** Happy C×2 **
 ●from here

 初等部を卒業し、私は中等部へと進級した。
 初等部から大学まで同じ敷地内にあるこの学園は、外部を受験して外に出ない限り、ほぼ同じ面々と同じ時間を過ごして大人になっていく。
 先の事はまだわからないけれど、中学を受験するつもりはなかった私は、そのままこの学園の中等部への進学を希望した。そして、幼なじみの理一郎や、CZのメンバーでもある鷹斗や央、トラと一緒に。
 一学年下の円や終夜は校舎こそ分かれてしまったけれど、心配していたほど距離は生まれなくてほっとした。時間があれば相変わらず一緒にいるし、むしろ休日も集まったりするようになったから仲は深まっているのだと思う。誰かと一緒に行動することが苦手だった昔を思えば、今のこの空間が信じられないけれど、いやじゃない。どこかくすぐったいような思いと共に、私はあたたかな時間を過ごしている。
 そうして一年が過ぎて、私達と同じように中等部へと進んできた円と終夜も合流した。円はとにかく央と離れていた時間が苦痛だったらしく、途中学校の先生に「初等部と中等部の校舎は同じにすべきです」だのなんだのつっかかって大変だったとの噂も耳にしたけれど、これでそういった混乱も収まるだろうと胸をなでおろした。
「でも、ちょっと見ないうちに終夜はますます大人っぽくなったわよね」
 中等部になってから、私と理一郎は車での通学をやめた。特殊な学校ということもあり、高等部や大学部になっても車で登下校をする生徒は多くいたけれど、そもそもそんなに遠くない距離だったし、ささやかながらも自立したいという気持ちから、どちらから言うともなくそういうことになった。
 けれど相変わらず私達は一緒に登校して、タイミングが合えば一緒に帰る。
 理一郎はどことなく不機嫌そうな、居心地の悪そうな顔をすることが多かったけれど、理一郎の顔がそうであるのは最早通常運行だ。むしろ、笑顔で隣に立たれるほうが体調を心配する。
「ああ、そうだな」
 とてもオレより年下には見えない、と、呟いた言葉に同意する。元々大人っぽい雰囲気を持った子ではあったけれど、ここ最近の成長ぶりは目を見張るものがある。
 身長は出会った当時から終夜の方が高かったけれど、今となっては私たちより年下のはずなのに、下手をしたら高校生にも見える。
 円はそうでもないのに、と、呟いたとなりで理一郎が咳払いをした。そういえば、最近ずっと喉の調子を気にしてるのを思い出して、私は知らず眉を顰めた。
「風邪?」
「いや、そういう訳じゃない、けど」
 言いながら、又も喉のあたりを触りながら咳払い1つ。
「なんか……声が、出辛い」
「本当に風邪じゃないの?」
「違うって言ってるだろ。別に、熱があったり頭が痛かったりもしない。単に声を出し辛いだけだ」
「念のため、御医者様にかかったほうがいいんじゃないかしら」
 心配して言えば、迷惑そうに「うるさい」の一言。もう、こういうところは昔っからちっとも変わらないんだから。
 それからも暫く、理一郎の様子はそんなままだった。挙句、二日くらい声が掠れたままだった時期もあり、さすがに無理矢理にでも病院にひっぱっていこうとしたら、たまたまその場に居合わせた鷹斗の一言であっさり疑問は解消する。
「声変わりじゃないかな、それ」
 あまりにあっさりとした見解に、理一郎の腕を捕まえていた私の動きが止まる。その隙を見逃さないとでも言うように理一郎は私の腕を振り払い、そして又咳払いをした。
「声変わりって、え?」
「理一郎は元々低めだし、俺たちの歳からしたら、全然おかしくないし」
 それにしても先を越されるのもなんか悔しいなあ、って、そんなそぶりちっとも見せずに鷹斗が笑う。
 声変わり。第二次成長期にある、男子特有の変声期のこと。
 いつか読んだか聞いた知識が文章となって脳内をテロップのように流れ、そろそろと理一郎の顔を見る。どことなく気まずげな顔をしながら、「だから風邪じゃないって言っただろ」って。
「気付いてたの?」
「かな、っていう位」
「そ、そう……そうなの」
 なんとも不思議な気持ちが湧き上がる。なんだろう、これは。
 目の前で理一郎と鷹斗が何か離してる。小学生の頃は同じじゃれあいに見えたそれも、良くみれば体格だって体型だって私と同じじゃない。どんどん変わっていく。
 クラスメイトだって、CZの仲間だって、「同じ」じゃない。
 私だけ、違う。
「ずるいわ」
「は?」
「え?」
 気がつけば呟いていた言葉に、理一郎と鷹斗がこちらを振り向く。
「撫子? どうしたの?」
「ずるいって、何がだよ」
 気遣う顔に、困惑した顔。その顔だって、改めてみれば記憶と違う。
