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●色の羽衣 |
高千穂であてがわれた自室で、鏡を見る。
覗き込んだ鏡面に映る瞳と髪の色は、随分と見慣れないそれに変わっていた。
「瞳が蒼い…」
呟きと共に思い起こされる記憶。違う、これが自分の色。
(ああ、思い出した)
幼い頃から当たり前のように聞こえてきた声。聞かされていた言葉。
――忌み子。忌避される色をまとって生まれた王族
金の髪が怖いと。母や姉姫とは違う色の髪は、得体が知れず肝が冷えると。
――龍の声が聞こえない姫
――出来損ない 呪われた子
蒼の瞳は、人外の色。なのに、神の御姿を見ること叶わず、声も聞こえず。
(金の髪と、蒼の瞳)
ゆえに、出来損ないと言われてきた。
一方で、いつか身の内の神力が溢れ、人々を不幸にするとも。
思い出した数々の言葉に、視線が下へと落ちる。もしかしたら、『だから』かも知れない。
自分が生まれてしまったから。中つ国が滅んでしまったのかもしれないと。
考え至った言葉に、自分でそうしておきながら酷く傷ついた。馬鹿だな、と、小さく呟いて顔をあげたと同時に、ノックの音と共に扉が開かれた。
「千尋、風早が呼んでる――」
ハッとして顔をあげたが、声の主は普段から気だるげに寄せられている眉根をさらに深いものにして入り口で立ち止まる。
「何。どうかしたのか」
「那岐……」
彼らしい直球の問いかけにわずかながら笑みを浮かべ、持っていた鏡をぱたりと置いた。
「金の髪、だったんだなあって思い出したの」
千尋の言葉に那岐の表情は動かない。千尋は更に、言葉を続けた。
「橿原(あっち)では、那岐が術をかけてくれてたのね」
その言葉にようやく那岐が反応を返す。面倒くさそうに手の平を首の裏へと回すと、どうでもいいと言うような口調で肯定の言葉を返した。
「日本人なのに、金髪碧眼だと騒がれるだろ。一緒にいて面倒だっただけだ」
それでも人よりも色素は薄いほうだ、という自覚はあった。けれど、日本人だと言いきれば認めてもらえる程度には、周りに溶け込んだ容姿で暮らすことが出来たのは、どう考えても那岐の優しさだろう。
「ありがとう」
「は? 面倒だった、って言っただろ」
「うん、だから」
相変わらず口の悪い元同居人に苦笑しながらも千尋が礼を言えば、訳がわからないと言ったような返答が帰ってくる。
そしてそれだけではない礼の原因に、若干の後ろめたさを感じながら千尋は続ける。
「那岐は、この色を怖がらないでいてくれるから」
事実として知ってはいても、思い出された数々の言葉に千尋の眼差しが弱々しいものになる。自分を見ていた彼女の視線が下がるのに気付き、那岐はわざとらしいほどのため息をついた。
「気にしすぎだろ。千尋が思うほど、誰も気にしてない」
「でも、思い出したの。小さい頃の事」
「だから」
千尋の言葉を遮り、不服そうに唇を尖らせた千尋を見やる。
「千尋の事を大事に思ってるヤツらの中に、気にしてるヤツなんかいない。それだけで十分だろ?」
全く、なんだって自分がこんなことをいちいち言ってやらなきゃならないんだ。
そう思いながらも言わずにはいられない自分の性格にイラつきながら、それをぶつけるような眼差しで千尋を見る。予想外の事を言われた、と言った風な千尋の表情が更にイラつきを誘うが、辛うじて堪えた。
「それ以上は贅沢」
「そう、かな」
那岐の言葉を反芻し、自らにしみこませる。幼い頃に受けた傷は消えないけれど、じわじわと新たな言葉がそれをそっと撫でてくれるような感覚。
言葉をくれた人物を見れば、どんどんと不機嫌になっているのが見てとれる表情で、決して慰めの為に発した言葉ではないことが、だから余計にわかって。
「うん…なら、いいな」
素直に、そう言うことが出来た。
納得したなら行くよ、と、先に歩き出した那岐を追って部屋を出る。並んで歩きながら、徐々に沸き始めた温かさに頬が緩んだ。こんなところが、単純、と彼に馬鹿にされるところかもしれないけれど。
「ねえ那岐」
「何」
「ってことは、那岐も私のこと大事だって思ってくれているのね」
半分本気で、半分悪戯心で聞いた言葉に、予想以上の反応で那岐が固まった。と、思ったら気温すら下がるのではないかと思うほどの冷たい眼差しが降って来る。
「くだらないこと言うなら置いていくよ」
「もーすぐ怒る!」
言いながら、歩む速度が5割り増しになった那岐に千尋が置いていかれる。慌てて駆け出してその距離を詰めながら、どうにも短気な『家族』の腕にじゃれついてみた。
Fin
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Comment:
Kさらぎさんとも話していたのですが、歴代神子と違って「髪の毛と瞳の色」はイメージカラーではなく、ガチで「金髪碧眼」設定なので、そのままだったら日本で浮くよね、と。
だからきっと那岐が術をかけててくれたんじゃない? という妄想。
20081219up
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