** Happy C×2 **
 ●直線光


 一生懸命、好きな人の為に頑張っている女の子を見た。
 懐かしいな、って思えるのは、今のわたしが好きな人と想いを通わせていることと、多分その頃よりもほんの少しだけ、大人になったから。






「ねえねえマスター」
「ん?」
「バイトの子、新しく入ったんですか?」

 過去のわたしと同じシフトの、火曜日と木曜日。立場は変わっても昔と変わらずアルカードに通い続けるわたしは、マスターは勿論ほとんどのスタッフとは顔見知りだ。
 その中で、一人だけ目新しい子。見慣れない子、という理由だけではなく、人目を引く魅力を持った女の子。
 わたしが聞くと、マスターはなんとも言えない表情をして「うん」と一言だけ。なんだろう、この微妙な回答。
 するとマスターは少し笑って、「見てればきっと分かるよ」との言葉を残し、奥へ消えていく。どういう意味だろうと興味をそそられ、こっそりその子を観察していてやがて気付いた。マスターがなんとなく、言葉を濁した理由。


 お店の、真ん中に位置したテーブルにいる、一際目立つルックスの男の子と、彼を囲む着飾った女の子達。
 そして、そんな彼を見つめる、彼女。




(ああ)




 経緯は良く、分からないけれど。


「分かっちゃった?」
「……はい」
「どう、君から見て」
「うーん……胸が痛いです」

 マスターは笑う。いや、笑い事じゃなくてですね。
 だって、見ててもわかるんだもん。彼女が彼のこと、好きーって気持ちが。なのに目の前であんな風に別の女の子と仲良くされたり、しかもなんというか、明らかに本気のお付き合いじゃないっていうのが見え見えだし、おまけに、彼女の事気にしていないように見せて、意識してるし。
 苦々しく思いながらコーヒーを一口飲んで、サービスでつけてもらったビスケットをかじる。
 新しくバイトになった女の子は、きっと全身で意識してるんだろうに、一生懸命気にしないようにお仕事をしている。健気だ。いじらしいほどに健気だ。
 見ればスタイルだっていいし、顔だって可愛いし、細かい気遣いだって出来てる。なのに、なんで彼なんだろう。なんであんなふうに、あからさまに意地悪するような人が好きなんだろう。







(――――?)







 あれ。何かひっかかった。


「マスター、マスター」


 お仕事の邪魔をしたら悪いと思いつつ、ひっかかったそれをそのままにしておけなくて再び声をかける。マスターは別の席のオーダーをこなした帰りにわたしの席へ寄ってくれ、耳を貸してくれた。

「あの人、いつもいるんですか? ほら、真ん中の席の、ちょっと目立つ感じの男の人」
「ああ、真嶋くんね。うちの常連さんだよ。綺麗な顔してるでしょ?」

 まあ、君の彼には負けるかもね、って、そんな冷やかしはいらないんですマスター。

「彼がどうかしたの?」
「常連、なんですよね。彼女がバイト始めてからも」
「うん。むしろ、彼女がバイトに入ってからの方が欠かさず来るようになったかな? って言っても、待ち合わせて帰ったり遊んだりするような仲じゃないみたいだけど」

 君たちとは違って、って、だからそんなつっこみもいらないんですマスター。


 明らかにからかわれているのを感じて頬が熱くなる。もう、こういうところは相変わらずなんだから。





「お冷のおかわりいかがですか?」


 マスターを軽く睨みつけていると、噂の彼女がお水を足しに来てくれる。近くで見るとますます可愛いし。

「ありがとう」
「マスターのお知り合いですか?」
「君の先輩。高校の時、ずっとここでバイトしてくれてたんだよ」

 こんにちは、と会釈すると、彼女も笑う。あああ可愛い。妹に欲しい。

「バイトは慣れた?」
「はい、少しは。でも、混んでる時間帯は少しパニックになります」
「あ、わかるわかる」

 店内が空いてきたこともあって、マスターの許可の下二人で暫く色々な話をする。バイトの事、お互いの学校のこと。彼女が話す言葉の端々に懐かしさがまざっていて、なんだか甘酸っぱい心境になる。
 でもこの子本当に、笑うと可愛いな。


「ねえ」


 ふいに割って入る声。振り返れば、例の男の子がこっちを見て片手を挙げていた。

「あ、今行きます」

 振り返り様に返事をした彼女を、その挙げた手で制して彼がこちらに歩いてくる。立ち上がって分かる、彼の身長。うわあ、すらっとしてるなあ。
 歩いてきた彼が、わたしたちの隣に来て止まり、カウンターテーブルに肘を置いて体重を預ける。そして整った顔立ちに人懐っこい笑みを浮かべながら、こんにちはと口にした。

