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●Mentha candy |
からんころん。次はどの色。
「又、薄荷ですか」
缶をがらがら振った後に手の平に傾ければ、口からころんと飛び出したのは真っ白な色をした四角い固まり。
ふっくらとしたクッションに体重を預けつつ、それを仕方無さそうに口に放り込みながら、男――英円は不満そうに言った。
「うーん……薄荷の量が多いのかしら」
机と勉強道具一式を挟んだ向かいに座る撫子も、首を軽く傾ける。
イチゴ、オレンジ、メロンにレモン、そしてミルクとチョコレート。
一番最後の味は、1つの缶に数粒しか入っていないのは知っている。けれど、そのほかの味に関しては均等に入っているはずなのに、どうしてか連続で薄荷ばかりが表に飛び出てくるのだ。
「ぼく、イチゴ味が食べたいんですけど」
「口の中のが無くなったら、又あげるわ」
撫子の手には手の平サイズの四角い缶。色とりどりのドロップがその表面にはプリントされており、言わずともそれが話題の中心であった。
1つずつ個別に包装されているのであれば、望まぬものが出れば戻すことも出来る。が、缶の中には飴がむき出しで入っており、それを傾けて手の平にとるタイプのものだから、なんとなく元に戻すのが憚られる。
小さい頃はそんなことを気にする事もなく、良く缶の中身を全部出して、好きなのだけをつまんで食べては元に戻したものだ。結果、真っ白な薄荷ばかりが缶に残って、親に怒られたこともある。でも、仕方ないではないか。子供の舌に、薄荷は大人びすぎているのだから。
撫子の口にも一粒の薄荷。小さい頃のように、もう苦手だとは思わなくなった。
どちらかというと、人工的な甘味料で味付けされたほかのものよりも好きかもしれない。そう感じる自分に成長を見出してこっそり笑い、けれどチョコレートがやっぱり一番好きだわ、と思いなおした。
「それにしてもめずらしいですね。あなたがこーいうの持ってるの」
「クラスメイトにもらったのよ。なんでも付いてる応募シールが欲しいだけ、って」
「ああ、納得です」
撫子が菓子類を買わないとは言わないが、どうもこの缶ドロップとはイメージが結びつかない。確かに個別包装でない分ゴミが出ないという利点はあるが、他人に分けづらいことや、高温だと中で固まってくっついてしまうというデメリット、それに似たような味なら別に売っているということから撫子がこれを選ぶとは思いがたい。女性らしい好みをもたないこともないが、それよりも利便性を優先する性質であることを知っていたので。
「久しぶりに手に取ったけど、これは変わらないわね」
小さい頃の記憶そのままの、形に色。味。
外見も中身も全く変わった気がしない。色々と積み上げられた企業努力はあるに違いないが、撫子は甲高い音を立てて跳ねる中身を思って笑みを浮かべる。
舐め続けていると喉が渇くとか。
舐めすぎると舌が痛くなるとか。
級友に貰いでもしない限り、手に持つことはなかっただろう。缶の表面を見ながら、その表面と指の腹でする、と撫でる。
と、正面からがりごりと篭った音がして撫子は眉を顰めた。その音は、もう随分と見上げる格好になってしまった恋人の口から発生している。
「噛んだら意味ないじゃない」
「飴は舐めるものだって誰が決めたんです? 噛みたくなったんだから噛んだってぼくの勝手でしょう」
「早く次のが食べたいだけよね明らかに」
正確に言えば、次が食べたいのではなく単に違う味を引き当てたいというだけだろう。最早意地になっているのが見え見えの行動に呆れながら、撫子は缶の蓋をあけた。
「あんまり飴食べるのも、身体に良くないんじゃないかしら」
「ぼくの身体は央の素晴らしい料理によって健康的に保たれています。無駄な心配ですね」
