** Happy C×2 **
 ●金色の運び


 学校からの帰り道。晩御飯の食材を買いに商店街に寄っていた私と那岐は、メニューについて喧々諤々しながらも何とか意見の一致を試みて、無事買い物を済ませることができた。
 とは言っても、大体折れるのは私のほうだ。だって、那岐は結構好き嫌いが多い。食べられない訳じゃないくせに、「どうせ食べるならおいしく食べたほうがいいだろ」なんて、尤もっぽい事を口にしては折れる事がない。
 挙句、「僕が作るより風早や千尋が作った方が美味しい」だなんて、やっぱり勝手な事を口にしては当番をサボる。
 那岐に関しては、こっちが何を言ったところで本人の気が向かない限りテコでも動かない。それが分かりきってるから、あえてどうしよう、とか、いわゆる「無駄な努力」はすっかりすることがなくなった。


「あのさ、千尋がそっち持ったらバランス悪いとか思わない?」


 牛乳やら根菜やらが入った重い買い物袋と、卵やパンの入った軽い買い物袋。
 重いほうを渡すのがなんとなく気が引けて後者を渡すと、遠慮なくむっとした声が帰ってきた。

「だって、今日の当番私だし。那岐は付き合ってくれてるわけだしさ」
「だから何? 僕によたよた歩く千尋の隣を歩けっての? 冗談じゃないよ、恥ずかしい」

 いいから貸しなよ、と、私の手から荷物が消える。あ、じゃあそっちの、って手を延ばしたら、それより一瞬早く反対の手へと移動された。

「那岐!」
「転ばないで着いてきてくれさえすればいいよ」

 言うなりすたすたと歩き出してしまった那岐のあとを、小走りに追いかける。

 雰囲気で、なんとなく自分と大差ないんじゃないか、と思ってしまう身体の線は、良く見ると(良く見なくても、なんだけどね)全然違っていて、こういう時にもそれは如実に表れる。
 両手で持っても重いだろうな、と思った買い物袋は、片手で楽々と運ばれてるし。
 反対の手には、学校の鞄にもう一つの買い物袋。
 重い、だるい、なんていいながら、歩くスピードはちっとも変わってなんかないし。


「……ありがと」
「別に。美味しい夕飯作ってくれればそれでいいよ」


 うん、頑張るねって言ったら緩くあがる口元。普段からそうやって笑ってれば、那岐って相当もてると思うんだけど。
 唯でさえ那岐はもてる。並んで歩きながら、改めて那岐の整った顔立ちを見て、それについては非常に納得する。問題は、口の悪さだけ。
 だって何だかんだ言って面倒見いいし。身長だってそこそこあるし。
 風早が平均よりずば抜けて高いだけに、一緒にいると低く見えちゃうんだけど。

「ねえ那岐」
「なに」
「那岐はさ、彼女とか欲しいって思わないの?」

 言った途端、リアルにつんのめる那岐を見た。うわ、珍しい。
 復活したと思ったら、これ以上無いほど苦々しい表情で「何言ってんの?」って、そんなにおかしな事聞いたかなあ。

「いらない。興味ないね」
「なんで!?」
「めんどくさいだろ。千尋だけで精一杯だよ」
「ちょ、私が原因で彼女できないみたいに言わないで!」

 そしたら「自覚ないの?」だって。あんまりな言い方に、思わず立ち止まってぎりぎりと那岐を睨んだ。

「私、そんなに那岐に迷惑かけてないよ?」


 ……多分。


 心の中で追加した声だけを拾ったように、那岐の口元に意地悪な笑みが浮かぶ。
 それだけで何も言わないのが更ににくたらしい。立ち止まった私を放って、さっさと歩き出しちゃうしさ。


「もう、那岐ってば!」


 追いかけて並ぶ。


「あのさ、すぐめんどくさいとかだるいとか言わないほうがいいよ?」
「説教なら聞かないよ。風早だけで十分」
「言ってもらえるうちが花なんだから。あのね、普通にある事が当たり前だって思わない方がいいよ? こうやって3人で一緒に暮らせて、毎日美味しいご飯が食べられるのってすっごい幸せな事なんだから」


 言った言葉に、一瞬那岐が固まったように見えた。けれどそれは本当にほんの一瞬で、気のせいだったのかなと思うほど。


「千尋はいちいち暑苦しいんだよ。もうちょっと肩の力抜いたら?」
「那岐は抜きすぎなの。絶対青い鳥とか気付かないタイプだよね」
「青い鳥って何さ」
「知らないの? 幸せの青い鳥」


 怪訝そうな顔をする那岐に、私はざっくりとあらすじを説明する。幸せを求めて旅立つけれど、結局求めた幸せはすぐ傍にあるというお話。幸せの視覚化したものが青い鳥だってことを。
 すると那岐の顔が呆れたように変わった。うん、そういう反応するだろうなって思ったよ。

「いかにもな道徳童話だな。呆れて突っ込む気もしない」

 言いながら荷物を左右で持ち帰る。やっぱり重いんじゃないかなと手を伸ばせば、再度睨まれて手を引っ込めた。

「那岐。やっぱり一つ持つよ」
「いいって言ってるだろ。いいから千尋は青い鳥でも探してなよ」
「もう! 私はちゃんと分かってるもの。こうして那岐と買い物したり、二人の為にご飯作ったりっていうので十分だもん」
「欲がないな、千尋は」
「そういう那岐はどうなの」

 欲があるんだかないんだか分からない那岐に聞くと、珍しくまっすぐに薄く笑ったから驚いた。
 前を向いて、一度だけ瞳を伏せて。再び開いた眼差しは前を見ているようで、どこか遠くを見ているようで。


「悪いけど、『幸せの鳥』ならとっくに見つけてるからね、僕は」
「え!?」


 那岐らしくない物言いにびっくりして声が高くなる。呆れたような視線だけを寄越して、那岐はすぐに私から視線を外した。

 

「まあ、青い鳥っていうか、金色頭のひよこってトコかな」

 

 予想外の答えに、反応に詰まる。すると、那岐がそんな私をみて弾けるように笑った。

「間抜け顔」
「ひど……っ! 那岐がおかしな事言うから! 金色頭のひよこって何の事?」
「さあね」

 わからないならいいよ、と、一方的に会話を打ち切られた。そのあと、私が幾ら何を聞いても那岐はその話題に関しては一切それ以上の情報をくれることはなくて。


 それでも「ひよこ」を口にした那岐の顔があんまりに穏やかだったから、彼にとっての幸せの鳥が、出来るだけすぐそばで長く長くあり続けてくれればいいと、思ったんだ。


 

 

Fin

 

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Comment:


誰かを特別に思いたくない那岐さんなので、絶対にこんな会話はなかろうと
思いつつも妄想妄想。
千尋さんは、那岐や風早といると割りと普通の女子高生的な口調になるのがかわゆらしいですな。
そして那岐はツンデレというかダルデレだという指摘に激しくうなずく日々です。
金色頭のひよこさんが何を指すのか果たして読んでくださってる方に伝わるかどうかが不安です(そんな文章力)。



20080712up


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