** Happy C×2 **
 ●はないちもんめ

 ちょっと抱き寄せただけで身体が固まる。
 接吻などしようものなら、ぎゅうと固く目を瞑って。
 ちっとも男慣れしていない初心な反応は、最初こそ愛しくて可愛かったものの、流石にずっとこれだと困る。というか、はっきりいって傷付く。

「あのさ」
「は、い」
「もうちょっと色気のある顔できないかな」
「無理です」

 あんまりにはっきりした返事に沖田が面食らう。何だその、勇ましいまでの返答は。
 沖田は千鶴を抱きしめた腕を緩めると、それによってうっすらと目を開けた恋人を見やる。おどおどとした仕草は行為そのものに対する不慣れと怯えとわかっていても、まるで自分自身に怯えられているようでおもしろくないのだ。
 別に今からとって食べるわけではない。ふと昼間に出来た緩やかな時間に、愛しい相手を抱き寄せただけなのにこの反応。
 じ、と見つめてくる視線に千鶴が怯えたように瞳を逸らす。うう、なんだかこれじゃ昔に戻ったみたいだと千鶴は思いながらもどうしようも出来ずに居たたまれなくなってきゃんきゃん鳴いてみる。だって色気ってなんですか出そうと思って出るものなんですか。
「だって君の場合、出す努力すらしてないよね」
 あんまりな言葉に、ひどく傷付く。そりゃあ江戸や京のような栄えた町でもないここでは人並みのお洒落すら難しい。だけど、それなりに身なりには気を使っていたし、可愛いと思ってもらえるよう努力はしていたつもりだ。なのに、沖田から見れば「していない」程度の努力だと評されてしまった。
「あ、勝手に勘違いしてそうだから言っておくけど、可愛いなとは思ってるから」
 いきなりの直球にがくんとよろめく。気まぐれな気分屋というのは知っているが、頼むからほんの僅かな時間の間に振り子のように振り回すのはやめて欲しい。
 色気がない。だけど可愛い。
 けなされているのか褒められているのかわからず、どんな顔をしたらと困っていたら盛大に噴出された。
「ひ、人の顔みて笑うなんて失礼ですよ!」
「だって君が変な顔するからだろ?」
 よっぽどおかしかったのか、お腹を抱えて笑っている。もう、もう、人を散々翻弄しておいてこれ!?
 顔を隠すように頬を両の手で挟めば、大して冷えていない指先ですら熱いと思う熱。なのに、自分をそうさせた人物は涼やかな眼差しでそんな自分をおもしろそうに見ているから余計に腹立たしい。
 大体、色気なんて自然と醸し出されるもので出そうと思って出るものではないと思っている。
 それこそ、沖田が生まれ持って纏わせているものがまさにそうで、唯でさえそれに圧倒されそうになるときすらあるというのに、そんな色気の本家本元総取締役のような人物の前で自分のような小娘がどう色づいたところで悲しい結果になるだけではないか。
 しかも、一応自分の得手不得手くらいわきまえているつもりなのだ。その中で、色気などというものは最も縁遠く不得手の極みに位置するものと言っても良い。
 例えば君菊のような。ああいった大人の女性が艶めいてみせたら沖田さんには敵わずとも匹敵するくらいの色気は出ると思いますけど。
「どうせお子様ですもん。期待に副えなくてすみません!」
「そんなことないでしょ。褥になれば色気は出るのに、なんでそこまで行かないとでないかって――った!」
「何馬鹿なこと仰ってるんですかこんな日の高いうちから!!!」
 とんでもないことを口走り始めた沖田の口を、やや強引に自分の手のひらでふさぐ。勢い余ったようでかなりの音がしたが、今のは沖田が悪い。絶対に悪い。
 大きな瞳で睨みつけてくる千鶴を意地悪げに見やり、図らずも人を叩いたこの子にどうお仕置きしてやろうかと考える。自分が発した言葉など勿論広くて高さも余りある心の棚にそっと乗せた上で。
「ねえ千鶴ちゃん?」
 声の響きだけでなく、呼び方まで変わったことに気付いて千鶴が身構える。反射的に腰をあげれば、逃がさないとばかりにがっしりと抱きかかえられた。
「あの、えと、あ! そろそろ食事の仕度しないと!」
「さっき食べたばっかりだよね」
「ええええとええと、お洗濯物畳んだりとか」
「そんなのいつだって出来るでしょ」
 怯えすぎ、と言っても良いほどの拒絶っぷりに沖田の闘争本能に火がついた。もう逃がしてなんかやらない。
 腰を捕らわれたままそれでも懸命に距離を取ろうとする千鶴の体勢を利用して畳に押し倒す。千鶴がしまった、と思った時には既に遅く、しかもその心情をそのまま表情に出してしまったものだから沖田の顔を見るのが怖い。
「そんなに僕に抱かれるのが嫌?」
 ほら始まった。
 沖田の声に艶が乗る。だからだから、色気というのはそういうものでしょう?
 純粋な恐れとは違う、ぞくぞくとしたものが背筋を這い上がっていく。こんな思いを、自分が沖田に与えられる訳がない。
 必至に腰をよじり、自分の腕から逃げ出そうとする千鶴を沖田は片腕だけで抑える。人間のどの部位をどう抑えれば、もっとも有効に動きを制限できるかを知り尽くした動きだ。
「毎回こんなだとさ、僕が無理やり君を組み敷いてるみたいじゃない?」
