** Happy C×2 **
 ● その一歩、手前で

 そんな恋愛映画なんざ寝るから嫌だ、と突っぱねたのが将臣。
 絶対寝ないから、楽しいから、と、強行したのが望美。
 譲が日曜にも関わらず部活で出かけた午後の昼下がり。寝るだけ寝た将臣と望美が、互いにヒマを持て余してベランダ越しに約束を取り付けたのは今から3時間ほど前。それから、互いに玄関を通して顔を合わせ、共に駅前にあるレンタルショップに出かけたのが2時間と45分ほど前で。

「だから俺はアクションか推理モノがいいんだよ」
「そういってこの間も将臣君が見たいの見たじゃない! 次は私の番ー」
「お前が選ぶのいっつも似たようなものじゃねえかよ。大体恋愛モノなんて、寝ちまうぜ俺」
「さっき『寝すぎて寝られねえ』って言ったの、どちらさんでしたっけ。だから一緒にビデオ見ようってなったんじゃない」

 言いつつ、望美の足は問答無用で最近のヒット映画のコーナーへ向き、指先がタイトルをつーっとすべる。半ば諦めた将臣が頭の後ろを掻きやりながらその後に続き、ならばせめてと最近話題になっていた、恋愛が本筋だがアクションが派手で有名な作品を望美の背後からひょい、と抜き取った。

「あ!」
「決まりな」
「ちょっと将臣くん!」
「『恋愛モノ』だろ?」
「それはそうだけど……もー!」

 望美とクレームををその場に残し、すたすたと将臣がカウンターに向かう。その背中に不満を投げつけていた望美もやがて諦め、将臣が手続きを済ませたタイミングと同時に彼に追いつく。そしてそのまま二人でレンタルショップを後にし、有川家の方がテレビが大きいという理由で将臣の家へとあがりこんだ。

 そして、それから3時間後。


「……望美サン?」


 最後の記憶は、確か味方だと思っていたヒロインが主役に向かって銃を突きつけるシーンだったような気がする。隣の望美がやや前に半身を乗り出し、瞬きすら忘れたように見入っているのを見て、将臣はそんなに目を開いていたらおっこちるのではないかと冗談半分で思って……記憶が途切れた。
 テレビのモニターは一番始めのの選択画面に戻っている。借りてきたDVDには本編の他に様々な特典映像が入っているらしくメニューが4つ程あるが、将臣にしてみれば本編だけで十分だ。


(ンなことはどうでも良くて)


 将臣の視線の先に、居たはずの望美がいない。が、視線をそのまま下にさげれば探していた人物は将臣の膝に半身を預けるようにそこに居た。膝に感じる重みで見るまでもなく分かっていたことだが、その余りの無防備さに将臣の眠気は一気に覚めた。
 まさか自分だけではなく望美まで寝てしまうとは。大体、望美の言葉ではないが、散々寝てもう寝ることも出来ないからと映画を見たのではなかったか。
 将臣はがりがりと髪をかきむしって気付いた。反対側の腕が、しっかり望美の身体を抱きかかえるように添えられたいたことに。

「――っ!」

 どれだけそうしていたのか、すっかり体温が同じものになっていたせいで全く気付かなかった。そしてびくりとした将臣の腕に反応し、望美が僅かに身じろぐ。膝の上で、顔を乗せた腕ごともぞりと動かれて、一応いわゆる『お年頃』の将臣はどうにもこうにも泣きたくなってきた。

「ん……」

 身じろぎした望美の肩から、さらさらと長い髪が零れる。記憶にある限り、幼馴染の少女の髪はいつも腰に届くほど長かった。どうやって手入れしているのだろうと思うほど綺麗なそれは、自分のものでもないのに将臣の隠れた自慢でもあった。勿論、口にした事は一度としてなかったけれど。
 髪が零れる肩も、膝に乗せられた腕も、指も、眼差しを閉じた顔立ちも、全てが記憶と同じで、違う。その事が最近では戸惑いの原因になったりもしている。それを気付かれるようなことはしていないはずだが、もしかしたら譲あたりは気付いているのかもしれない。恐らく、『それ』を意識したのは譲の方が先だろうから。

「……お前は、どうなんだろうな」

 自分や譲が少しづつ変化していっているように、まるで変化の見えないこの少女の中でも、何かは生まれているのだろうか。
 変わってほしいような、ずっとこのままでいて欲しいような。けれど時間だけは確実に流れていく。いつまでも変わらないではいられないと分かってはいるのに、それを止めたいとも願うのは何故なのか。

 変化は先に兄弟に現れて。本来年を重ねれば当然生まれる距離以上のものがその事により生まれた。以前、3人で江ノ島に行った時に江ノ電の中で望美に遠まわしに告げた、テリトリーの確認。あれは、兄弟ではなく男同士のそれだ。勿論、望美には理解できるはずがなかったけれど。

