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●好きのいたみ |
今年で何度目の花火だろう。
初めて志波くんと一緒に行ったのは、高校2年の時。それから3年生の時も、お互い受験なのにねって笑いながら約束して一緒に行って、大学が離れてからも当たり前のように約束をした。
うん。当たり前といえば当たり前なんだよね。だって、卒業と同時にいわゆる、まあ、そういうことになったんだし。
なんて思い出して勝手に一人で赤くなる。うああ、なんか恥ずかしい。
「……一人芝居」
悶えていたわたしの上から降る声。ちらりと見上げれば、随分と高いところから、ちょっとだけ意地悪げな色を含んだ眼差しがこっちを見てた。
「何考えてたんだ?」 「べっ、別に……っ」
赤い頬を隠すように、ふい、と横を見れば、くくっと喉から漏れるような笑い声。悔しくて睨んでみたら、噴き出された。
「悪ぃ。怒るな」 「悪いって思ってないでしょ!?」 「お前があんまり分かりやすいからだろ」
いいつつ、ぽんって置かれる大きな手のひら。いつも無造作なそれは、だけど結い上げた髪の毛を気遣ってくれる強さに変わっていて、そんなとこでもきゅんとする。
ああもう、悔しいなあ。
背の高い志波くんと繋ぐ手は、中途半端に長さが違っていてちょっと大変。 近くに行きたいのに、近付くと腕の角度が辛くて、腕を伸ばす為には少し距離をとらなくちゃいけなくて。 前後にずれてみたり、なんとか繋ぎ方で工夫できないかなって頑張ってみたり。
はぐれないように、の理由から、当然の権利として手を繋げるようになってからも、その価値は全然変わらなくて、繋ぐたびに嬉しくて。 わたしの頭をぽんってした手が、するりと自然にわたしの左手を包むのを見て、やっぱりほっぺたをゆるゆるさせちゃうんだ。
「……反則」
「え? 何か言った?」
いや別に、って、志波くんはゆっくり歩き出す。
こういうとき、ちょっとずるいなって思うんだ。 志波くんはいつだってわたしの考えなんてお見通しで、さっきみたいにからかうように笑ったりも出来るくらいなのに、わたしは相変わらず志波くんの考えてることなんてわからない。
おまえは鈍いからなって一言で片付けられるけど、彼女としては複雑なんだよ?
「手」 「え?」
「辛かったら、腕に掴まってろ」
俺もその方が嬉しいしな、って目を細めて笑う。
だからずるいってば。
こっちを見つめてくれる眼差しを感じながら、袖に掴まろうとして、止まる。
だって、だけどね、でもね。
「手のほうがいいな」
右側から人が来てぶつかりそうになったわたしの肩を、咄嗟に志波くんが引き寄せる。 そのせいで離れてしまった手を、ありがとうと言いながら又繋ぎなおして。
――ほらね。
(だって手だったら、志波くんからも繋ぎ返してもらえるもん)
ぎゅ、って痛くない力でつかまれた手を握り返しながら、一人胸の中でだけ呟く。さすがにこんなこと、恥ずかしくて言えない。
「どうした?」 「志波くん何食べる? 早く決めないと、場所取り出来ないよ?」
繋いだ手をひっぱって、からからと歩く。年に数回しか出番のない下駄は、だけど初めて履いた時よりもずっと足に馴染んでもう痛くはならない。
そんな風に少しずつ、わたしたちも自然になってるといい。
「たこ焼きとお好み焼きだったらどっちがいい?」 「両方だろ」 「え、両方だと焼きソバが入らないよ!」 「俺が食う」
相変わらずの食欲に噴出しながら、一番美味しそうなお店を探して二人で歩く。からころ鳴るわたしの下駄と、からんころんと響く志波くんの下駄。 両手に増えて行く白いビニール。どんどん一杯になっていくそれがおかしくて、やっぱり二人で笑った。
「あ、懐かしい!」
