ?」


 こくこくと頷く。プロの人ってすごい! うわあうわあ、なんだか本当にモデルの人みたい!
 白いノースリーブのドレスは、柔らかな生地で出来ていて少しの動きでも風をはらんでひらひらと動く。リボンがポイント使いされていて、色の強弱がすごい綺麗。
 ドレスの裾をつまんでひらひらと揺らす。可愛い……いいなあ、モデルの人ってこういう服着られて。


「じゃあ、早速だけどいいかな。時間おしてて」
「あ。はい、わわわわ、わかりまし、た」
「葉月くん! 上手くリードしてあげてね」


 部屋の隅で行っていたメイクが終わり、そういわれると急に緊張し始めた身体ががちがちになっていくのがわかる。だめだよ、頑張らないと。皆に迷惑かけちゃう。
 ぎちぎちとぎこちなく現場へと向かうと、聞こえるささやきやら口笛。ううう、いたたまれないよう。







(珪くん、どう思うかな)







 やっぱり一番気になるのはそれで。
 だってだって、仕方ないよね。あのね、自分ではいつもよりは可愛くなったかなって思ったりもするんだけど、逆に浮いちゃってないかなとも思うわけで。

 恐る恐る珪くんに近づき、小声で「どうかな」と聞いてみる。珪くんは暫く黙ったままで、何かに感心したように「へえ」と小さく呟いた。


「わかってるよ。似合ってないの」
「そんなこと言ってないだろ。……似合ってる、意外に」


 うん、それはわたしも思ったの。
 とりあえず眉を潜められるとか、ため息をつかれるとか、そんなリアクションじゃなくて良かった。わたしは胸をなでおろして珪くんの後についていく。途中、カメラマンさんに何かを言われた珪くんが「うるさい」ってじろりと一瞥していたのだけれど、どうかしたのかな。



「? 珪くん、耳赤いよ?」
「……おまえのせいだろ」





 え? 何が? 何で?






「予想外に可愛くてびっくりしたなら、ちゃんと言葉にすればいいのにねえ」
「森山さん!」


 からかうような声を出すカメラマンに、珪くんが珍しく声をあげる。わたしはきょとりと二人を見比べ、自分でも予想外でびっくりしましたと言うとその人は爆笑し、珪くんはもう黙れとため息を付いた。



「や、ホント、葉月くんも大変だねえ」



 喉の奥で笑いをかみ殺しながらカメラをセットするその人を睨みつける珪くんの横で、なんだか居心地悪くもぞもぞする。そんな台詞、メイクさんにも言われたなあ。なんだろ、珪くん何か大変なことでもあるのかな。


「ね、ね、珪くん」
「……なんだ」
「何か困ってることあるの? 手伝えることだったら、手伝うよ」



 だって、やっぱり助けられるなら助けてあげたいし。
 その前に今の代役をしっかりすることが先決だとは思うんだけど、珪くんが困ってるなら何とかしてあげたい。
 じい、と見つめた先に、心底呆れたような、やるせない顔をした珪くん。え、え、そんな大変なことなの?


「じゃあ、始めようか。葉月、ラブ独り占めって感じで後ろから抱きしめて」
「はいいっ!?」


 無論、この悲鳴はわたしのもの。だってだって、な、何ていいました今?
 聞き返した相手より先に、するりと耳元を通って後ろから回された腕が胸の前でクロスする。ふわり、同時に届くシトラスの香り。それでもう、状況を理解するより先に体温がぐん、っとあがって息がつまった。


















「いいからもう……黙ってろよ」


















 ささやきが耳朶を打つ。珪くんの体温が背中から伝わる。心臓の音だって、響いちゃうんじゃないかってくらいぴったりとくっついた身体は、想像以上に『男の子』で。
 ちょっと落ち着いた心臓が再び再稼働してフル回転。







 ――息が、止まる。


















「葉月、いいね! 彼女の方がちょーっと硬いかな。視線バラして」
「ば、バラす? え、えええっと」


 重役の緊張と、そうじゃない緊張とでパニック。だって誰だって好きな人にぎゅって抱きしめられたら息が詰まるに決まってる。
 恋人同士だったら違うのかもしれない。一緒にいられたら安心して頑張れるのかもしれない。
 だけどわたしと珪くんは別に付き合ってる訳じゃなくてただの友達で。
 こんなことされたら、嬉しいよりも先に、どきどきの方が何万倍も勝っちゃうんだ。







(ど、どうしたら――っ)








