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●それでも君が好き |
わたしは、彼が好きでした。
葉月珪くんが、大好きでした。
初めて見たのは、雑誌じゃなくて学校の廊下。
彼が『人気者』なのは知ってた。だって中学からそうだったから。
だけど、そっち方面に疎いわたしは、ふーんそうなんだ、位にしか思ってなくて。
ただ。
昼休みに、図書館で見かけた彼が気持ちよさそうに眠っていて、その色素の薄い髪が太陽の光に透けてるのを見たとき、いきなり好きだ、と気付いた。
葉月くんのことなんて何も知らない。名前しか知らない。声だって数えるくらいしか聞いたことなんてなくて。
なのに好きだと思ったわたしは、どこかおかしいのだろうか。
高校生になって、一年生はクラスが違った。
それでもやっぱり葉月くんは凄くて、クラスの壁なんて全然関係なく噂が飛んでくる。
とあるブランドのモデルとったんだって、とか。
授業中居眠りしてて、意地悪な先生に問題当てられて、でも解いちゃって余計におこらせた、とか。
そういうおっきいちっちゃい関係なく、あらゆる情報がわたしの耳には届いてくる。
それから。
仲良くしてる、女の子がいるってことも。
それを聞いたのは、二年生になってすぐの頃。
わたしは今年もまた、クラスが違ってしまったことにすっかり落ち込んでしまっていて。
友達は「あんな高嶺の花、見てたってしかたないっしょ?諦めなよ」なんて言うし。
違うよ。違うの。
高嶺の花だから欲しいんじゃない。わたしが欲しいのは『あの人』だけ。
(あ……)
とある日の放課後。
いつもの様に図書室に行ったわたしは、もうずっと前に見た風景と同じものを見かける。
冬の陽だまりが出来る、一番窓際の机。
気持ちよさそうに眠る人。
最近は、昼休みも放課後もどこかにでかけてるのか、中学の頃の様にここで見かけることはだいぶ少なくなっていて、だからこんなニアミスは初めてだった。
近くの本棚から適当な本をとって、こっそりと近づく。
流石に隣に座る勇気はなくて、椅子を一つ空けて。
耳を澄ますと、寝息が聞こえて、心臓がおかしくなる。
一定のリズムを保つことが出来なくて、どうしよう、息だって上手く出来ない。
赤くなった顔を本で半分隠して、ちらりと葉月くんを見る。
(あ……)
きらきら。
光の粒子が髪に留まって、そしてそこから又拡散されて。
わたしが綺麗と思った。好きだと思った。
その瞬間が今、目の前にあった。
(きれい…………)
柔らかそうな髪。きっと手を伸ばしたらふにゃ、ってなりそう。
色も本当に白いんだ。うわあ、いいなあいいなあ。
(触りたい)
自分の中から聞こえてきた声にどきりとする。
な、何考えてるのっ? そんなことできるわけないじゃない!
気持ちを打ち消すように慌てて視線をそらして俯く。
(好き)
葉月くんが好き。
おかしい、って言う?
一目惚れって、でも葉月くんの外見が好きになったわけじゃない。一目惚れって、そう言うのとは違う。
自分でもわからない力で。
ある一瞬に、力ずくで引きずられること。
(好きです)
窓から一筋の風が入ってきて、優しく彼の髪の毛を揺らした。
ふわりと空気をはらんで一瞬ふくらみ、そして又、もとの位置に戻る柔らかな髪。
「…………」
触りたい。
触る権利が欲しい。
ぎゅ、っと本の端を握りしめる。
起きないでね。ねえ、起きないでね。
手が震えるのを一生懸命抑えながら、ゆっくりと手を伸ばそうとした。
「あ、寝ちゃってるんだ」
その瞬間、背後から聞こえた静かな声に、びくりとわたしは手を引っ込める。
反射的に振り返ると、わたしと同じくらいの身長の、でもすごく柔らかい空気を纏った女の子がそこには立っていた。
視線に映すのは、わたしが手を伸ばそうとした人。
振り返ったわたしに、そのコは少しだけ会釈をして微笑む。それで、肩で切りそろえられた髪が、さらりと空気に揺れた。
「ね、こういう時って起こすべきだと思う? 閉館まで寝かせてあげた方がいいのかな」
もうずっと友達だったみたいに、そのコは気軽にわたしにそう声をかけてきて笑う。
わたしはさっき自分がしようとしていたことに、そのコが気付いていないことに感謝しながら必死で冷静を装った。
「え、えっと、葉月くんって寝ると起きないから、用事があるなら起こした方がいいと思うよ」
「あはは、そうだよね」
笑って。
