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 ●拍手再掲 九郎×望美


 九郎がこちらの世界に残って、半年が過ぎた。
 最初の頃こそ、あらゆるものに驚き、周囲の視線を集めていたものだったが、半年と言う時間を経てやっと落ち着いてきた気がする。

「望美、あれはなんだ?」

 けれど、さすがにここは特別だったらしい。
 自分よりも一歩も二歩も先を歩き、九郎が興奮したような声をあげて指差したものを、望美は微笑みながら言葉にする。

「ジェットコースターですよ」

  じぇっとこーすたー、と、新しく耳にするものを反芻する癖は直らない。まるで小さな子どものようだと、慣れずに噴出しそうになるのを望美は必死で堪える。そんなことをしたが最後、九郎はへそを曲げてしまい、楽しいデートがおじゃんになってしまうのは明らかだ。

 望美たちが住む街から、電車で30分ほど出たところにその遊園地はあった。
 遊園地というには規模の小さなテーマパークだ。観光で訪れる人たちをターゲットにした、ちょっとしたアトラクションが5つ6つあるだけのそれ。しかし、九郎には十分すぎる驚きだったようで、感嘆した声を都度あげている。

「じゃああれは?」
「あれは……なんだろう。水上を移動するアトラクションみたいですね」
「船とは違うのか」
「船とは違います。ずいぶんちっちゃいでしょう?」

  この場所は、買い物も出来るし、近くに美味しい食事をとれる場所に困らないこともあって、譲や将臣もよく利用する。九郎とここに出かけるんだと何かのついでに言ったところ、この場所のジンクスを知っている将臣には散々からかわれたことを思い出し、望美の頬が赤く染まった。

「望美、あれに乗ってみたいが、いいか」

  九郎の言葉に我に代えれば、彼が指差したものは、まさに今望美が思い出していたものだった。

「いいです、よ」

 自分の声がちょっとひっくり帰ったのを自覚したが、幸い九郎は気が付いていないようだった。
 1周15分の観覧車。待ち時間、下手すると1時間以上。
 けれどまだ時間が昼間だということもあり、それほど並ばずに乗れそうだ。望美は九郎と共に観覧車のふもとまで歩き、入り口へと続く階段を上り始める。



『なんだ、お前もあんな噂信じてるのか』



  将臣に言われた言葉。





(べっ、別に、それが目的で来たわけじゃ)





 意外に可愛いことするよな、と、半分以上揶揄の響きで言葉を発した人物をじろりと睨みつけたものの、赤くなった頬では迫力は無いという自覚もあったから、悔しいことこの上ない。
 高校生どころか、地元に人だったら誰だって知ってる。
 というか、別にここの観覧車だからって訳でもなく。

「何名様ですか?」
「ああ、二人だ」

 いいながら、九郎がチケットを係員に渡す。その後、こちらへどうぞと小さなエリアに案内され、気が付けば。


「はい、笑顔でお願いします」



  ――パシャッ



  びっくりする間もなく、元の列に戻される。先ほどまで自分たちが居た場所には、後ろに居た別のカップルが並んで同じように写真を取られていた。

「こんなのもあったんだ……」
「な、なんだ今のは?」

 自分もびっくりしたが、望美は九郎へ説明をする。こういう場所では、たまにこういうことがあること。記念写真を撮って、あとで販売することがあると説明すると、九郎は感心したようにカメラを構えている係員の背中を見つめていた。

「そうか、気が利くのだな」
「気が利くというか……商売上手というか」

  望美としては、自分たちの楽しい気持ちを上手くお金儲けに利用されているようで、ちょっと悔しかったりもするのだ。確かに、需要と供給と言うバランスを考えれば上手い商売だなあと思うのだけれど。
 ふと、周りを見渡せば、自分たちのような男女の組み合わせが多いことに気付き、今更ながら恥ずかしくなる。
 九郎と、所謂そういう関係になったという認識はあったのだけれど、改めてそうなんだなあと思うと殊更に恥ずかしくなってくる。





(九郎さんは……何とも思わないのかな)





 ちらりと伺えば、九郎の眼差しは天空を回るゴンドラに注がれている。人を入れた小さな鉄の箱が、くるくると宙を周るのが不思議で仕方ないのだろう。その興奮に比べたら、カップルが多いだの何だのと言った問題は、九郎の目に入っていないらしい。
 助かるような、悔しいような。




(まあ、九郎さんとそういう雰囲気になるっていうのは、想像できないけどね)





 例え、二人きりで観覧車に乗ったとしても。
 九郎は窓から見える景色に夢中になるだろう。いや、もしかしたらあの独特の空間にパニックになるかもしれない。
 どちらにしても色気とは縁遠い反応に違いない。そう思って、望美はこっそりと笑った。

 水色のゴンドラに乗り込み、ゆっくりと景色が変わっていく。
 九郎は予想通り、窓からの景色に感心しきりだ。子どものように窓際に張り付くようなことはしないまでも、視線は窓の外に固定されたままだ。パニックにならないあたりは、さすがと言おうか。


「こちらの世界は、本当に凄いものだな」


  響きが引っかかり、改めて九郎の眼差しを見ればその瞳は遠く彼方を見ている。すぐそこにある海を見ているようで、別の世界を。彼の、世界を。

「九郎さん達が、作ってくれた世界です。世界は違うけれど、その時代の人たちがいたから、今の私たちが、この世界があるんです」

  望美の言葉を、九郎は黙って聞いている。窓の外を見つめる眼差しには、ただ懐かしさだけが映っているのを見て、望美は若干の切なさを覚えつつも安堵した。

 ゴンドラは空に昇る。地上がどんどんと小さいものになっていく。
 そして天辺まで昇りつめて――。





 ふと影が落ちる。
 見上げた先。見えた瞳。
 閉じられた先の睫。










(あ――――)











 触れた、熱。

















 どうしてそれを知ってるの? の疑問は、一瞬で掻き消えた。
 短かったような、長かったような口付けを終えたあと、九郎がふい、と窓の外へ視線を戻す。
 こちらに向く形となった耳朶が赤いのが分かって、きっとそれは、夕日のせいなんかじゃなくて。


「……じっと見るな!」


  望美の視線に耐えかねた九郎が短く声を出し、つられて望美が笑う。
 地上へ近付くに連れ、自分たちの距離も近付いた気がする。クリアしたジンクスの効力をすぐさま期待するほど子どもでもないけれど、弾んでしまう気持ちは抑え切れなくて。

「知ってたんですか?」
「別に……っ、将臣に言われたからじゃないぞ! 俺が、そうしたかったからだ」

 どちらのほうが恥ずかしいのが分からない台詞を言う九郎に望美が噴出し、九郎が更に不機嫌になる。
 帰ったときに将臣がどんな顔で出迎えるのかと思うと、悔しく思わないでもない。だけどこんなにも幸せだから。


「ねえ九郎さん」


  どうせだから、さっきの写真を買って帰りましょう、と。
 言った言葉に笑顔が帰ってきたから、ああ、今の瞬間を撮りたかったな、と欲張りにも思ってしまった。

 


Fin



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Comment:

拍手再掲。
お約束ですみません。

初出:20080610
再掲:20090213


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