噛み砕いて飲み込んだ後、口内を一通り舌でさらったあと円が手の平を向けてきた。撫子はがらがらと缶を回し、十分にシャッフルしてから缶を傾ける。
ころり。大きな手の平に転がった、不相応な小さい飴は。
「……わざとですか?」
「違う! 断じて、違うわ!」
大体細工しようがないじゃないと慌てる撫子を見ず、円は半ば呆然と手の平を見る。出してしまった以上食べるしかないが、それにしたって三連続で薄荷とはどんな呪いか。
「ちなみに撫子さん。あなたは今何味ですか?」
「わ、私も薄荷よ?」
「嘘をつくのは関心しませんね」
「嘘じゃないわ、だから本当に薄荷が多いのよきっと」
「なんですかそれ慰めですか」
「もう、拗ねないでよ」
顔を近付けてじ、とこちらを見る円に負けじと言い返す。二連続ならともかく、さすがに三連続で同じ味となると疑いたくも拗ねたくもなるだろう。だがそれで自分が何かをしたと疑われるのも心外だ。
「べーってしてください」
「え?」
「本当に薄荷かどうか、見せてくださいよ」
「い、いやよ口に入ってるものを見せるなんて」
拗ねるにも程がある。じり、と迫る円から交代し、それならばと彼の手にあった白いものへと手を伸ばす。
「いいわよ、じゃあそれ私が食べてあげるわ。あなたは新しいのを食べればいいじゃない」
その代わり、又薄荷が出ても知らないから、と、言った撫子の腕を円が押さえた。
「じゃあ見せなくていーです」
突然の動きに撫子の手から缶が落ちる。のを、円の開いた手が拾う。
そして缶を握ったままの手で撫子の背中を抱き寄せ、抑えた片腕と共に固定すると驚く撫子に構うことなく口付けた。
「――っ!?」
触れた、と思ったそばから柔らかくて温かなものが進入し、口内を蹂躙する。何、何、と混乱する思考が整理されるよりも早く、円の唇が撫子のものから離れた。
手の甲で口元を隠しながら、ば、っと距離をとる。絶句したまま睨みつけても、睨みつけられた方は思案顔でこちらを気にする様子もない。
「な、にするのよ!」
幾ら部屋でも、誰もいないといっても、こんな不意打ちは自分の望むところではない。しかも、確かに話は脱線していたが今は円の受験勉強中で、自分が得意なところを教えてあげていたところで。
「確かに、薄荷っぽいですけど」
ぺろりと舌先で自分の唇を舐める。その仕草を見て、撫子が余計に赤くなるのを確かめるように。
「僕のより、ずっと甘いです」
――やっぱりあなた、ずるしたでしょ。
(だれ、が)
どの口で、どの顔でそれを言うのか。
目の前の男が、先ほどの動きで床に落ちた飴を広い、ふ、と軽く息を吹きかけた後にぽいと口の中へ放る。ころころと歯に軽く当たる音が聞えて、それがなんだか今は憎たらしい。
にらみつけたままでいたら、唇の端がつ、と持ち上がる。
「ああ、そういえばこれ、あなたが食べてくれるんでしたっけ?」
前歯の間にまだ形の残る薄荷キャンディーを見せ付けるように挟み、円が猫のように笑う。もうあたなが食べてるでしょう、との常識的な反論など通じるはずがない。だが、むざむざ彼の思い通りになる気も更々無い。
「休憩にしましょう。お茶でも淹れなおしてくるわ」
質問に答えず、撫子が立ち上がる。捕まりそうになった手をかわしたのは経験による慣れが上手く働いた結果だ。
「飴なめてんですから、お茶なんて飲めるわけないでしょ」
「じゃあ噛めばいいしょう? さっきみたいに」
よほど悔しかったのか、子供の様な顔で言い捨てて階下へと消えた撫子を見送り、円が笑う。
机の上に、ドロップの缶。
試しに振ってみた結果出た色は、一番甘い味だった。
Fin
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Comment:
やたらと薄荷味多くなかったですか? というお話。
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