** Happy C×2 **
 ● 兆し

「九郎さん、って、偉い人だったんですね……」
「は?」
 突然の発言に、九郎がその内容を否定するかのような声で返事をする。傍で会話を聞いていた弁慶は外套の下で小さく吹き出し、譲は呆れたような眼差しで発言した望美を見る。
 そういえば、初めて彼らと合流した時も望美は九郎義経の名前を知らなかった。譲の常識で言えば小学生ですら知っている程有名なそれを知らない彼女に、その人物がどの程度の位かをわかれというほうが難しいのかもしれないが。

「突然ですね。どうしました?」
「いえ、今日のことを思い出して……」
「ああ、神泉苑でのことですか?」

 望美が首肯する。さすがの望美も、物怖じしないとは言え法皇という立場のものがどの程度の権力を持つのかわからない程阿呆ではない。その法皇とそれなりの距離に座を設け、直接言葉を交わすことの出来る九郎を見て、前述のような感想を持った次第なのだが。

 弁慶はそんな望美を実に望美らしい、と微笑ましく見る。まあ、九郎自体が位というものをあまり意識させないような人物であるのも一つの原因ではあるが、素直に一人の人間として無意識に向き合えるのは天賦のものだと思う。それが時として危機に直結することもあるから、その辺りは自分が気をつけなければならないのだが。
 言われた九郎は、一瞬絶句しつつ次の瞬間には眉間に皺を寄せて呆れたように息をついた。

「別に俺が偉いわけじゃない。兄上の名代という立場がそれなりというだけだ」
「でも、その名代になれる九郎さんって、すごいんじゃないんですか?」
「たまたまこの軍を任されていたのが俺だというだけだ。場合によっては、景時だって名代に立つ」
「じゃあ、やっぱり凄いですよ」
「いや、だから」
「クッ」
「弁慶!」

 二人のやり取りを聞いていた弁慶が、耐え切れず吹き出す。憮然とする九郎に、すみません、と言いながら笑いの収まらない弁慶は決して反省などはしていないだろう。望美の方はといえば、何故弁慶が吹き出したのかがわからずきょとりとし、答えを求めて譲を見る。が、譲も苦笑しただけで特別何かを発したりはしなかった。

「じゃあ、僕はそろそろ薬草でも仕込んでこようかな」
「あ、じゃあ俺も夕飯の準備を始めます」
「お前たち!」

 その場を逃げるようにわざとらしく用事を作る二人を非難するが、九郎のその声は二人の背中に弾かれる様に空しく響くだけ。もっとゆっくりすればいいのに、と、ぼやく望美だけがこの場でのんびりとしたものだった。
 九郎はしばし二人が立ち去った方向を見ていたが、やがて諦めたようにため息を一つつくと、円座に座る。そして少し離れた位置に座っていた望美を見ると、おまえはどうなんだ、と口にした。

「え?」
「えらいえらくないで言えば、お前の方が凄いだろう。なんたって、『龍神の神子』なんだからな。
 その上、本当に雨まで降らせた……お前は一体、どれほどの力を秘めているんだろうな」
「凄いのは、私じゃなくて白龍だよ」
「その白龍に認めてもらったのはお前だろう」

 似たような会話をつい先ほどしたような気がして、顔を合わせると同時に笑い出す。一通り声を立てて笑うと、お互いの視線の先にはそれぞれ自分が映っていて。

「どうして、お前が神子なんだろうな」
「それって、私が神子らしくないって事?」
「馬鹿。誰もそんなことは言っていないだろう。そうじゃなくて」

 九郎さん? と、呼びかけたが返事はない。九郎は目を細めて望美を見、それから眼差しを閉じる。


「これでも、感謝しているんだ。お前が神子であったことに」


 神子、と呼ばれるものが過去そうであったように、けれど自分たちの時代に遣わされた神子は守られることを良しとしない。
 無論、そのことでせずとも良かったであろう心労を背負うこともある。けれど、九郎にとっては、背中を預けて戦うことが出来る戦友ともいえる神子の存在が、ひどく心の支えになっていて。

「九郎さん?」
「本当に……どうして、おまえなんだろうな。けれど、おまえだから俺は共に戦うことが出来るような気がする」

 無鉄砲で遠慮がなくて意地っ張りで。
 涙もろく、情に流されやすく、けれど決して弱くなどない。
 そんな彼女だからこそ。





(だから、こそ――――?)






 問いかけに対する答えが見つからず、空白になった脳内を埋めるように目の前の望美に視線を戻す。
 途端、何故か身体中の熱が一気に顔に集中したのが自分でも分かり、九郎は慌てて顔を背けた。

「九郎さん? どうし」
「馬鹿! こっちを見るな!」
「ちょっ、ひどい! 九郎さんが勝手に見て勝手に視線外したくせに、なんで私が見るのはダメなんですか!」
「いいから!」

 ぎゃあぎゃあと追い立てる望美を片方の手で追いやりながら、もう片方の手で隠しきれずとも赤くなった顔を覆う。



 望美の発する、全ての言葉にいちいち自分が反応する理由。
 適当にやり過ごせばいいものを、そうは出来ずに正面から受け止めてしまう理由。









 気付きかけた『何か』。















「先輩、この野菜――って、まだやっていたんですか二人とも」


 呆れたような声に、九郎と望美が互いに相手を指差し、「こいつが!」「九郎さんが!」と同時に言葉を発する。
 その様子に譲が呆れた後に吹き出し、九郎と望美は憮然と相手をにらみつけた。



 どうして自分のせいなのか、の反論すら重なった二人に譲が今度こそ絶句し、仲がいいのも良いですが、ケンカになる前で止めておいて下さいねの一言を残して去る。
 互いに言葉が続かず、同じタイミングでふい、と背を向けて逆方向に歩き出した二人の姿を見るものがあれば、一体どこまで似たもの同士なのかと笑うだろう。


 数歩進んだところで足を止め、九郎が背後を振り返る。
 長い髪を背で揺らして去る少女の後姿を見つめ、双眸を細める。先ほど胸をかすめた感情に、今はまだ気付くことが出来ないと蓋をするように。



 そうすることは、もう気付いていることだとは気付かずに。













Fin

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Comment:

久しぶりの九望。
ケンカップル大好き。


20070425up




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