 嫌だ、こんな子供じみた感情。大人になりたいってずっと思っていたのに、いざ時計の針が進み始めるとこんなにも足が竦む。
(だって、私が言ってた大人はこんな意味じゃない)
 そう思うこと自体、子供の証拠なのに。
「……ごめんなさい、何でもないの」
「撫子?」
 鷹斗が名前を呼んでくれる、その声が優しい。どうしたの、何があったのって気遣ってくれる声。その声の響きだけは、ずっと変わらない。
「帰るわ、又明日ね二人とも」
「おい、撫子」
 掠れた声が私の名前を呼んで、こほ、と軽く咳き込む。忌々しげに続いた舌打ちの後に、理一郎が私を睨んだ。
「十五分待ってろ。今日は顔出しだけで帰るから」
「え?」
「いいから。門のところにでも立ってろ。鷹斗、お前も今日は用事あるんだろ? こいつはオレが送ってくから、お前も帰れ」
「あ……うん。じゃあ撫子、門まで一緒に帰ろう」
 ぱちぱちと瞬きをしている間に、理一郎は教室を出て行き、鷹斗は手早く纏めた鞄を掴んで私を促す。どことなく気まずさをまとったまま、鷹斗と並んで歩き出した。
「で、どうしたの?」
 鷹斗の声は普段通り明るい。
「言いたくないことなら聞かないけど……ずるいって、俺達のことだよね? 俺達、撫子に何かした? 嫌な気持ちにさせたなら謝るから、教えて欲しい」
 真っ直ぐな鷹斗の言葉はどこまでも正しくて、余計に私を落ち込ませる。だけどここでむっつり黙ってたら余計に子供っぽいということに気がついて、私が出来る限り言葉を選んで自分の気持ちを綴った。
「私、CZの皆と仲良くなれて、本当に嬉しいの。鷹斗とは勿論だし、他の皆とも一緒に過ごせる時間が、今じゃ何よりも大切だって思ってる」
 皆と知り合って丸二年。その二年の月日は、私に沢山のことを教えてくれた。
「子供みたいだけど……ううん、実際子供なんだけれど、ずっと一緒にいられるって思ってた。このまま皆で楽しく、馬鹿なことやったり、時々真面目に悩んだり、そうして大人になっていくんだって」
「うん」
「だけと、最近気付いたの。どう頑張ったって私だけ違うんだって」
「え?」
 夕暮れの日差しがそっと忍び込んで足元に影をつくるように、言葉にしたらひんやりとした影が私の心に生まれる。
「鷹斗も、理一郎も、皆先に大人になっていく。私だけいつまでもこのままで、どんどん離れていくような気がして」
 背の伸びた鷹斗。声変わりした理一郎。以前より大人びてみえる終夜。少しずつ落ち着きを見せはじめた央に円。うちとけはじめてくれた、トラ。
 私だけ何も変わらない。今までは私の方が大人びてる自信があった。可愛くない、といわれることはあってもそれを嫌だと思わなかったのに、最近じゃ皆の方が先を歩いている気がする。
(でも、そこじゃないんだわ)
 私以外の皆が、子供から男の子に変わっていく。私だけ、急いだって同じものには決してなれない。頑張ったって、「おなじもの」からはどんどん違うものになっていってしまう。離れてしまう。
「馬鹿みたいだけど、寂しくなったのよ。大人になればなるほど、皆とは違うものになっていくんだなって」
 ゆっくりと歩きながらそう言葉にしたら、なんだか少しだけ落ち着いた。
 鷹斗は口を挟まず黙って聞いていてくれたけれど、私が言い終わったのを確認して複雑そうな顔をした。彼がそんな顔をするのは珍しく、そんなに困らせてしまったのかと今更私は落ち込んだ。
「ごめんなさい、変な事を言って」
「あ、ううん、違うんだ。なんていうか……俺にとって、君は昔から皆とは違う存在だったから」
 だから気遣いが足りなかったのかな、ごめんね、って、何でそこで鷹斗が謝るのかがわからず、私は何も言い返せない。言葉を捜しあぐねていると、背後で土を踏む音がして、同時に盛大なため息が振ってきた。
「何を気にしてるかと思えば……くだらない」
「っ、理一郎!?」
 いつの間にか背後に来ていた存在に驚き、声を上げる。
「悪かったな鷹斗、つき合わせて」
「ううん、撫子は俺にとっても大事な友達だからさ」
「……お前ってほんと、恥ずかしげもなくそういうことをさらっと言うよな」
「え? 恥ずかしい? そうかな」
 呆れたような理一郎の物言いに腹を立てる様子もなく、鷹斗が不思議そうに首をかしげる。
 確かに少し恥ずかしかったけれど、面と向かって大事な友達と言ってもらえるのはやっぱり嬉しい。ありがとう、私もよと笑顔で返せば、鷹斗の顔が嬉しそうに綻んだ。
「じゃあ俺、悪いけど急いで帰らなきゃだから」
「ああ、じゃあな」
「又ね、鷹斗」
 跳ね気味の髪に夕日の光を纏いながら、鷹斗の姿は小さくなっていく。ふわりと灯った温かさは彼のおかげで、昔から鷹斗は困ったり落ち込んだ時に、こうして励ましてくれたことを思い出す。
