ってそれあんまりじゃないですか? そりゃあ朝からずっと自分でもそこについては散々考えてましたが、はっきり言いますかねそういうこと!
振袖を着、美しく着飾ってもこの台詞ということは、常の自分をどう思っているのかが良く分かる。もう、もう、前言撤回だ。優しいなんて嘘。沖田さんみたいにわざと酷い事を言うのではなく、素で口にするほうが性質が悪い。
ぷりぷりと頬を膨らませる千鶴を見、千鶴の気付かないところで斎藤が小さく噴出した。どうやら言葉が足りなかったらしいが、こうして怒る千鶴も又可愛らしいのでそのままにしておくことにした。
新年ということもあり、日頃よりも活気溢れる町を歩く。気付けば又、斎藤の手が自分のそれを取っていることに気付いた。そして進む足は、やはり緩やかだ。
随分と羽を伸ばし、気付けば新選組の門限である刻限も迫っている。気の短い冬の日差しに追われるように、長く伸び始めた影を纏わせて家路を急ぐ。
斎藤が一足先に屯所へ入り、辺りに誰もいないことを確認してから千鶴を招き入れる。見慣れた風景に小さく息を吐き、さて、明日からは又いつもの日々だと千鶴が気持ちを入れ替えたところで。
「お、戻ってきたぜ!」
自室への角を曲がったと同時に聞こえてきたのは聞きなれた声だった。ひょこりと平助が顔を覗かせ、千鶴を見て目を丸くした。
「うっわ、千鶴すっげ可愛い!」
「平助! おまえ邪魔だっつの……っておお! やっぱ可愛いじゃねえか。思ったとおりの別嬪さんだな」
「おまえも邪魔だ佐之!」
突然の事に千鶴が絶句していると、目の前で見慣れた幹部連中がわらわらと溢れるように姿を現す。そして皆一様に千鶴の姿を見、きらきらと輝いた表情で見やった。
「いやーやっぱいいなあ。こう、ぱあっと場が明るくなるよなあ!」
答えは必要ないとでも言うように、永倉は自分の言葉に自ら頷いている。
「ずるいよね一君。こういうおいしい役は僕にくれればいいのに」
ねえ千鶴ちゃん、と話を振られた千鶴は曖昧に笑って誤魔化す。それはええとあの、正直微妙です沖田さん。
「何その顔。なんか気にいらないなあ」
「ななななんでですかどうしてですか」
「やましい事があるから怯えるんだよね」
「ああああの! あ、これお土産です皆さんに」
あ、話そらした。
沖田は鼻白んだが周りの幹部は喜びの声を上げる。ここの菓子屋うまいんだよな、とは平助の声で、肌守の気遣いに感動しているのは年長組だ。
「てめえら! 夜更けにぎゃんぎゃんうるせんだよ!」
「うおっ、鬼が来た鬼が」
「だーれが鬼だ原田。聞こえてんだよしっかりと」
騒がしいと怒鳴りつけにきた土方が、千鶴の姿を見て眉をひそめる。
ああ、そういえばそんなことを近藤が言っていたなと思い出し、大仰にため息をついた。
「悪いな千鶴。折角楽しんで帰ってきたんだろうにこいつらが騒ぎ立てやがって」
「だーって土方さん、一君ばっかりずるいじゃんか! 言ってくれればオレが一緒に行ったのにさあ」
「それをいうなら俺だろう平助。おまえや斎藤なんかよりよっぽど千鶴を楽しませてやれる自信があるぜ?」
「僕は自分が楽しむ自信があるけど」
「だからうるっせえんだよてめえら! 千鶴、もうおまえ着替えて来い」
少々勿体無い気もするがそうも言っていられない。苦々しげに千鶴に指示をすると、周囲から一斉に抗議の声があがる。唯一声を上げなかったのは斎藤だけだ。
「いーじゃんか土方さん! もうちょっとくらい見てたってさあ!」
「そーだそーだ! 大体幹部の俺らに何の相談もなしに護衛役が斎藤に決まってたってのも納得いかねえ。千鶴ちゃんが着飾ってるのだって、総司が近藤さんから聞き出さなけりゃ俺ら知らないままだったんだぜ?」
「だよね。新年だから沢山千鶴ちゃんと遊ぼうと思ったのに姿が見えないんだもの」
「仕方ねえとは言え、日頃そういう娘らしい格好が拝めねえっつうのは勿体ねえなあ」
各々が口にし始める好き勝手な意見に、千鶴がどうしたものかとおろおろと土方と斎藤を交互に見やる。その視線を斎藤は無表情に(だが、微妙に土方を伺うように)、土方は一層眉間に深い皺を刻みため息をついて受けた。そして片手で額を押さえつつ、残りの手をひらひらと千鶴に振って「さっさと行け」と無言のうちに促した。
千鶴は土方にぺこりと頭を下げ、踵を返――しかけてから、とと、と土方に歩み寄る。そして先ほど皆に渡したお守りを土方にも差し出す。
「気持ちですけど、宜しかったら」
常以上に細く見える指で渡されたものを受け取り、土方が片頬を持ち上げて笑う。そして大きな手をぽん、と千鶴の頭の上に一度だけ置いた。
「いいからおまえは自分の事だけ心配してろ。こんなもんに頼ってるようじゃ、勤めは果たせねえんだよ」
「はい、すみません」
「だが、ありがとな」
おら、さっさと行け。
視線で続けられた言葉に千鶴が従うと辺りが騒然となり、そのあまりの騒ぎに土方が面食らう。馬鹿で落ち着きの無い野郎共だとは思っていたが、ここまで酷いとは。
「てめえら……本気で元気が有り余ってるようだな」
低い低いその声に、真っ先に反応したのは総司だった。
「折角貰ったお菓子は固くならないうちに食べないとね」
