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●指先からの魔法 |
景時の探究心と好奇心の強さは知っているつもりだった。
実際、文明とは程遠いあの彼らの世界にあってさえ、景時は想像力と知恵を総動員して色々な道具を作っていた。それは陰陽術に使う武具然り、夏の勝浦で見せてくれた花火然り、だ。
それに、こちらの世界に来てしまったばかりのころも、望美や彼女の幼馴染の家にあるあらゆるものに感動しては、手にとってくるくると回す。そして解体しては仕組を調べ、感動して再び組み立てる。そのたびに、子どものようだと朔に叱られていた。
だから。
「ごめんね望美ちゃん。ちょっと今日は、時間が取れないんだ」
そう、申し訳無さそうに玄関口で断りの言葉を口にする景時の袖は捲られている。きっと今も、何かを作っているか解体しているかだったのだろう。
いつもならば、仕方ないですねと言って引き下がる望美だったが今日ばかりは違った。何故なら、こうやって断られるのも今日で3回目。学生であるとは言っても、平日を学校にとられている望美には週末しか自由になる時間はない。平日の夕方などは、バイトがあったり塾があったり。たまに夕飯を一緒に有川家で食べることはあっても、所謂『デート』をする時間は限られているのだ。
「今日、は?」
「え〜と……今日、も?」
「ですよね」
わかっているくせに、気まずさから誤魔化すような言い方をする景時を望美は追い詰める。防戦一方の景時は、困ったように眉根を寄せながら口元の笑みをなんとか保つ。
「この間も、その前もそうでしたよね?」
「……」
「たまの休みくらい一緒に過ごしたいなって、思うのは私だけなんですか?」
「そんなことないよ! 俺だって君と」
「じゃあなんでいつも忙しいんですか」
途端に景時は黙る。そりゃあそうだろう。
晴れて付き合いだした恋人よりも、今は新しい技術に夢中だなどとはいくら景時でも言えるまい。そうは分かっていても、ならば上手く調整してくれればいいじゃないと望美は思うのだ。
(なんか、これじゃ私ばっかり好きみたい)
景時は優しいから、愛情の深さを勘違いしてしまったのかもしれない。
優しくて、居心地が良くて、それを全部愛情だと。単なる優しさや思いやりなのかもしれないのに。
確かに好きでいてもらえているという自覚はある。ちゃんと、恋人と呼べるポジションだと胸を張って言える。
けれど、好き、の深さはそれとは関係がない。
まだ付き合いだした自分と景時の歴史は、彼がこちらの世界にきてからの期間とほぼ同じで。こちらの世界には彼の気を引くものが沢山在る。わかってる。
(わかってる、けど)
「……わかりました」
「望美ちゃん、誤解しないでくれないかな、俺は」
「もーいいですっ! 景時さんのバカっ!」
癇癪を起こし、望美は有川家の玄関から踵を返す。背中から慌てたような声が聞こえたが、振り返るものかと大仰にドアを閉め、自分のうちへと駆け込む。
望美の拒絶そのままに大きな音を立てて締められたドアを呆然と見つめ、景時は伸ばした手を所在なさげによろよろと下ろす。違う、自分は彼女を怒らせたかったのではない。
「……景時さん」
「言わないでくれ、わかってるから」
「意外に不器用だよな、あんたも」
「こんなもんだよ、俺なんてさ」
一部始終をドア越しに見守っていた家主の息子兄弟が、それぞれの感想を胸に声をかける。譲は怒ったような眼差しで、将臣は呆れたようなそれで。
兄弟よりも大きな身体は、まるで主人に叱られた大型犬のようにしょんぼりと丸められている。しかし自業自得だろうというのが、兄弟の一致した見解だ。
「こええぜ? アイツ怒ると」
「まあ、暫くはこないでしょうね。この分だと、夕飯も食べに来ないんじゃないかな」
「ちょっと二人とも〜」
容赦の無い追い討ちに、情けない声を出しながら景時が振り返る。それぞれの体勢で景時を見ていた二人は、同情の余地など全くないと言ったように景時を見返す。
「ま、頑張れよ」
「まあ、頑張ってください」
それだけを残した兄弟は、そろって奥のリビングへと消えていく。あれだけ反発しあっていた兄弟が、なぜ望美が絡むとこうも息が揃うのかと景時は余計に重い気持ちになりながらよろよろと階段を上り始めた。
その後も暫く、景時と会うことはなかった。
あの日以来、望美から隣の家に行き景時を呼び出すことはなくなった。もう、行って断られるのは辛い。