そのコはわたしが座れなかった、珪くんの隣の椅子の後ろに立って、彼をゆっくりと覗き込む。
「珪くん、おはよう」
さっきまで話してたときよりも、少しだけ音量を戻して彼の名を呼ぶ。
そう、葉月くんの「名前」を。
(あ、このコだ)
『葉月くんさ、最近仲いいコいるらしいよ?』
高校からはば学に編入してきた。
1年2年と彼と同じクラスの。
「……?」
――
。
「ごめんね、待った?」
「や……きたばかりだし、寝てたし」
聞きたくて聞きたくて仕方なかった声が、彼女の名前を呼ぶ。気遣って嘘をつく。
そう、嘘。ずっとずっと待ってたくせに。
待ってたくせに。
「葉月くん、ずっと待ってたよ」
「あ、やっぱり! もう〜、ごめん!」
さんはわたしの答えを得て、「ほら」と言いながら葉月くんに向き直り、葉月くんはバツの悪そうな顔をしたあと、わたしにちらりと視線をうつす。
わたしはその視線を正面から受けることが出来なくて、あからさまにそれを逸らし、読んでもいない本に向き直った。
「……映画、行くんだろ」
「そうそう!今日までなんだもん。平日だけど行かねば!」
葉月くんが、きし、と椅子を鳴らしながら立ち上がって、
さんがす、っと道をあける。
人が動こうとした時、動きやすいようにしてあげるのは本当に当たり前なんだけど、なんだかこの2人は違う気がした。
当たり前すぎて特別。
さっきまで目の前にあった金茶の髪は、もうずっとずっと上の方。
彼の視線が捉えるのはもう
さんだけで、そしてさんが捉えるのも。
「あ、じゃあ又ね」
さんがそう声をかけてくれて椅子の後ろを二人が通り過ぎる。
そしたら葉月くんの「知り合いか?」って声が聞こえて、「今から」って返事。
おもしろいコ。
思わず見送ろうと顔をあげたら、一瞬だけ葉月くんと目があって。
あ、と思った次の瞬間、葉月くんは軽く、本当に軽くだけどわたしに対して会釈した。
軽く手を振りかえして、でもその時にはもう、彼はわたしを見てはいなかった。
2人の姿が図書室の出口から消えて。
音が鳴らないように、バネの強度を強くした扉は、ゆっくり、ゆっくりと向こう側とこっち側を隔てた。
――ぱたり。
ドアが完全に閉まったのを見て、わたしは机に広げた本を見る。
もう隣の隣の机には、誰もいない。
誰も、いない。
「…………」
触れたかった髪の毛。
呼びたかった名前。
呼んで欲しかったわたしの名前。
どれひとつも、叶えられることなく、彼は『彼女』の手をとってこの場所をあとにした。
普段聞こえてきたのは、
さんが葉月くんに『付きまとってる』って噂。
違うじゃん。あんなの違うじゃん。
2人で一緒にいるだけじゃん。
「あーあ…………」
わざと声に出す。
しまった、わたしも髪の毛降ろしてればよかった。
バレッタで留めてくるんじゃなかった。
こんなんじゃ。
「……う……」
隠すものがなくて、本を机から持ち上げて顔を覆う。
恋に落ちたのはたった一瞬で。
それに破れたと悟ったのも、ほんの一瞬だった。
両方ともはっきりとした何かがあったわけではなくて、ただ自然と「そうだ」ってわかったこと。わからされたこと。
わたしはただそれに、納得しながらも翻弄されるばかりで。
2人の雰囲気があまりに自然で、当たり前で。
だからわたしはそこには入れない。代わる事も出来ない。
けれど好きだと思う気持ちは、思い出したかのように後からじわじわと浸透して、どうしようもなくなる。
無理だ、と納得しながらも、好きだと思う気持ちはただそこにあるばかり。
だからただ、好きだと思ったきらきらした光を記憶に閉じ込めて。
一瞬だけ交わされた視線を、胸にしまって。
いつかまとめて「好きだったヒト」って引き出しにしまえるように。
「……つ、らいなあああ」
だけどまだ好きだから。
もうちょっとだけ「好きなヒト」のままでいさせてください。
図書館の、温かい陽だまりはもうどこかに行ってしまって。
ゆっくりと赤くなり始めた空をガラス越しに感じながら、ぐずぐずとわたしは泣く。
空と同じくらいに鼻の頭をきっと赤くしながら。
Fin
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Comment:
季節が寒いと切ない話が書きたくなるわけで。
名前もない女の子でしたが、きっとこういう女の子は沢山いたかと。
※up日未詳
*Back*
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