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●戸惑いの向こう側 |
話したいことがあると言ったくせに、人を馬鹿呼ばわりして消えた女。
残された俺は途方にくれる。なんなんだ? アイツは。
高らかな靴音が響いたかと思うと、思い切り閉められた扉の音。それきり、一切の音が消えた。
「……」
賑やかさが一気に消え、しん、と空気までが冷え始めたように感じる。俺は頭の中で千尋が残していった言葉の数々をつなぎ合わせ、そして出来上がった答えに困惑する。
心配したでしょう、と。
開口一番叫んだアイツの言葉がそのまま答えだった事に気付いたのは、情けないことに千尋が部屋に篭ってから数十秒も経った後だった。
(心、配?)
誰が、誰を。
――アイツが、俺を?
(どうして)
考え始めた頭はちっとも進まないというのに、俺の足は勝手に千尋の部屋へと向かう。ああ、どうやらこっちの方がよほど素直らしい。
けれど素直なのはどうやら二本の足だけのようで、扉を開けようと伸ばした手は、一向にその目的を果たさない。
千尋に分け与えたこの部屋の扉など、嫌というほど見慣れたはずなのに、信じがたい程の余所余所しさで俺の前に立ちふさがる。まるで、天岩戸だ。
彼女を笑わせる術を持たぬ俺がどう言葉を弄したところで、光の比売神は扉を開けては下さるまい。
扉を見やる。
けれどどうしたところで、このまま此処を立ち去る気分にはなれなかった。
迷いのままに、靴が鳴る。扉の向こうで、気配が近づくのがわかったが、やはり扉が開かれる気配はない。
「悪かったな」
千尋の気配を感じた瞬間、するりと言葉が喉を突いてでた。ああ、俺は謝りたかったのか。
自分をそんな風に見ていたのかと、千尋は俺を責めた。
千尋をそこまで愚かな女として見てはいない。ただ、憂いを残さない為にしたことで、千尋自身に対する特段の意図はなかった。だが、彼女にとってはそれだけで済む問題ではなかったらしい。
俺を心配していたと。
何故自分を信じてもらえなかったのかと。
言葉が空回りしていることに、彼女が怒りと悲しみを覚えたのは――俺のせい。
(俺がお前にとって、そんな価値のある人間だとは思わなかったんだ)
中つ国にとっての価値ではなく、千尋、お前にとっての。
彼女からの返事がないままに、一方的に言葉を紡ぐ。返事がなければないだけ、生まれる間を恐れるように。
やがて言葉尽きて――扉に体重を預けたまま空を仰ぐ。違う、今、一番言わなければいけないこと。
「だから、謝るよ――ごめん」
何も相談をしなかった事。
何故そんなにも怒ったのか理解してやれなかった事。
お前にとっての俺の価値が、思った以上に大きいとわかった瞬間、溢れ出る愛しさと切なさ。どうしたって、許して欲しい。
「……わかったよ。謝ってくれるなら」
「本当……か?」
ようやく聞こえた許しの言葉に、緩む頬とこぼれる吐息。自分はいつの間に、こんなにも千尋を。
やっと掴んだ一筋の希望を逃さぬよう、言葉を重ねる。戦に出る以上、心配をかけないとは言えない。そんな約束をすれば又、千尋を悲しませる事になる。
だから、と、代わりの約束をして。扉の向こうへと続く糸を必死で手繰り寄せて、願う。
「だから――どうか、この扉を、開けてくれないか」
言葉が尽きた時。
背後で、人が動く気配がした。
ようやく見ることが出来た比売神の顔は、やはり笑顔とは言えなかったが多くを望める立場ではないことはわかっている。
今は何よりもただ、千尋が部屋から出てきてくれた事自体が嬉しい。
「……泣いて、いたのか?」
「誰かのせいでね」
一瞬の間も無く切り返された言葉に、言葉を失う。目尻に残っていた涙をぬぐおうと伸ばした手は、意思に反して彼女の後頭部へまわり、そのまま俺へと引き寄せた。
拒絶されるかと思えた抱擁は、ただ静かに腕の中にいてくれる千尋によって保つことが出来た。壊れそうなほどの華奢な身体に驚き、再び後悔の念が襲う。
「……約束、守ってね?」
「ああ、守るさ」
もう二度と、泣かせたくない。
もう二度と、傷付けたくなどない。
身体の線と同様、細い髪に指を絡ませながら約束をする。それと、誓いを。
(何があっても、絶対におまえだけは)
戦場で、死なせるようなことはしない。
するりとまわされた手の温度を愛しく思いながら、ただそれだけを俺自身に誓った。
Fin
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Comment:
アシュルートクリア10分後に萌消化のために書いた文章。
後ほど色々後悔するかもしれませんが、とりあえず一言言いたい。
「なんなんだこのわんこ!わんこ!!」
20080630up
*Back*
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