時折幼馴染らが何か言いたげな視線を登下校の最中に送ってくることもあったが、望美にしてみれば景時から直接何か言って来るまではアクションを起こすつもりはなかった。
のに。
「景時のヤツさ、最近疲れてるみたいだぜ」
だの
「景時さん、バイトを増やしたみたいですね」
だの、余計なことばかり耳に入れるものだがら気になって仕方ない。
(どーしろって言うのよ)
一人、学校からの帰り道で道端の石に八つ当たりをする。蹴られ転がった小石はかつんかつんと数回その身をアスファルトに打ちつけながら、やがてころりと視界の端へ消えていった。
肩からこぼれたマフラーの端を勢いよく背中へと追いやりながら、むっすりとした口元を隠すように引き上げる。傍からみたら不細工だろうな、と思うけれど、苛立つ胸の内と膨れる頬はどうしようもない。
(自分ばっかり好きみたい)
そう考えること自体、幼くて嫌なのに。
少しでも景時に近付きたい。隣に並んでいたい。離れている年の差を違うもので埋められるように、ちゃんと自分の足で立っていたいのに。
源氏の神子でない、唯の女子高生の春日望美にあの時のような足場はなくて。だけど好きだから、重荷になんてなりたくない。
(だけど、会いたい)
景時のやりたいことは尊重したい。自由な時間だってあげたい。
彼の24時間全てを自分の為に使って欲しいなんでこれっぽっちも思っていないけれど、じゃあその割り振りは誰がどうやって決めるというのか。
どこまでが可愛い我侭で、どこからが勝手なのかなんて、そんなのわからない。
初めての恋が、こんなに厄介だとは思わなかった。
戦術を考えていたほうがよっぽど楽だと、罰当たりなことまで頭を掠める。掠めて、盛大なため息をマフラーに零した。
「望美ちゃん」
聞きなれた声が自分の名を呼ぶ。
何を考える間もなく声のしたほうを振り返れば、声の主がいつものあの、どこか困ったような笑顔で立っていた。
「景時、さん?」
久しぶり、と、言い辛そうに言いながら望美の方へ歩いてくる。望美は言葉を選びあぐねて、黙ったまま近付いてくる景時を見つめた。
たったの1週間ちょっと、会わなかっただけなのに雰囲気が違ってみえる。背が伸びた? 少し痩せた? 聞きたいことは沢山あるのに、どれもそぐわない気がして結局何も問うことが出来なくて。
「えっと、その……今日、時間あるかな」
散々望美の誘いを断っていた身としては、約束を切り出すのに酷い勇気が要った。しかし、この日の為に自分は頑張っていたのだという事実が景時を後押しする。
一方の望美は、その前に何か自分に言うことはないのか、とも思ったのだが、ようやく景時との時間が持てるという喜びが勝ってしまいこくりと頷く。そうしたら景時の顔が、ちょっと待ってと言いたくなるくらい柔らかいものになったから、反則だと思う。
「良かった。じゃあ、いこっか」
「え、あの、でも私制服……っ!」
「いいよいいよそのままでも十分。あ、でも君が気になるなら幻術かけてもいいけど」
どんなのがいい? どんなリクエストでも答えちゃうよ?
うきうきと望美にリクエストを募る景時を見ていると、あれだけ悩んでいたのが嘘のように心が軽くなる。自然と笑顔になりながら、それでも望美は断った。幻術の力などではなく、自分がきちんとした格好で景時と一緒にいたいのだと、そう告げて。
「だから、ちょっと待っててくれませんか? ぱぱっと着替えてきちゃいますから」
制服のままだと、遅くまで一緒にいられないし。
そこまで告げて、景時が微妙な表情をしているのに気が付いた。景時さん? と名を呼べば、景時は我に返ったように苦笑する。
「いや……そうだよね、ちゃんと言えばよかったんだ。今の君みたいに」
制服から私服へと着替える理由。
それは自分との時間の為。長くいられるように、可愛らしくみてもらえるように。
「景時さん?」
「本当に馬鹿だな、俺は。君に格好良く見てもらいたいって気持ちばかり優先して、肝心の君の気持ちを考えてなかった。ごめん」
「え、ちょっと、なんで謝るんですか?」
流れについていけず、望美が慌てて理由を問う。景時は苦々しく笑いながら、それでも又、ごめん、と繰り返して。
コートのポケットを探る。やがて出てきたのは、小さな包み。
それを望美のほうへと差し出し、言葉を続ける。
「今日がバレンタインデーって言うんだって聞いて。それから、去年君と一緒に過ごした日が、クリスマスって言うんだっていうのも聞いたんだ。その、恋人同士が……一緒に過ごすって」
包みを受け取りながら、そんなことを言ったのは将臣に違いないと思う。譲あたりなら、それ以前の教義含めて教えるはずだ。
