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●たべたいほどに |
チェシャ猫の姿は、誰にも見えない。
だから時々、どうしようもなく寂しくなる。
「アリス」
「なあに、チェシャ猫」
ぴったりとくっつく私に、チェシャ猫が(めずらしく)困ったような声を出す。
「暑いよ。猫は暑いのが苦手なんだ」
言われて、ちょっと拗ねたくなる。だって、こっちの世界でしかあなたは他の人に認めてもらえないんだもの。
膨れたように言い返すと、チェシャ猫は相変わらずのにんまり顔で、「わからないよアリス」と言う。
だから。
「ちゃんと、『居る』チェシャ猫と一緒にいたいの」
「僕はいつでもアリスの側にいるよ」
「そうじゃなくて、私と同じように居るチェシャ猫と、だってば」
「アリスは時々、難しいことを言うね」
あなたほどじゃないと思うけど。
私は意志の疎通を諦めて、それでもチェシャ猫の腕を離さない。
チェシャ猫の身体は、砕け散ったその後、気付けば生えていた。しかも、ある日突然にだ。
私はそりゃあもうびっくりして、びっくりして。だけど当の本人(本猫?)はけろりと「身体は生えるものだよ、アリス」なんて。もう、私にはこの国の常識が分からない。
しかも、一度離れてしまったからなのか、チェシャ猫の首はよく落ちる。突然ごろりと落ちるそれは、壮絶に心地のよろしいものではない。何度も悲鳴をあげかけては、階下にいるおばあちゃんや叔父さんのことを考えてそれを飲み込むという日々。
閉じてしまった不思議の国。けれど、私はもう一度それを開けた。
今度は逃避の為ではなく、純粋に私の友人達に会いに行くために。
私は良く、帽子屋やネムリネズミがお茶会を開く公園を訪れる。それから、女王様のお城も。
勿論女王様には徹底的に約束を取り付けた。私が遊びに行く時は、首と首無しの死体を片付けておくこと。それから、鎌を持たないこと。最後に、絶……っ対に私の首を落とそうとしないこと。
アリスはそのままでも素敵だけど、首だけになったらもっと素敵だわ、なんてごねていたけれど、遊びに来ないよという切り札と、ビルの取り成しを経て女王様はしぶしぶながらもその約束を了承してくれた。
今日は公園にいる。女王様とチェシャ猫は何故か、仲があまりよろしくない。
だから、チェシャ猫とゆっくりしたい時には公園にくることが多くなった。帽子屋とネムリネズミは相変わらず終わらないお茶会を続けていて、たまにこっちを見ては、帽子屋が憎まれ口を叩く。その憎まれ口が過ぎたときには、ネムリネズミが本当に寝てるのかしら、と思うほどのタイミングでフォークを帽子屋の手につきたてる。その繰り返しで過ぎていく穏やかな時間。
「アリス」
「なあに、チェシャ猫」
「困るよ」
もう何度目かわからない会話を、私はやっぱり同じように受け流す。それに、あなたは私が望むなら何でもしてくれるのでしょう? こうして、ぴったりとくっつくくらいいいじゃない。別にぎゅっと抱きついている訳じゃないんだもの。腕一本くらいならいいじゃない。
膨れて言えば、それでも困る、と言い募る。なによ、どうせ貴方の事を好きなのは私だけなんだわ。
ぶちぶちと文句を言いながら少しだけ腕を解放すれば、チェシャ猫がぼそりと何かを言った。良く聞こえなくて耳を近付けたら、ざらりとした舌でべろんと耳をなめられたから、文字通り飛び上がって悲鳴をあげた。
「な! ちぇ、ちぇしゃねこっ!?」
猫は相変わらずのにんまり顔でそんな私を面白そうに見つめている。なめられた耳を押さえながら、私が口をぱくぱくさせつつチェシャ猫を睨みつけると。
「あんまりくっついてると、食べたくなっちゃうよ」
「た、食べ……っ!? だ、だめえ!」
恐ろしい台詞を口にする猫に、私は一気に飛びずさって距離をとる。ひ、久しぶりに聞いたわ、チェシャ猫の口から私を食べたいって言葉。
「だってアリスはおいしいよ? アリスも一度食べてみればいい」
「無茶なこと言わないで! 大体、食べちゃ駄目ってあんなに言ったでしょう!」
びしりと言いきった私に、猫はするりと近寄ってくる。大きな身体で、どうしてそんな動きが出来るのか不思議なほどだ。
猫は笑う。そして言う。
「うん。約束だから食べないよアリス。でもね」
――食べる方法は、ほかにもあるよ?
帽子屋やネムリネズミには聞こえないほどのボリュームで。そんなことを言って。
秘密めいた言葉に隠された意味を察した私は、それこそ言葉を失って。
だけどそれが勘違いじゃないってことは、再び私をぺろりとなめた猫によって証明される。なめられた場所によって。
「…………っ!!!!!」
それきり、前を向いてしまった猫は私の動揺なんてどうでもいいかの様に、相変わらずのにんまり顔。
置いていかれた私はただ、両手で口元を覆って真っ赤になるしか出来なかった。
Fin
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Comment:
猫×アリスをちゃんと書いてみたかったのです。
だ、だめ?
20081014up
*Back*
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