「普段はともかく、今はそうじゃないですか!」
「へえ。じゃあ普段のあれは芝居?」
「……っ!」
 挑発すれば、かっと頬が赤くなる。ああ、可愛い。
 これ以上何を喋っても自分の為にならないと学んだのか、柔らかそうな唇がきゅっと引き締められる。学習したよねとは思うけれど、そんなことしたって君の声を聞くことなんて簡単なのに。
 肩口に顔を寄せて、首筋をぺろりと舐める。過剰なくらいに反応した肩を自分の体重で押さえ込めば、殺せない衝動が苦しそうな息になって漏れる。へえ、まだ我慢するんだ。
 舌で首を切るようにするりと円を描いて喉仏を甘く食む。ひくついた喉の動きが直に唇に伝わって心地良い。
 逃げ出すことよりも刺激をやり過ごすことに集中し始めた千鶴の身体は押さえつける必要がなくとも逃げず、空いた手で身体の線をなぞる。中でも柔らかな部位を手のひらで包めば、堪えきれなくなった声が湿り気を帯びて漏れた。
「だめ、です」
「この期に及んでまだそんな事言うの? 意外に強情だよね君って」
 冷静な返答が気に入らないのか、千鶴が潤み始めた瞳で沖田を睨む。そんな顔したって僕を煽るだけなのに、馬鹿だな君は。
「ねえ、本当に自分に色気がないって思ってる?」
「沖田さんがそう、仰ったんじゃないですか」
「じゃあ今の君は何?」
 包んだものを手のひらで自由に形を変えてやると短く息を飲んだ後に続く艶のある声。流される自分を良しとせずに懸命に首を左右に振る様が沖田の征服欲を加速させる。
「こんなにも僕を誘ってるのに? 僕はさっきも言ったよね、褥の中の君は性質が悪いって」
 そんなこと言ってない――という言葉は、出すことも許してもらえなかった。だいたいここは、褥の中ですらない。
「まっ……、おき、たさ……っ!」
「総司」
「っ、総司、さん」
 きっかけなどもうどうでも良かった。今はただ目の前の彼女を抱きたい。
 震える声が自分の名を呼び、責めるような求めるような眼差しで自分を見る。これが色香でなければなんだというのか。
「それも芝居?」
「ちが……っ」
 千鶴にそんな器用な真似が出来ないことは知っているがあえて聞く。溺れている自分に気付く余裕もないことは知っているが、僅かでも悟られたくなくて余裕のある振りをする。
「じゃあ、君も僕を求めてくれてるって思ってもいいよね? それとも本当に嫌?」
 ねえどっちなの。
 互いに無意識で相手を挑発し、意識的に相手を責める。なんて、盲目的な交わりだろう。
 本当は自分でも分かっている。普段の千鶴と、目の前の千鶴があまりに違いすぎて、そのどちらも可愛くて仕方ない。
 けれど褥を共にする千鶴が自分を翻弄すればするほどに、そこに至るまでに見せる怯えがもどかしい。困らせてやりたくもなる。けれど実際、日頃からこのような色香を出されても翻弄されるのは自分で、そうなったらなったで困ることも分かっている。
 つまり自分は、どうしようもなく千鶴が好きなのだ。
 愛撫をやめると、荒い呼吸を整えながらきらきらと濡れた瞳で見上げてくる少女。不満げに唇を突き出し、瞳には若干の諦めものせて。
「意地悪な総司さんはいやです」
「……じゃあ、優しければいいの」
「時間も考えてください」
「今後は考慮するけど今は無理」
 こんなにも可愛い君を前にして我慢なんて絶対無理だよね。
 本音の代わりに、愛してるよと耳元で囁いてやる。沖田の囁きを聞き、何かを誤魔化したのだとは察したけれど与えられた言葉も本当だと分かるから、千鶴は仕方のないひとと微笑んだ。
 誤魔化されてくれる千鶴が可愛くて、でも微妙な罪悪感から「そんなんだからつけこまれるんだよ」と憎まれ口を叩くと、つけこんだ張本人が何言ってるんですかと最もな言葉が返された。
「大体、今更総司さんにつけこまれたって、そんなの当たり前の事だからいいんです」
「可愛いんだか憎らしいんだかわからないこと言うね」
 互いに許しあい、見詰め合ってくすくすと転がすように笑う。
 色事にさして興味のなかった自分がここまで溺れさせられたのだ。その責任は取ってもらわないと。

(違うか)

 色事ではなく、相手に興味がなかったのだと気付いて苦笑する。だがしかし、それだって千鶴には教えてやらない。
 自分が誰かに固執するとどうなるかを沖田は知っていた。それこそ、興味の沸かないその他大勢に向けて振りまかれるはずだった愛想が全てまわされると言っても過言ではない。


(だから、覚悟してよ)


 僕の命が潰えるまで。その最後の日まで僕はもう君しか愛さない。欲しいと思わない。

「ねえ千鶴」

 だから何度でも囁くのだ。愛していると。
 使い古された言葉でも、擦り切れるまで使って使って、僕たちの間にだけ、それ以上の意味が生まれるように。




「愛しているよ」

 



 

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Comment:

沖田 さんが暴走した(二回目)。


20090222up




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