「? こんにちは」
「君の友達? 綺麗な人だね」

 挨拶を返せば、バイトの彼女にわたしの事を聞く。彼女は戸惑ったような表情で、バイトの先輩とだけ返していた。

「ねえ。良ければこっちで一緒に話でもしない? 向こうの彼女達はもうすぐ帰るし」
「太郎くん!」

 な、なんか気まずい展開になってきたぞ。

 さてどうしたものかと考えていて(わたしも少しは大人になったと思う)、さっき感じた違和感と同じものが浮かんでくる。太郎くん、と呼ばれた彼は、わたしに声をかけていながらもわたしに関心が薄い。そう、彼の関心の行く先は。


「太郎くんてば、先輩に失礼なこと、しないで」


 こっちの、女の子。


 なんでこんなことするの? なんでわざと、彼女を傷つけるようなこと、するの。
 嫌いなら放っておけばいいのにそうしない。好きなら手にいれればいいのに、それもしない。






(なんで?)






「何が失礼なこと? 一緒に楽しくお話しましょうって誘ってるだけじゃないか」
「太郎くん」


 彼女の眼差しがもどかしげに揺れている。それを見る彼に苛立ちが募る。
 どこかで覚えのあるやりとり。ああそうか。そのままなんだ。

 あの頃の、わたしたちと――。




「待ち合わせてるから。ごめんね」


 全然気にすることなんかないよ、の意思表示でとびっきりの笑顔で答える。大丈夫だよさん。気にすること無いよ。

 真嶋くんは何か言いたそうにしていたけれど、すぐに表情を整えると「又の機会に」と言い残してテーブルへ戻っていく。そして別のバイトの子にテーブル分の会計を頼んで、一緒に居た二人の女の子と共にお店を出て行った。

「あの、ごめんなさい。太郎くん、本当は」
「あ、全然気にしてないから! 大丈夫大丈夫!」
「本当にすみません」

 さんが泣きそうな顔で一生懸命頭を下げてくる姿がいじらしくて、思わずぎゅっと抱きしめたくなっちゃう。こんなに可愛くて一途なのに、なんであんな意地悪しか出来ないのかな!
 テーブルの片付けに向かった彼女の背中を見ながら、だんだんと悲しくなってくる。なんであんなに可愛くて良い子が辛い思いしなきゃならないのかな。っていうかそもそも、なんで彼女はあの人を好きなんだろう。
 きっと、わたしには分からない良いところがあるから好きなんだろうなってわかる。でもさでもさ、だからってあんなに分かりやすく苛めなくてもいいと思わない?


「相変わらず顔に出るね」
「――っ、う、う〜〜……」


 マスターがくすくすと笑う。どーせ昔から変わってないですよーだ。
 顔を隠すようにカップを取り、コーヒーを飲む。さんは気分を入れ替えたように、再び笑顔で接客を頑張っていた。

「良い子なんだよねえ」
「はい」
「なーんでうちのバイトの子は、こう、つかみどころのない男ばっか好きになるんだろうねえ」

 頷きかけて止まる。ちょっと待ってマスター。今の中に、なんかわたしが含まれてた気がするんですけど気のせいですか?

 いぶかしんだわたしの視線を受け、マスターは悪戯っぽく笑う。否定しないし!



「ちなみに今君が彼女に対して思ってる事。君の友達も思ってたと思うよ」

 ほら、髪の毛アップにしてた元気の良い子とか。


「君と彼が一緒にいると、明らかに不機嫌だったもんねえ」

 言葉に詰まるわたしがよほど面白いのか、とうとう声をたててマスターが笑い始める。ちょ、なんでこんな居心地が悪くなってきてるの!


「珪くんは意地悪なんかじゃないですよーっだ」
「君にはね」
「皆にもです! ちょっとそれが、分かりにくかっただけですもん」
「だから、それが分かってたのは君だけだろう?」



 彼女も多分、同じなんだよ。




 そう言うマスターの眼差しに、やるせなさがにじむ。何だかんだいいながら、きっとさんのことが心配なんだ。


「真嶋くんもね、昔はああじゃなかったんだよ。とっても一途だった――それこそ、君たちみたいに」


 ただ、と。






「脆かったんだ。君たちとは違って」







 いつの時代も、男のほうが弱いもんだからね、と笑う。マスターも昔、何かあったんですか? の問いには、穏やかな笑みしか返ってこなかったけれど。

「ねえ、さん」

 余計なおせっかいだと思う。又、おまえは余計なことに首つっこんで、って言われるのも容易に想像できる。
 だけど気になるんだもん。精一杯頑張ってる女の子、しかも自分の後輩だったら、余計に応援したいじゃない?
 さんは、自分の名を呼ばれたことで驚いたような顔をしていたけれど、「で、いいんだよね名前?」と、彼女の胸元のプレートを指して言えば、合点がいったようにこくりと頷いた。


