** Happy C×2 **
 ● Thanks

 ありがとう。
 生まれてきてくれてありがとう。
 貴方に出会えて、本当に良かった――――。







 卒業式。
 たくさんの思い出。
 嬉しかったこと、悲しかったこと。
 いっぱい泣いたこと。いっぱい笑ったこと。
 全部全部、想い出になる。

 卒業式を終えて、わたしと珪くんは学校探索。
 手は、繋いで。
 再会したあの場所で、「2人」の時計は動き出した。
 だから、これは初めてのデート、なのかな?
 卒業式でいっぱい泣いた。
 終わってからも、大学が別れてしまった友達と抱き合って泣いた。
 そして教会で…………新たな誓いに嬉しくて泣いた。

「何、笑ってるんだ……?」

 珪くんがずーっと頬がゆるみっぱなしのわたしを見て聞いてくる。

「だって……いっぱい泣いたから」

 答えになってるようななっていないようなその言葉に、珪くんが目で訴える。
 わかってたけど、代わりにわたしは彼の手を強く引く。





「行こう?」





 そして探険が始まる。



 3年間お世話になった被服室。手芸部の活動は、殆どここでやってた。

「綺麗だった……おまえ」

  文化祭のファッションショーの苦労話をしていたときに、ふいにそんなこと言うから照れちゃうよ。
 ね、覚えてる?
 あの時、緊張してるわたしを心配して、舞台裏まで来てくれたこと。
 あがり症のわたしが、ちゃんと舞台に立てたのも珪くんがいたから。

  音楽室は、氷室先生の思い出。
 特別講義で先生が登場した時、そのギャップに皆して口開けちゃって。
 でもそのピアノの音がとても綺麗で……きっと先生の本質はこんな音なんだろうなあって思ったのを思い出す。
 わたしがそう言ったらふいと視線をそらすから。

 あ、今焼きもちやいたでしょ?

「別に……」

  その仕草が可愛くて思わずくすくす笑っちゃう。
 そんなわたしをひと睨みして珪くんが先に歩き出す。ああ、待ってよう!
 あなたの左手に伸ばす、わたしの右手。指先が触れた瞬間、応えるように軽く開かれる手のひら。
 むくれてるのに怒ってないから、余計笑っちゃうの。

  調理実習室は、珪くんに差し入れたよね? 合宿でもお料理してた。
 体育館は、やっぱり鈴鹿くんやタマちゃんの思い出が強くて。学校が離れた事を実感すると、何だか泣けてきちゃうよ。
 でもそんなわたしの気持ちを察して、珪くんがきゅっと手を握ってくれたから……笑顔になれた。

  そして、わたしたちの教室。
 誰もいなくなった教室は、いつもがにぎやかだった分だけ寂しさを増して何かをわたしたちに訴える。
 沢山勉強して、沢山おしゃべりして、一番の想い出が詰まった大切な場所。
 窓際の自分の席。なっちんが落書きしたウサギの絵がまだ残ってて、指でなぞりながら笑いが零れる。
 そしてふと、目に入る黒板。


「けっ! 珪くん!!」


  わたしが指差した方向をみて、珪くんも絶句する。
 前面の黒板に書かれた落書き。

「あれってわたしたち……だよね?」

  大きく描かれた相合傘。
 そこにおさまっているのは、どうみてもわたしと珪くんの似顔絵で。
 よく見ると『おめでとう!』って……By奈津実……って。

「なっちんだぁ」

  声が震えたのが自分でもわかる。
 たまらなくなって黒板の方へかけだして目の前で止まった。よく見ると、タマちゃんの字で「良かったね」って書いてあったり。
 あ、この綺麗な字で「やっとまとまったわね」って書いてあるの、志穂さんだ。

「これ……ミズキさんでしょ、こっちは……ああ、ミカちゃんに莉優ちゃんだああ〜」

  皆それぞれの字で「おめでとう」とか「幸せもの!」とか……うわあ、ひろみちゃんもたふくんも笠井くんまでいる〜!
 わたしは嬉しくて、視界が滲むのを一生懸命こすりながら皆からのメッセージを読む。

「むーちゃんに、ミィちゃんにしなのっちでしょ、こっちは……あ、鈴鹿くんだ! それにララちゃんに姫条くんに、美影ちゃん」

  珪くんが静かにわたしの隣りに並んで、何も言わずに黒板に書かれた文字と、わたしとを見つめる。

「っていうか何で皆知ってるの〜〜」

 涙声で。
 口元を両手で覆ったわたしの肩を、珪くんが優しく抱き寄せた。

 読み上げていた声がかすれる。ぷぅちゃんもサイちゃんもいる。エッちゃんもいるし……うわあん、アカリちゃんまで!
 なるっちに守村くん。アハハ、日々谷くんまでいるー!!