夜店の一つに足をとめて、思わず声をあげる。志波くんがわたしの肩越しにお店を覗き込み、ああ、と懐かしそうな声で同意をくれた。多分、見ていたものは違うけれど。 手を離し、裾を膝裏に沿って折りたたみながら腰を落とす。近くなった視界の先にある、子ども向けのおもちゃの数々。 水鉄砲に、組み立て式の紙飛行機。つくりの甘いビニール人形に、すぐにでも壊れそうな指輪。
「わー……こんなに安かったんだっけ」
長方形のプラスティックに並べられた指輪のセット。小さい頃に見たそれは、宝物のようで、とても高価で手が届かないものって印象だったのに。
お母さんにねだって、だけど買ってもらえなかった時にはうんと泣いたっけ。それで余計に怒られて、あとでお父さんがこっそりと買ってくれたのを覚えている。 今見ると、ちゃんと石っぽいのが嵌められているのは2つくらいで、他のものはビニールの飾りだったり、プラスティックの輪っかだけだったりなのに気付いておかしくなる。ちっちゃい時って、これでも凄い宝物に見えてたんだなあ。 あ、しかも今はバラ売りなんだ。
「ちっちぇな」 「あはは、子ども用だもん」
志波くんが摘み上げた指輪は、さらに小さく見える。人差指の爪先ほどしかないそれがたまらなく可愛くて見える。
「小さい頃はね、それがすっごい欲しかったの」 「へえ……やっぱ、小さくても女なんだな」 「そーだよ。女の子だよ」
お店の人にぺこりと頭を下げて歩き出す。そして再び繋ぎなおした手。
「もう『女の子』って歳でもねえだろ」 「ちょ、微妙に酷くない? その発言」 「ククッ、そうか?」
女として認めてやってんだろ? って、絶対そんなこと思ってないくせに。
「志波くん、わたしと同い年だって忘れてない? わたしが子どもなら志波くんだってそうだし、わたしがそうじゃないなら志波くんだってそうなんだから」 「おまえの脳内には、中身ってモンがねえのか」 「女の子のほうが、男の子より精神年齢3つ上って言うんだよ」 「そりゃ、当てはまらなくて残念だったな」 「……っ、もおお!」
振り払おうとした繋いだ手は、ぴくりとも動かない。く、悔しい悔しい悔しい!
「あんまり意地悪言うなら、わたしが持ってるたこ焼きあげないよ!?」
精一杯の反論は、志波くんの爆笑によってかき消される。う……確かに今のは自分でも子どもっぽいかなって思ったけど。
「ほら。花火始まるぞ」
拗ねてないで急げ、って。拗ねさせたのどこの誰よ。
お店の明かりがだんだんと少なくなって、露出した足首に触れる草の感触の湿度が増える。 一歩先を行く広い背中を見ながら、つながれた逞しい腕を見ながら、拗ねた気持ちもときめきに変わる。
「今度買ってやるよ」
不意に切り出された会話についていけず、返事が遅れる。すると、繋いだ手の薬指を、志波君の指先がするりと撫でた。
「もう『子どもじゃない』お前の指に似合うヤツ。どんなのが欲しいか、考えとけよ」
こっちを振り返らずに志波くんが言ってくれた言葉と薬指の熱に心臓が跳ねる。 倍増したときめきが、心臓わしづかみで痛いって言ったら、やっぱり笑う?
(繋いでる手が左手だって、わかってるのかな)
上手く言葉にならなくて。だけど伝えたくて。
渾身の力で握り締めたわたしを、短い悲鳴を上げながら志波くんが振り返る。そして複雑な顔をしてただろうわたしを見て、だけど決して嫌がってるわけじゃないってちゃんと分かってくれたのか、すっごい優しい顔で笑ってくれて。
人ごみに紛れて、キスをくれた。
Fin
-------------------- Comment:
霜凪あさみさん、お誕生日おめでとうでした!
20080627up
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