言って、くるりとその場を後にする。飄々と鼻歌などを歌いながら。
背後ではぎゃんぎゃん土方といつもの三人組が言い合いをしている。このままでは直に仕合にまで発展するかもしれないな。いや、下手をすると粛清? まあそれはそれでおもしろいな、などと他人事のように思いながら、手にある菓子を寄越した少女と、その傍らにあった青年を思う。
『なんで斎藤君なんですか?』
そう近藤に問いただしたのは、自分もだ。
千鶴の姿が見えず、土方か近藤ならば知っているだろうと思って聞いてみれば、折角の元日だからと羽伸ばしに行っているとの事。しかも、年頃の娘の姿に戻って。
『なんで僕に言ってくれないんですか。喜んで付き合ったのに』
『いや、俺は誰でも良かったんだが斎藤が行くと言うのでな』
幹部の誰かが付くよう、相談してくれという指示をしたのに。
「わかりやすいよね、一君て」
表情はあんなに分かりにくいのに。その行動は何よりも雄弁だ。
そういう意味では誰よりも行動は早いのかもしれない。あの、千鶴と出会った夜もこの自分より先に刀を抜いて隊士たちを処分したのも斎藤であり、そもそも居合いが得意っていうのも彼らしいや、と、沖田は唇を持ち上げる。
それでも、人を殺す時とは違うのだ。
敵は斬れば終わりで返るものはない。たった一言の言葉すら。
しかし人との関わりは違う。自らの行いに返るものがあり、それを受けて又返し――そうして作り上げていくものだが、それをあの男が出来るのだろうか。
必要以上の言葉を発しようとはせず、志の為に己の感情を心の片隅どころか外にすら放り出していそうなあの男に。
「うっわあおもしろい」
想像するだけで笑いが止まらない。うまくいけば、千鶴だけでなくあの斎藤をも使って遊べるかもしれない。
(まあ、本人が自覚してなきゃ遊ぶもなにもないなあ)
沖田が不穏な考えをめぐらせている最中、千鶴を部屋まで送り届けた斎藤はふ、と人知れず息を吐いた。本当にあの面々は何て賑やかなのだろう。別に遊びで千鶴に付き合ったわけではなく、これはあくまでも任務なのだというのに。
「斎藤さん? あの、お疲れですか? すみません、一日付き合っていただいて」
普段なら行かないような、所謂年頃の娘が楽しむような場所ばかりに行ってしまったという自覚がある千鶴は深々と斎藤に頭を下げる。だからあんたが気にすることではない、と斎藤が言いかけて――肩から流れた髪を見つめた。
今日一日ずっと気になっていた。振袖では髪を結い上げる娘が多い中、千鶴のそれが耳の下でまとめられているに過ぎなかった事に。
じいと斎藤に見つめられて千鶴はそわそわする。何だろう、斎藤が言葉少ななのは理解しているつもりだが、こうも何も言わないままただ見つめられるのは落ち着かない。
ただでさえ、この屯所にいる幹部面々は独特の雰囲気を持った人間が多い。それは日頃から命のやりとりをしている人間が持つ輝きなのか、それとも生まれ持ったものなのか――どちらにしろ、真正面から向かうには、千鶴には経験が無さ過ぎた。
「あの……斎藤さん?」
千鶴が問いかけを口にするのと、斎藤が自分に背を向けるのが同時だった。そして斎藤は闇に包まれた庭に向かい、咲いていた蝋梅をぱきん、と手折ると再びこちらへ戻り、自分の前に立った。
「あの……」
斎藤の手が気付けば耳朶に触れていた。え、と息を飲むと紐でくくっていた髪にそれが挿し込まれる。
用事は終わったとばかりに斎藤の手が離れると、僅かに起こった風が蝋梅の香りを千鶴に運ぶ。
耳がちりちりと熱い。あれ、今冬じゃなかったっけ。
しかも夜だから凄く寒いはずなのにちっともそんなのは感じない。ただ熱くて、頭の中が真っ白で、だけどやけに蝋梅の香りだけが、わかる。
「……こちらの方がいい」
ささやきと共に零された微笑は、意識したものだったのだろうか。
(――――っ!!)
「おまえこそ疲れただろう。早く休むといい」
「はっ、はい!」
最早満足に言葉も紡げず、辛うじて返事だけを返した。もう駄目だ、早く1人にならないと変なことを口走ったり行動に移してしまいそうだ。ただでさえ今の時点で、相当挙動不審なのに。
襖を閉めかけ、そうだ、と斎藤がいつもの表情で自分を見る。ああどうか、顔が赤いことには気付かないで欲しい。
そう願ったのに。
「振袖、似合っていた」
その姿も悪くはないな、なんて言葉を残していくものだから。
残された部屋で、へなへなと崩れ落ちる。何だあの顔。何なのかあの言葉は。
泣きそうな心地で両頬を押さえる。鏡なんて見なくても、今の自分がどんな顔をしているかが容易に想像できた。
可愛い、だとか似合うだとか、原田も平助も沢山言ってくれたのにそういうのとは違う。上手く言えないけれど、何かが違う。
「なん、でえ……?」
混乱のまま視線をさまよわせれば目に入る鏡。
そっと被せていた布を上げ、映る自分を見つめればやっぱりありえないほど真っ赤な顔をしていて。
耳下で凛と佇む、蝋梅の薄黄色だけがただ静かに落ち着きを保っていた。
----------
Comment:
斎藤さんは無意識で。
予定より冗長になってしまいました。ううう斎藤さん難しい!
20090216up
*Back*
|