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●拍手再掲 ※弁望前提の九郎悲恋ですのでご注意を! |
「望美が弁慶と祝言をあげるそうだな」
耳に飛び込んできた内容に、ヒノエががっくりとうな垂れる。まさに不意打ちだ。
自分を訪ねてきたヒノエ――正確には熊野水軍の頭領として、だが――に対し、案内したと示された部屋に足を運んだ九郎はヒノエとの話が終わるや否や「そういえば」、と、前述の話題を口にした。
九郎にしてみれば共に戦った仲間でもあり、かつヒノエにしてみれば弁慶は同じ一族の叔父でもある。至極当然の話題だと口にしたわけなのだが、げんなりとしたヒノエにきょとりと目を丸くした。
「……」
「どうした? ヒノエ」
「ここにまできてその話題かよ……」
うな垂れたせいで乱れた長い前髪をうるさげにかきあげ、その隙間から九郎をねめつける。
睨まれた九郎はさらに瞬きをし、わからないと言ったように眉をひそめた。
「なんだ。めでたいことじゃないか」
「嫁にしようとしてた女が叔母になってどこがめでたいんだよ」
「ははっ! 弁慶にしてやられたな」
ようやく不機嫌の理由を悟った九郎が豪快に笑う。
女性とみれば見境なく口説くと思っていたヒノエも、どうやら望美にはそれなりに本気だったらしい。
九郎が笑うと益々苦虫を噛み潰したような顔で弁慶に対する悪態を続ける。
「昔からおいしいところはちゃっかり持ってくんだよあいつは」
だから嫌いなんだ、と、忌々しげにはき捨てたヒノエを見、諌めるように笑いながら九郎は続ける。
「まあ、そういうな。望美が幸せならいいじゃないか」
龍神の神子としてこの世界に訪れた少女。
最初こそ反発しあったものの、気がつけば仲間として誰よりも信頼の置ける相手になっていた。
その望美が、戦が終わってもこの世界に残るだけではなく、同じ仲間である弁慶と夫婦になるというのだ。
そりゃあヒノエにしてみれば、自分の嫁にと思っていたのかもしれないが、それはそうとしても望美がこの世界で幸せになり、それを共に見守っていける。
めでたくないわけがない。
穏やかに笑う九郎を見て、ヒノエが半眼を伏せて眼差しを送る。どうやら、ヒノエは同じ気持ちではないらしい。
「お前も笑ってる場合か?」
こめられた響きに、九郎の口元から笑みが消える。一瞬剣呑な雰囲気になりかけたが、言葉の意味自体がわからなくては言い合いのしようもない。
九郎は膝をくずしこちらを見るヒノエに、正面から言葉を返した。
「どういう意味だ? 兄弟子としては、あいつが幸せになるなら喜ばない訳がないじゃないか」
発した言葉にヒノエはうっすらと笑う。
「兄弟子、ね」
あまりに優等生すぎる回答に、ヒノエから戦意が消える。九郎がこういう人物だとはわかっていたが、望美と弁慶が祝言をあげるという段階になってまでも変わらないとはある意味尊敬に値するのかもしれない。
「ヒノエ?」
返答の止まったヒノエをいぶかしみ、九郎が伺う。
するとその呼びかけと同時にすくりと立ち上がり、ヒノエが踵を返した。
「自覚があるのとないのとじゃ、どっちが不幸なんだろうなって話さ。じゃあな、御曹司」
「何の話だ。おい、ヒノエ!」
背を向けた肩越しにひらりと手をふり、ヒノエは九郎を残して部屋をさる。
取り残された九郎は、訳がわからずにその場を動けずにいた。
『自覚があるのとないのとじゃ、どっちが不幸なんだろうなって話さ』
告げられた言葉を、反芻する。
「自覚……?」
弁慶と望美の祝言の話をしていて。
自分の嫁にしようとしていた想い人を取られたと、腹立たしく思っていたヒノエを諌めていて。
「何の自覚だ。望美は俺の妹弟子で」
つきり。
ふいに痛む胸を、無意識に押さえる。
そう、望美は自分にとって共に剣を学んだ妹弟子で。
つきん、つきん。
「……大事な、仲間」
――つきん
「…………」
脳裏に浮かぶ、望美の笑顔。
普段ならほほえましく思えるその笑顔が、なぜか今はこんなにも胸に重く圧し掛かる。
空間を彷徨うように九郎の視線が一巡し、押さえられた己の胸元を見て。
「……幸せなら、いいさ」
気付かないまま。
気付いてしまったのだと気付かないまま。
ヒノエが去った廊下越しに、空を眺める。
(――胸に固く堅めて)
Fin
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Comment:
拍手再掲。
くろたん好きのくせにこんな話を書いてみる。
我慢するくろたんも大好きです(弁望へのコメントは)。
20071101再掲
*Back*
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