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●緋いゆらぎ |
激昂に任せ薩摩の人間を切りにいった沖田を止め、無事に共に戻ってこられたのは運も良かったのであろう。原田や斎藤が合流してくれなければ、あのまま沖田に切り殺されても不思議ではなかったのだ。
屯所に戻ってからも一騒動の後に、土方に休めと言われた千鶴は大人しく自分にあてがわれた部屋へと向かう。
元々人目につかぬ位置にあるそれに、近付けば近付くほど当然人気は少なくなっていく。そうして、完全に自分1人になった瞬間。
「あ、れ?」
がくりと千鶴の膝が折れた。
それ自体に驚くのと、自分の身体が小刻みに震えていることに気付き、更に驚く。無理やりに抑えようとしても、更に震えは強くなるばかり。
これはもう、収まるまでほうっておくしかないと諦めた時、元来たほうから千鶴を呼ぶ声が聞こえた。
「おーい、部屋まで送る――って、千鶴? おい、どうしたんだよ!?」
廊下に膝をついて両の手を互いに強く握っている千鶴に気付き、後を追ってきた平助が驚いたように駆け寄る。
平助は滑るような仕草で姿勢を千鶴と同じくし、その手のみならず全身が震えていることに気付く。何があったのかと視線だけで再度千鶴に問うと、千鶴は少しだけ困ったように、けれどしっかりと微笑み返した。
「安心したら……急に」
情けないね、と笑う千鶴を、平助はわずかに眉をひそめて見やる。沖田を追いかけていった千鶴が、現場で何を見たのか、どう行動したのかを知る術はないが、沖田が取った行動から見れば導き出される答えは想像に難くない。
「あのさあ、ここに居るからおまえ忘れてっかもしれないけど、おまえは女の子なんだぜ?」
「え?」
「そこらの女の子だったら日々泣いて暮らしてたっておかしくねえのに、千鶴はそうやって笑うだろ? それだけで、すげえって思うけどな、オレは」
上手く思っている事を言いきれた自信がなく、頭の後ろをかいてしまう。自分の言葉を聞いた千鶴は暫しぽかんと間の抜けた表情をしていたが、徐々にいつもの笑みを向けた。
「ありがとう、平助くん」
「別に、礼を言われることじゃねえよ」
で、何があったんだ? と、照れ隠し半分興味半分で聞くと、不意に背後から声をかけられた。
「僕の間合いに入ったんだよ」
「――っ!」
「沖田、さん!」
油断していたとは言え、気配もなく背後に回った沖田と、話題の人物が突然現れたとそれぞれの理由で息を飲む二人の前に、人の好い笑みを浮かべた沖田が立っていた。
「え、って……総司の間合いに?」
発言の内容に、直前の理由よりも驚愕を覚えた平助が声を上げ、その驚きを当然のものとして受け止めた沖田が表情も変えずに頷く。そしてそれを確認した平助が、信じられないものを見るように千鶴をまじまじと見た。
「まさか……抜刀後の、か?」
「まあ抜刀前でも余計な気配が入れば斬るけどね」
居合いは斎藤君ほどじゃないけど僕だってそれなりだし、と、冗談とも本気とも付かない口調で代わりとばかりに答える沖田に、答えを得た平助が千鶴以上に青ざめる。
「おまえ……すげえ命知らず」
そりゃ震えもするっての、と、未だ収まらない千鶴を見やる。呆れたように聞こえつつも感動の響きすら覚える平助の声音に、余計に居たたまれなくなって千鶴は縮こまった。
かたかたと震える千鶴を見、ため息をつきながら平助が手を伸ばす。そしてその手が千鶴のそれに触れる直前、沖田が短く自分を呼んだ。
「いいよ。彼女は僕が部屋まで送る。そうなったのも僕のせいだし、ちゃんと落ち着くまで付き合うさ」
目的を達せなかった右手を引っ込め、平助が沖田を振りかえる。自分と同じ夜行の羅刹とは言え、散々刀を振り回してきた後だ。休んでくれ、と、続けようとして――やめた。
「じゃあ千鶴。オレはもう一回りしてくるから。おまえはオレたちと違うんだから、ちゃんと休めよ?」
「あ……ありがとう平助くん」
「だっから礼を言われるようなことじゃないって言ったろー?」
立ち上がり、千鶴にひらりと手を振ると沖田の脇を通って元来た道を戻る。
沖田が反対に歩を進めるのを気配で感じ、平助はがりがりと後頭部をかいた。
「称えるべきか同情すべきか――」
よりにもよってアイツに捕まっちゃあなあ、と零した言葉は、誰に聞きとめられる事無く夜の闇へと溶けた。
沖田は平助の代わりと千鶴の隣へと近付き、更に悪戯な光を帯びた眼差しを千鶴に向ける。
