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● 腕(かいな)のぬくもり |
寝ている時に、拘束されるのが苦手だったらしい。
小さい頃、父親が望美に昼寝をさせるべく縁側にタオルを引き、その上に幼い娘を寝かせて一定のリズムで頭を撫でる。最初は眠くないと頑なに反抗する望美も、髪を撫でられる心地よさと慣れ親しんだ父親の匂い、それに、ぽかぽかと誘いをかける陽の光に負けを認めて瞼を閉じる。
そしてそれは望美の父親も同じようで、望美が先かどうかも微妙なタイミングで共に眠りに落ちることが多かった。
大抵、眠りに落ちた父親の腕が望美を包むように回され、それは見た目にも大変微笑ましいものであったのだが。
『望美はいつも寝返りをうって、お父さんの腕から逃げ出してたのよ?』
望美の母はそういって笑った。そして、その度に父である存在が落ち込んでいたと。
そんなことを言われても、記憶になんかないと反論したのは中学にあがったころだったろうか。その時も確か、なにも予定がない週末でヒマを持て余し、うっかり父親共々縁側で昼寝をしていた時だったと思う。さすがに父に頭を撫でてはもらわなかったけれど。
夜中に目が覚めた。
別に、何かあったわけでもなく、ふ、と。そして隣には規則正しく寝息を立てるヒノエの姿があって、望美は一人、小さく笑った。
寝顔を見るのは実は初めてで。たまに自分の方が早く目覚めたと思った朝でも、隣で寝ていると思ったヒノエが狸寝入りでなかったことはない。それが悔しくもあったのだけれど。
だから、この珍しすぎる機会を逃すまいと、望美は静かに体勢を変える。そうしたら、こつりとつま先がヒノエの脛にあたり、しまったと思うと同時にヒノエが小さく身じろぎをした。
「望美……どうか、したのか?」
眠そうに、うっすらと開かれた朱色の眼差しはとろんとしている。
それは普段の彼からは到底考えられない表情で、望美は自分のせいで起こしてしまったことも忘れて一瞬頬が緩みかけ、慌てて整えた。
「ううん、なんでもないよ。起こしちゃってごめんね」
小さな声でそう謝ると、ヒノエの腕がのっそりと持ち上げられ、望美の身体を包む。意識してなのか無意識なのか、背中の後ろに回されたヒノエの指は感触を楽しむように2、3度望美の髪を絡め、ぱたりと力を失った。
けれど。
「何かあったら、言えよ……」
眠りに落ちる寸前に、残された言葉。
目を丸くして声の主を見えれば、自分をしっかり抱えたまますーすーと穏やかな寝息を立てている。
『何かあったら』
(何か、って、何?)
例えば、敵襲があればヒノエの方が気配に敏い。
それ以外にも異常な事態になれば、やはりヒノエの方が先に気付くだろう。
だから、つまりそれの指す意味は自分に関することでしかなくて。
「やだ……」
勝手に緩む頬が止まらない。望美はもぞもぞと意味もなく身じろぎし、してからヒノエが起きてしまうと気付いて止めた。
回された腕が重い。意識を失った人の身体は、たとえ腕一本でも結構な重さで望美に預けられる。さて、どうしたものかと思ったけれど。
(このままでも……いいかな)
預けられた腕が嬉しいなんて、恥ずかしくて言えないけれど。
寝てからも守ってくれているようで嬉しいなんて、やっぱり言えないけれど。
くすくすと小さく笑いながら瞼を閉じる。鼻先に届くのは父親の香りではなく、ただ一人ついて行こうと決めた男の香り。
そして翌朝望美は髪を撫でられる感触で目を覚ます。くるり、さらり。くるり、さらり。絡めては逃がし、逃がしては絡めて。楽しそうにそれを繰り返すヒノエに、眠そうな顔で望美は尋ねる。自分はずっとあのままだったのかと。
するとヒノエは意味がわからないと言ったように瞬きをしてから、おまえを抱きしめずに目覚めたことなど一度もないと言う。だから望美は赤面して。
「望美?」
どうした、と、問うヒノエに本当のことなど絶対に教えない。教えたら最後、やはりお前は自分に惚れているのだと嬉しげに言うだけだろう。だから、それだけは絶対にさせない。
これ以上、負けてなんかやらない。
「なんでもない。おはよう、ヒノエくん」
「おはよう姫君。今日も可愛いね」
出来ればあとで、その赤い頬の理由を教えてほしいけど、と、含むように笑ったヒノエに望美は舌を出して笑い返す。そして布団の中にもぐり、ヒノエのはだけた襟元に冷えた頬を押し付けてヒノエに悲鳴を上げさせることに成功した。
Fin
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Comments:
実際は重たくて逃げると思いますが。
え、それは愛が足りないせいですかそうですか。
20050518up
*Back*
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