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●伝わる気持ち |
小さい頃。
まだ、わたしが自分の事を名前で呼んでいた頃。
教会で会った男の子が教えてくれたお話。
『王子は、必ず迎えに来るから』
その約束の通り、迎えに来てくれた。
待っていた歳月の分だけ、お互い大人になったけど、互いを想う気持ちはあの頃のまま。
そして今日は、「付き合って」初めての、デート、だったりする。
■□■□
「姉ちゃん! 起きてるか!」
言うが先がドアを開けるが先か。
弟の尽がわたしの部屋へと勝手に入ってくる。
「こら! ノックしなさいっていつも言ってるでしょう!!」
「……うわ〜、何この服の山……」
わたしの文句など右から左、部屋に入るなりベッドや床、机の上と広がった洋服の数々を見て呆れたような声を出す。
「う、うるさいなあっ! あっち行っててよ!」
反論するわたしの声は小さい。
そう、だって実際凄いことになってるんだもん。デートというか、一緒に外出なんて今までたくさんしてきたけど、「彼氏と彼女」としてのお出かけは今日が初めてで、何だか必要以上に気になって。
(一番可愛いわたしで珪くんに会いたいんだもん)
そう思って早や1時間。
まだ、着ていく服が決まらずに、いる。
時計を見ると、待ち合わせの11時まであと30分。
あと10分で家を出ないと、待ち合わせ場所の駅前まで間に合わない。
(どうしよう〜)
わたしは泣きたくなった。けど、じたばたしても、泣きそうになっても時間は待ってくれない。
「ねえちゃんさあ、葉月とデートなんて今までだって行ってたろ? 何で今更服なんかで迷う訳?」
「ち、違うもんっ、デートは今日が始めてなんだってばっ」
途端、筑が目を丸くする。
「まじで!? ……もしかしてねえちゃんと葉月って、付き合ってなかったのか?」
心底意外そうな声でそう言う。
返事につまったわたしを見て、「意外にだらしないな、葉月も」なんていっぱしの口をきく。
「あんたみたいに複数の女の子とつきあったりしないもん、珪くんは!」
「オレは好きなコにはちゃんと好きって言ってるだけだよ。男らしくさ」
……複数の女の子と付き合うのが男らしいのかな。
筑の言葉を真に受けて考えかけ、はたと、我に返る。
「きゃーっ! あと5分しかない!! もうっ、着替えるから出てって!」
わたしは追い出すように筑を部屋から外に出し、改めて部屋に散らばった服を見渡す。
あのスカートはもう2回はいてるし、パンツじゃ可愛くないし、でもこっちじゃ合うブラウスがないし……。
(どうしよう〜っ!!)
結局わたしはパフスリーブのカットソーと、ボックスプリーツの膝丈のスカートを選んで、上にカーディガンを羽織る。
そしてカバンと一緒に薄手のジャケットを小脇に抱えてブーツを履くと、部屋を飛び出した。
外は、いい天気。
幸せな1日になりますように!
■□■□
11時3分前。
駅前が見えてきて、ぐるりと辺りを見渡すと、駅の壁に寄りかかるようにして珪くんがいるのが見えた。
遠くからでも、すぐわかっちゃうよ。
(こら、落ち着けわたし!)
走ったせいとは違うどきどきを覚えて、わたしは大きく深呼吸した。
そして再び歩き出して、珪くんに声をかけようとした。
その時。
(え?)
