** Happy C×2 **
 ●桜貝


 ねえ、覚えてる?
 3年前の夏に、一緒にここにきて珪くんが言った言葉。




「何か言ったか、俺」




 あ、忘れてる。


 素足の裏に、さわりとした砂の感触。
 波打ち際を歩くと、時に勢いを増した波が足元の砂を攫うから、危うく転びそうになる。
 珪くんは靴を履いたまま浜辺側で、そんなわたしの手を掴まえてくれてる。

 本当に覚えてない? って聞いたわたしに、考え込む仕草。
 ごめんごめん、別にそんなたいしたことじゃないんだけど。



 3年前の、夏。
 海水浴の後、二人でゆっくり浜辺を歩いてたの、覚えてないかな。
 今みたいに波が砂を攫って、隠れていた薄紅色を連れてきた。


 足元で見つけたそれを、わたしはその時と同じように珪くんに見せる。
 薄い、小さな丸い三角。
 珪くんが「ああ」って。あ、やっと思い出した。
 気まずそうな顔してる。やっぱり、あれってそういう意味だったんでしょ?




『小さくて、淡いのが好き』




 そう言ったわたしに、珪くん『ふうん……』って言ったよね。
 挙句に『女なんだな、おまえ』って。今思うと、凄い暴言だと思うのですが。




「気にするな」




 なんて、あの時の同じ台詞を言うから、我慢できずにわたしは噴き出す。

 なんかこうしていると、あの頃に戻ったみたいね。
 あの時も、珪くん手伝ってくれたよね。
 おっきな身体を半分に折って、長い手を砂浜に伸ばして、綺麗な指で。
 珪くんが探してくれた桜貝、まだ、持ってるよ。

 窓辺に置いた、コルクの蓋の、ガラスビン。
 そこに置いておくとね、朝一番の光が当たって、桜貝の淡いピンク色が、更に白くなるの。
 それが凄く綺麗で……好きなんだ。


 珪くんが足元に手を伸ばす。何かを指でつまんで、寄せてきた波でそれを洗った。
 そして左の手の平にのせて、わたしに差し出す。
 あ……。




「1枚、追加」




 ねえ知ってる?

 桜貝ってね、100枚集めると、願い事が叶うんだよ。
 子どもじみてるかも知れないけど、あの頃はそういうのに頼ってた。



 桜貝の言い伝え。
 流れ星への願いごと。
 七夕に、書いた短冊。
 初詣のお祈りとか。






(珪くんの、『隣』にいられますように)






 どれが効力を発揮したのか分からないけど、今、こうして二人でいられることに、
 きっと力を貸してくれたんじゃないかなって思うの。
 やっぱり、幼いかな。





「いや……」





 手の平の小さなピンクを受け取りながらそう言うと、珪くんは少しだけ笑った。




「やっぱり……女なんだな、おまえ」




 がっくり。

 あの頃ならまだしも、恋人同士になってからもそういわれるとは思わなかった。
 うなだれたわたしに、「馬鹿」って、掴んだ手を引き寄せる。
 ぱしゃり、と、足元で水音が響いた。

 足の指の隙間から砂が逃げていく。
 ずるりと引き寄せられる下半身と、彼の方へと傾く上半身。
 とん、と、珪くんの右手がわたしの肩に触れて、掴んだ左手はそのままに引き寄せる。




 右の手の中には、桜貝。
 あと何枚集めたら、次の願い事は叶うのかな。




 身体を珪くんに預けながら、そんなことを考える。


 ね、珪くんの願い事はなに?
 わたしね、珪くんだけの魔法使いになりたいな。
 みんなの願いを叶えるなんて無理だけど、せめてたった一人の願いを叶えられるようになりたいの。



 おかしいかな。でもね、本気だったりするんだよ……?




 ね、願いごと、なに?





「俺の?」





 うん。そう、珪くんの。


 顔をあげて珪くんを見ると、彼はしばらく海の方を眺めて何かを考えていた。
 遠く、とても遠くを見つめる視線。
 潮騒の音が、沈黙を埋めていく。少し湿った潮風が頬を撫でて、二人して目を細めた。



「桜貝……」



 ぽつりと、まるで独り言の様に。
 聞こえた言葉に改めて彼を見ると、遠くを見ていた翡翠の瞳がわたしを映していて。








「おまえに、やる……100枚」










(珪くんの魔法使いになりたい)

(おまえに桜貝を)











 参った。
 なんで、いつもこう……クルのかな。





 じゃあわたしは、珪くんの願いが叶うようにお願いするねって言ったら、珪くんは又「馬鹿」って笑って、わたしの身体を解放した。
  わたしが珪くんの魔法使いになって、珪くんがわたしの願いを叶えてくれたら。





 すっごく、無敵の二人だよね?






 それから二人、ゆっくりと浜辺を歩いて。
 歩くたびに手渡される、薄紅の貝殻。
 1枚。また1枚。
 手の平に重なって、しゃらしゃら音を立てる程。
 それはそのまま珪くんからわたしへの愛情だってわかるから、どうしたって、どう頑張ったって、泣かされちゃうと思うんだけどな。



 100枚の桜貝が手に入ったら、部屋のガラス瓶に入れて。





 『二人が幸せでありますように』って、二人に魔法を書けるね?






 わたしの幸せのために、珪くんの幸せを。
 そして珪くんのために、わたしの幸せを。







「ほら」






 25枚目の幸せのかけら。
 受け取って、指でさわって。



 ありがとう、を笑顔で返した。








Fin


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Comment:


を、書くのは久しぶりな気が…そうか、キリリクと花ちゃんしか最近書いてなかったのですね。
桜貝イベント(というのかな)のお話です。
新たな試みをしたのですが、やはりむずかしかったです。
もう少し甘い感じになると思ったのですが、単なる独り言ちっくなSSに。

桜貝を100集めると、って、1000枚だった気もするのですが、あまりにも無謀な数だったので100枚にしました。
どっちが正しいんだろう?


※up日未詳


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