|
|
|
|
●Yes or No |
藤井奈津実は固まっていた。
姫条まどかも固まっていた。
「ねえ……これってサ」
「ああ……間違いなくちゃんやな」
今日発売されたばかりのファッション誌。女性向けではあるが、ティーンの間ではわりと男性からも支持されているユニセックスな特集を組むことでも知られている。
それは奈津実の愛読誌でもあり、発売日には通学路の途中にあるコンビニで購入して学校に持ってくる。そしてそれを横から盗み見るのが姫条まどかの習慣でもあったわけなのだが。
同級生でもあるがモデルでもある葉月珪が、その紙面を飾ることはそう珍しいことでもなかった。今までも何度もそういうことはあったし、奈津実も最初の頃は「あれ、見たよ!」と声もかけていたが、あまりの反応の無さにそれをしなくなって久しい。
だが、そこに自分の親友であるが写っているのならば別だ。
奈津実は頭を抱える。なにがどうショックなのかは言い表せないが何かこう、上手くいえない衝撃が自分を襲い、とにかくがっくりとうな垂れる。
対する姫条はしげしげともうどれだけ見直したかわからないそのページを再度見つめ、臍杖をつきながら感嘆した。
「しっかし……えっらい変わるもんやなあ。これ、ほんとにちゃんやろか」
「ったりまえでしょ! 親友のアタシがこの子を見間違えるわけ無いじゃないっていうか、これがじゃなかったら葉月がこんな表情するわけないでしょーよ!」
親友云々という裏づけよりも、最後の発言に死ぬほど説得力がある辺り自分たちの認識もどうなのだろうと思ったがあえて口にはしなかった。単に『せやなあ』と、同意の言葉のみを零し、美しく変身した同級生の姿を見続けた。
「つうか……葉月のコレ、ちゃんの胸にあたってへん?」
「アンタはっ! そんなトコばっかり見てんじゃないのこのスケベっ!」
「何がスケベや男はみな狼やっちゅうねん! ちゅうか何でオレが責められなあかんねん! 責められるべきは葉月やろ?」
「葉月とアンタは違うわよ!」
「偏見はんたーい! 言葉の暴力はいけないとおもいまーす」
ぎゃあぎゃあ言い合う二人の風景はいつものことだ。本来ならば受験のこのシーズン、雑誌ではなく参考書を挟んでの討論が盛んなはずだがそれをこの二人に求めるのは酷だろう。
にしてみれば、普段このような特別なことがあればすぐにでも奈津実に報告をするのだが、いかんせんあまりに不相応な経験をしてしまった手前、報告するのもためらわれたのだ。
しかも、どの写真が使われるかわからない。
しかも、相手は想い人だとばれている葉月珪で。
しかも、どの写真が使われようと密着度は相当なものだ。
掲載される雑誌が、奈津実が良く読むものだとは知っていたが、万が一の可能性にかけてばれないようにと祈ったのだが、当然のごとくその願いは露と消えた。
「も〜〜、あとで会ったらとっちめてやるんだから」
「まあまあ、ちゃんかて照れくさかったんやろって」
「わたしが、なあに?」
丁度週番から帰ってきた葉月と、それに付き添っていたが騒ぐ二人に興味を引かれて近寄って来、そう声をかけた。条件反射でばさばさと雑誌を隠そうとした奈津実だったが、それよりも早くの目がそれを捉えた。
瞬間赤面し絶句したを見、奈津実と姫条は確信を得る。
奈津実は一旦閉じたそれを再度開き、葉月が背後からを抱きしめ、肩口から挑むような眼差しを投げかける写真を突きつけた。
「これ、なに?」
「あ、ううううう、あう、あう」
すでに言葉になっていないうめき声を発しつつ、がおどおどと赤くなったり青くなったりを繰り返す。普段から小動物のような少女ではあるが、こうなったときのはそれに輪をかけて面白いと人事のように姫条は場を見守ることにした。
「この写真。アンタでしょ」
「どっ、どうしてわかっ、わかったの!?」
「わかるっつーの! 奈津実サンをお舐めでないよ、カメラマンの卵としては、どんな格好をしてようが分かるモンはわかるの」
「単に葉月の顔でわかったんやろが」
