アリス。
僕らのアリス。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ……」
泣かないでアリス。
大丈夫。僕がいるよ。
「シロウサギ……さん?」
「アリスは悪くないよ。だから、泣かなくていい」
僕の目のように、真っ赤になった二つの目からは、絶える事無くぽろぽろと透明な雫がこぼれる。僕はいつものように小さな(けれど、僕にとっては大きな)頭を抱き寄せて、優しく撫でた。
「悲しいものは全て、僕がもらってあげるから」
アリスを撫でる僕の腕から、渦を巻いて取り込まれるもの。ぐるぐると天井が回り始める感覚は、もう何度目だろうか。
その回数は同じだけ、僕らのアリスが傷ついた数。
「シロウサギさんがいると……安心できるの」
僕が歪みを吸い取った分、落ち着いたアリスがほう、と息をついて僕の方に顔を預ける。ふかふかの毛がくすぐったいのか、目を細めながら。
「それは、よか、よよよよかったねアアアアリ、アリ、アリリススススス」
「ウサギ、さん?」
歪みが溢れ、声帯を一時的に侵す。僕は歪みが逆流し、アリスを傷つけてしまわないように堪えた。
震えた声に一瞬戸惑ったアリスは、身体を起こすと心配そうに僕の背中を撫でてくれた。
「ウサギさん、寒いの?」
「ささサムクなンか、ないよ。アリス」
「でも声が、震えてるよ」
背中で動く、小さな(僕にとっては、やっぱり大きな)手のひら。
「……大丈夫だよアリス。君が僕たちを心配する必要なんてない」
それは、僕たちがいる意味がなくなってしまうことだから。
「僕らのアリス。世界が君にとって、優しいものであるように」
汚いものや悲しいものは全部僕が引き受けるから。
君が悲しいこの世界でも生きていくのなら、そのために全部僕が引き受けるから。
でもね。
「どうしても辛くなったら、ぼクが君を連れだシテあげルよ」
僕の中で生まれた、別の歪み。
大切なアリス。僕たちのアリス。
僕の、アリス。
君にとってこの世界が最後まで優しくないのなら、もう頑張らなくていい。そんな世界なんて、何の価値もない。
泣きやんだ瞳が、きょとんと僕を見てる。鏡のような漆黒の瞳に映るのは、真っ赤な目をした白いウサギ。
僕は笑う。
優しく微笑んだはずの口元は、僕の狂い始めた何かを表すかのように歪んでいて。
「だからその時は、僕の手をとるんだよ。アリス」
アリスの表情が、不可思議に固まる。
「どこに?」
「君が望む国へ」
「どう、やって?」
「そうだね……このままでは、一緒にいられないから」
僕が君の為の身体を用意してあげる。
僕たちの世界にぴったりな大きさの、とびきり可愛らしいヒトガタを。
「シロウサギさん?」
「…………」
僕はいま、なにを――――?
アリスが心配そうに首を傾げる。僕はアリスの頭を撫でる。
その心配も、僕が食べてあげる。
「一緒にいてね」
何かを察したように、僕を抱きしめるアリスにこう呟く。
「僕らのアリス。君がそれを望むなら」
いつでも。『ドコ』でも。
僕は君のそばにいるよ。
だから、さあ。
「僕の手をお取り。アリス」
了
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Comment:
歪みの国のアリスがあんまりにあんまりに好みだったので。
シロウサギさんは、小さいアリスの側にずーっといて、いまよりももっと深くて暗い
彼女の歪みをずっと食べ続けていたかと思うと切ないです。
でもそのおかげで、あんなにかわゆらしいアリスがいるんだよなあと思うと
更に切ない。ううう。
20080402up
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