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● それぞれのバランス |
物心ついた時からお互いを知っている間柄が、恋人同士に発展するのはとても微妙なものがある。
家族のような安心感もありつつ、恋人同士という緊張感もありつつ。
そのバランスとか、タイミングが互いに一致しないと、普通の間柄よりも遠い存在になるのではないだろうかと考えてしまったり。
結局そうなったんじゃん、という友達の評価が非常におもしろくない。
狭い世界で選んだ相手となんて、上手くいかないかもよ? という評価だって、はっきりいって余計なお世話だ。だいたい、皆が知らないあの世界で過ごした1年とちょっと。それのどこが狭い世界なのかと問い正したい。勿論、出来るわけはないのだけれど。
あの時間で変わったのは、関係だけではなく互いの意識。
それはもう一人の幼馴染でもある譲を含め、劇的なものだ。
口にこそ出さないが、今まで当たり前だと思っていたものがそうでなくなることが有り得ること。色々思うことはあったが、全てはそれに尽きる。
食事も、睡眠も、衛生状態も、人としての心も。
互いの関係ですら、一晩で変わる。その中で変わらなかったものがあり、それが互いに一致したから今の自分たちがいて。
ずっと一緒だと思っていた人が、一番遠い場所に行ってしまい。
だけど今こうして共にいられるのは、それが『在った』のではなく『在りたい』と願ったから。
「あ、俺も言われたぜ? 『小さい頃から知ってる女に色気なんか感じるのか?』って」
「はあ? ちょ、それすっごい失礼じゃない?」
「だよなあ。小さい頃を知ってようが知るまいが、望美に色気なんて求めない……ってえ!」
「将臣君が一番失礼」
「おっまえ……グーで殴るなグーで! 一応女だろうが!」
「『色気』のない女ですから?」
開き直ったな、と、将臣が恨みがましい視線を向けるが望美は一向に堪えない。そんな間柄ではないし、そもそもそれが芝居だということも知っている。
ようやく見慣れたと思った大人びた顔は、こちらの世界に戻ると同時に自分がよく知っているそれに戻ってしまった。初めて向こうの世界で年の離れてしまった彼を見た時は酷い違和感を覚えてものだが、それを受け入れた頃に又元に戻ってしまい再び違和感を覚える。
まあ、過ごした時間が長いだけ、元のものを受け入れる時間の方が圧倒的に早かったのだが。
将臣は殴られた腹をさすり、ぶつぶつと漏らす。
スキンダイビングやらバイトやらで鍛えたつもりになっていたが、向こうの世界での『鍛え方』に比べたら随分と甘かったのだなと元に戻った身体を撫でて今更実感する。向こうで過ごした4年間強、必要に駆られて身に着けた全てのものは、時空を戻ると同時に同じように消えてなくなった。名残はこの記憶と、新しく手に入れた関係だけ。
隣を歩く少女も同じようで、一年という時間以上に濃い時間を過ごしたせいで大人びていた顔つきは、影も形も無い。眼差しの強さだけは、未だ残るものがあるが。
けれど自分が知っていたものだけでも4つほどあった傷跡も消えてなくなり、それだけは良かったと思う。勿論、互いにそんなことは口に出さない。
「私も言われたよ? 『狭い世界で男決めるな』って」
「ああ、まあそんなもんだろ。幼馴染同士がくっつくなんてよ。なんだ、気にしてんのか?」
「気にするっていうか、おもしろくはないな。何か、身近で手を打ったみたいな言われ方じゃない?」
「言いたいヤツには言わせておけばいいさ。今までだってそうだっただろ? 幼馴染だからっていつも一緒にいるのはおかしいとか、本当は好きなんじゃないか、とか」
「うん。そうなんだけど……」
