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●拍手再掲 ※弁望前提の梶原兄妹話です。 |
(あの子が屋敷を出て行って、もう3日――)
麗らかな日差しの降り注ぐ縁側で、『あの子』の対である少女がぼうっと庭を眺めていた。
望美がこの世界に訪れてから、気付けばずっと共にいた。生身の人間相手では前線で戦えない以上、共にいられない時間も勿論あったけれど、気付けばいつも彼女が傍にいて、自分も彼女の傍にいた。
戦いが終われば帰ってしまうのだろうと思っていた自分の対は、けれどその戦いが終わった後もこの世界に残ることを選んで。
『あの人とね、一緒にいたいんだ』
凛と。
少女の恥じらいを残しつつも、女性として愛する人を想う強さを眼差しにこめて自分にそう告げた望美は、今までで一番美しく眩しかった。
共にいた時間の中で、自分と彼女が心からの友となったように望美と弁慶の間にも生まれたものがあり、それは彼女の元の世界を捨てさせるほど強い絆。
比較できるものではないかもしれない。けれど、友情とは違う、ひとつと決めた感情だからこそその為に望美はこの世界に残ったのだ。
その望美は数日前に祝言をあげ、この屋敷を出て行ってしまった。
勿論、夫婦になったのに別々にすむ方がおかしい。けれど、この世界での彼女の家は自分の屋敷だと無意識に思っていた朔にとっては大きすぎる亡失で。
望美の祝言を誰よりも祝っていたのは朔だった。同時に、誰よりも複雑な心境だったのも彼女だろう。
「……」
少し離れたところから、庭を眺める朔を見つめていた景時には、誰よりも妹の気持ちがわかる。
本当なら、朔も。
そして、彼女の親友をこの世界に引き止めたのは、他ならぬ彼女が自身の命よりも想った相手を滅した人物で。
「朔ー、朔ちゃーん」
何かを振り切るように明るい声をだし、景時は妹の名を呼ぶ。
呼ばれた方は整った眉根をひそめ、名を呼んだ兄を振り返った。
「何ですか兄上。気持ち悪い」
「ひどいな〜。いや、おいしいお菓子が手に入ったからさ、どうかなと思って」
落ち着きのある所作で腰を落とし、朔の視線の高さで手に持っていた包みを開く。
現れた細かい細工の施された菓子を見、同時に鼻に届く甘い香りに朔が驚きの声をあげた。
「唐菓子じゃない。どうしたの」
「ヒノエがね、持ってきてくれたんだよ」
誰に、とは言わなかったけれど、俺の為な訳ないでしょ、と景時が笑う。
朔は大きな手のひらに乗せられた、対照的な菓子をしばし見つめやがて口元をほころばせた。
「いただくわ。ありがとう、兄上」
「! うん、たくさん食べなさい。あと、別の方からも珍しいお菓子を頂いたから後で食べるといい。おいしいぞ。それから」
「ちょっと待って下さい兄上。そんなに食べたら太ってしまうわ」
立て続けに菓子を薦める景時に面食らい、朔が悲鳴をあげる。まったく、この兄ときたら加減というものを知らない。
「そ、そうか…ごめんよ」
「もう……」
自分の叱責にしょんぼりとうな垂れた兄を見ながら、本当に仕方のない人だと苦笑する。梶原家の当主で、仮にも源氏の戦奉行だというのに、思い切りが悪かったり洗濯が趣味だったりとどうにも頼りない。
けれど。
「心配しなくても大丈夫よ、兄上」
朔の言葉に景時の肩がびくりと跳ね上がる。ほら、こんなところも。
「えっ!? な、なんのことかな〜」
「どうせ望美がこの屋敷を出て行ってしまって、私が落ち込むとでも思ったのでしょう?」
言い当てられた景時はおろおろと視線をさまよわせる。その様を見て朔は再びため息をついた。
「お菓子を与えれば元気になると思って。いつまでも小さい子どもじゃありません」
「いや、別に俺は……」
「兄上のやることなんてお見通しです。まったくもう」
景時はしょんぼりと頭を垂れる。しまった、これでは何の意味もない。
ヒノエに頼んで珍しい菓子を手配してもらったものの、うまく活かしきれないあたり戦奉行も名ばかりだ。
両手に菓子を乗せたままうな垂れる兄を見、言い当てられたとしてもうまく取り繕うくらいの度量があれば又違うのにと辛辣なことを朔は思う。
「だいたい、兄上が望美を捕まえれば良かったのよ。そうすればずっと一緒にいられたのに」
「さ、朔っ!?」
「ああ、でもだめね兄上じゃ。頼り無くてあの子を任せることなんて出来ないし」
ざくざくと遠慮なく切りつける妹に絶句した景時は、泣きたい気分になりながらもせめてもの抵抗を口にする。すると返された言葉は予想外の。
「それは酷いんじゃないかな…おにいちゃんだってやる時はやるんだよ?」
「知ってるわ」
てっきり更なる追い討ちがくるとばかり思っていた景時は驚き、顔をあげる。
すると穏やかな笑顔で微笑んだ朔が、自分の手にのっていた唐菓子を自分の手へと引き受けていた。
「これ、頂きます。……ありがとう」
包み紙ごと膝に乗せ、朔は再び庭に視線を向ける。
景時はそれ以上言葉を続けることなく、最愛の妹の頭をやさしく撫でるとその場を去った。
思い出すのは、幼いころ。
母親に叱られ、家を飛び出した妹を迎えに行くのはいつだって自分の役目で。
『朔、朔。ほら』
柔らかな頬を赤く染め、べしょべしょに泣きじゃくる妹に優しく声をかける。大丈夫だよ、もう母上は怒ってなどいないから。
言いながら、泣きじゃくる朔に菓子を差し出す。そうするといつだって彼女は涙も忘れて瞳を輝かせたもので。
『家に戻って食べよう? 母上も心配する』
今よりは少なかった身長差をそれでも屈んで埋めて、小さな左手に菓子を、小さな右手には自分の左手を乗せた。
『ありがとう、あにうえ』
何のてらいもなく向けられた笑顔は、何よりも大切なもの。
今はもう、あの頃のようには笑えなくなってしまった妹だけれど。
「兄ってのも……難しいなあ」
かすかに零れた景時の言葉を拾うものは誰もいなかった。
Fin
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Comment:
拍手再掲。
梶原兄妹大好きです。
20071101再掲
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