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● 向かう未来に愛のうたを |
確か中学のときに聞いていた歌だったように思う。
その頃大好きだった2人組のユニットで、決して新しくは無いけれども古臭くはならないメロディが好きで、何よりそこに乗る歌詞が大好きで。
「ご機嫌ですね」
洗濯物を干していた望美の背中に、聞き慣れた声がかけられる。
どうやら自分は声に出して歌っていたらしい。あんまりにも天気が良かったものだから、洗濯物がよく乾きそうだな、とか、ちょっと遠出をしてみようか、といったプラスの気持ちが自動変換されて歌を口ずさむという行動になっていたのだが、当の本人は気付かず、背後から弁慶に声をかけられて初めて気付き赤面した。
「やだ、私歌ってました?」
自分では頭の中だけで歌っていたつもりだったのだ。
恥ずかしそうに聞いてきた望美の手から、洗濯物をとって代わりに干しながら弁慶は微笑む。
「ええ。とても可愛らしいお声でした」
ぱん、と、布地の端と端を引っ張って皺を伸ばす様は、自分よりもよっぽど手馴れていて、望美はありがとうございますと礼を言い、空になった籠を持ち上げようとしてそれも弁慶に奪われた。
「望美さんの世界の歌ですか?」
「はい。こっちの歌とは全然違いますよね。うーん、なんていうのかな、童謡……童歌?の大人版というか」
「無理に説明して下さらなくても大丈夫ですよ」
似てるとはいっても、こちらの世界とあちらの世界では隔たりがある。
常識といったものの他に、望美の世界ではあったものがこちらではなかったり、その逆があったり。だから、説明しようにも難しくて度々望美が唸る姿を弁慶は可哀想だと思ったのだろう。
二人は縁側まで戻り、どちらからともなく腰を下ろす。そして並んだまま空を見たり、庭に植えてある植物を眺めたり。ああ、なんて穏やかな。
「さっきの歌を歌っている人たちの曲が、大好きだったんです」
恋の歌が多かったように思う。純粋な恋人同士の歌もあり、片想いに悩む歌もあり。
自分より倍くらい年齢の違う女性が書く歌詞に、だけどとても共感して。
まだ、その頃は恋を知らなかった。憧れていただけだったけれど、それでも書かれていた歌詞が切なくて、言葉が切なくて。それは、恋を知った今でも陳腐化することなく寧ろその逆で。
隣にいる人を見る。自分の、大切で大好きな人。
「好きな人と一緒にいられて幸せだよって歌とか、今は違う人が好きなあなたでも好き、って歌とか」
「恋の歌、ですか」
「そうです。すごいドラマチック……う、え、と」
ドラマチックはなんて言ったらいいんだろうと望美は頭を抱え、弁慶は穏やかな笑みを湛えながら大人しく望美が何かを言うのを待っている。望美は日本人でありながら、随分外国の言葉が氾濫していたんだなと今更ながら痛切に実感していた。こんなことなら、普段から日本語を意識して話してれば良かった。まさに後悔、ではあるけれども。
「えーと、劇的、かな?そんな歌もあってですね。生まれ変わっても、とか。それでも一緒にいたいって……そこまで想えるって凄いなあって思ってたんです」
だけど、自分は生まれ変わるどころか、時空を超えてこの世界に来た。これ以上劇的、なことがあるかと言えば早々ない。それどころか運命の上書きまでしているのだ。
「あの時は驚きました……君に、本当に先読みの力があるのかと」
「結構注意してたんですよ?変に口走ったら、その後の運命が変わってしまうから」
「君にばかり、負担をかける結果になってしまいましたね。すみません」
「いいんです、もう」
今が幸せなら。
今、こうして二人でいられるなら。
『この先もずっと、一緒に』
いられたらいいねと願う気持ちで、 好き を伝える。
そう歌った彼女は一体、どんな恋をしていたのだろうか。
「そういう意味では、僕は卑怯ですから」
弁慶が言い出した卑怯、と言う単語の指す意味が分からず、きょとりと望美がそれを発した男を見る。
相変わらずの笑みを湛えたまま、弁慶は口にする。
「想い人が居て、彼女が幸せであればいいとは思えません」
「え?」
「傍で、幸せになって欲しいと願ってしまいます」
あの時は、自分が犠牲になればいいと思った。自らが犯した罪を思えば、それが当然で受け入れるべき罰だと。
けれどそうなった自分とは違う未来を紡ぐことが出来た今、自分をこの世に繋ぎとめた彼女をどうして手放せようか。きっと自分は、あらゆる謀りごとを駆使してでも彼女を――望美を傍にと願ってしまう。
「君が時空を超えてまで僕の為にしてくれたことを思えば、それだけで十分なんでしょうが……僕は欲深いですね」
「弁慶さん……」
「けれどもう、君のいない暮らしなど考えられないのです」
(あれ――?)