珪くんへ声をかける女の人、2人。
見るからに「大人」なその人たちは、お化粧がばっちりきまった顔に笑顔を浮かべながら何か珪くんに話し掛けていた。
(なん、だろう……)
わたしは胸がざわざわするのを感じながら、そこへ入っていく勇気が持てずに立ち尽くす。
珪くんは二言三言彼女達と言葉を交わし、やがてその人たちは珪くんに手を振って去っていった。
(もしかして、もしかしなくても)
今のってば。
「珪くん」
わたしが声をかけると、彼は少しだけ驚いた顔をして、次の瞬間にすぐ笑顔になった。
「」
(う……)
その笑顔を見て、わたしはすでにめろめろしたけど、すぐにさっきのことを思い出してちょっとだけふくれてみた。
「さっき、女の人に声かけられてたでしょ?」
わたしが言うと、珪くんは「ああ」って何でもない様に言う。
「何か、いきなり声かけられた」
「何て?」
「ん? 時間あるかとかないかとか……待ち合わせって言ったら、行ったけど」
やっぱり。
「……珪くん、もてるね」
知ってたけど。
すると珪くんは心底嫌そうな表情を浮かべる。
「お前以外にもてたって、仕方ない」
(うわあっ……)
わたしは瞬時に体中の血液が顔に集中するのがわかった。
(何でこう、照れることを平気で言えちゃうのかなあっ)
自分でも単純だと思うけど、その一言でさっきまでの暗い気持ちが吹き飛んじゃう。
「その服……」
「え?」
ふいに珪くんが、わたしの服をみて口を開く。
「いいな、そういうの……」
わたしは嬉しくて嬉しくて、笑顔でありがとうって言った。
あんなに時間かけたの、無駄にならなかったよ〜っ。
「で、どうする?」
「映画! 見たいの」
わたしのリクエストで先週封切られたばかりの映画を見に行く事になった。
……んだけど。
真っ暗な映画館。
隣には大好きな珪くん。
何だかとても意識してしまって、正直全然内容が入ってこない。
(うわ〜、どうしよう)
右の肩に、たまに触れる珪くんの左手や肩が気になって。
わたしは映画が始まってから終わるまでの約2時間、ずーっと身を固くしたままだった。
そんな状態にあわあわしているうちに、気がつけば映画が終わっていた。
エンドロールまでしっかり見終わってから席をたって、2人でホールから廊下へと出る。
外の光にまだ目がなれなくて、眩しい。
いつもだったら外に出ると感想を聞いてくるのに、何故か今日の珪くんは黙ったままだった。
ほとんど内容を覚えていないわたしにはとてもありがたかったけど、もしかして、つまらなかったのかな。
「珪くん」
「ん?」
空になったドリンクのコップを捨てながら、珪くんが返事をしてくれる。
「……今日の映画、つまらなかった……?」
いつもなら「どうだった?」ってきいてくる珪くん。
この映画を選んだのはわたし。
どう考えても、珪くんの好みじゃなかったとしか考えられなくて。
そう聞いたわたしに、珪くんは少し困ったような表情をした。
「ご、ごめんね! 次はもっと違う映画選ぶね!」
(失敗……)
最初のデートなのに。1日中楽しい思い出でいっぱいにしようと思ったのに。
そう思っていたわたしに、珪くんが口を開いた。
「そうじゃない」
え?
わたしが聞き返すと珪くんは言葉を選ぶように暫くだまって、でも結局「なんでもない」って黙ってしまった。
(な、なんだろう)
とりあえず「そうじゃない」って事は、そうじゃないのかな。
何だかよく分からないまま話がうやむやになり、わたしたちは遅めの昼食を取るべくお店を探す為に外へ出た。
外へ出ると、空気はまだひんやりとしてるけど、日差しが凄く暖かくて気持ちがいい。すると、その空気に刺激されたかのように身体の中が動き出し、お腹が空腹を訴えてきた。
「ね、お昼何食べたい?」
わたしが聞くと。
「……別に、なんでもいい」
そっけない答え。
「お前は何食べたいんだ?」
聞かれて考える。
折角こんなにお天気いいんだし、今頃お店はきっと混んでるし。
「じゃあ、どこかで何か買って、公園行こうか。きっと気持ちいいよ」
わたしの提案で、近くのコーヒーショップでサンドイッチと飲み物を買い、森林公園へと足を運んだ。
公園は、春休みも手伝って家族連れが殆ど。バトミントンをしたり、ボールで遊んだりと皆楽しそうにはしゃいでる。
わたしたちは風通しのいい木陰を選んで、その下にあったベンチに腰をかけた。
(うーん、日陰だとまだ少し寒いかな)
わたしはガサガサと紙で出来た包みを開け、珪くんにツナサンドを渡して、彼の分のコーヒーをベンチへと置いた。
「ホットにして正解だったね」
「ああ」
自分の分のタマゴサンドを口へ運ぶ。柔らかい味が口の中に広がって、それに反応して、まるで急かすようにお腹が小さく鳴る。
風が吹くと、やっぱり寒い。
まだ3月だもんね。
「、寒くないか?」
サンドイッチを口に入れた瞬間に声をかけられたので返事が出来ず、視線だけ返す。
