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● 願うねがい |
最初は、花の中の花だと思った。
花とは愛でるもの。ただそこにあり、見るものを喜ばせ、和ませ、美しい、と思わせるもの。
そして強い風が吹けば儚くもその身を終えるもの。
だからこそ、守るものだと思っていた。
『わたしも戦います!』
無粋にも自分と望美の逢瀬に現れた怨霊に対し、片付けるから下がっていろと告げた言葉に対する返事がそれで。
正直、何を言っているのかと思った。神子だろうがなんだろうが、所詮は女人だ。しかも少女と言える年頃の望美が剣など扱えるわけがないと思っていた。
勿論八葉を率い、怨霊を鎮めてきたことは知っている。けれど、実際に戦うのは八葉で、神子である彼女は敵である怨霊が弱って初めてその力を揮うものだと勝手に思っていた。だから。
『守られるばかりじゃ嫌です。わたしだって、皆を守りたい。その為に、この力があるんだって思うんです』
この花は、散らないのだと。
風に吹かれて、その身を撓らせることはあっても折れることを知らず、花びらを手放すこともせず。
ただ、渦中にあっても己で有り続ける花。
『願うねがい』
「ヒノエくん?」
「え?あ、ああ。何、望美」
ううん、ぼーっとしてたみたいだったから、と、気遣うように笑う望美にヒノエも笑顔を返す。海沿い特有の強い潮風に煽られる髪を押さえる望美を見て、やりきれない想いが湧くのはどうしてか。
(決まってる)
帰したくない。神子を、望美を元の世界になど帰したくない。
彼女が何の為に頑張って来たかなど、聞かずともわかる。この世界が怨霊で溢れるのを止める為と、大切な人を守る為と言ったその言葉に嘘はないだろう。だがしかし、それだけでないこともヒノエは知っている。
――神子としての役目を果たし終え、元居た世界に帰るため。
「ヒノエくん……やっぱりおかしいよ。心配事なら話して?」
心配げに眉根を寄せ、自分を覗き込む望美を抱きしめてしまいたい衝動を寸前で堪える。やりたいことと成すべきことを違えてはいけない。自分は熊野を率いる頭領であり、今は八葉の一人なのだ。
堪えた激情を右手に集約し、望美の髪をそっと撫でる。指先で後ろへと髪を梳けば、自分が贈った真珠の耳飾りが現れ、まるでそれが所有の証でもあるようにヒノエの独占欲を一時ばかり満足させる。目を細め、頬を染めた望美を見下ろす。ヒノエのその、どこか困ったような、けれど全てを許容するような笑みに望美は手を伸ばし、自分の髪を撫でるヒノエのそれに重ねる。
「姫君に心配かけちゃ、男の名折れってね。大丈夫、何でもないよ望美」
「ヒノエくん……」
「そんな顔も可愛いね。けど、おまえは笑ってたほうがいいよ」
重ねられた細い手から逃れ、逆に握り返す。軽く指先に口付けを落とすと望美はこれ以上ないというほど真っ赤になって絶句し、そんな望美を見てヒノエは弾けるように笑い出す。
望美は気恥ずかしさを誤魔化す為に必要以上に腹を立てた振りをし、ヒノエもそれを分かった上で口先だけで謝る。そして一瞬、眼差しを強くし、そんな自分の変化に驚く望美に構わず言葉を続ける。
「……おまえはオレのものだ」
「ヒノ……」
「うん、って言えよ」
「ヒノエくん?ど、どしたの急に」
望美はヒノエの急な変化についていけず、戸惑いを隠せない。ヒノエの気持ちは少し前に聞いている。自分を望んでいると。他の姫君も可愛いとは思うが、いつも傍にいて欲しいと思うのは自分だけだと。
嬉しかった。その言葉を聞いた時、胸の奥がじわじわと暖かくなって、だけど信じられなくて。
そして、その先を考えるのが怖くて。
目の前のヒノエは、いつになく真剣な眼差しで自分を見ている。わかってる。仕方ないなって笑いながら頷けばいい。
自分はヒノエのものだと。自分もヒノエを望んでいると。だけど。
――わかってしまった。彼が言っているのは、今、ではなくこれからも、だということを。
彼の属性そのままの、そして気性そのままの色をした深紅の髪が揺れる。恐らく望美のものよりも柔らかいであろうそれが、風に煽られ頬を彩り、眼差しに影を落とす。それが余計ヒノエの眼差しを深いものにさせ、だから。
(泣かない)
自分がいるのは、ここ。少なくとも今いるのはここ。
そして見据えているのは未来。そのために、自分はここに立っている。だから、今の自分で答えればいい。それはきっと、嘘なんかじゃない。
望美は髪を耳にかけながらにこりと笑う。泣きそうな顔になってなければいい。ヒノエが、大好きだと思った目の前の人がどうか気付きませんように。そう願いながら。
「うん」
声に出して頷く。そして、精一杯の気持ちで真剣な顔をしたヒノエを見つめて笑顔で続ける。
「わたしは、ヒノエくんのものだよ」
願いは嘘じゃない。
そうありたいと思った気持ちは嘘じゃない。
だから自分は隣にいたいと思った人の望む自分で。
望美の笑顔に曇りはなかった。強い意志で抑えられた『未来』は、完全に隠されていた。
だからこそヒノエには分かってしまったのだ。完璧だからこそ、それが『願い』でしかないと。
ヒノエの肩にかけている着物が風にはためき、飛ばされそうになるのを片手で押さえる。そしてヒノエも『願い』を言葉にする。
「熊野に来いよ。一生、退屈させないぜ?」
「あはは、確かにヒノエくんと一緒だったら退屈しなさそう」
互いに笑顔で、真実と見せかけた希望を、それでも本当、になるように言霊に乗せて。
数日もしないうちに付くであろう決着に、そしてその先にある未来に願いを馳せる。
ヒノエが笑い、望美に手を差し伸べる。少しの間をおいて、望美がその手に己のそれを重ね、指先を絡めてゆっくりと歩き出す。何かを確かめるように込め合った力が、ほんのわずかな筈なのに痛いほどそれぞれの胸の奥を掴んで、離さない。姫君は爪の形も綺麗だねと、いつか見つけた桜貝の様だと評するヒノエの言葉に、望美は笑う。その笑顔に、ヒノエも笑顔を返す。
この芝居が、現実になるように。
無理に笑わなくても良いように。
笑う。
――願う。
Fin
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Comment:
もりもりヒノエ萌え期間絶好調な感じで。
すんごい甘いの書きたいです。どこで間違えたんだこれ(呆然)。
20050319up
*Back*
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