「望美、さん?」
どうしました、と、珍しく慌てた弁慶の声を聞いて、初めて望美は自分が泣いていることに気付いた。
気付いて、けれど自覚してしまったら止まらなくなった。溢れる涙はぱたぱたと頬から零れ、着物の膝に染みをつくる。
『この先もずっと、一緒に』
いられたら
『いいね』
それは願いで。
響くメロディと声に、望美の胸は痛むばかり。
ああ、そうなんだ。
ずっと両想いだと、幸せな歌だと思っていたあの曲は、そうではなくてむしろ願わずにはいられないから歌った歌なんだ。
(弁慶さんがいなかったら、私)
「いやです」
「弁慶さんがいてくれなかったら、私いやです」
ずっと傍にいたい。一生一緒に生きていきたい。
そう言葉にするのは願いでしかなくて、確約なんてなくて。
そうなったら幸せ。じゃあ、そうならなかったら、と考えたら、考えただけでこんなにも苦しい。
はたはたと涙が零れ落ちて止まらない。胸の奥がぎゅうぎゅうして苦しい。
弁慶だって自分と共にいることを望んでくれて、言葉にしてくれたのに。今はこんなにも幸せなのに。いつからこんな。
望美は手の甲で涙を拭い、赤くなった目で弁慶を見る。
「私も欲張りです。今がこんなに幸せなのに、これからも幸せじゃなきゃ嫌なんです」
一人でなんて幸せになれないというのは、多分嘘。
目の前の人でなくては幸せになれないというのも、多分嘘で。
(それでも)
今思える一番の幸せを死ぬほど願わずにはいられない程に好きになった相手と、永遠を望むことが子どもだというのなら、大人になんてなりたいと思わない。
「そんなに泣かないでください」
言って、弁慶は望美の頬を包むように涙を拭う。拭いながら、この涙の理由を考えれば自分の胸も熱くて。
ぐすぐすと鼻を鳴らす望美に困ったように笑いかけながら、本当に困ったと心の中で嘆息する。
「望美さんは泣き虫ですね」
「そんなことなかったんですよ?」
心外だと言わんばかりに、眦を強くさせ望美が弁慶を恨めしそうに見る。
「弁慶さんを好きになってから、泣き虫になりました」
望美の言葉に又しても動揺し、頬を包んでいた力が抜ける。当の望美はそれを特段気にした風もなく、ただ、「どうしてだろ」と、呟きながら弁慶の手からするりと逃げた。
「……また……君は、そんなことを」
「?」
「いえ、いいです。君が僕に負けていると思ってくださっているうちが花だと思いましょう」
「え?何ですか?」
「なんでもありませんよ」
にこり。弁慶が笑って「さて」と腰を上げる。
「午前中の仕事も終わりましたし、久しぶりに二人でゆっくりしましょうか」
「いいんですかっ?」
「ええ。最近忙しくてあまりかまってあげられませんでしたし。どこか行きたいところはありますか?」
途端、ぱあと笑顔を咲かせる望美に弁慶が笑う。望美はその笑顔の理由に少し頬を赤らめたが、それよりも弁慶との久方ぶりの時間が嬉しい。指先で拭いそびれた涙の残りを拭うと、弁慶のあとを追うように立ち上がる。
「あ、じゃあ裏の戸を閉めてきますね!」
「急がなくていいですよ。まだ、陽も昇りきっていませんし」
「だめです勿体ないです」
言うが早いか、たす、と草履を脱いで縁側に駆け上がり、一目に炊事場の方へと向かう望美の背中を見送り、弁慶は目を細める。本当に、彼女がこの世界を救った龍神の神子だったのか、共に旅をした自分すら忘れそうになるほど無邪気な様がとても心地よい。
そして屋敷の奥から聞こえてきた歌声に、弁慶は堪え切れず小さく噴き出した。
Fin
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Comments:
朝、愛しのipod(mini。ブルーでございます)でドリの歌を聴きながら思ったこと。
どの曲かは内緒。でもって歌詞も全然違いますので探してもありません。
この人とでないと幸せになれない、って言うのは嘘だと片瀬も思います。
ただ、幸せになれないと思えることに恋愛の価値というか醍醐味があるんだろうなあと他人事のように思ってみる今日この頃。
20050520up
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