 皆の名前を心でなぞるたびに溢れる涙。
 3年間同じクラスだった友達。
 途中でクラスは分かれたけど、ずっと仲良しだった友達。
 クラブで一緒だった友達。
 友達の友達で、知り合った友達。

 たくさんの友達にかこまれて、今のわたしがある。



 そして、そのおかげで、わたしは今こうやって珪くんと並んでいられるんだ。





「いい友達もったな……おまえ」
「うん……皆大好き。すっごい……大好きぃ……」

 たまらなくて本格的に泣き出す。
 もう式で泣きつくしたと思ってたのに。せっかく笑顔で卒業しようって思ってたのに。



(楽しかった)



 皆がいてくれてよかった。
 はばたき学園に入学してよかった。



(皆大好きだよ……)




 涙を拭って続きを読む。
『やったじゃん! おめでとー!!/影ながら応援してたんだよー? よかったね』って……久実ちゃんとアキちゃん。
『認めん!!』……って、あれえ? これ誰だろう。
 わたしは珪くんを見上げて聞いてみる。

「珪くんのファンのコかな」
「……馬鹿」
「な、何で馬鹿なのーっ!?」

 半分ふざけて珪くんを睨んだら、その拍子に涙がまた零れて。
 慌てて拭おうと手をあげかけた瞬間……引き寄せられた。

「濡れちゃうよ?ブレザー……」
「構わない……今日で、卒業だし」

 珪くんの制服姿、大好きだった。
 珪くんを取り巻くたくさんの冠に、正直全然不安が無かったわけじゃない。
 それでも……制服姿の珪くんを見てると、ああやっぱり珪くんは珪くんだって安心できたから……大好きだった。
 女子の制服も。
 セーラーなのに前ボタンで。着易さでもダントツだったし、デザインも凄く可愛くて。
 プリーツのスカートと、胸の紋章が大好きだった。
 でも、それも今日でお別れ。

「やっぱり……卒業したくないよぉ」

 今まで当たり前に過ごしてきた日常が「想い出」に変わる寂しさから、だだっこみたいに珪くんに無理を言う。
 無理いうなって、そう言うよね?
 心の中でなんとなく予想しながら珪くんの答えを待ってみた。

「言ったろ?」

 けれど、珪くんが言ったのはその言葉。
 てっきりため息まじりに何か言われると思っていたわたしはその意外な言葉に顔をあげて珪くんを見た。
 そこには、自分を映す、翡翠の瞳。



「始まりだって」



 珪くん、何だか今日はいつも以上に優しいね。
 わたしはなんだか照れくさくて、顔を隠してしまう。
 さっきから繋いでる手の意味も。
 珪くんが呼ぶわたしの名前も、わたしが呼ぶ珪くんの名前も。
 交わされる視線も。
 昨日までとは、違う意味を持つから。
 教室とも、今日でさよなら。
 大好きだった制服とも……高校生だった自分ともさよなら。
 そして。





 ――片想いだった自分にも。





 ふと寄せられる眼差し。
 わたしは照れながらも応えるように目を伏せて……それを受けた。
 珪くん、大好き。
 それから、わたしたちをずーっと見守っていてくれた皆もめちゃくちゃ大好き。
 きっとこれからも、大好きだよ。


 ありがとう。
 生まれてきてくれてありがとう。
 あなたたちに出会えて、本当に良かった。

 触れた感触が離れると同時にそっと瞼をあける。
 目があう。
 零れる笑顔。
 そして珪くんは又わたしを抱き寄せる。



『俺たちの永遠を…………ここから始めよう』






 そしてきっと、皆とも。








Fin
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10000HitsありがとうSSでした。
サイトでは同級生の名前として、当時設置していたBBSに頻繁にお声を下った方の名前を入れさせて頂いていたのですが、今回本にするにあたって編集いたします。
右も左も分からない状態で、好きという気持ちだけで始めたサイトに沢山の方が遊びにきて下さって、その気持ちが嬉しくて嬉しくて、卒業時の主人公ちゃんにかけて書かせていただいたお話でした。

※up日未詳


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