** Happy C×2 **
 ●あのね

 伝えたいことが沢山ある。
 この世界で一番最初に出会えたのが、あなたで良かったよと言うこと。
 自分の対が、やっぱりあなたで良かったと言うこと。
 さほど歳は変わらないのに、姉のように、この世界での母のように自分を見守り、叱り、助けてくれた人。

「明日なのね」

 長かった戦いに終止符が打たれ、復活した応龍の加護が徐々にではあるが確かに京を満たし始めた。
 時空の扉を開くまでに必要な気が満ちるのを待ち、そしてそれが可能になってから数日。元居た世界に帰ると、望美や譲が仲間に告げた日が明日に迫っていた。
 まるで独り言のように呟かれた言葉に、望美が声もなく頷く。日が天の中央を横切り、ただでさえ短い冬の日差しはあっという間に残り時間を少ないものへと変えていく。縁側に足を下ろして座る望美に、板間だというのに正座を崩さずに座する朔は、何かを考えているような、何も考えていないような面持ちで共にあった。

「寂しくなるわね」
「うん……そうだね」

 交わす言葉は、長く続かなくて。
 朔にとってみれば、約1年の月日。けれど、望美にとってみれば朔のそれよりも長い間、彼女や仲間達と接してきたのだ。寂しさの大きさは時間だけでは測れないけれど、過ごした時間が多ければ多いだけ、単純に離れがたさは増す。

「ちゃんと体調には気をつけるのよ? それから、大丈夫だとは思うけれど、貴方は無防備なところがあるから注意して」
「朔ってば、本当にお母さんみたいだよ」
「まあ」

 噴出した望美に、朔が小さく抗議の声をあげる。実際、朔にとってみれば望美は頼れる存在でもあり、しかし目が離せない存在でもあるのだ。
 譲や、共にあちらの世界へ行くことになった九郎がいるから大丈夫だとは思う。けれど、直接自分が彼女の様子を見ていられないという不安がどうしても付きまとう。

 

(違うわ)

 

 不安、なのではない。やはり、寂しいのだ。
 横に座っている対が、明日からはいない。いなくなってしまう。

 元々、この世界にいる存在ではないのはわかっている。けれど、それでも彼女はずっとこの1年共にいたのだ。それこそ、人生のうち最も密度が濃い時間を共にした。生死の狭間で、ともすれば目的を見誤りそうになった自分を正してくれた存在。それを失うことに、どうして平気でいられようか。

 庭を見つめる望美の横顔は、出会った時よりも格段に逞しくなった。眼差しに宿る生気は全く変わっていないけれど、深みが増した。それは、失ったものの重みなのだろう。
 いつでも前を向いて、こちらが心配になるほどに真正面から受け止めて、傷ついて。はらはらさせられて、頭にきて、だけど。

 愛しくて。


 

「ねえ望美」

 

 向けられる翡翠の眼差し。映る自分。

「私、貴方が対でよかったわ」

 自分を見つめる穏やかな笑みに、望美が言葉を失う。けれど朔は構わずに言葉を続けた。


「それと、貴方の対が私で、良かったって思う」


 黒龍と出会い、神子に選ばれ、想いを通わせて――失った。
 与えられた喪失は絶望するに容易く、だけどどうしても出会わなければ良かったとは思えなくて。
 そして黒龍の神子であったからこそ、白龍の神子である望美と出会えた。
 愛しい愛しい。大切な、自分の対。


「私はもう傍で、貴方を見守ることは出来ないけれど……」


 お願いだからどうか。

 

 

 

 

「幸せになって頂戴」

 

 

 

 

 傍にいられない。彼女を幸せにする力に自分はなれない。
 だからもう、祈るだけしか出来ないけれど。

「朔……」

 穏やかに微笑む朔に、望美の顔が逆に強張る。
 無理に笑おうとして、出来なくて、悔しくて、「ばか」と返して。

「もう! 絶対泣かないでお別れしようって思ってたのに!」

 癇癪を起こす望美をやはり朔が笑って見守る。最後の最後まで、結局こんな関係のままできてしまった。
 心地よくて楽しくて。明日という日が来ても、変わらないと信じて別れようと思っていたのに。

「あのね」

 伸ばした手で、朔の裾をつかむ。その手に、朔のそれが重なった。

「私だって、私の対が朔で良かったって思ってるよ」
「ふふ、ありがとう」
「朔がいてくれなかったらきっと、ここまで頑張れなかったと思う」
「そんなことないわ。貴方は一人でも立ち上がることを知っている人ですもの」

 頭を左右に振る。長い髪が揺れ、動作より一拍遅れてもとの位置に戻る。

「朔が心配しなくてすむように、絶対幸せになるから」
「ええ」
「だから、朔も幸せになって」

 重ねられた手を取り直してぎゅうと握る。零れそうになる涙を諦めて、まっすぐに対の瞳を覗き込んだ。


「この世界で誰よりも一番に幸せになって。じゃないと私も、幸せになれないから」

 

 瞬きで、涙が零れた。

 これでは、最後まで心配させてしまう。悔しくて俯いた望美の頭に零れてきた笑み。吐息のようなそれに、余計に涙腺が緩む。


 

「大好きだよ、朔」


 

 あなたに会えてよかった。
 握り締める強さでも、大好き、と言う言葉でさえも、この想いには全然足りない。それが悔しい。

「朔が辛い思いしてたら、何度だって時空を越えてくるよ」
「まあ」

 それじゃ私、幸せになっていいのかどうかわからないわとふざける朔に、ようやく望美が笑みを取り戻す。
 色々なことを思い出して、泣いて、笑って。いつでも胸にあった愛しさが切なくて、又泣いて。

 あのね、会えてよかった。
 大好きだよ。

 結局その言葉を繰り返すことしか出来なくて。
 世界そのものすらも対の存在であることが歯がゆくて。出会えたことの代償だと、思うことで堪える。

 

 

 

 

 

 許されるならどうか。
 この祈りがどうか、彼女に降り注ぐ光になるように。
 時空を越えて、彼女に届きますように。


 

 

 

 

 

「神子?」

 低い位置から自分を覗き込む存在に、朔が微笑を返す。なんでもないのよ、と答え、再び空を見上げた。
 ねえ、私の対。貴方は元気かしら。


 

 

「私は幸せよ?」


 

 

 

 

 

 

Fin

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Comment:

朔と望美の話が書きたかったのです。
お互いが凄く大切で、勿論恋愛感情ではないけれど、愛しさっていうのは
無限だろうな、と。




20081219UP





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