「ウルサイ、黙れ」
見守ると決めた傍からついついちょっかいを出してしまう。我ながらこの突っ込み気質をなんとかせねばとは思うのだが、ボケを目の前にするとついつい突っ込まずにはいられない。
だが、無論ボケているつもりなどない奈津実にとってみれば余計な合いの手だ。ぱしりと男の肩を平手で叩き、姫条の発言などなかったかのように話を続けた。
「なんでアタシに言わないのかなあさんは」
「だ、だってだって、恥ずかしいしバレなければいいなって思ったんだもん」
言いながら、あの時の感覚を思い出しただけで体温があがる。
あの撮影の後、葉月のフェロモンにすっかりやられてしまい、ヘロヘロな状態で店に戻るのが精一杯。結局、自分はバイトを早退したのだ。
家に帰ってからも、ベッドにもぐりこんだ状態で撮影を思い出しては悲鳴を上げる自分の姿を、尽が相当気持ち悪がってみていたことを思い出す。
頬の熱を冷ますべく、手の甲を頬に当てるとひんやりとして気持ちがいい。しかし、我ながら別人のようにばけたと思うのに、こうもあっさりばれたのではなんとも気恥ずかしい。
恐らく、単品で掲載されていたのであれば、奈津実も姫条も見逃してしまっていたかもしれない。何か感じるところはあったとしても、が雑誌にモデルとして載るわけが無いという先入観も手伝って見過ごしていただろう。
しかし今回は違う。
モデルとしても見慣れた葉月がいて。無論、葉月が女性モデルと絡むことも多い。
しかしその葉月は、奈津実曰く『いけ好かない』顔で仕事をこなしている訳だが、その表情がどうもいつもと違うのだ。
それは、葉月に対して興味の無い奈津実ですら感じるところ。そう、こんな表情は雑誌でなど見たことが無い。学校にいる時ですら、限られた条件が満たされた時のみ――つまり、と共に入るときだけ、だ。
(こんな、だだもれな顔してたらわかるっつーの)
背後から、自己所有を主張するような眼差し。
触れるどころか、手を伸ばしただけでも噛み千切られそうなほどの。
が柔らかく微笑んでいれば微笑んでいるだけ、その対比は明らかだ。
の細い肩を包む、しなやかなくせに逞しい肩から二の腕にかけてのライン。整った顔立ちに反比例する、本能丸出しの牽制。
純粋さを象徴するような白のドレスを抱きしめる男の表情がこれというのは、見事としかいいようがない。
同じカメラマンを目指す奈津実としては、色んな意味で衝撃を受ける作品で。
しかも、対になるページに載せられた写真には、前述の男と同じとは到底思えないほどに柔らかな笑みを湛えた葉月がいる。
視線の先は、カメラの向こうではなく抱きしめる相手。
これを撮った人間の腕も相当だが、あの葉月の多面性をここまで引き出せるの存在が、同じ女性としては憧れてやまないのかもしれない。
これだけの感情を向けられている当人には、どうやら全く以って伝わっていないらしいが、間を取り持つほど野暮ではない。まあいつか、葉月がしっかりと伝えるだろうしその辺りは心配していないのだが、問題はそのバカップルぶりに付き合わされる自分たちのモチベーションな訳で。
しかも学校内だけでは留まらず、公共の紙面を使ってまでこうもだだもれなのはモデルとしてどうなのか。
そんなモラルを説いたところで、マイペースなこの男に通じるわけもなかろうが。
「ま、ゆううううっくり話を聞かせてもらいましょーか。、今日バイトじゃないよね? お茶してこ。勿論アンタのおごりで」
「えええええええっ!? あの、ちょ、なっちん?」
「と、ゆーことで葉月、今日はこの子借りてくから。アンタにはそこのデカブツあげるから好きにしていいわ」
「ちょお待ちや! なんでオレが男とデートせなあかんねん普通逆やろ逆!」
「なんでアタシが葉月とデートしなきゃいけないのよ。それこそありえないでしょーよ」
じゃ、そういうことで、と、奈津実はの腕に自分のそれを絡めるとにこやかに教室から退室する。
