アリスが笑う。
アリスが笑う。
「ねえねえチェシャ猫」
学校、というものから帰ってきたアリスは、その場所で今日あったことを楽しそうに僕に話す。
「着替えないと又怒られるよ、アリス」
制服のままベッドに転がると制服に皺ができるだろうと、叔父さんに怒られていたのを僕は知っていたからそう注意すると、アリスは見るからに膨れて、「チェシャ猫までおとうさんみたいな事、言わないで」と言った。
「叔父さん、最近益々口うるさいんだもの」
「アリスが可愛いんだね」
「ちょっ、う……で、でも! 叔父さんは叔父さんだし」
「嬉しいんだろう?」
アリスは今度こそ完全に言葉を失った。
そうして僕を持ち上げると、壁のほうへ顔を向ける。着替えるからそっち向いてて、絶対こっち見ちゃだめだからね、と、念押しまでして。
僕はアリスの望むこと以外、出来ないって知っているくせに。おかしなアリス。
最近のアリスは元気だ。
よく笑い、よく声を出す。たまに怒ったり泣いたりすることもあるけれど、以前のように深い亀裂のようなものではなく、ニンゲンとして当たり前の感情の揺り幅。
「もういいよ」
言いながらアリスは又、僕を持ち上げて今度は膝の上に置く。すっかり定位置になったアリスの膝は、いつも思うけれど心地よい。
ぐるぐると喉を鳴らせば、アリスが笑う。チェシャ猫って、変なところで猫っぽいよねと言うけれど、へんなことを言うのはアリスのほうだ。
「猫だからね」
猫っぽい、じゃなくて、僕は猫だから。
なのに、アリスはやっぱり笑う。ほら、おかしいのはアリスの方。
「それで?」
「え?」
「ガッコウで何かあったんだろう、アリス」
そうそう、と、再びアリスが話し始める。声からでも分かる、それがどれだけアリスにとって楽しいことだったのか。
アリスが楽しいと、僕たちも楽しい。
アリスが嬉しいと、僕たちも嬉しい。
「チェシャ猫?」
「なんだい、アリス」
ふ、と話すのを止めて、アリスが僕を見る。
「なんだか寂しそうな顔してるよ?」
何を言い出すんだろう、アリスは。
「猫は寂しくなんかならないよ」
「そうなの?」
「そうだよ。猫は一匹でも平気だからね」
「チェシャ猫も?」
「僕はアリスさえ居れば平気だよ」
「ふうん」
アリスの指が、僕の喉を撫でる。
「じゃあ、ヤキモチだ」
アリスの頬が、赤く染まる。
「大丈夫だよチェシャ猫。私にとって、あなたが一番の友達だから」
言って、笑って。
アリスは僕を抱きしめる。
「アリス。苦しいよアリス」
何回言っても、アリスは僕を正面から抱きしめるから呼吸が出来ない。前にも言ったけれど、猫は呼吸が出来なきゃ死ぬんだよ。
アリスが言った、「ヤキモチ」の意味は良くわからない。大体それは、独占欲だろう?
僕らはアリスのものだけど、アリスは僕たちだけのものじゃない。だから、ヤキモチなんて焼くはずがない(焼くのは、あの首狂いの女王くらいだ)。
それでも、優しく抱きなおしてくれたアリスの腕の中が、あんまりに心地の良いものだったから、なんでもいいやと思うことにする。
猫はね、こだわらないんだよ。
日々はヘイボンに過ぎていく。
それは、「無」ではない。
「アリス」
「なに、チェシャ猫」
僕のぬくもりが心地よいのか、アリスは僕を離そうとはしない。
顔をうずめているせいでくぐもった声で返事をする。
「幸せかい?」
僕らのアリス。君は今、幸せ?
アリスはやっぱり笑う。見ててわからないの? と。
だから僕も笑う。
「それは、いいことだね」
END
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Comment:
猫アリで幸せなお話が書きたかったのです。
アリスの幸せを望みながら、ちょっとだけさびしく思う猫もかわいいじゃない!という
哀れな妄想の結果です。
20080405up
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