** Happy C×2 **
 ●拍手再掲

「もー! だめなんだってば。学校なの!」
 とある日の朝。
 望美が知盛と共に元の世界に戻って来て早半月。隣の有川家の世話になることになった知盛だが、元々知盛がこちらの世界に来た理由はただ一つ。
 世間体があるからと、せめて高校を卒業するまでは一緒に住むことは許せないという望美の両親らの反対でそうなったのだが、それは一応「従ってやっている」だけで、別に納得をしたわけではない。

「煩い……」
「うるさいって……。だったら聞き分けのないこと言わないでよ」
「俺は十分、聞き分けがいいつもりだが?」
「じゃあ、この腕を放して、よ」
「俺はお前の為に向こうの世界を捨ててきたんだ。おまえの顔を立てておまえの親の言うことを聞き、こうして大人しくしてるだろう? それ以上、何を望むと?」
「っ、ちょっ、ともも……っ!」

 襟に留めたネクタイのボタンを外され、同時にシャツの第一ボタンも気安く外される。抗議しようと名前を呼びかけた声は、解放された喉元に押し付けられた唇の柔らかさに奪われた。押しのけようにも、先ほど抗議したように望美の体は知盛に拘束されたままになっていて自由にならない。
 学校に行く前にちょっとだけ顔を見ようと思ったのがそもそもの間違いだったのか。しかし、今更悔やんでもまさに後悔でしかない。

「止めないと怒る、よっ!?」
「クッ、それは願ったり、だな。お前は怒っている時の表情も最高だ……」
「馬鹿!」

 囁きが喉元から僅かな湿気を帯びて耳に届く。それだけで、ぞくりと背筋が粟立つが、それを認めてしまえばこの事態から抜け出すことはまず不可能になる。知盛に触れられるのはこれが初めてではないが、一体いつになればこの指と声に慣れるのだろうと望美は思う。

「そのガッコウ、とやらはそんなに大切なのか?」

 攻めあげる行為を一旦止め、知盛が姿勢はそのままに望美に問う。自分はただ、唯一興味を持ったこの女の為にこの世界に来たのだ。が、実際来て見れば日の殆どをそのガッコウ、とやらに行くということで望美は姿を消す。暇つぶしにと将臣をと思えばどうやらこの男もそのガッコウに行かねばならないらしく、知盛にしてみれば的外れもいい所だった。

「大切、だよ」
「お前は俺に対して責任があるはずだ……。俺を生かしたのは望美、お前だろう? 俺を生に繋ぎ止めたお前が俺を置いてどこかへ行く……到底、解せないな」
「だからっ、今日が終われば週末だから待ってって」
「もう十分、待っただろう……俺はお前を放す気は、ないぜ?」

 この世界の理なぞ知らない。元々、従うつもりもない。
 惚れた女の為だからと柄にもなく我慢をしていたが、今日ばかりは我を徹させてもらう。知盛は頬を紅潮させ非難めいた眼差しを向ける望美にちらりと冷えた視線を送ると、その白い喉元に再び顔を埋める。

「だからっ!」
「幼馴染殿を呼ぶ、か? それでも別に構わんがな。お前が観客がいた方が興が乗るというなら、だが。俺自身は別に、どちらでも困らん」
「お前が困らなくても、俺が困んだよ」

 割り込んだ声に、チッと舌打ちをする。望美は天の助けとばかりに将臣くぅうんと名を呼び、それが益々知盛を不機嫌にさせた。
 知盛が緩慢な動作で身体を起こすと、対照的に望美がすばやく胸元を整える。将臣は半眼を伏せた状態で入り口のドアに体重を預け、大げさにため息をついた。

「あのなあ知盛。言っても無駄だろうけど一応言っておくぜ。ここはお前の世界とは違うんだ。プラス、ここは俺んち」
「だから、どうだと?」
「お前ら二人がどういう関係になろうが勝手だが、朝から人んちでサカるのはご遠慮頂きてえんだが」
「将臣君っ!」
「クッ……実に常識的なお答え、だな」
「知盛も!」
「俺でよかったな知盛。譲だったらお前、ソッコーで殴られてたぞ」
「もーいいから! 行こ、将臣君」

 掛け合いのような二人の会話に耐え切れず、望美が入り口付近においてあったスポーツバッグを拾い上げ、将臣の腕を取る。お預けを食らった形の知盛はすっかり興醒めした様子で長い前髪を邪魔臭そうにかき上げた。
 似たような色の着物を身に纏った二人は、知盛に背を向けて共に出かけていく。今日は確か他の日よりは早く帰ってくるらしいが、ヒマなことに変わりはない。さて、どうしたものか。

「知盛」

 短く名を呼ばれ、知盛は声に出して返事はせずに視線だけを望美に向ける。
 階段を下りる音が聞こえるあたり、将臣は先に玄関へと向かったのだろう。扉に片手をかけたまま、望美が肩越しに振り返る。先ほどの名残か、まだその頬と柔らかそうな耳朶は赤いままだ。

「今日の午後と、明日と明後日、は」




 全部あなたにあげるから、と。





「急いで帰ってくるから、大人しく待ってて」

 言い終わるのが早いか、扉が閉まるのが早いか。
 ぱたぱたと響く足音が終わり、玄関のドアが開いて閉まる音が聞こえ、暫く経った後に知盛が一人、くつくつと喉の奥で笑い声をあげた。


「それで、俺が満足するとでも……?」


 本当に可愛い神子殿だ、と。他に心惹かれるものがない自分が自分に向ける執着がどの程度のものか、まだあの清らかな神子姫は分かっていないらしい。それとも、分かっていて見くびられているのか。

「俺は、お前に飢(かつ)えてるんだ……まだまだ、こんなものじゃ足りないな……」

 数日を昼夜問わず共に過ごしたとしても、それは満たされることはない。
 あの神子だった女が、自分を知っている半分も自分は望美の事を知らない。足りるはずがない。

 惹かれたのはあの、穢れない眼差しと相反する欲深さ。自分をこの命ごと望んだその、強欲さ。
 見目の美しさより、魂の輝き。その源が何かと問えば、あなただと、この自分だと言い放つ。それがどれほどこの、空虚な心を震わせたかを多分一生かかっても望美は理解できないだろう。

「さて、どうしたものかな……」

 教えるのが先か、知るのが先か。
 その行為はどちらにしても同じことだと思いつつ、知盛は笑い続ける。ようやく出会えた興の乗る相手だ。手に入らないなら殺してしまいたいほどの相手が、幸いにも自分を望んでいる。ならば伝え合わない術はない。

 望美が帰ってきたのなら、きっと着替えてからと言うだろう。だが、どうせ脱いでしまうのなら同じことだ。そんな、無駄な手間の為に割いてやる時間などない。
 立ち上がり、窓越しに望美が去った道路を見下ろす。同じような服を身に纏った生徒がちらほらと行きかうのを見届け、知盛は望美が帰ってくるまでと再び眠りについた。








Fin


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Comments:

拍手再掲。知盛のデフォルトのエロには到底届きませんでし た。




20061215up





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