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●碧の兆し |
手のひらをじっと見る。正確には、手の平に乗せた手環を、だ。
見つけた宝箱の中で、千尋がこれを気に入ったのなんてすぐにわかった。あのお嬢さんは思ったことがそのまま顔に出る。珊瑚に水晶、緑石に黄金と、輝く財宝の中で他のどれよりも目を輝かせていたのはこの、青い石の入った手環。
だからこそ、他のヤツ等に取られる前に自分が所有権を主張し、千尋に贈ろうと思ったのに。
最初は、その場ですぐに贈ろうと思った。けれど折角の異国の宝物を、こんな簡単に贈ってしまっては感動も薄れるだろうと場を改めることにしたのだ。
どうせなら、思い切り格好良く、演出を決めて。
そうしたらあのお嬢さんはとびっきりの笑顔を自分にくれるだろう。ありがとうと、そう口にしながら笑う彼女はどれほど可愛らしいだろうか。
そう思ったのがそもそもの間違いだったらしい。その後、機会を見つけてどうにか渡そうと試みたものの、どうも上手くいかない。
他愛ない話なら出来る。だのに、どうしても言葉が続かない。
何故? と己に問い続けても答えが出ず、何かを察したらしいカリガネに盛大なため息をつかれたのだけは憎々しく覚えている。
挙句。
「だからって何で! 置き逃げなんかするかなあオレ様ってばよぉ!」
誰もいない堅庭で一人、心のうちを夜空に向かって叫ぶ。そして、頭を抱えてしゃがみこむ。わからん、自分の行動が自分で全くわからん。
千尋を口説く取って置きのチャンスだったのに。何故その機会を自ら棒に振ってしまったのかと悔やんでも悔やみきれない。はっきりしない自分自身に嫌気が差し、半ばヤケになって千尋の部屋の前に置いてきてしまったのだ。そりゃあ後悔も倍増するというもので。
「オレからだって……気付いてもらえなかったら最悪だよな」
思いついて凹む。いやいやだがしかし、姫さんの記憶力はそんなには悪くないはず。あれほど欲しがっていた(ように見えた)手環だ。わかってくれるはずだ……多分。
(いや待てよ、気付いたら気付いたで、なんでそんなことしたのかっつう話になるよな)
そうしたら、直接渡せずに怖気づいた男だとか思われるのではないだろうか。むしろそっちのほうが最悪だ。
あらゆる想定に赤くなり、青くなり、ぐるぐると思考がまとまらない。
「くっそう……あの時にさっさと渡しておけばよかったぜ」
がりがりと頭をかきむしり、がっくりとうな垂れる。こんな自分は自分らしくない。
食べ物も、宝も、女も。欲しいと思ったら一直線。望んだものは何が何でも手に入れる。
だが、その前提は「スマートであること」、だ。
それがどうだ。事千尋に関してはちっとも上手くいかない。その前に、本気で手に入れたいと自分は思っているのだろうか。
すっかり冷えてしまった自分の肩に気付きながら、サザキは星空を見上げる。千尋を抱えて飛んだ空。あの時に何かが動いた。 動いて、しまった。
その『何か』を認めてしまえば、きっと自分は今までのようにはいられなくなる。何物にも縛られず、自由に、気の向くまま楽しいことだけを求めて生きていくことは出来なくなる。
それなのに。
――どうしてそこで、線を引いてしまえないのか。
落としていた腰をあげ、うん、と伸びをする。昼間より冷えた空気を肺に送り、一度大きく羽を震わせた。
「どうにも調子、狂うんだよな」
ぽそりと零した呟きは、誰に聞かれることなく闇へと溶ける。
滅びたと思っていた国の生き残り。末裔の姫。
異界へと逃げ延びて、だから普通とは少し違うのかもしれない。始めは単純な興味だった。
でももうそれだけではきっと、なくて。
どんな顔をして会えばいいのかと後悔したところでもう遅い。暫くは男らしく逃げ回るとするか。
そう結論付けてサザキは部屋へと戻る。心のどこかで、次に千尋と正面から向かい合う時
――彼女があの、青い手環をその腕につけた瞬間に、自分の『何か』が戻れない方向へ動き出すのを確信しながら。
Fin
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Comment:
サザキが千尋にお祭りの夜にとっつかまるまでどんな心境だったのかなあと思ったら
書きたくなったのです。
こんなかわゆらしい31歳が大好きだ。
20080707up
*Back*
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