さんは、彼のこと好きなの?」


 初対面のくせに、大胆な質問をしたにも関わらず、さんはまっすぐにわたしを見返して。






「はい」






 迷い無く、たったそれだけを返してくれた。





 背後でマスターが苦笑してるのがわかる。それから、彼はさんを手招きすると、「失礼」と言いながらわたしの右手を取って、彼女のそれと握手させた。

「ご利益あるから」
「はい?」
「あの、マスター?」
「この子も頑張ったからね。高嶺の花相手に――って、噂をすれば、だ」

 カラン、とドアベルが鳴る。5分の遅刻で現れた待ち人は、いかにも走ってきましたって感じで前髪が乱れてたから思わず笑っちゃう。

「悪い、遅刻……って、何、やってるんだ?」

 握手しているわたしたちを見て、珪くんが驚いた顔をする。マスターは笑いながらわたしたちの手を開放し、さんはと言えば――ああ、驚いてる驚いてる。

「は、づき……さんっ!?」

 このお店の常連と化している珪くんを見て、驚くスタッフはいない。顔見知りということもあるし、マスターがそれとなく徹底させているということもあるし、だから、彼女のような反応を久しぶりに受け、珪くんが一瞬面食らうのがわかった。
 わたしは場の雰囲気を崩すために、役得とばかりにさんに抱きついてみる。

「後輩の子。色んな意味で」
「あああああの、あの、もしかしてもしかしなくても」
さん、お客様に失礼のないようにね」

 このマスターの一言で、さんの表情がぐ、っと変わる。あああやっぱり良い子だし。

 行くか、って誘う珪くんにちょっとだけ待っててもらって、さんに向き直る。あのね、きっと大丈夫だよ、の気持ちをうんと込めて。


 だって、好きの反対は無関心だもの。
 本当にどうでも良かったら、あんなにあなたのこと、気になんかしてない。





 だけどそんなことを改まって言うのも変で、言葉に詰まる。さんは不思議そうにわたしを見て、瞳をくるんってさせた。

「珪くんもね、最初はわかんなかったよ。でもね、頑張って友達になって、頑張って一番になれた」

 さんは黙って聞いている。

「周りの友達に、やめなよって言われたりしたこともあったし、自分でも辛くなったこともあったけど、でもね、今はうんと幸せなの。だから」

 上手く続かない言葉がもどかしい。変な人だって思われるかな。っていうか、もう思ってるだろうな。
 繋がる言葉を見出せずに一度言葉に詰まる。なんだか切なくて、だけど分かって欲しくて掴んだ指先に、反対に握り締められた。

 びっくりして顔をあげれば、飛び切りの笑顔。えへへ、って、照れくさそうに。



「ご利益もらいますね? 大丈夫です、わたし、太郎くんが本当は優しいの知ってるから」



 今の彼が無理してるのも、わかってるから。

 それはきっと、周りからしたら危うさ以外の何者でもないと思う。好きだからそう見えるんだよ。好きだから良いように思いたいんだよって、言われた言葉のほうがきっと正しい。


 それでも、好きな人のことを一番に信じたいって思うから、それが恋なんだ。





さん、良い子だねええ」


 心底そう思って抱きつく。不覚にも泣きたくなるし。っていうか、うっかり潤んじゃってるし。
 年齢逆転の立場で、さんがわたしの背中をぽんぽんってさすってくれる。ううう、可愛くて優しい上にしっかり者だ。

 何かあれば、いつでも話聞くからね、の一言を残してアルカードを後にする。
 珪くんは何が何だかって顔で、わたしからの説明を待っていたから教えてあげた。さんの今の状況。
 珪くんは真嶋くんの態度が非常に理解できないらしく、額の真ん中に深い皺。でもね、多分大丈夫だと思う。

 ゆっくりとわたしのペースにあわせて歩いてくれる珪くんにそう言えば、不可解だという顔。だってね、昔の珪くんと同じ瞳、してた。
 両想いになれたから分かる、前の珪くんがわたしに求めていたこと。
 幼いわたしは自分の気持ちにいっぱいいっぱいで、気付くことは出来なかったけれど。


「真嶋くんにはさんが必要ってこと。信じたいって目、してた。否定したいくせに、否定されることを怖がってたように思う」
「……俺と同じ?」
「で、さんは真嶋くんを諦めるつもりなんて全くないみたいだし」


 わたしと同じで、と、笑う。

 珪くんも、笑った。





 珪くんと並んで歩きながら、勝手に重ねた二人を思う。
 どうか彼女が、最後まで頑張れますように。
 そしてどうか彼の心に届きますように。









 結果を知るのは、次の春――。












Fin



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Comment:


太郎さん仕様のデイジーバイト先がアルカードだったことから、
無印主人公ちゃんと、恋の話しちゃえばいいじゃない!と浮かんだネタ。
思ったよりガールズトークは弾まず(失敗)。
太郎さん仕様のデイジーは、魅力重視ということで、大層可愛い子だと思います。
でもってバイトで培われた気配りも持ち合わせておるのかと。


20080305up

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