「立てないなら、抱きかかえて君の部屋まで連れていこうか? なんなら添い寝もしてあげるけど」
「い、いいです……もう少ししたら自力で戻りますから」
「つまらないなあ」
からかわれていることを肌で感じ、千鶴の頬が朱に染まる。隣に腰を下ろした沖田の、思っていたよりも近い距離に動揺して耳朶までもが赤く染まった。
「ん?」
「いえ……なんでもないです」
言いながら震える手を胸元に引き寄せようとするよりも早く、沖田の手が千鶴のそれを取った。
重ねられた両手を、更に沖田の両手が包む。まるで壊れ物を包むかのような強さが、震えを止めるべく強められた。
「ここまで良くもったと思うよ? 僕はあの時、本気で君を斬る事も考えた。その殺気にあてられながら、崩折れることなく対峙してここまで戻ってこられた君の胆力には感心する」
直前までの相好はどこへやら、真剣な面持ちと声で沖田が告げる。
実際、沖田は本気で感心していたのだが、呆れられているのかとも取りあぐねている千鶴からの返事はない。
自分の手の中の彼女の手は、細く弱く、これ以上力を込めようものなら簡単に折れてしまいそうだというのに。
この両の手を広げて。自身すら盾として自分を止めた彼女の強さは、一体どこから来るものなのか。
確かに彼女を斬ってしまう可能性はあった。けれど同時に、どうしてもそれは無理だと頭のどこかで分かっていた。
彼女が自分に向ける真っ直ぐな瞳。意思。それら全てに苛立った。そして苛立てるほどには、彼女が自分に懇願した「正しい道」を望む自分が残っていたのだろう。
「もうあんな無茶は駄目だよ? 僕だっていつも刀を止められるとは限らない。殺そうと思わなくたって、君を殺してしまうかもしれない」
沖田の言葉が嘘や冗談でないことは千鶴にもわかった。返す言葉を上手く見つけられずに視線だけを返せば、昼間よりも暗い色彩が自分を見返していた。
口調こそいつもどおりなのに、だからこそ口調に似合わない眼差しで、困る。
思わず謝罪の言葉を口にしようとして、思いとどまった。
「また生意気だって言われるの、わかってますけど……沖田さんが無茶をしないで下さるなら、もうしないです」
沖田の手の中で、自分の手を所在無げに動かす。もっとも、強く握られているせいで動きは限られてはいたけれど。
「生意気なのわかってますけど、全然皆さんの仲間にも、お力にもなれてないの、わかってますけど、それでも私、沖田さんには傷ついて欲しくないんです」
表情は変わらない。それが余計に不安を煽るけれどここまで言ってしまったのならもう引き返せない。
千鶴はきゅ、っと唇を噛んだ。
「その為なら私、自分の命だって惜しくないです」
「軽々しくそんな言葉を使うもんじゃない」
「だって……!」
言い募ろうとした千鶴の肩に、とん、と沖田の額が乗った。え、と短い言葉だけが唇から漏れ、千鶴は何があったのか分からずに視線ばかりをさまよわせる。
「あの、沖田さん、あっ、もしかして具合が悪いとかですか!?」
「本当……生意気だよね」
掠れた声でしか言葉にならなかったそれは、想いを正しく形に出来ていただろうか。
気付けば苦笑が浮かぶ。本当に、この少女はどうして。
「沖田さん、私ならもう大丈夫ですから早く部屋に戻って休んでください」
「いいから……もう少しだけ付き合ってくれないかな」
その響きに千鶴の眉根が寄る。こんな沖田の声は、初めて聞いた。
逡巡の後、右手をそっと持ち上げて沖田の背を撫でる。千鶴の震えが止まったのを察してか、それは簡単に目的を達する。
どうしてそうしたのかはわからない。けれど、どうしてもそうしたかった。
今度こそ生意気だと怒られるかとも思ったが、沖田は何も言わずにいて。
言葉もなく、ただこの時間が愛しかった。
ずっとこうしていたいと、思ってしまった。
気持ちに。
気付いてしまった――
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Comment:
沖田さんクリア記念勢いSS。
シーン的には「その時は僕が殺してあげる」とか、終章近くのBADENDとかも好きなのですが、
あのやりとりの後に屯所に戻ってこんなことがあってもきゅんとするなあと書いてみました。
僕は断じてEDはただ寝たのだと信じて疑わない ぞっ。
20090201up
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