頷きながら、完全に納得は出来ない。周りの評価を気にしてどうこうと言うことは無いが、自分たちの距離を自分たちでも測りきれていないのに、そんな事を言って惑わせないで欲しいというのが正直なところで。
若干俯き加減で、将臣が淹れてくれたコーヒーを飲む。以前なら望美が将臣の分まで淹れていたものだが、この変化は果たして、あの世界を経験したからなのかそれとも恋人同士になったからなのか。
「ところでどーして部屋に入れてくれないの?」
いつもなら、望美が遊びに来た時には将臣か譲の部屋でごろごろすることが多い。リビングももはや自分の家のそれに近い感覚で落ち着くが、何といっても日当たりが違う。
窓から差し込む強すぎるほどの光を、将臣らの母親が取り付けたレースのカーテンで光度を落とし、ぽかぽかする中ベッドに寄りかかってぼーっとするのが大好きなのに。
望美は恨めしげにカップを口元に当てたままじろりと睨む。だが睨まれたほうが涼やかにその視線をかわし、何もいれていない素のコーヒーをごくりと飲んだ。
「一応、付き合ってる以上まずいだろーが」
「何で。普通逆じゃない? 付き合ってるんだったら、余計遠慮なんてないじゃない」
「俺らが良くても、周りがそうは見ねえってコト」
「? 周りって、誰」
「オフクロとか、オヤジ。ああ、おまえんちの両親もな」
「ますますわかんないよ。他の人だったらともかく、将臣くんだったら今更何もないじゃない? そもそも何について?」
「……お前がそーだから余計だっつの」
それに、あまり信用されてもそれはそれでなあ、と、続ける将臣に望美の頭上にはクエスチョンマークが連なる。ソファの上で膝を抱え、その膝の上に両手で持ったカップを置くと、足の指をふにふにと動かした。全く以って理解不能だ。
「だいたい素足でくんなよ」
動かされた足を憎々しげに睨み、ふい、と視線を外す。将臣君だって素足じゃないととりあえず返したが、どうやら趣旨はそこではないらしい。かみ合わない会話に一抹の寂しさを覚え、望美はずずずとわざと音を立ててカップの中身を飲み干した。
「将臣君、何か冷たい」
「バカ言うな。これ以上無く優しいだろうが」
「もっとがいい」
「限界」
「はやっ!」
「距離を保ちながらっつーのは難しいんだよ。言わせんな阿呆」
追加でよく分からないことを言われ、望美が眉根を潜める。
すると将臣が苦笑し、外行くか、と、持ち上げた右ひじを背中から逆の腕でひっぱり伸びをした。つられてTシャツ越しの筋肉がしなやかに動き、ああ、男の子なんだなあとなんだかしみじみしてしまう。
そういえば、肩幅だって随分広い。譲君はまだ若干腰が細いけどなあと分析しながら見つめていたら、望美の視線に気付いた将臣が『スケベ』と一言言い放ち望美の手から空になったカップをひょいと抜き取った。
余りの言い様にきゃんきゃん文句を言いながら台所まで着いて歩く。が、将臣はその広い背中で望美のクレームを全て遮断し、カランを捻ってカップに水を張ると望美の横をすいと通り抜けて玄関へと歩いていった。
ぶつぶつ言いながら後に続いた望美は、玄関に腰を下ろしてサンダルを履く。紐で結ぶタイプなのでちょっと面倒なのだが、見た目の可愛さに負けた。
踵を潰した状態でスニーカーに足を通した将臣は、それを望美に指摘されると「歩きながら履くからいいんだよ」と返す。ずりずり引きずるの、みっともないよ? と言ったところで将臣が堪えないのは知っているけれど、とりあえずそう言ってみた。
「お前、足にマニキュアなんて塗ってたっけ?」
「え? ああ、これ? ううん、初めて。……なんとなくなんだけどね、興味持ったこと、色々やりたいなって思って」
「ふーん」
「ちなみにマニキュアじゃなくてペディキュアだから」
「一緒じゃねえのかよ」
「手と足じゃ違うの。ブレスレットだって、足にするとアンクレットなんだから」