残されたのは大男二人だが、無論愛する少女を拉致された方の男はこれ以上なく不機嫌になり、冷え冷えとする視線で姫条を一瞥すると無言でカバンを取り、同じように教室を後にした。
「ハッ! アカン!」
しばし呆然と立ち尽くした姫条だが、ぜひとも葉月に問いただしたい一件があり、慌ててその後を追う。
奇しくも先に歩いていたと奈津実の横を葉月が通るタイミングで姫条が一同に追いつき、うろんげな視線を送ってくる葉月の肩に遠慮なく腕を回しながら姫条が耳打ちをした。
――アレ、当たってへんかった? と。
「――っ、おまえ……っ!」
「葉月クンも正直モノやな〜〜」
語尾にハートでも飛んでそうな声で自分をからかう姫条に、射殺しそうな視線を送るも赤くなってしまった顔では迫力にかける。大体、あれはわざとではないのだ。どうしたって必然的にあの位置になってしまっただけで、特段葉月もそのタイミングでは意識しなかったことが何よりの証拠だ。
「ちゃん、気をつけたほうがええで? 葉月も男や……って、あいたあっ!!」
「歩く十八禁男は黙ってろ!」
すぱあん! と、小気味良く奈津実が握っていた雑誌が姫条の後頭部で音を立てた。姫条を挟んだ隣では葉月が拳を握り締めたところだったので、雑誌の張り手で済んだだけラッキーだったに違いない。
一人話題に取り残されてしまったがおろおろと視線を彷徨わせる。じ、と、丸い瞳で見つめられた葉月が更にうろたえ、誤解を解くべく発した言葉が更に別の誤解を生む。
「いや……違う。確かにそんな位置だったけど、やましい気持ちでそうしたわけじゃ……」
「そんな位置?」
「だから結果としてそうなっただけで、コイツが言うようなことなんて、してない」
「でも柔らかかったんやろ……ってだからすぐ手を出すなっちゅうんや阿呆!」
「セクハラだっつーの黙ってなさいバカ男っ!」
再びぱしりと叩いた奈津実に対し、姫条が噛み付く。
関西人にバカ言うな。あんたこそ関東人にアホって言うんじゃないわよと軸のずれた言い争いを始めた二人をよそに、ようやく事情を察し始めたの顔が見る見る赤く染まる。それを見た葉月の顔も更に赤く染まり、それが更に誤解を増幅させる結果となった。
「さ、さわっ、け、珪くんっ!?」
「違う!」
姫条と奈津実のやりとりで想像がつく事象と、あの時の体勢を思い出しが絶句する。
葉月があえてそのようなことをするとは思わないが、弾みとかたまたまとか、結果としてそうなったとしてもにとって見れば大きな問題だ。
自身を抱きしめるように腕を交差させ、真っ赤な顔で真実を問うに上手い言葉が見つからずに葉月が口篭る。ダメだ、何を言っても言い訳のように聞こえてしまう。
「その……っ、位置はそうだったかもしれないけど、そんな感覚は無かったから、だから」
葉月は意識の問題を感覚と表現したのだが、無論言われたほうがそうは取らない。
は葉月の発言にショックを受け、まあ確かに自分の胸は決して大きいほうではないし、だがしかしそんな全く感じないほどのボリュームだっただろうかと言葉を失う。
抱きしめた自分の胸元に視線を落とすを見、自分の発言が誤解を招いたことに葉月も気がつく。
だが何を言えばいいのか。それを否定することは、つまり自分が触ったということを認めることになってしまう。
「あはは……うん、確かにわたし、そんなないし……ごめんね葉月くん、変な誤解しちゃって」
「、違うんだ。いや、違わないけど……違う」
「何言ってるのかワカリマセーン」
「姫条……貴様」
「もーアンタは黙ってろっつーの!」
うろたえる者二人に、からかう者一名、突っ込む者一名。
最早収拾がつかなくなった一連の会話の責任を取るべく、結局4人全員で奈津実行きつけのカフェに行き、姫条がお茶を奢らされるハメになった。
Fin
----------
Comment:
スチルネタ第二弾。
え、だってあの位置って触ってますよねそうですよね。
(汚れは自覚済)(大人になるってこういうことなんです よ)。
※up日未詳
*Back*
|
|
|
|
|