「おいしいものを食べたり、いつもよりお洒落をしたり、贈り物を贈りあったりするって聞いて。その時何も出来なかったなあって言ったら、今日の事教えてもらってさ。その、好きな相手に気持ちを伝える日だって。それで、じゃあクリスマスの分も含めて取り返したいなーとか思ったんだけど、ほら、俺こっちに来てまだ間がないからさ、望美ちゃんに贈り物できるだけのお金もないし、だけど何かあげたいなって思って、だったら作るしかないかな、と」
そこまで聞いてやっとわかった。
望美は顔をあげ、目を見開いて景時を見る。視線を向けられた景時は気まずげに一度視線を外し、やがて観念したようにその眼差しを受け止めた。
「結果、君に悲しい思いをさせちゃったんだよね。ホント、ごめん」
「景時さん……」
「あっ、でもそれ、我ながら会心の出来なんだよ!? っと、ハハッ、ごめん、そういう問題でもないよね」
「ごめん、ばっかり言わないで下さい」
後ろ髪を触りながら謝罪の言葉ばかりを続ける景時を諌めると、又告げられる「ごめんね」の言葉。
手袋を外した手で包装を解けば、手作りだと分かる小さな金属の箱。
蓋には細かな細工が施されており、そして横についた螺子で分かる。オルゴールだということが。
「これ、景時さんが全部作ったんですか?」
「う、うん。将臣君から君がこういうの好きだって聞いてさ、サンプルで一個もらって、解体して。流石に見た事のない造りだし素材もわからないしで大変だったけど、望美ちゃんが喜んでくれるかなーって思いながら作ってたから楽しかったよ」
景時の言葉を聞きながら、螺子を少しだけまわしてそっと蓋を開ける。初めて聴く、けれどどこか懐かしい感じのするメロディ。
響く音のたどたどしさが、まるで景時の優しさのようでじわりと胸に響いて温かい。やがて音はゆるやかになり、最後にぽろん、と1音を残して止まった。
それを合図のように、景時の声が一音低くなる。
「……ごめんね。今度から、全部話すよ。もう、寂しい思いはさせないから、その……これからも、一緒にいてくれないかな」
――望美ちゃんが好きなんだ
(ずるいよ)
クリスマスなんてもう、遠に過ぎたっていうのにに。
バレンタインデーだって、日本じゃ女の子が気持ちを告げる日なのに。
こんな不意打ちで手作りのプレゼントなんかくれて。挙句、そんな言葉までくれちゃって。
これで、NOと言える女の子がいたら見てみたい。
だって。
「私だって、景時さんのこと大好きです」
悔しいから、大、をつけて言い返してやった。
「だから、一緒にいられないの寂しかったし、腹立たしかったし」
「う」
「大体、こんなのだって反則です。ぜーんぶ持ってちゃうんですもん。ずるい」
空いているほうの手で、景時のコートの袖を掴む。
「凄く、嬉しいです。ありがとう、景時さん」
それから、私の方こそごめんなさい。
望美の言葉に、景時が慌てて首を左右に激しく振った。
「望美ちゃんはちっとも悪くないよ! 悪いのはぜーんぶ俺の方だよ、だから謝らないで、ね?」
並んで歩き出しながら、望美はもう一度オルゴールを鳴らして音を聴く。きん、と冷たく澄んだ冬の空気に、それはとても綺麗に響く。
「……来年はもっと、すごいヤツ贈るから。そんなのでごめんね」
「そんなの、なんて言わないで下さい。私にとってはすごい宝物なんですから」
どんな高価なものを貰っても、きっと一生、これが自分にとっての一番の宝物になるだろう。
鳴る事を止めたそれを、丁寧に包みなおして鞄へとしまう。空いた手に再び手袋をすることなくそっと景時の手に絡めると、一瞬遅れて握り返される力を感じる。
大きくて、少し節ばった手。この手がいつも自分を守り、あんな素敵なものまで生み出してくれる。
魔法使いのような、手。
好きで。あんなに怒ってた気持ちすら一瞬で消えてしまうくらい、好きで。
「あのね景時さん。バレンタインデーって、女の子が男の人に気持ちを伝える日なんですよ?」
そういえば、景時は仰々しく驚いて慌て始める。もう、こんなところは予想通りだって言うのに。
望美は笑う。だって、やられっぱなしは性に合わないから。
「だから、覚悟してくださいね?」
Fin
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Commnet:
景時さん好きです。
20081219up
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