** Happy C×2 **
 ●玉ひとつ


「だって心配しなかったでしょ?」
 そう言って朗らかに笑う望美に、確かに自分は苦笑するしかなくて。
 天界へと連れ去られ、ひと悶着の末にようやく自分達のあるべき時空へと戻るその前。自分たちを天界へと攫った北斗星君とその弟である南斗星君が、揃って宴を催してくれる流れとなった。
 一刻でも早くもとの世界へ戻りたいという気持ちもあったが、急いで戻ったとてあの夜から一晩も経っていないといわれてしまえば急ぐことにそれほどの意味もないだろう。
 宴で盛り上がる最中、捕らわれの身となっていた望美にヒノエが様子を伺えば先ほどの台詞だ。
 天界ならではとでも言うべきか、美しく咲き誇る花々に、見たことがないような茶菓子。かぐわしい香りを放つ茶。
 戦いの疲れと、それから解放されたという気分も手伝って、歴代の神子や八葉は皆それぞれに楽しんでいる。そんな中、同じように笑顔を浮かべた自分の神子へと近寄り、ヒノエは与えられた返事にゆるく頬をあげた。
「まあ、オレの神子姫様に限って黙って捕らえられてるなんてことは無いと信じてたけどさ」
「逆にそれが心配?」
「御名答」
 もう、と、小さく振り上げられた拳を軽く交わしながら、その手を取って自らへ引き寄せる。
 とん、と軽く預けられる体重は、自分にとっての存在と反比例するかのように軽い。そう、普段の立ち振る舞いで忘れてしまいそうになるが、望美はやはり年相応の少女で、それ以上でも以下でもないのだ。
 誘われた記憶はないのに、気付けば宴の輪から少し離れた木陰へと移動していた。いつの間に、と、驚くとともに不意に背に回された腕に、その力に、望美の心拍が跳ね上がる。
 ヒノエくん? と名を呼べば、答えの代わりとでも言うようにその力が増した。
「心配、したんだぜ?」
 信頼はしている。望美の力量も、その判断力も。
 けれど八葉と神子の関係ではなく、単純に守りたいと思った彼女が捕らわれていると知った瞬間――確かにこの身が凍ったのだ。
 信じていても、大丈夫だと思っても。理屈と感情は別物で。
 他の者のようにそれを表に出しはしなかった。むしろ、感情ばかり先走る八葉に対し、もっと余裕を持てともたしなめた。
 けれどその内心で。誰よりも早く自らの神子に会いたいと願っていたのは、それでも己だと言い切る自信はある。
「望美はそこいらの野郎よりも腕は立つし度胸もある。けれど、惚れた女が正体もわからねえヤツに捕らえられたとあって、心配しない男なんかいねえよ」
 語尾の掠れに驚いて望美が顔をあげれば、その眼差しに浮かんだ色を見て更に胸が詰まる。
 いつも自信に満ちている緋色が、不安げに揺れて。そこに映っているのは間違いなく自分で、だから、そうさせているのはやっぱり自分自身で。
「……ごめん」
「姫君が謝ることじゃないよ」
「うん、でも……心配かけてごめんね」
 続けて謝る望美にヒノエが苦笑し、その額に唇を寄せる。瞬間、望美の顔が朱に染まると同時に跳ね起きるようにヒノエの腕から離れた。
「ひ、ヒノエくんっ!」
「ご容赦を。神子姫様」
 悪い、とは微塵とも思っていない表情でそう口にするヒノエを望美は睨む。ヒノエは微妙に距離をとったままの望美に腕を伸ばすと、長い髪の先を一房取り、指先に絡めた。
「歴代の神子姫にも謁見が叶った訳だが……龍神の神子と一口に言っても大分違うようだね」
 先代の神子と先々代の神子。紡がれてきた伝説とも言える歴史の中にいた人物と直にまみえる機会など、本来ならばなかったであろう。
 どちらの神子もあの京ではない、望美が暮らしていたという世界からやってきたと言う。異界から招かれた神子は一様に似たような雰囲気を纏い、けれどやはり個々に違っていた。
「うん。でも二人とも私と同じ世界から来たんだって知って、なんだか心強かったよ」
「剣を取って戦ってるのは流石に望美だけだったみたいだけどね」
「飛ばされた時代が時代だし、仕方ないよ」
そういって笑うけれど、そうでないことは彼女自身もそしてヒノエも知っている。
 例えどの時代でも。きっと望美ならば自ら一人が守られることを良しとしないだろう。恐らく他の神子も同じであろうが、彼女の場合それが「剣を取る」ということ。
 凛、と前を向く瞳に。
 長い髪をなびかせて、引くことを知らない歩みに。
 驚かされて、興味を持って――惹きつけられて。
「えっと……ヒノエくん」
「なんだい?」
 いつまでも自分の髪を放そうとしないヒノエに流石に恥ずかしさが増し、しかし直接「放して」というのも躊躇われて言葉が止まる。ヒノエはそんな望美の反応を楽しむように、指に絡めた一房に唇を寄せた。
 言葉を失ったように固く引き締められた唇を、一層朱ののった頬を満足そうに見つめ、ヒノエがようやく望美の髪を解放する。ほら、こんな姿はどこにでもいるたおやかな姫君と変わらないというのに。
 どうしてこんなにもこの少女は、自分を惹きつけてやまないのだろう。様々な花を美しいと、愛しいと思いつつも手に入れたいと願うのはたった1輪。それが手に入るのなら、いかに素晴らしいと評される他の花があろうと、自分にとってはわずかな価値もない。
 それを若さゆえ、と評じた歴代の八葉もいたが、事望美に関しての他人の評価などどうでもいい。この自分が全てをかけて手に入れたいと思う女など、1人もいれば十分だ。
「まあ、おいおいね」
「?」
 どれほどの執着を向けられているのか理解していない少女は、不思議そうな顔で自分を見返してくる。頼むからそんな無防備な顔を他の男に見せないで欲しいと願いつつ、彼女にとってはまだ、自分も無防備でいられる男でしかないことに若干の落胆も覚え。
「さて、折角の機会だしね。先代の方々の話でも聞くとするか」
「あれ? ヒノエくんはてっきりあかねちゃんや花梨ちゃんのところに行くかと思ってたよ」
 さらに続けられた言葉に、ヒノエは自らの態度を改めるべきかと頭を悩ませた。











Fin


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Comment:

夢浮橋ヒノ望。
皆さんが仰っているように、キャラを際立たせる必要性も相まって
ひどく八葉にほっとかれる神子になってしまった望美さんですが、でもみんな
内心では心配してたんだぜ! な展開希望。

特にヒノエは余裕かましてたくせに、一番あせってたらいいなあとか。とか。

20090405up


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