「それもわかんねえよ。どう違うんだ」
「だから手にするか足にするか」
「説明になってねえ!」
「もー人が親切に教えてあげてるのに!」
やっぱり優しくない、と、右足を結び終えた望美が左足に取り掛かる。その、紐を結ぶ指先にも鮮やかだが派手ではない色がのっており、将臣は目を細めた。そして、小さく笑うとそれに気付いた望美が手を止めて将臣を見上げる。
「幼稚園の頃さ。お前、マジックで爪に色塗っておばさんに怒られてたよな」
しかも油性だから落ちねえ落ちねえ。
くっくと肩を揺らして笑う将臣に、望美の頬が赤く染まる。全く、どうしてそういうことばかり覚えているのか。
幼馴染はこれだから困る、と、望美は先ほどの仕返しもこめて、向けられ続ける視線に「エッチ」と返す。すると将臣は動揺も何もせず、ただしらーっとした視線を望美に向け。
「言ったからには、それなりのことしてもいいんだよな」
「へ?」
にやり、と笑う将臣に望美の背中がすーっと冷える。何を意地悪されるのだろうと身構えると、つい、と将臣の指が望美のホルターキャミの胸元を指した。
「ま、絶景、とまではいかねえけどな」
ああ、でもお前着痩せするなと、言われた意味を把握するまでに時間はかからなかった。物凄いスピードで血液が上昇し、熱いを通り越して頬がぴりぴりと痛むほど。サンダルの紐を放り投げて両腕を引き寄せるように胸元を隠す。
「ま、ま、ま、まさっ、し、しんっ」
「これっくらいでびびってんじゃねーよ」
鼻白んだ顔で将臣が言い、壁に体重を預けて腕を組む。
「覗くだけで我慢してんだよ。『優しい』だろ?」
伊達にお前より3年年上じゃねーんだよ、と、分かるような分からないような事を言い、動揺の収まらない望美を置いて玄関のドアを開ける。
「手加減難しいっつったろーが。分かったら、これ以上もとめんな、アホ」
「なっ、も、もーーーーっ! ばかーーーーっ!!」
肩越しに言い捨てられた台詞に納得がいかず、履きかけのサンダルを投げつける。だがそれは見事にかわされ、将臣を通り越して庭の花壇へと突撃していった。
笑い続ける将臣を憎々しげに睨み、けんけんの要領で望美が後を追う。すると転がったサンダルを拾い上げた将臣がそれをぶらつかせ、まるで犬にバトンを見せ付けるように目の前で振って見せた。
「犬じゃない!」
「へーへー。ほら、手、貸せよ」
「……体重預けた瞬間に逃げたりしないよね」
「そこまで鬼じゃねえ!」
どうだか、と、返しつつ手を伸ばして将臣の肩につかまる。その状態でサンダルを受け取ると取りあえず足を通し、それでやっと地面にしゃがむことが出来た。
「見ないで。あっち行って」
どう考えても上から覗き込まれる形になり、先ほどの事件で学んだ望美がそう牽制をかける。
すると将臣はへーへーと実に軽い返事をしながら望美に背中を向けて庭の奥に向けて歩き出す。その素直な反応に安堵の息をつき、今度こそと紐を結び始めたら。
「どーせそのうち全部見るっつーの」
「だっからそういうこと言わないーーーー!!」
返って来た返事と言うかつぶやきに、将臣君の馬鹿無神経スケベと思いつく限りの罵詈雑言を浴びせかける。けれどぶつけた背中は明らかに笑ってるものだから、腹立たしくて悔しくて。
汚れてもいいやと半ばヤケになり、望美は再びサンダルをその背に向けて投げつけた。
Fin
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Comment:
まさのぞきゅんきゅんになったので、平和ーな幼馴染兼恋人風味(風味?)を。
3年の差って結構おっきいと思うんですよ。(何が)(経験値が)
20060313up
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