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● Romantic |
「さむいさむいさむーい!」
びゅう、と音がしそうな程、否、実際にそのような音が耳元を通り過ぎる中、望美は肩をすぼめて街を歩く。長い髪は風にあおられるけれど、髪の上から巻いているマフラーが上手くそれを押さえてくれていた。
「っとに、よわっちぃなあお前は」
「将臣君、良くそれで平気だよね」
「あ? お前とは鍛え方が違うんだよ」
「よく言うよ。モノが良いだけのくせに」
将臣が着ているレザージャケットは、確か最近バイト代を奮発して買ったものだ。その為、見た目のスリムさとは違い、かなりの保温性があることを望美は知っている。
じと、と、半目で望美が睨めば、将臣は痛くもないと言ったようにしれっとその視線をかわす。その仕草に余計憎らしさを覚えながら、望美は手袋越しに鼻の頭をさすった。
「う〜〜寒い」
今年の冬は例年より暖かいなどと、誰が言ったのか。若者は寒さに強いという根拠のない言い伝えと同じくらい信憑性がないと身をもって実感しながら、望美は恨めしげに灰色の空を睨む。本当に、雪でも降るのではないだろうか。
再び手をこすり合わせる望美に将臣が手を伸ばす。ジャケットのポケットにしまわれていたそれは温かいままだったが、望美の鼻を実に冷たく無造作に摘まんだ。
「ひょっ、らにふん……っ」
「つめてっ! おまえんちの犬みてぇだな」
自分のものとは違う、肉厚な指に鼻を摘ままれて望美が暴れる。ばしりと将臣の手を払い、再びそうされないよう一定の距離を取って望美が睨みつけると、将臣は実に心外そうに望美を見た。
「なんだよ、人が親切に温めてやろうってのに」
「どこが親切よっ! うっかり鼻水出ちゃうじゃない!」
「おめーの鼻水なんざ今更だろーが。おら」
「やーめーてってばー!」
将臣から伸ばされる手を、望美ががしりと受け止めて防御する。とてもデート中の恋人同士とは思えないそのやりとりに、2人を知るものが見たら苦笑することしきりだろう。
「ちっともロマンチックじゃない……」
ぼそっと呟かれた一言に、将臣の眉がひそめられる。望美はそんな将臣の変化に気付かぬまま、風にあおられたマフラーの端をくるりと背中へ放り投げた。
「ロマンチック、ねえ」
気付けば、そんな雰囲気など微塵もないままこの年になり、恋人同士といわれる関係になった。勿論、本人たちの自覚はどうあれ、所謂『ロマンチック』と言われるような時間がなかったわけではない。だが、それをそれと気付く前に普段どおりの会話のテンポが場を支配し、結果気付かれることなく望美の不満につながるわけなのだが。
「ね、まだ時間あるしさ、どっかでお茶しようよ」
数歩先を行っていた望美が振り返れば、その顔はもう笑顔。些細なことを気にしないというか、元々心の奥では今の関係を許容していることが見て取れるそれに、将臣はひそめていた眉を緩め、笑いを漏らした。
「オッケー。コーヒーが上手いトコな」
「わかってるって」
「んで、安いトコ」
「それも知ってますよーだ」
「優秀な彼女サマで助かりますってね」
「心がこもってなーい!」
軽く手をあげて将臣の肩を小突くと、将臣が大仰に痛がる。そんなやりとりももう何年も変わらない。
「感謝してるんだぜ? これでも」
「いいよそんなの。あ、ほら、信号変わっちゃうよ急ごう」
「望美」
走り出そうとした望美の手を掴み、将臣は反対の手でポケットから取り出した何かをそこにおさめる。点滅を始めた横断歩道に行き交う人々は足を早め、二人の傍を通り過ぎて行った。
「なに?」
「ロマンチックな何か」
含みのある笑みを浮かべ、将臣はふざけた声音でそう答える。望美はそれ以上聞き出すことを諦め、簡素なラッピングの中からころりとそれを取り出した。
「え、これ……」
「結構苦労したんだぜ? 似たヤツ探すの」
望美は解いたラッピングをしまおうとし、失敗してもどかしく手袋を外す。そうして折りたたんだそれらをコートのポケットにしまうと、手のひらにのせたままの贈り物を凝視した。
「ずっと思ってたんだ」
ほんの数分前、望美の鼻を摘まんだ指がそれを持ち上げる。そうして平を空に向けていた手を逆に返すと、かつて幼い頃そうしたように望美の薬指にそれをはめる。
「今度贈る時は、オモチャじゃないやつってな」
じゃねえと又泣かれるし、と、笑いながら望美の手を解放する。
きらきらと、冬の空から漏れた僅かな光を反射する赤い石がはめられた指輪。ずっと昔、譲も含め3人で抜け出した縁日で、自分が強請って買ってもらった、あのおもちゃの指輪にとても良く似たそれ。
『こわれちゃったの』
おもちゃの指輪は小さすぎて。
日々成長していく望美の指を持て余し、その身に受け止められなくなっていく。最初は頑張ってはめていたそれも、ある日どう頑張っても入らなくなり、広げすぎたフリーサイズの金属の輪はいつか壊れてしまった。
そしてそれは当然お隣の幼馴染らにも伝わり、譲には心配を、将臣には呆れをもたらした。そんな将臣の態度が気に入らなくて悲しくて、彼にもあたったような気がする。大きくなっても壊れない指輪が欲しいと。
(言った、けど)
「お、サイズぴったり。さすが俺サマ」
おもちゃのようにフリーサイズではないから困ったのだと、心底安心したような光が将臣の眼差しに灯る。そしてどう反応したらいいのかわからない望美を他所に、将臣は変わってしまった信号に舌打ちした。
「余計冷えちまうな」
鼻、温めてやろうか、と、将臣が意地の悪い笑みを浮かべわざとらしく指を持ち上げる。口をへの字にして睨みつける望美に噴き出し、再び青になった信号めがけ、赤い石のついたリングごと望美の手を掴んで歩き出した。
「将臣君の嘘つき」
何がだよ、と、問う将臣に望美は精一杯の強がりを口にする。
「やっぱり、全然ロマンチックじゃない」
せめて食事をしている時とか。送ってくれた家の前でだとか。
そういうシチュエーションは幾らでもあるのに。
「おっまえ」
返すは、溢れ出る愛しさを隠し切れない声。
人ごみの中、やや後ろをついてくる望美がそれらにぶつからない様、自らの身体で歩きやすい道を切り開く。勿論、無意識に。
「んな顔ですごんだって、説得力ねえよ」
緩んでしまう頬を隠しきれない悔しさだけ、眼差しに乗せて望美がきゅ、っと手を握り返す。堪えきれず笑い出した将臣は、強くその腕を引き、望美の指輪を彼女の手ごと、元しまってあった場所に放り込んだ。
たまにはこんな、ロマンチック。
Fin
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Comment:
十六夜帰還ED後だとでも思ってください
(余り考えずに書きましたよこの人)。
どっかの誰かが幼馴染み萌えが来たとか言ったので、
書いてみました。
こんな関係の二人がいいなあと。
漫画でも描いてみたかったネタかも。
20051217up
*Back*
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