「おい、帰るぞ」
「ええ」
 学校から伸びる坂道は、もう何年も通いなれた道だ。四季が移ろうたびに街路樹が葉振りを、色を変え、一足先に次の季節を教えてくれる。今は夏。けれどもうすぐ、秋が来る。
 気付かなくても時間は流れていて、気付くよりも気付かされる。四季がそうであるように、私を取り巻く環境がそうであるように。
「喉、痛くないの?」
「病気じゃないんだから、いちいち気にするなよ」
「またそういう言い方する……」
 だって自分じゃわからないんだもの。聞くしか確認できないじゃない。
 理一郎に見られていることに気付かず唇を尖らせれば、彼は戸惑い気味に視線を彷徨わせた。言葉を探す様に。
「……今更、だろ」
「何が?」
「お前とオレは赤ん坊の頃からの付き合いだけど、その間にこんなことなんて数え切れないほどあっただろって言ってるんだ」
(あ、声、低い)
 耳慣れたトーンより若干低い声。これからはこの声が、「理一郎の声」になる。
「こんなことって、何よ」
「やっと箸を使えるようになったとか、自転車に乗れるようになったとか、さんざんオレに噛み付いてきたくせに、今更だろって言ってるんだ」
「は!? ちょっと、捏造しないで、先にお箸を使えるようになったのも、自転車に乗れるようになったのも私が先じゃない」
「オレだ」
「私だわ! もっと言えば先に泳げるようになったのも私よ」
「嘘つくな! それはオレだ」
 花火に火をつけられるようになったこと。競い合った靴のサイズ。
 幼い頃の背比べ。だけどどんどん、私と理一郎は違う生き物になっていく。
「元々違うんだよ、お前とオレは」
「そんなこと知ってるわ」
「他のヤツらとだって、違う」
「それだって、知ってるってば」
「だけど大事に思ってるのは、変わらない」
 頭では分かってるけど追いつかない気持ちをもてあましてるのに、と、噛み付くように応酬を続けていたら予想外の言葉を返されてそれが止まる。
「お前が勝手に距離を感じようが寂しく思おうが、お前がオレの大切な幼なじみだってことに変わりはないし、それはこの先もずっとだ」
「りいち、ろう?」
「大体……変わってくっていうなら、お前もだろ」
 その声が寂しげに聞えたのは、声が掠れていたせいだろうか。
 年々見上げる角度があがっていく幼なじみがくれた言葉は、今までに聞いたことがないような優しい言葉だった。
 それきり黙ってしまった理一郎の隣を私も黙って歩く。中等部にあがって制服を身に着けたときだってそうだった。あの時に感じた気持ちも、あの頃はわからなかったけど今ならわかる。
(寂しかったんだわ、私)
 世の中にはっきりと区別されてしまうことが。
 子供から大人へ近付くものに。子供同士から男女に。
 ずっと一緒だって、ずっと大事だって思ってたのに、違うんだよって周りから言われているみたいで。
「ありがとう」
 気付いたら、ずっと素直にお礼を言えた。
「別に……思ってることを、言っただけだ」
「もっと意地悪言われるかと思ったわ」
 くすくすと笑いながら言えば、理一郎は憮然とした表情を浮かべる。
「オレだってな、いつまでもガキじゃないんだ」
「そうね」
 同意をして、素直に相槌をうったら理一郎の眉が真ん中に寄る。
「……お前が素直なのも気持ち悪いな」
「もう! 結局はそうなんじゃない!」
 私達は変わっていく。少しずつ大人になっていく。
「撫子」
 私を呼ぶ声も変わる。きっと今よりももっと、低くなっていくんだろう。
 そのたびに私は寂しくなって、だけどきっと又、こんな風に背中を押してもらうのだ。理一郎や、CZの皆に。
「私、あなたと幼なじみでよかったわ、理一郎」
 どうしたって理一郎には意地を張ってしまうのも、甘えているから。だからたまには素直になって、感謝の気持ちを伝えてみる。一緒にいてくれてありがとう、と。
「……オレは複雑だけどな、こーゆーポジションも」
「え? 何か言った?」
「別に。いいから帰るぞ」
 頭上の木々は緑を揺らし、生ぬるい風を私達に届ける。
 その一部分に赤い色をみつけて、私はまぶしいものを眺めるように目を細めた。











Fin
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Comment:


全く違う話になりました。こんなんばっかりだ…。
ほんとに書きたかった話は又別の機会に。
思春期特有の微妙な機微っていいですね。青春万歳。
男女だから余計に難しいんだろうと思いながら、一緒にいるだろうCZの
メンバーが愛しいです。



Fin



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