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●君は僕のすべて |
平助君覚えてる? って、ふいに千鶴が聞いてきた。
何の前触れもなかったから、オレは間抜けにも「へ?」って返しちまって、千鶴に笑われた。っていうかさ、今の千鶴のせいじゃん。それで笑うのってひどくねえ?
「何だよ藪から棒にさー」
二人そろって縁側に座り、オレたちはのんびりと何もない時間を楽しんでいた。さっき二人して昼寝したから、暖かな日差しの下でもそれほどは眠くない。とは言っても昼寝をしたのはオレだけで、千鶴はずっとその間膝を貸しててくれたんだけどさ。
ふてくされたオレは、再びごろんと千鶴の膝に頭を乗せる。わざとぐりぐりと膝に押し付けてやれば、くすぐったいの声と共に悲鳴がこぼれ、それでちょっとだけ満足。
に、と笑ったオレの頬を憎らしげににらんだ千鶴が、細い指でつい、とオレの額に触れる。そしてそのまますうっと一文を書いた。
「平助君が、ここを怪我した時のこと」
「怪我? あー……あれな」
思い出すと同時に苦々しさがこみ上げてくる記憶は、正直消し去ってしまいたいもので。けどそれをそのまま顔に出すのもなんか悔しいから、あいまいな言葉尻でごまかす。
千鶴はオレのそんな気持ちに気づいているのかいないのか、額に触れた指でオレの前髪を捕らえては離し、逃がしたそれを再び指に絡めてはまた離す。その動きが心地よくて、さっきまでの不機嫌がどっかいっちまうから不思議だ。
「あの時、平助君が言ってくれたこと覚えてる?」
「オレが?」
「うん。私が、『私も戦う』って言った時に」
あの池田屋の夜。
油断をしたつもりなんてなかった。確かに部屋は暗かったし、天井は低くて刀が使いづらいっていうのはあったけど、あの時とった不覚はもっと根本的なもの。
認めるのも悔しいほどの、力の差。
ふ、と風が動いたのを感じた時には、慣れ親しんだ殺気に頭よりも身体が反応していた。けれど避け切れなかった風なのか拳なのかがオレの鉢金どころか額までを切り裂いて。
思い出した景色と悔しさに、無意識にぎゅっと眼をつぶる。
閉じた目蓋は太陽に赤く染められ、それはまるであの時の景色そのままだから、余計にやるせない。
許せないのは、不覚を取った自分と。
私も戦う、といってくれた千鶴の無事を確認する前に意識を手放した弱さ。
「覚えてる、けど。それがどうしたんだよ」
こんな場所に入ってきた千鶴を、馬鹿と叱った。だって危ないし、大体女の子が来るような場所じゃないし。
言えば、千鶴が首をふる。そっちじゃなくて、と続けて。
「オレの見えない眼の代わりになるのは、5年くらい早いって」
「あー、そっちか。つか、よく覚えてるなそんなこと」
感心して言えば、なぜか千鶴の頬がぷく、と膨れる。何で? 今ののどこが不機嫌になる理由なんだ?
確かにそんなことを言った覚えはある。あんな危険な場所に飛び込んできたどころか、オレに逃げようと提案もせずに『一緒に戦う』と言った千鶴がおかしくて、うれしくて。
5年という数字に意味があったわけじゃない。けれど、オレが思うよりも千鶴はどうやらその『5年』に意味を持っていたらしいというのは今の表情でわかる。やべえ。適当に言ったなんてバレたら、コイツ怒るかな。
「それで、ずっと聞きたかったんだけど」
つったって、千鶴はあれからずっと稽古を積んでいたわけでもないし、実力的に成長したかと聞かれれば首を縦に振るのは難しい。うわあ、なんて答えよう。千鶴は泣かせたくないし笑っててほしいけど、嘘ついたら嘘ついたで傷つくだろうし――なんてオレが悩んでいるうちにも千鶴は答えを求めてくる。
明らかにうろたえたオレから何かを察したのか、千鶴の眼が不安そうに揺れている。うああ、だからその目反則だって!
「やっぱり、役に立ててない?」
ぽそりと零された小さな小さな言葉に、オレは本日二回目の「へ?」を返してしまった。
身体を起こして、乱れた髪も整えずに千鶴を見る。立っていてもそれほど差のない距離は、座った状態で並ぶともっと近い位置になる。すぐそこにある千鶴の細い肩とすこしうつむいた横顔を覗き込むように名前を呼んだ。
「千鶴? え、何? 何が?」
「私、平助君や皆さんに守ってもらうばかりで何もできなくて、だけど、あの時平助君が具体的に5年経ったらって言ってくれたから、それくらい経ったら、何か少しでも役に立てるようになってるかなって思って」
「ばっ……」
千鶴の口から出た、あんまりな内容にオレは絶句して開いた口が塞がらなかった。
役に立ってない? 誰が? 千鶴が?