 さらり、さらり。髪を指に絡めては解く。それ以上は触れられない。むき出しの肩にも、呼吸を繰り返す唇にも。幼馴染ではないものとして触れたいと思っている以上、そうでない自分に触れる権利はない。何かに便乗して触れられる程度の想いではないのだ、すでに。

 壁にかかっている時計を見れば、すでに4時半をまわっている。もうすぐ、譲あたりが帰ってくるかもしれない。この状態を見たらあの弟はどんな表情をするだろうか――そう考えかけて、止めた。我ながらシュミ悪ぃな、と一人ごち、苦笑を漏らすとべち、と、望美の額を叩いた。

「!!??」
「人の膝で寝てんじゃねぇぞ、コラ」

 望美の肩がびくっと跳ね、言葉にならない声が漏れる。予想通りの反応に噴き出しながら、将臣は望美が自分の膝から離れるのを待った。
 一方の望美は状況が良くわからないと言ったように暫くその場でぐるりと辺りを見渡し、一番近くに見えるのが将臣のジーンズという事実をようやく理解する。そしてテレビの画面が最早映画を映していない事実を知ると、情けない声を出しながらむくりと起き上がって――再び元の位置に戻った。

「おいっ!?」
「やる気なくしたーもー」
「もー、じゃねーだろ。お前見たがってたろ?」
「将臣君が決めたんじゃない。っていうか、先に寝たの将臣君だからね?」
「結局お前も寝てりゃ意味ねえな」
「なんか悔しい……休日を無駄にしたような」
「もっかい見るか?」
「ううん、もういいや」

 一番見たかったトコは見れたし、と、監督泣かせの発言をした望美は一通り将臣の膝の上で甘えると伸びをしながら起き上がる。そして時計を見てもうこんな時間、と驚くと、同時に玄関が開く音がした。

「先輩?」
「あ、おかえり譲君!」
「よう」

 玄関先に望美のミュールがあることですでに察していた譲が、質問ではなく確認の意味で望美の名を呼ぶ。部活の道着が入っているスポーツバッグをおろし、DVDを見るためにカーテンを閉め切って暗くした部屋をみて少しだけ眉を潜める。それは望美には気付かれなかったが、将臣だけが見逃さずにいた。

「ビデオでも見てたんですか?」
「うん、これ」

 望美がテーブルの上においてあったパッケージを譲に向けると、タイトルを音にしてから譲が首をかしげる。

「兄さんの趣味じゃないし……先輩が好きそうなのとも、ちょっと違いますね」
「お互い歩み寄ったら」
「これになったっつーわけだ」
「ちゃんと最後迄見れたのか?」
「さっすが譲クン。見れたと思うか?」
「先輩はともかく、兄さんは無理だろうな」

 的確な推測に将臣と望美が笑う。私も寝ちゃったんだよ、と望美言うと、譲の眼差しがつい今将臣と会話していた時とは違う、優しいものへと変化する。それを横から見ている将臣にしてみれば、どうしてこれで望美が気付かないのかが不思議だ。

「譲、腹へった」
「もうすぐ夕飯だろ。それまで我慢しろよ」
「あ、私もお腹すいた!」
「先輩まで……仕方ないな、軽めに何か作ります」
「やった!」

 無邪気に喜ぶ望美と、便乗してそれを装う自分。譲は全てわかっていて、やはり日常を装う。そして何もなかったようにキッチンへと消えていった。
 将臣はゆっくりと立ち上がると窓に近づき、締め切っていたカーテンに手をかける。目が慣れてないからちょっと待ってと言う望美の声を無視して、ざっ、と勢い良くそれをあけた。

「まぶし〜〜」

 こんな風に、簡単にそれを開けられたなら。



「さっさと慣れろ、よな」



 これからの新しい関係に。
 まずは気付いて。受け入れるのはまだもう少し先で構わないから。

 将臣の含みには気付かず、望美が瞬きを繰り返して窓からの光に慣れようとする。きらきらと、長い髪に夕焼け色が反射した。
















Fin





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Comment:

某友人の某絵日記の某絵がヤバイよねと別の友人と
盛り上がって出来上がったお話。
それなりにヤバくて、帰ってきた譲が勘違いしてあらびっくり
みたいな話を書こうとしたのに、出来上がったら全然違うものが
出来てました。あれ?(いつものこと)

ゲーム中だと、徐々に恋愛対象として意識していくような感じが、
漫画だとちゃんと最初から意識してるよなあという感じで。
今回はそっち軸で書いてみました。気付いてないのはのぞったんだけ
な感じです。


20060124up




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