「カメラ見るなってこと。いつもみたいに、ぼーっとしてりゃ、いい」





 不意に届く声。ボリュームを押さえて、端的に指示をくれる言葉。
 思わず縋るようにわたしを抱きしめる腕に触れれば、まるで安心させるようにその腕の力が増して。












「怖がらなくていい……」












 俺がいるだろ? って。
 態度で教えてくれる人。



















 ふう、と何かが解ける感覚。すごい、珪くん。
 彼の腕に触れた指先の冷たさに気付いたのか、そっと手を重ねてくれる。ごめんね、助けるはずが、こんなにも助けられてる。負担かけちゃってる。


「わたし、そんなにぼーっとしてないよ」
「してるだろ?」


 珪くんに言われた一言がひっかかって言い返せば、しれっと否定する。
 だって授業中だって気がつけば窓の外ばっかりみてるし、天気がいいと居眠りだってしてるの、わたし知ってるよ?









(だって、ずっと見てるもん)









「珪くんの方がぼーっとしてるでしょ?」



 照れ隠しも兼ねて憎まれ口を叩けば、さも心外といわんばかりの声音で「俺ほど隙がないヤツなんて、いない」だって。
 珪くん、どんな顔してそんな言葉言ってるの?







「いいね! その笑顔、もらった!」







 思わず噴出したその瞬間、切られるシャッター音とフラッシュの嵐。
 あ、もしかして――。



















(どうしよう)



















 わたしをリラックスさせるために、わざとおどけたことを言ってくれたことに気付いてさっきとは違う切なさがわたしを支配する。
 どうしよう。



 珪くんが好き。どうしようもないくらい、好き。





 降り注ぐフラッシュの光。さっきまであんなにも緊張していたのが嘘みたいに、わたしは笑うことが出来る。背中に感じる温かみがこんなにも頼もしい。回された腕が、どんなものからも守ってくれる気がして、何にも怖くなんかない。

 誰がこの人を、冷たい人だなんていうのだろう――






「珪くん……やさしいね」
「なんだよ急に……別に、どうってことない」


 拗ねたような声。それでわたしはもっと温かい気持ちでいっぱいになる。
 ありがとう珪くん。

 気持ちを伝えたくて、身体に回る腕をぎゅっと引き寄せる。いいよね。恋人同士の設定みたいだし、少しくらい役にかこつけて甘えても、いいよね?





(き、緊張するけどっ)









「あれ? 今度は葉月が硬いかな」








 するとその直後、カメラマンさんが珍しいとでも言うような声でシャッターを切る手を止める。
 どうしたのかなと顔をあげて珪くんの様子を伺おうとしたら力ずくで制されてままならない。救いを求めるように周りの人の表情を見て場を把握しようとしたけれど、驚いた顔をしてる人もいれば笑っている人もいて一体何が起きているのかがわからない。


 何かあったのかな。わたし、迷惑かけちゃった?


 不安になって彼の表情を見ようとしても、珪くんががっしりわたしを抱きしめていて叶わない。ね、どうしたの?
 

「珪くんどうし――」
「いいから……こっち見るな、絶対」


 そうは言っても気になるよ。
 何枚か切られるシャッターの音を聞きながら、もしかしたらわたしが余計な動きをしたからかもしれないという考えにたどり着いて凍る。そ、そうだよね、プロのモデルでもない素人が余計な動きしたら、プロの人からしたらやりづらいよね。


「あ、ごめんね、わたしが余計な動きしちゃったからかな」
「ちがっ……! いや、違わないけど……違うんだ。別に、このままでいい……そういう設定、だし」
「でも珪くんがやりにくいなら」
「あーちゃんはそのままでいいから。葉月、プロだろ? 棚ボタなんだから仕事に反映してくれないかな」
「……勝手なこと、言うな」



 カメラマンさんが何故か笑いながら挑戦的にも感じる響きで告げた言葉に、苛立ちの乗った声音で珪くんが返す。一度背後で深呼吸するのがわかって、それが終わると同時にわたしを抱きしめていた腕が片方解かれ、ウィッグの髪が一房絡め取られた。


 肩口に顔を埋めるような状態で、絡めた髪ごと口元に指を寄せる。かと思えば次の瞬間には、体勢はそのままに口元だけがわたしの首筋すれすれに寄せられる。









「……本領発揮ね」









 見守っていたマネージャーさんの呟きが、わたしの心境を見事に言い当てていて。
 さっきまで安心していたわたしはどこへやら、涙ぐみそうになった新米モデルがカメラに収まっていた。


















Fin


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Comment:

1st Love第一弾はやっぱりというか何と言うか葉月SSで追加スチルイベントだったりしました。
オチがない感じですみません(汗)。ししししかし死ぬほど萌えたので、後で後悔すると分かりつつ勢いでアップ。
このネタは漫画でも描きたいなあうずうず。


※up日未詳


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