「……っかじゃねえの!?」
自分でもびっくりするくらいの『呆れた』声が腹の底から喉と口を通して飛び出して、その『呆れた』響きに千鶴が驚いて顔を上げる。いやいやでも驚いたのこっちだし。
言葉を続けようとして、だけどびっくりしすぎてうまく話せない。代わりになんでか右腕が動いて宙をさまよい、なんだこの腕は、とあわててもとの位置に戻す。戻して、もっかい今度は自分の意思で持ち上げてがりがりと後頭部をかいてみた。
「え、なに、千鶴もしかして、あれからずっとそんなこと考えてたとか?」
「う、うん」
「マジで!? え、ちょっと待って。千鶴が言ってるのってあれだよな、別に剣の腕で役に立ちたいとか、そういうんじゃねえよな?」
できればまだ首を横に振られたほうがマシだったオレの質問に、千鶴はおどおどと縦にこくんと頷いたもんだからオレはもうなんというか、正直左之さんや新八っつぁんをここに呼んで、千鶴を正座させたい心境にすらなった。けど、脳内の左之さんが『おまえがだらしねえから、千鶴がそんな風に思っちまうんだろうが』ってオレに対して説教を始めたもんだから、ますます自分が情けなくなる。なんだよ、オレちっとも成長してないんじゃん。
千鶴に向き直り、ちょっとだけまじめな顔を作る。取り繕ってるわけじゃなくて、本心からそう思ってるんだってちゃんと千鶴に伝えるために。
「あのさ、オレ、すっげえ千鶴に助けられてるよ。っていうか、助けられてきたよ」
羅刹になる前も、なった後も、今につながる日々のあちこちで。
千鶴の目が所在無げに動くのに気づいて、千鶴、ともう一度名を呼んだ。ちゃんと聞いて、というと、頬を赤く染めながらもまっすぐにオレを見返してくれた。
「5年なんて関係なくて、っていうか、池田屋のあの時にも千鶴に助けてもらってた」
「そんなことない」
「あるって。千鶴はさ、迷いっぱなしのオレを情けないなんて思わずにずっと傍にいてくれてたじゃん? それに励ましてくれたり、時々ケツ引っぱたいてくれたり、羅刹になる前もあともずっと変わらずに接してくれて、すっげえ嬉しかったんだぜ?」
大体、助けられてるって何度も言ったじゃんって苦笑すれば、千鶴は困ったような顔をした。
「だって、そんなの当たり前だもの」
「そーゆートコ。オレ、千鶴のそういうとこすっげえ好き」
慰めでもなく言ってくれる強さが愛しい。
おどおどとし始めた千鶴をおもしろく思いながら、オレは言葉を続ける。
「千鶴って時々馬鹿だよなあ」
「どうせ馬鹿だもん」
「うん馬鹿。っていうか、オレも馬鹿だな。ちゃんと伝わってると思ってた」
好きだ、という気持ちが伝わっているという自信はある。同じくらいの強さで、想ってもらえているという自覚も。
だけどそれとこれとは別で。
「平助君?」
「そういう意味では、千鶴は昔っからオレの眼になってたよ」
ゆるく流れた風に、千鶴の前髪が揺れる。もう高い位置では結ばれていない後ろ髪は穏やかに肩に収まったままだけれど。
「眼どころじゃなくてさ、オレの手にだって足にだってなってくれてる。冗談じゃなくて、前も言ったけどオレ、おまえがいなかったらとっくに狂ってた。だからさ、役に立ててないなんて悲しいこと言うなよ」
なんだかしょんぼりし始めた千鶴の頭をぽんぽんとなでてやれば、千鶴が微笑む。それが嬉しくてオレも笑う。ほら、今この瞬間にだって千鶴はこんなにもオレにいろいろなものをくれてばかりなのに。
「仮にそうでなくても、オレは千鶴が傍にいてくれるだけでいーんだって」
「そんなの嫌だよ。そんなんじゃ傍にいる意味、ない」
「だって役に立つって、メシ作ってくれるとか、洗濯してくれるとかっていうんじゃなくてもあるじゃん? 千鶴はそれもしてくれるけどさ、こうやって隣にいてくれるほうがオレにとってはすっげえ嬉しいし」
な? と言ったところで千鶴が耐えかねたようにオレに体重を預けてきた。どうした? と聞けば、どうしたじゃないよ、と返されて。
「そんなこと言うなら、平助君は私の心臓なんだから」
「ばっ……、それなら千鶴はオレの命だってば」
「わーもう恥ずかしい! 平助君の馬鹿っ!」
「ひっでえ! 千鶴が最初に言ったんだろ!?」
預けてきた身体を起こしてそうまくし立ててきた千鶴にオレも負けずに言い返し、だけどまるで子供のようにかんしゃくを起こす様が、そのままオレを好きでいてくれる気持ちなんだって考えたらすっげえ嬉しくて。
「……何で笑ってるかな!」
怒った千鶴に、こらえきれず噴出して。
「だって千鶴が好きなんだ」
――仕方ねえじゃん?
もっと笑って、千鶴を怒らせた。
Fin
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Comment:
だから平ちづはときめきなメモリアルなんです。
っていうか私がはずかしい(!)
20090424up
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