彼はタマゴサンドを頬張っているわたしをみて少し微笑み、マフラーを外して4つに折りたたむと、わたしの膝にかけてくれた。
「足、寒そうだ」
スカートとブーツの間から覗くわたしの足を気遣ってくれる。
「あ、ありがと」
口の中に入っていたサンドイッチを飲み込んで、わたしは少し恥ずかしくなりながらお礼を言った。
(パンツにすれば、良かったかな……)
でもスカートの方が「女の子」だし。
そんなことを考えていたら、食べ終わった珪くんが両手でコーヒーの入った紙コップを包みながら口を開いた。
「お前、無理してないか?」
予想もしていなかった彼の言葉に、思わず口に運ぼうとしていた手が止まる。
彼の真意がつかめなくて何も言えずに珪くんの横顔を見つめていると、少し言いづらそうに続けた。
「無理して俺にあわせる必要、ない……」
「……え? あの、ごめん珪くん、言ってる意味がわからない。わたし、そう思わせちゃうような態度とってたかな」
必死で今朝からの記憶をたどる。
駅での待ち合わせ。映画館での出来事。そしてコーヒーショップに寄ってから今に至るまで。
(思いつかないよ〜)
「わ、わたし楽しいよ? どっちかって言うと、珪くんの方が無理してない?」
「俺は、楽しい。ただ、今日のお前どこかぎこちなくて……無理してるんじゃないかって、思った」
(それは)
今更「デート」で緊張してるなんて言えなくて、言葉に詰まる。
わたしは手の中のサンドイッチがどんどん乾燥していくのを感じながら、それを持て余していた。
「悪い、俺も今日、変だ……緊張してる」
不意に彼の口から発せられた一言にびっくりして、わたしは彼を見た。
彼もわたしを見て、口元だけで笑う。
「ほら、ちゃんと付き合ってから出かけるの、初めてだろ……何か意識して……変だな、俺」
言って、コーヒーを一口飲む。
「今までだって、一緒に色々なところ出掛けてたのに……何でだろうな」
「け、珪くん!」
わたしは言わずにはいられなくて、身体の向きごと彼の方へとかえた。
「わたしもなの!」
「?」
「その、ちゃんと付き合ってからデートするの、初めてだから……今朝も凄く着るものとか悩んだり、折角映画見たのに全然内容覚えてなかったり……」
珪くんも、同じ気持ちだったんだ。
すると珪くんはわたしの言葉に驚いたようで、びっくりしたような表情をしてた。
「俺も……覚えてない。だから、お前に感想聞かれたとき、困った」
わたしは映画館で珪くんに感想を聞いたときの彼の表情を思い出す。
(あれは、そういう事だったんだ)
不思議に思っていたことがすうっと胸を通過して、あとはただ嬉しい気持ちだけが残った。
2人で、笑顔になる。
「今まで通りで、いいんだよな……」
わたしは、頷く。
「えへへ、似たもの同士だね、わたし達」
尽がここにいたら、「青いねー2人とも」とか言いそうだけど。
いいんだもん。
わたしは残りのタマゴサンドを平らげ、少し温くなったココアを飲み干した。
そして珪くんがかけてくれた柔らかい深緑色のマフラーを広げて、彼の首へと巻こうとしたけど、その瞬間にその手は彼につかまれて。
気が付けば、目の前に見えた、薄いグリーンの瞳。
(あ……)
口の中に広がる、少しだけ苦い、コーヒーの味。
どれ位の時間が流れたんだろう。
気が付けば、今までで一番優しく微笑んでいる珪くんの顔が見えた。
「……甘い」
「あ……わたし、ココア飲んでたから……」
言ってから。
その言葉の意味に気付いて、一気に真っ赤になった。
さっきまで感じてた寒さが嘘みたいに身体中が凄く熱くなって、わたしは恥ずかしくて恥ずかしくて珪くんから視線を逸らした。
(うわーっうわーっ! うわーっ!!)
我ながらムード無いと思うけど、とても冷静でいられない。
そんなわたしの手から珪くんはマフラーを受け取ると、何事もなかったかの様に自分で首にまいて、ベンチから立ち上がった。
「少し、歩くか」
そう言って、歩き出した。
何で、珪くんばっかり冷静かなあ。
わたしは少し悔しくなりながら、彼のあとを追って立ち上がる。
でもね、気付いちゃったんだ。
「?」
貴方の耳の後ろが赤いのと。
「へへっ」
わたしは少し小走りで、珪くんの隣に追いつき、背伸びして耳打ちする。
「マフラー、裏表だよっ」
「…………」
わたしに言われて、照れてむくれた貴方か可愛くて。
その腕に抱きついてみたり、した。
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Comment:
500HIT記念第2弾!
初デートのお話が書きたくて書き始めたら初ちゅうの話になっちゃいました(あれ?)。
いや、もしかしたら教会の告白のときにしてるかもですが……未定(笑)。
やっぱりこういう幸せ話が好きみたいです。書いてて楽しいようっ!
※up日未詳
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